幼なじみ公爵の伝わらない溺愛

柴田

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 ヘンリーが謁見した日の翌日、皇帝はさっそく監査チームを発足させた。とはいってもその中身は行政などを担当する者ではなく、荒事にも慣れた憲兵たちである。ハイデル公爵がこういった事態に備えて私兵を置いていないとも限らないため、用心には用心を重ね近衛騎士もチームに加えられた。
 皇帝は、発足したその日のうちに彼らを、ハイデル公爵家が運営する孤児院へと送り込んだ。

 ――しかしながら皇帝のもとに上がってきたのは、「何も出ません」という途中報告だった。

 皇帝は、同内容をヘンリーにも伝えるよう指示をする。それは、これ以上の証拠はないのか、という催促でもあった。

 まだ孤児院は監査チームが封鎖していて、部外者は立ち入られないようになっている。たとえ孤児院を運営しているハイデル公爵であっても。まだハイデル公爵は、孤児院に監査が立ち入ったことを気づいてはいないようだが、監査と称して封鎖していられるのも今日一日が限度だ。

 報告を受けたヘンリーは、すぐに参内した。
 奴隷売買の証拠が未だ出ていないにもかかわらず、ヘンリーに焦っている様子は見られない。玉座の間に現れたヘンリーは、何者かを連れていた。飾り気のないドレスを着たその人物は、皇帝の前だというのにヴェールで顔を隠したままだ。佇まいだけを見て判断すると、おそらく貴族令嬢である。

「――顔を上げよ。して、まだ何か手があるのかイングリッド公爵?」
「はい。こちらの女性は、あの孤児院で奴隷として育ちました」
「なに……? それはまことか?」
「彼女なら、証拠を見つけられるかもしれません。現場に共に連れて行ってもよいでしょうか?」

 皇帝は、ヘンリーの背後にいる女性をじろりと見た。一見貴族令嬢にしか思えなかったが、よもや奴隷として育ったとは。何かしらの縁があって、今はイングリッド公爵家で保護しているということだろうか。ヘンリーは彼女をきっかけにして、あの孤児院の存在を知ったのだろう。
 皇帝はヘンリーの申し出を了承した。


 すぐに馬車に乗り込んだヘンリーは、隣に座った孤児院出身の奴隷――ダリアの肩を抱き寄せる。

「ごめんね。君の力を借りなくても解決できると思っていたんだけれど……そう簡単にはいかないようだ。孤児院に行くのはつらくない?」
「平気よ。それにしても、突然いっしょに皇宮に行ってほしいだなんて驚いたわ。しかもハイデル公爵家の運営している孤児院を調査するためだなんて。たしかに、あそこ出身の私が適任ね」

 ダリアはヘンリーの肩に頭を寄りかからせると、小さく息を吐いた。

「ふふ。笑っちゃうわね。あそこが違法だったなんて。……今まで、ロド帝国にはあんな場所が数えきれないほどたくさんあるんだと思っていたわ」
「ごめんね。なかなか証拠が手に入らなくて、調査するまでに時間がかかってしまった。でも教育を受けるなかで、奴隷制度が随分昔に廃止されたことも習っただろう?」
「お前は奴隷だ、人間以下だって毎日言い聞かせられながら育ったのよ。自分は奴隷なんだって思い込まされていたから、教科書の中のそんな記述なんて他人事だったわ。…………そっか。私、奴隷じゃないんだ。奴隷じゃないのね」
「君は奴隷じゃないよ。ひとりの人間だ」

 しみじみと呟いたダリアは、指を絡めてきたヘンリーの手をぎゅっと強く握るのだった。

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