47 / 113
14-3
しおりを挟む尚もぺちゃくちゃと喋り続けるエヴァンジェリンを窘めようと口を開きかけたところで、サリーは急に呆然として動きを止めた。顔面蒼白でぶるぶると震えあがるサリーに気がついて、エヴァンジェリンが不思議そうに彼女の視線を追う。
そこに立っていたのは、執事ベンジャミンであった。
エヴァンジェリンは、「なんだ」と安堵した。現れたのがご主人様ならば今頃焦っていただろうが、たかが執事だ。サリーが何をそんなに恐れているのか、エヴァンジェリンは疑問だった。
「申し訳ございません! 早く終わらせます!」
適当に流せば見逃されるだろう、と思っていた。
しかしベンジャミンは、ご主人様を彷彿とさせるような表情で微笑んだ。
「エヴァンジェリン。荷物をまとめてすぐに出ていきなさい」
「……え? いや、ちょっと私語が多かったくらいで、そんな……」
「お前は今、ご主人様の逆鱗に触れた。お前の発言を聞いてしまったからには、私はご主人様に報告しなければならない義務がある。私がご主人様に報告に行く前に邸宅を出たほうがお前の身のためだ。そして胸に刻め。ここで見たこと、聞いたことは決して他言してはならないと。情報が洩れたらお前が犯人だとみなし、イングリッド公爵家の騎士がただちにお前を見つけ出して――――」
「え? え? ど、どうなるって言うんですか!? まさかっ、こ、殺され……!?」
動揺するエヴァンジェリンに対し、ベンジャミンは沈黙で答えた。
エヴァンジェリンはシーツを放り投げ、急いで従業員宿舎へ走っていく。残されたサリーは、一人もくもくとベッドメイキングを続けるのであった。
ベンジャミンは、一日に一度、邸宅内で起きたことをヘンリーに報告する義務がある。今日も夕方にさしかかる頃に執務室を訪れた。
書類に目を通したままのヘンリーはこちらに耳を傾けていないように見えるが、それはいつものことなのでかまわずに報告をあげる。
「本日、メイドを一名解雇いたしました」
「そう。どうして?」
「私語が多く、仕事が疎かでした」
「ふうん。……舌を切ってしまえばよかったのに」
新しく雇うも解雇するも、ヘンリーは使用人に関する権限のすべてをベンジャミンに委ねている。使用人を管理するはずの公爵夫人が今は不在のため、多忙なヘンリーに代わり一時的にベンジャミンに一任しているにすぎない。執事であるベンジャミンも使用人には違いないが、それだけヘンリーが信頼を置いている証拠であった。
幼い頃から共に育ったベンジャミンは、常にヘンリーの快・不快にだけ気を配っているようなマメな男である。いつもヘンリーが手を下す前に先回りする癖があった。解雇したメイドが、ヘンリーの地雷を踏み抜くような発言をしたであろうことはほぼ間違いない。
「不用意なことを外で漏らされるくらいなら、いっそ殺してしまったほうが楽かな?」
「きちんと釘は刺してあります。殺しは後始末が面倒ですよ」
「ベンジャミンが、だろう?」
柔和な笑みの下にどす黒い腹を押し隠したヘンリーが、ニーナ・ハイデル――ダリアお嬢様のこととなるとその冷酷さがさらに増すのを、ベンジャミンはよく知っている。人を地獄に落とすようなことも笑いながらやるヘンリーは、人殺しも躊躇わない。エヴァンジェリンの発言を聞いていたのがベンジャミンではなくヘンリーだったなら、今頃寝室は血の海だっただろう。
さらにもしあの発言をダリア本人が聞いてしまっていたとしたら、ヘンリーは今からでもエヴァンジェリンを殺すはずだ。
殺しの後始末は非常に面倒だった。クリーンが売りのヘンリー・イングリッドだからなおさらに。
ヘンリーが「優しくて穏やか」という印象を人々から抱かれているのは、本人の演技力もさることながら、裏でのベンジャミンたち部下のがんばりの比重がとてつもなく大きかった。
「殺しは最終手段にしてください」
「ははは。わかってるよ」
「…………」
その笑顔が怖いんですよ、とは決して言えないベンジャミンであった。
160
あなたにおすすめの小説
【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました
ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。
夫は婚約前から病弱だった。
王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に
私を指名した。
本当は私にはお慕いする人がいた。
だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって
彼は高嶺の花。
しかも王家からの打診を断る自由などなかった。
実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。
* 作り話です。
* 完結保証つき。
* R18
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
余命わずかな私は、好きな人に愛を伝えて素っ気なくあしらわれる日々を楽しんでいる
ラム猫
恋愛
王城の図書室で働くルーナは、見た目には全く分からない特殊な病により、余命わずかであった。悲観はせず、彼女はかねてより憧れていた冷徹な第一騎士団長アシェンに毎日愛を告白し、彼の困惑した反応を見ることを最後の人生の楽しみとする。アシェンは一貫してそっけない態度を取り続けるが、ルーナのひたむきな告白は、彼の無関心だった心に少しずつ波紋を広げていった。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも同じ作品を投稿しています
※全十七話で完結の予定でしたが、勝手ながら二話ほど追加させていただきます。公開は同時に行うので、完結予定日は変わりません。本編は十五話まで、その後は番外編になります。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
伯爵令嬢の婚約解消理由
七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。
婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。
そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。
しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。
一体何があったのかというと、それは……
これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。
*本編は8話+番外編を載せる予定です。
*小説家になろうに同時掲載しております。
*なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。
【完結】探さないでください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。
貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。
あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。
冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。
複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。
無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。
風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。
だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。
今、私は幸せを感じている。
貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。
だから、、、
もう、、、
私を、、、
探さないでください。
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる