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しおりを挟む退屈なパーティーは、つつがなく終わりを迎えた。
ヘンリーは、使用人に案内されて、馬車が待つ門までの道を庭園の花を眺めながら歩いていく。
さすが公爵家というだけあって、広大な敷地だ。きちんと隅々まで手入れが行き届いている。イングリッド公爵家の庭も素晴らしいが、ハイデル公爵家も引けを取らない。ただイングリッド公爵邸を彩る花々は淡い色合いが多いのに対し、こちらは目に鮮やかな色彩の花がたくさん咲き乱れている。
珍しい種類の薔薇に惹かれて手を伸ばすと、指先にチクリと痛みがあった。
「……しまった」
どうやら葉で隠れていた棘に気づかずに触れてしまったようだ。ぷくりと血が滲むのを見て、ヘンリーはハンカチを取り出そうとした。しかし、なぜかポケットにハンカチが入っていない。おそらく庭園か、パーティーの席に落としてきてしまったのだろう。
ヘンリーは前を歩いていた使用人を呼び止めた。
「ハンカチですか? すぐに探してまいります」
「ああ、いいよ。自分で探すから。ちょうどもう少し庭園を眺めていたいと思っていたんだ。それに、あなたはほかの子たちを馬車まで連れて行く仕事があるだろう?」
庭園を見て回りたいと思ったのは本当だった。子どもらしくも男らしくもないかもしれないが、ヘンリーは花を観賞するのが趣味なのだ。たまに絵に描いたりもする。イングリッド公爵邸の庭園は季節ごとに咲かせる花を変え目を楽しませてくれるが、真新しい変化はないため、少し飽きてきたところであった。ハイデル公爵家とイングリッド公爵家の仲はあまりいいとは言えないため、こういう機会でもなければ庭園を見せてもらうのも難しいだろう。
使用人は公爵家子息自らに落とし物を探させることを躊躇っていたが、結局ヘンリーの笑顔の圧に負けたのだった。
ヘンリーは歩いてきた道を辿りながら、庭園を眺めて歩く。
結局、ハンカチは歩いてきた道には落ちていなかった。パーティーの場所に落ちている可能性が高そうだ。たしか、このアーチを抜けた先がパーティーの場所だったはず――と目を凝らせば、立派なアーチの先にニーナの姿を見つけ、ヘンリーは脚を止めた。
(……面倒だな)
ニーナはしゃがみこんで、どうやら花を摘んでいるようだった。そして立ち上がると、花を背に隠して誰かに駆け寄っていく。
「――……お父さまっ」
ハイデル公爵だ。髭をたくわえた、貴族らしい貴族といった容貌のハイデル公爵は、振り返るとニーナを見下ろした。
「パーティーはどうだったかね?」
「楽しかったです! 私のためにパーティーを開いてくださってありがとうございました。あの、あの……っ、これ! とってもきれいに咲いていたから、お父さまにお礼のプレゼントです!」
パーティーの最中はずっと不遜・わがまま・高慢な態度だったわりに、父親に対しては随分と低姿勢で控え目なのだな、とヘンリーは目を眇める。同年代の子どもに対してもそのように振る舞えば、むやみに敵を作るようなことにはならないのに、世渡りの下手そうな子だ。
ニーナは背中に隠していた花をハイデル公爵に差し出した。
ハイデル公爵は花を一瞥すると、ニーナの手を強く払う。その拍子に花が手の中からこぼれ、地面に落ちていった。
「あっ……お花が……」
「楽しかったかどうかなど聞いておらん。有力な貴族の子どもたちと上手く人脈を作れたか、と聞いているのだ。まったく。その調子ではどうせ失敗だろうな」
「……ちゃんと、できました」
「ふん。まあいい。だが公爵令嬢ともあろう者が土いじりなどするな。汚らわしい下賤の身だった頃の感覚はいつになったら抜けるんだ?」
冷たい表情と、冷たい声だった。およそ娘に向けるようなものではない。
ハイデル公爵は散らばった花をにらみつけると、靴の裏で踏みにじった。
「片づけておけ」
ハイデル公爵がその場を離れていっても、ニーナは踏みにじられた花をじっと見つめたまま固まっていた。美しく咲き誇っていた花々は、ぐちゃりと潰れて変色していた。見ていただけのヘンリーでもわずかながら心が痛むのだから、ニーナはさぞショックを受けただろう。
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