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(理人視点)
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日が暮れていく。
それとともに、宵山の熱気は増していって──コンチキチン、と祇園囃子。
俺は立ち止まり、ぐいっと汗を拭った。
「……落ち着け、俺」
小さく呟く。
通り過ぎる人たちが、不思議そうに俺を見遣る。だろうな。祭りの雑踏の中、ひとり汗だくで走り回っている男なんか。
すう、と息を吸う。時刻は19時30分。大丈夫、まだ余裕はある、……はずだ。
目の前では、山鉾と言われる山車──蟷螂山のカマキリがどこかユーモラスにカマを構えている。
浴衣を着た小さな女の子たち数人が、蟷螂山の中に入り、おみくじの係をしていた。
この山鉾にはカラクリがあって、おみくじをカマキリが引いてくれる。
「……茉白、好きそうだな」
ぽつりと呟いて、ぐっと唇をかみしめた。
なにがなんでも見つけてやる!
ふ、と手に握りっぱなしだった団扇に目をやった。亀甲文の、六角形が並ぶその団扇……。
「……」
あの女の子にもらった手紙(鍋島からだと思われる)は散々見返したけれど、なんのヒントらしきものもなかった。
とはいえ、ノーヒントで探させることはない、だろうと……けれど焦りすぎて冷静さを失っていた。
「……六角通?」
茉白の家の近く、三条通をもう一本南に下った通り。
茉白のおばあさんから受け取った、団扇をぐっと見つめた。
六角形から連想できるのは、六角通……もっといえば、六角堂。
聖徳太子が開いた、とかいわれている、街の中心部、繁華な通りにあるお寺──。
「……はぁあ」
肺から息を吐き出しつつ、俺はまた走り出す。もし違っていたら、また考えなくてはいけない。
人混みを避けながら、それでも走っていると、正面から来た人とぶつかりそうになって避ける。
「すみません!」
「いえ!」
ぶつかりそうになったのは、紺の浴衣を着た女の人で──頬を赤くして、少し半泣きで、誰かから逃げるようにと人混みをまた縫うように走り去ってしまう。
すい、と身軽なその動き、紺の浴衣を翻すその動きは、どこか魚のように思えた。ヒレの長い、熱帯魚のように。
俺もまた、足をすすめる。
京都を南北に貫く烏丸通、普段は車両が行き交うそこも今は歩行者専用となって、人がひしめき合う。
屋台がずらりと並び、ソース系のいい香りが鼻腔を満たす。
南、京都駅のほうに、ライトアップされた白い建物が輝いて見えた。
京都の町で、少し異質な、けれどどこか調和しているそれ──京都タワー。
その上にぽっかり浮かぶ三日月を視界の隅におさめつつ、俺は烏丸通を東に渡った。
「……あ」
ふと、団扇の裏側が目に止まる。
墨字でひとこと「umbilicus」と記してあった。
六角堂で間違いないらしい。あそこには──「へそ石」がある。
(俺は、本当にもう!)
冷静さを完全に欠いていた。
おそらく、なんていうか、20時ゴールはかなり大目に見てもらってるんだろう。
六角堂までもう少し、と言ったところで、真上から声が降ってきた。
「理人くーん」
無邪気に手を振る茉白。
居酒屋らしい町屋の二階、そこから……綺麗な浴衣で、楽しげに手を振っている。
「おかえりなさい~」
「……ただいま」
ここに来るのは初めてだけれど。
もう、全身汗だくで、肩で息してて、なんかすごくダサいけれど──とにかく格好をつけて、つけまくって、茉白に向けて叫ぶ。
「浴衣! 似合う!」
茉白はキョトン、としたあと──ふんわりと、朝顔が咲くみたいに笑った。
髪につけた、紫陽花の髪飾りがちらりと揺れる。本当に、もう──可愛いんだ、俺の茉白は。
ガラリとガラス戸を開けて出てきた店員さんに導かれるように、俺は二階の部屋に通される。で、ギョッとした。
「……大仏と馬」
正面に置かれた金屏風の前で、そいつらはただ踊り狂っていた。どこかヤケクソにも見える。
何部屋かの襖をとりはらい、大きなひとつの部屋にしたらしいその二階の窓際から、浴衣姿の茉白がぱたぱたと走ってくる。
「わ、汗だく。暑かったですか、外は」
「ん、まぁね」
「少し休んでください──今日は、祖母がこのお店を貸し切りにしているみたいなんです」
長細い座卓には、京都らしい惣菜──いわゆる「おばんざい」が並んでいたる。
客の顔ぶれは、様々だ。浴衣を着た男女から、もうヨボヨボのおじいさんもいれば、浴衣姿の、小さな女の子もいる。
「……あ」
その女の子、俺に手紙を渡してくれた女の子を膝に乗せていたのは、なんというか少し予想通り、鍋島だった。
「やあ。遅かったね。少し君、冷静になったほうがいいんじゃないか」
「……あれで落ち着けっていうのが、無理だよ」
「ふふん」
鍋島は大皿から肉だけを小皿に取る、という子供みたいなことをして、横にいた綺麗な女性──奥さんだろう、に野菜を大量に小皿に追加されていた。ふふん、ざまあみろ。
目があった奥さんに、申し訳なさそうに会釈される。奥さんも大変そうだ。
会釈を返しながら、その奥を見ると──茉白のおばあさんが、大仏と馬の舞を見ながらコロコロと笑っていた。
それとともに、宵山の熱気は増していって──コンチキチン、と祇園囃子。
俺は立ち止まり、ぐいっと汗を拭った。
「……落ち着け、俺」
小さく呟く。
通り過ぎる人たちが、不思議そうに俺を見遣る。だろうな。祭りの雑踏の中、ひとり汗だくで走り回っている男なんか。
すう、と息を吸う。時刻は19時30分。大丈夫、まだ余裕はある、……はずだ。
目の前では、山鉾と言われる山車──蟷螂山のカマキリがどこかユーモラスにカマを構えている。
浴衣を着た小さな女の子たち数人が、蟷螂山の中に入り、おみくじの係をしていた。
この山鉾にはカラクリがあって、おみくじをカマキリが引いてくれる。
「……茉白、好きそうだな」
ぽつりと呟いて、ぐっと唇をかみしめた。
なにがなんでも見つけてやる!
ふ、と手に握りっぱなしだった団扇に目をやった。亀甲文の、六角形が並ぶその団扇……。
「……」
あの女の子にもらった手紙(鍋島からだと思われる)は散々見返したけれど、なんのヒントらしきものもなかった。
とはいえ、ノーヒントで探させることはない、だろうと……けれど焦りすぎて冷静さを失っていた。
「……六角通?」
茉白の家の近く、三条通をもう一本南に下った通り。
茉白のおばあさんから受け取った、団扇をぐっと見つめた。
六角形から連想できるのは、六角通……もっといえば、六角堂。
聖徳太子が開いた、とかいわれている、街の中心部、繁華な通りにあるお寺──。
「……はぁあ」
肺から息を吐き出しつつ、俺はまた走り出す。もし違っていたら、また考えなくてはいけない。
人混みを避けながら、それでも走っていると、正面から来た人とぶつかりそうになって避ける。
「すみません!」
「いえ!」
ぶつかりそうになったのは、紺の浴衣を着た女の人で──頬を赤くして、少し半泣きで、誰かから逃げるようにと人混みをまた縫うように走り去ってしまう。
すい、と身軽なその動き、紺の浴衣を翻すその動きは、どこか魚のように思えた。ヒレの長い、熱帯魚のように。
俺もまた、足をすすめる。
京都を南北に貫く烏丸通、普段は車両が行き交うそこも今は歩行者専用となって、人がひしめき合う。
屋台がずらりと並び、ソース系のいい香りが鼻腔を満たす。
南、京都駅のほうに、ライトアップされた白い建物が輝いて見えた。
京都の町で、少し異質な、けれどどこか調和しているそれ──京都タワー。
その上にぽっかり浮かぶ三日月を視界の隅におさめつつ、俺は烏丸通を東に渡った。
「……あ」
ふと、団扇の裏側が目に止まる。
墨字でひとこと「umbilicus」と記してあった。
六角堂で間違いないらしい。あそこには──「へそ石」がある。
(俺は、本当にもう!)
冷静さを完全に欠いていた。
おそらく、なんていうか、20時ゴールはかなり大目に見てもらってるんだろう。
六角堂までもう少し、と言ったところで、真上から声が降ってきた。
「理人くーん」
無邪気に手を振る茉白。
居酒屋らしい町屋の二階、そこから……綺麗な浴衣で、楽しげに手を振っている。
「おかえりなさい~」
「……ただいま」
ここに来るのは初めてだけれど。
もう、全身汗だくで、肩で息してて、なんかすごくダサいけれど──とにかく格好をつけて、つけまくって、茉白に向けて叫ぶ。
「浴衣! 似合う!」
茉白はキョトン、としたあと──ふんわりと、朝顔が咲くみたいに笑った。
髪につけた、紫陽花の髪飾りがちらりと揺れる。本当に、もう──可愛いんだ、俺の茉白は。
ガラリとガラス戸を開けて出てきた店員さんに導かれるように、俺は二階の部屋に通される。で、ギョッとした。
「……大仏と馬」
正面に置かれた金屏風の前で、そいつらはただ踊り狂っていた。どこかヤケクソにも見える。
何部屋かの襖をとりはらい、大きなひとつの部屋にしたらしいその二階の窓際から、浴衣姿の茉白がぱたぱたと走ってくる。
「わ、汗だく。暑かったですか、外は」
「ん、まぁね」
「少し休んでください──今日は、祖母がこのお店を貸し切りにしているみたいなんです」
長細い座卓には、京都らしい惣菜──いわゆる「おばんざい」が並んでいたる。
客の顔ぶれは、様々だ。浴衣を着た男女から、もうヨボヨボのおじいさんもいれば、浴衣姿の、小さな女の子もいる。
「……あ」
その女の子、俺に手紙を渡してくれた女の子を膝に乗せていたのは、なんというか少し予想通り、鍋島だった。
「やあ。遅かったね。少し君、冷静になったほうがいいんじゃないか」
「……あれで落ち着けっていうのが、無理だよ」
「ふふん」
鍋島は大皿から肉だけを小皿に取る、という子供みたいなことをして、横にいた綺麗な女性──奥さんだろう、に野菜を大量に小皿に追加されていた。ふふん、ざまあみろ。
目があった奥さんに、申し訳なさそうに会釈される。奥さんも大変そうだ。
会釈を返しながら、その奥を見ると──茉白のおばあさんが、大仏と馬の舞を見ながらコロコロと笑っていた。
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