幼なじみ公爵の伝わらない溺愛

柴田

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4ー1.ニーナの初めての恋人

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 ニーナはもうヘンリーなしでは生きていけないだろう。
 しかしそう思っていたのは、どうやらヘンリーだけのようだった。

 変な噂を聞きつけたヘンリーがハイデル公爵家を訪ねると、ニーナはいつになく機嫌がよかった。

「ニーナ、デイヴィッド・シルフストンと付き合ってるって噂、本当なの?」
「ええ。本当よ。デイヴィッドは私の運命の相手なの……」

 まるで恋する乙女のようなきららかな瞳で語っている彼女は、本当にニーナだろうか。
 ヘンリーが疑ってしまいたくなるのも無理はない。ついこの間まで皇太子妃候補から外されたことを悔しがって泣いていたというのに、この変わりようだ。
 一体この短期間のうちに何があったというのか。

「聞いてくれるかしら!? 愛の物語のような出会いだったのよ!」

 ――ニーナがヘンリーに語って聞かせた出会いは、とても陳腐な話だった。
 皇宮で開かれた舞踏会の帰り道、ニーナが乗っていた馬車が野盗に襲われたそうだ。そして、そこに偶然通りかかったシルフストン男爵家の馬車。颯爽と馬車から降り、華麗に敵をやっつけて助けてくれたのが、そのデイヴィッドだという。

「野盗に襲われたとき、とっても恐ろしかったわ。でも、デイヴィッドがすばらしい剣捌きで私を助けてくれたの。すごくかっこよかったわ……! ね、あんたもそう思うでしょう?」
「……ニーナ」
「何よ。ヘンリーも私が騙されてるって言うんじゃないでしょうね」

 じっとりとにらみつけてくるニーナは、これまで散々周囲の人間に諭されたにもかかわらず、デイヴィッドを信じているようだった。
 ここでヘンリーが頭ごなしに叱っても、ニーナは聞く耳を持たないだろう。さらに強情になってしまう可能性が高い。ニーナは今、正気ではないのだから。初めての恋をしたニーナは、デイヴィッドに対して盲目になっている。

「デイヴィッド・シルフストンのことが好きなの?」
「大好きよ!」
「……へえ。大好き、ね」
「デイヴィッドもね、私のことを愛してるって言ってくれるの」

 にっこりとうれしそうに笑うニーナはかわいいけれど、ヘンリーの心中は穏やかではなかった。
 ヘンリーがこれまでニーナのことを慈しんで愛してきたというのに、突如ほかの男を好きになったとは一体どういうことなのか。それも一度ピンチを救われたから、という理由だけで好きになるなど冗談じゃない。ピンチというなら、今までヘンリーが数えきれないほど救ってきたというのに、それらはニーナの中でなかったことになっている。というより、ヘンリーが助けてくれるのは当たり前という認識なのだろう。

 ――もうすぐニーナと結ばれると期待していたヘンリーを、嘲笑うような状況だ。
 皇太子妃選定の件は、ヘンリーが手を回さずともどうにかなった。
 ハイデル公爵は家門から皇后を輩出することを念願にしていたが、それが叶わないとなると、なるべく条件のいい結婚相手を捜すだろう。ロド帝国で皇太子の次に結婚先として優秀なのは、もちろんイングリッド公爵であるヘンリーだ。
 あとはじっくり時間をかけてニーナを堕としていくだけだと思っていたのに、思わぬ伏兵だった。
 伏兵とも言えぬ雑魚だけれど。

「そういえば私も少し小耳に挟んだのだけれど、ビネガー侯爵が投資詐欺に引っ掛かって、なんと帝都の邸宅まで売り飛ばすほど莫大な被害額だったんですって。結納金も払えないからとロザラインは皇太子妃候補から辞退したそうよ。ふふっ、いい気味よね」
「へえ、そうなんだ」

 うれしそうに笑うニーナに対し、ヘンリーもにっこりと微笑み返した。


   ◇◇◇


 ――ヘンリーはすぐに、デイヴィッド・シルフストンについて調べさせた。
 しがない男爵家の子息。金と女に汚い、とんだクズ男だ。
 ヘンリーはニーナを見守ることにした。すぐに目が覚めるだろうと思ったからだ。

 デイヴィッドと付き合うようになってからしばらく、ニーナはヘンリーのもとに来なくなった。これまでは一週間に一度はヘンリーのところへきて、鬱憤を晴らしていくのが恒例だったというのに、案外上手くいってしまっているのかもしれない。

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