幼なじみ公爵の伝わらない溺愛

柴田

文字の大きさ
33 / 113

11ー1.気持ちのケジメ

しおりを挟む


 デイヴィッドと話すための場を設けた、とヘンリーから告げられたのはすぐのことだった。

 ヘンリーの部屋で過ごす間はほとんど裸かバスローブかナイトドレスだったため、久しぶりにドレスに着替える。別に着飾りたいわけではなかったというのに、ヘンリーが用意したドレスはとても華やかできれいだった。ニーナ・ハイデルとして会うのだからそれなりの身なりでなければならないのは理解できるけれど、デイヴィッドのために着飾るのは癪だ。

 トルソーに飾られているのは、ダリアの好きだったデザイナーの、おそらく新作。レース使いがとても繊細なところが気に入っていて、刺繍の腕も帝国一なのだ。一着で帝都に小さな家が買えるくらい値段が張るそれを、今日着ていくのはもったいない。
 それに、ただの奴隷になってしまったダリアが着ていいようなものではなかった。
 これはもっと高貴な――そう、いつかイングリッド公爵夫人になるような人が着るべきだ。ドレスの一着や二着でイングリッド公爵家の財政が揺らぐとは思えないものの、ただの居候でしかない自分にはもったいない。

「もうちょっと地味なドレスはないの?」
「あるにはあるけれど……どうして? ダリアはこういうドレスが好きだっただろう? それに、デイヴィッド・シルフストンに会いに行くのに、きれいじゃなくていいの?」
「別れを告げに行くのに、きれいにしてどうするのよ」

 そう答えると、ヘンリーは目を丸くした。

「何よその反応は。私がデイヴィッドに縋りつきに行くとでも思ってたの?」

 そのとおりだった。ダリアがデイヴィッドに会いたがるなど、それ以外ないと思っていたのだ。
 二人を会わせるのはとても嫌だったけれど、ダリアがデイヴィッドを完全に忘れるためにはそのほうがいいと思って、仕方なく了承したことだった。またデイヴィッドに袖にされて傷つくであろうダリアをどう慰めたら彼女の心に巣食えるか、と考えていたヘンリーは呆気にとられる。

 ヘンリーは、ダリアの要望どおりあまり派手ではないドレスを持ってくるよう侍女に指示した。
 ダリアは落ち着いた色合いのドレスを着て、顔をヴェールで覆い隠す。

「僕もいっしょに行くよ」
「心配性ね。でも、そうしてもらえると助かるわ」

 ヘンリーと共にいれば、もしハイデル公爵家の手の者に見つかっても、ダリアに手出しはできないだろう。
 馬車に乗り込んだダリアは、目的地に着くまでの間、車窓を流れる夜景をじっと眺めていた。


   ◇◇◇


 人目につかないようにとヘンリーが用意した場所は、イングリッド公爵家が所有する別邸だった。この場所は数年前に再開発地区に指定されてから、人の出入りがほとんどない。別邸も今は使われていないため、使用人すらおらず秘密の逢瀬をするのにはぴったりであった。
 事前に掃除だけはされていたようだ。薄暗い中を、燭台を持ったヘンリーが案内してくれる。
 デイヴィッドは先に来て応接室で待っているとのことだ。

 一方、デイヴィッドはなかなか現れないニーナを待ち続け、一人やきもきしていた。
 ニーナが会いたがっている、と呼び出されたデイヴィッドは、迎えに来たイングリッド公爵家の馬車に乗っていそいそとやってきた。ニーナとのことにヘンリーが介入してくることを疑問に思いはしたが、細かいことは気にしていられない。デイヴィッドは金が必要だった。ニーナが会ってくれなくなってからも、デイヴィッドは豪遊がやめられなかったのだ。一度経験した贅沢は、デイヴィッドをさらに貪欲にした。

 少し冷たくしたくらいでニーナが会ってくれなくなってしまったのには焦っていたが、こうして再び呼び出されたということは、変わらずデイヴィッドを愛しているのだろう。いじけてみせて、こちらの反応を試したいのだ。デイヴィッドはそれにノってあげるだけでいい。
「愛してる」と囁けば、なんでも言うことを聞くような女だ。

 ――しかし、デイヴィッドのそんな目論見は当てが外れてしまった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました

ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。 夫は婚約前から病弱だった。 王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に 私を指名した。 本当は私にはお慕いする人がいた。 だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって 彼は高嶺の花。 しかも王家からの打診を断る自由などなかった。 実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。 * 作り話です。 * 完結保証つき。 * R18

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

余命わずかな私は、好きな人に愛を伝えて素っ気なくあしらわれる日々を楽しんでいる

ラム猫
恋愛
 王城の図書室で働くルーナは、見た目には全く分からない特殊な病により、余命わずかであった。悲観はせず、彼女はかねてより憧れていた冷徹な第一騎士団長アシェンに毎日愛を告白し、彼の困惑した反応を見ることを最後の人生の楽しみとする。アシェンは一貫してそっけない態度を取り続けるが、ルーナのひたむきな告白は、彼の無関心だった心に少しずつ波紋を広げていった。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも同じ作品を投稿しています ※全十七話で完結の予定でしたが、勝手ながら二話ほど追加させていただきます。公開は同時に行うので、完結予定日は変わりません。本編は十五話まで、その後は番外編になります。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

処理中です...