幼なじみ公爵の伝わらない溺愛

柴田

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(嫌な場面を見てしまった。気になることを言っていたが、たぶん首を突っ込まないほうが得策だ)

 厄介ごとに巻き込まれるのを厭い、ヘンリーはハンカチを諦めることにした。踵を返そうと脚を一歩引いたところで、ニーナと目が合う。
 しまった、と思ってももう遅かった。
 ニーナは目を見開くと、ズカズカと大股で近づいてくる。見つかってしまったヘンリーは逃げることもできず、適当にやり過ごそうと考えを巡らせた。

「聞いた……!?」
「何も聞いてないよ」
「うそよ! 聞いたでしょう!」

 ヘンリーがいくら誤魔化しても、ニーナは聞く耳を持たなかった。逃がさないようにヘンリーの腕を握って、死角となる高い生垣の陰へ強引に引っ張っていく。ニーナは真っ青な顔をしていた。

「私がニセモノだって、黙ってて!」
「ニセモノ……?」
「……? 聞いていたんじゃないの……?」

 ニーナはぶるぶると震えていた。墓穴を掘ってしまったことを悟ったのだろう。
 ハイデル公爵が言っていた「汚らわしい下賤な身」と、ニーナがこぼした「ニセモノ」という言葉でなんとなく察しがついてしまった。ヘンリーは面倒に思いながらも、青い顔をしたニーナを宥めるという選択を取ることにした。
 適当に話を聞いて、適当に慰めて、さっさと帰りたい。

「聞いてた。聞いていたよ。でももちろん黙っててあげるつもりだった」
「本当……?」

 ほっとした様子のニーナは、それからぽつぽつと身の上話をしはじめた。

 ――なんでもニーナは、行方不明になってしまった本物の公爵令嬢の身代わりとして、ハイデル公爵家に引き取られた奴隷だという。

 突然姿を消してしまった娘を、ハイデル公爵はひとまず病気療養中ということにしたそうだ。おそらく誘拐だと推測されたが、待てど暮らせど身代金の要求もなく、どれだけ調べても娘の行方はついぞわからなかった。ハイデル公爵は家門から皇后を輩出することが悲願であり、手塩にかけて育てた娘がいなくなったのは相当の痛手だったようだ。
 そこで、ハイデル公爵家が運営する孤児院から娘の代わりを捜すことにした。
 そして彼女がその役目を負わされることになった。外見がその公爵令嬢と似ていたため、ハイデル公爵の目に留まったそうだ。

 細かい背景まで聞くつもりはなかったのに、ニーナはもしかしたら秘密を抱えているのがつらかったのかもしれない。ハイデル公爵家の秘密を共有されてしまったヘンリーは、たまったものではなかった。面倒ごとに首を突っ込まされた気分だ。

(ロド帝国では、随分前に奴隷制度は禁止されたはずなんだけどな……)

 ハイデル公爵家には昔からいいイメージがなかったが、やはり裏では悪事を働いているようだ。この情報は、今後何かの役に立つかもしれない。

「お父さまも、お母さまも、先生も、すっごく厳しくて怖いの。……私、今までなんにもわからなかったのにがんばってたくさんのことを学んだのよ? でも誰も一度も褒めてくれないの。きっと私の努力が足りないのよね? 皇后になるためには、もっともっとお母さまを見習ってがんばらないといけないんだわ」

 ニーナが見せる高慢な貴族令嬢の姿は、ハイデル公爵夫人を真似ていたのか、とヘンリーは腑に落ちた。たしかにそっくりだ。お手本にする相手を間違えている――だなんて言ったら、ニーナの今までの努力が無駄になってしまう気がして、ヘンリーは口を噤んだ。

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