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27ー1.不安に揺れる心
しおりを挟む結婚式を挙げてから二カ月ほどして、ダリアの妊娠が判明した。
自分も子どもをつくるのには同意したというのに、ダリアはおなかの中に新しい命が宿っていることがにわかに信じられなかった。
つわりがひどいうちは、あまり複雑なことを考えている余裕もなかったけれど、それもだんだん落ち着いてくると、今度は言い知れない不安がダリアを苛んだ。
ダリアは、親の愛情というものを一切知らない。
実の親には捨てられ、引き取ってくれたハイデル公爵夫妻からもひどい扱いを受けた。そんな自分が子どもを育てることなどできるのだろうか。そう思い悩むうちに、ダリアの心は不安定になっていった。妊娠中のホルモンバランスのせいもあり、一日中塞ぎ込んでいる日がほとんどだ。
そんなダリアを心配して、ヘンリーが庭園を散歩しようと誘ってくれる。
ヘンリーの気遣いを無視してベッドから起き上がれない日もあったけれど、今日はいっしょに散歩したいとひさしぶりに感じた。
ダリアがベッドから身体を起こすと、ヘンリーはそれだけでうれしそうに微笑む。
ヘンリーはとても献身的な夫だった。ダリアがつわりで戻してしまうときもそばに寄り添って、ずっと背中をさすってくれた。ダリアはそれをありがたく受け取る日もあったが、妙に苛立って「あっちに行ってよ!」と怒鳴ってしまうこともあった。そんなときは何も言わずにダリアを一人にしてくれる。荒れがちなダリアの心を優しく包み込んで、いつも安心させてくれるのだ。
ヘンリーに手を引かれて、庭園をゆっくり歩いていく。
今日はとても気分が穏やかだった。
「ダリア見て。前に植えたダリアの花が咲いたんだ」
ヘンリーが連れてきてくれたのは、前にも案内してくれた彼の花壇だった。以前見たときよりも随分背の伸びたダリアは、見事な大輪の花を咲かせている。一輪でも圧巻の存在感を放つダリアがいくつも咲き誇る、えもいわれぬ華やかな光景に、ダリアは思わず感嘆の声を上げていた。
「きれいね……」
「うん。本当にダリアにぴったりの花だ」
「いろんな色を植えたのね」
「ダリアはどの色が好き?」
「どれもきれいで選べないわ」
「そうなの? ダリアに好きなのを選んでもらって、次からはそれだけを植えようと思っていたのに」
さまざまな咲き方をして、いろいろな色があって、どれも美しい。ダリアの咲き方は、まるで自身の美しさに胸を張っているように見えた。ヘンリーが丁寧に世話をしてあげたのが伝わってくる。その愛情は、ダリアに対して捧げてくれる優しさと似ていた。自分もこの花と同じように、ヘンリーに大事に大事にされているのだろう。
いつまでも塞ぎ込んでいてはいけない、と思った。
悩みがあるのなら、昔のようにすべてヘンリーにぶつければいいのだ。ヘンリーなら受け止めてくれる。ヘンリーはずっと、どうして塞ぎ込んでいるのか無理に聞き出そうとはせずに、ダリアが気持ちをぶつけるのを待っていてくれていたような気がした。
ダリアが不意にヘンリーを呼ぶと、彼はハッとした様子で振り返る。
それからヘンリーは穏やかに微笑んで、ダリアの手を握った。
「ヘンリーあのね、私、ちゃんと母親になれるか不安なの」
「うん」
「愛情を注いであげられるかわからないのよ」
「うん」
「ヘンリーとの子どもが欲しいって私も望んでいたはずなのに、今になってすごく不安になってきてしまったの。こんな私が母親になってもいいのかしら……?」
話しているうちに、目に涙が溜まっていく。これほど弱い心では母親として相応しくないと思ってはいても、今は感情のコントロールが難しかった。
「奇遇だね。僕もちゃんとした父親になれるか、不安だったんだ」
「……ヘンリーも?」
「もちろん。だって父親になるのは初めてだからね。ダリアもそうだろう? 不安になるのも仕方がないさ。一人で全部やろうとしなくていいんだよ。抱え込まなくていいんだよ。ダリアができないことは僕がカバーする。反対に、僕ができないことはダリアがカバーしてくれるとうれしいな」
「ええ……。そうね、そうだわ。夫婦だもの。二人の子どもだもの」
もしダリアが生まれてきた我が子を上手く愛せなくても、きっとヘンリーがその分も愛してくれる、という確信があった。ヘンリーは両親から愛情を注がれて育った、普通の人だ。普通の家族の愛を知っている。それだけでダリアの胸に安心感が広がった。
ヘンリーに話したことで、ダリアは肩の荷が下りたような気持ちになれた。
「ぎゅーってする? 気持ちが和らぐかも」
「……ヘンリーが私を抱き締めたいだけでしょ」
「あはは、見抜かれてるね」
「……いいわよ、ぎゅってしても」
ヘンリーがうれしそうに微笑んで、優しく抱擁してくれる。ヘンリーの腕の中はとても広くて、温かくて、胸の音が心地いい。こうされるのも久しぶりな気がして、ダリアは、ほう、と息を吐いた。
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