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航悠編
3、藍良と青竹-1
「あら、青竹君。また来たの」
「ども。昼間っからすんません」
航悠が薫風楼に訪ねてきた数日後、営業用の恋文を書いていた藍良は春蘭に声をかけられて手を止めた。
客が来ていると言われて扉を開いてみたら、訪問客は糸目のひょろりとした男――青竹だった。藍良は客用に作った笑顔を、少しくだけたものにする。
「君も物好きねえ。床入りなしの昼間に来たって面白くないでしょうに。あたしの気がほだされるのを期待しても無駄になるわよ」
「いや別に、そういうつもりで来たんじゃねえっすけど」
「ふぅん、まあいいわ。夜はお酒飲まないといけないから、お茶でもいい?」
「あ、はい、もちろん。ありがとうございます」
一年ほど前から時折こうして通ってくる彼は、いつも必ず昼に来る。
薫風楼は格式を重んじるため、昼の営業はそれほど盛んではない。そのため藍良も芸事の練習をしたり、手紙を書いたりと自由に過ごしていた。
妓楼に上がる代金こそ安いが、昼は床入りしないと決めているため、この時間に来る客はよっぽどの暇人か藍良に入れ込んでいるかのどちらかだ。
そのどちらでもあるらしい青竹は、今日も今日とて夜の客相手に比べるといささか素っ気ない藍良の対応を気にした風もなく、ずずーと茶を流し込んだ。
「あ。そういえば、雪華と航さんたちがしばらく大仕事をしていたみたいね。久しぶりに会ったらなんか風流になってて驚いたわ」
「ああ……そうっすね。まぁ頭領なんかは帰ってきてもまたいつも通りの生活に戻ってますけど」
「そーお? いつも通り……ねえ」
先日の、約束を放り出して帰った航悠の姿を思い出し藍良は小さく首を傾げる。そんな藍良に、青竹は開いているのか閉じているのか分からない視線を向けた。
「…………」
「…………」
……会話が続かない。自分と話しに来ているはずなのに、青竹には自分から話そうという意欲が読み取れない。接客の玄人である妓女としてはありえないことだが、話題に詰まって室内に沈黙が落ちた。
もちろん捻り出そうと思えばいくらでも話せるが、雪華の仲間である彼には微妙な身内感もあり、あえて話題を変えるのもよそよそしい気がする。
加えてこの糸のような目が、何を考えているのかまた読みづらい。下心のある客の方がよっぽど分かりやすいと藍良は思った。
「藍良さん。……副長のこと、どう思いますか」
「は? 雪華? どうって……ただのいい悪友だけど。ここの妓たちともまた違って、一緒にいて楽ね」
向こうから唐突に話題を変えられ、藍良はきょとんとしつつも答えた。すると青竹は少し押し黙ったあと、ためらいがちに口を開く。
「その……つらくはないんすか。一緒にいて、立場の違いとか……」
「…………。それって、あたしが妓女で雪華は自由だからって意味?」
「はい。……気に障ったなら、すんません」
「ううん、別にいいけど」
気になる客は多いだろうが、実際に聞かれることはまずない質問だ。藍良は唇に指をやると、小首をかしげる。
「そうねえ。あたしももう妓女になって長いし、今さらそういうことは気にならないわね。あたしが雪華を羨んだからって、あたしの置かれてる状況が変わるの? ……変わらないでしょ。あたしたちは生きる環境を選べないし、客も――今夜誰に抱かれるかさえ、選べないわ。だったらあたしは、友達ぐらい自分で選ぶわ」
「…………」
「あら、ごめんなさい。こういう言い方は気に入らなかったかしら」
「いえ。本音が聞けて良かったです」
身内意識が働いたのか、つい言わなくてもいいことまで言ってしまった。直接的な台詞に青竹の眉がぴくりと動いたが、彼は首を振ると耳を傾ける。
その態度に、少しだけ……より心の内側に踏み込んだ本音を晒す。
「あたしは妓女だわ。最初に借りた借入金の対価に、毎日違う男に媚びて、夜ごと抱かれる。仕事でなければ花街から出ることもできない。……それを聞くと、普通の女はだいたい眉をひそめるわ。でもあの子は――雪華は、あたしのこと可哀相とか汚らわしいって目で見なかったの」
「……副長が」
「ええ。普通の友達同士みたいにおしゃべりして、馬鹿やって――妓女以外でそんなことできる人なんて他にいないわ。そういう女は貴重なのよ」
夜ごと男に媚を売って抱かれる妓女としてではなく、ただの友人として接してくれる女などこの国のどこを探してもいない。そんな友が欲しいだなんて思ってすらいなかったが、思いがけずできた悪友を藍良は心から大切に想っていた。
男に媚びようなどと露ほどにも思っていないだろうその姿を思い浮かべ、微笑を刻む。
「本人からは聞いてないけど、たぶんきっと、あの子も過去に何かあったんでしょうね。でもあたしには、どうでもいいことだわ。今のあの子が自然に笑える相手と一緒に自由にやっていてくれれば、もうそれで十分」
「……そっすか。副長のこと、マジで心配してくれてるんですね」
飾り気のない笑みで締めくくると、青竹の細い目もわずかに弧を描いた。それを目に収めると、藍良はふぅと溜息をつく。
「そりゃあそうよー。あの男っ気のなさ、どうにかならないの!? せっかく美人なのに、なんであんなになっちゃうのかしら」
「さぁ……。なんでっすかね。まぁ俺が出会ったときから、ずっとああでしたけど」
しみじみ感嘆されたのが少し照れくさくて、軽口で誤魔化すと青竹も一緒になって首を傾げた。その様に、また少し心が緩む。
そんな静かな空間を、控えめに扉を叩く音が遮った。
「藍良姐さん。夜のお支度に上がりました」
「あ……時間っすね。お邪魔しました」
廊下から春蘭に声をかけられ、青竹が立ち上がる。そそくさと扉を出ていくその背中に、一応営業用の笑みを投げかけた。
「今度は夜に来てくれると嬉しいわ。昼に来るのを十回我慢すれば、一晩ゆっくりお相手するわよ?」
「……また、昼に来ます。じゃ」
婀娜っぽい藍良の微笑に青竹は一瞬頬を染めたが、小さく苦笑するとぺこりと頭を下げて出ていった。少々拍子抜けした思いで藍良は誰もいなくなった廊下を眺める。
「……変わった人」
「ですね。でも、いい方ですね」
春蘭のつぶやきに苦笑で返すと、夜の支度を始めるべく、ひょろりとした背中が出ていった扉を迷いなく閉じた。
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