その悪女は神をも誑かす

柴田

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三人目が迎えた結末(1)

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 ヨハンセンが仕事を放棄して二カ月。

 一度だけ皇后が訪れたが、ヨハンセンはそれも無視をした。

 最近はあまり来なくなっていた侍従が、ドンドンと扉を叩く。たしか昨夜も同じように扉を叩いて何かを言っていた気がするが、ちょうどふたりで沐浴をしていたためどんな用事かは聞きそびれた。

「殿下! 今日は砂漠のアシム王国の貴賓をお迎えしなければならないと昨夜も申し上げたではございませんか! 半年前から決まっていたことなのにお忘れとは言わせませんよ!」
「聞いていないしそんな前のこと覚えていない」
「もう使節団は港にお着きです。アシム王国の王太子殿下もいらっしゃるからこの日だけはしっかりお勤めくださいと何度も申し上げたではございませんか……! 先ほど急いでユージーン殿下が代わりに出迎えに行かれましたが、先方はひどくお怒りです! 皇帝陛下も今度ばかりは見逃してくださいませんよ!」
「ハハッ、どうなると言うんだ。はじめから全部ユージーンにやらせればいいだろう。何もかも!」

 もうヨハンセンは、皇子という地位に執着がかけらもないようだった。執着のすべてがいま、メリーティアだけに向けられている。
 どうなろうとかまわないと言いたげに振る舞う彼に、侍従もとうとう匙を投げたようだった。


   ◇◇◇


 アシム王国の使節団が帰った翌日、ヨハンセンの部屋に騎士たちが押し入った。
 鍵のかけられた扉は破られ、ヨハンセンもメリーティアも裸にローブを羽織っただけの恰好で騎士たちにどこかへ連れて行かれる。
 メリーティアはいつかこうなると予想していたため大人しくしていたが、ヨハンセンは暴れに暴れた。最終的にグウェンダルに取り押さえられ、肩に担がれる始末である。
 第一皇子の部屋に無理やり突入する許可が出ていて、尚且つグウェンダルが出てきたとなると、これはケイリクスの命令なのだろう。

 予想どおり、ふたりが転がされたのは玉座の間の床だった。

 グウェンダルによって床に押さえつけられたヨハンセンとは異なり、メリーティアは自由だ。それもケイリクスの命令なのだろう。この場には玉座に腰かけたケイリクスと、グウェンダル、ヨハンセン、メリーティアだけしかいない。
 ひじ掛けを指先で叩く音がやけに響き渡った。

「――ヨハンセン・ヘイスティン・ヴェドニア。ここに連れて来られた理由はわかっているな?」

 ケイリクスに対して、ヨハンセンはただ乾いた笑いをこぼした。

「俺を捨てるんだろ」
「そなた自らがその地位を捨てることを選んだんだ。違うか? 自身の領地のことを疎かにし、使節団を迎えるという大事な仕事も投げ出すような者を誰が認めてくれるというんだ」
「メリーティアがいる! メリーティアがずっと俺のそばにいてくれる! がんばらない俺でも、すごくない俺でもいいって言ってくれた!」

 ケイリクスは目を細め、蔑むようなまなざしでヨハンセンを見下ろした。

「――ヨハンセン、そなたを皇族の籍から外す。領地も財産も取り上げる。そんなに責任から逃れたいというのなら、ただの平民として生きろ」

 無慈悲な罰を言い渡されたにもかかわらず、ヨハンセンはぱぁっと顔を明るくした。やっと本当の意味で重責から解放されると喜んでいるようだ。

「あぁそれでかまわない! メリーティアとともに田舎で野菜でも育てながらのんびり暮らすんだ。な、メリーティア。想像するだけでわくわくするだろ?」

 無邪気な笑顔を向けられ、メリーティアはふっと笑った。それはヨハンセンに同調した歓喜の笑みでもなく、ついに父親からも見放されたことに対する同情でもない。
 嘲りに満ちた笑みを目にして、ヨハンセンは額に冷や汗を浮かべて笑顔を引き攣らせた。

「め、メリーティア……? うれしくないのか……?」

 すっくと立ち上がったメリーティアは、ゴミでも見るようなまなざしを向けた。

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