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第十七局 休憩中でも矢倉さんの守りは固い
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食事のあとお風呂の時間が用意され、そして夜の対局時間となった。
小さな宴会室を貸してもらって、そこに将棋盤が用意されていた。人数が五人のため二人ずつ対局するのかと思いきや、矢倉さんと他の先輩が対局して、残った二人がほぼつきっきりで僕の対局についていた。
つまりほぼほぼ僕の力を上げるために二人の先輩がつきっきりで教えてくれるという事なのだろう。
「誰か一人が矢倉ちゃんと指して、少しでも力を向上させる。残りはとにかく美濃くんの力の向上を図るよー」
菊水先輩がいいながらにこやかに僕の前に座っている。
ピシッと鋭い音をたてて、僕の玉を追い込んでいく。
「いまの手だけど、それは悪手だね。その筋だと僕がこう指すと追い詰められてしまう。この場合はここに角で合駒をする」
「え、そしたら角とられちゃいません?」
「とられてもいいんだ。そうすると相手の持ち駒が角しかないから、次に続く手がない。だから反撃の時間を作れる。でも他の駒だとこうして連続で王手をかけられる。この場合は逃げるしかないから、やがては追い詰められて詰んでしまう」
「なるほど。渡した駒で相手が何を出来るか考慮するんですね」
これもあまり考えた事のない視点だった。何とか王手を防ぐ事だけで頭がいっぱいで、その時の相手の攻め筋まで頭には浮かばなかった。
ついでに将棋を指している時はいつもよりもしゃべり方がふわふわしていない。これが菊水先輩の戦闘モードなのかもしれない。
「いまのはボクも気がつかなかった。さすが菊水先輩だよ」
いちご先輩も納得した声でつぶやく。
菊水先輩はいちご先輩や木村先輩よりも腕は上らしい。矢倉さんと同じくらいの実力者との事だった。実際矢倉さんとまともに勝負出来るのは、うちの将棋部では菊水先輩くらいなのだろう。
「ではもういちど。僕に四枚落ちで常時勝てるくらいになれば、かなり棋力はあがってきていると思う。団体戦の成果は美濃くんにかかっているといっても過言じゃないからねー。さぁ、いくよ」
菊水先輩が鋭い音を立てて駒を伸ばす。
四枚落ちは将棋の大駒の飛車角に加えて、端にある香車を落とした形だ。この形を何とか攻略できればと思う。
でも特訓中は矢倉さんと指せなくて寂しい。
矢倉さんはどうも人に教えるのは向いていないようだった。あまり思考を言語化するのが得意ではないらしい。
一方で実力者ではあるので、他の人達と対局する事で他の人の力が磨かれていく。従って僕と対局している暇はないのだ。
しばらくの間、ずっと対局を続けていた。
いろいろな考え方や手順を教えてもらって、僕も少しは強くなったような気がする。
「さて。向こうもちょうど対局がおわったみたいだから、ここら辺で一度休憩にしようか」
菊水先輩の一言で、いったん休憩に入る。
息を吐き出しながら、僕はスポーツドリンクを一気に飲み干す。緊張したせいかかなり喉が渇いていた。
それから矢倉さんの方に歩み寄っていく。
「矢倉さん」
「はい。美濃くん、どうかしましたか?」
「休憩らしいので、僕と一局指しませんか?」
「え。はい。指しましょう」
僕の言葉に矢倉さんがうなずく。
休憩時間くらいしか矢倉さんと指す時間がない。いつもよりずっと長い時間一緒にいるのだけれど、でも将棋は指していない。将棋を指していないと、一緒にいる気がしなかった。だから少しでも矢倉さんと一緒にいたいと思った。
「休憩時間だというのに、あらあらまぁまぁ」
木村先輩が後ろで何か言っていた。
「邪魔しちゃ悪いですよ。木村先輩。ボク達は向こうで休みましょう」
「あら~」
いちご先輩がウインクをしながら、木村先輩をつれていっていた。これはありがたい。
矢倉さんと指す将棋は緊張しないし疲れない。
勝負にはほとんどならない。僕がただ負けるだけだ。それでも二人で行う対局という名の対話は、二人の気持ちがつながっているような気がする。
矢倉さんが7六歩を突く。いわゆる角道を開ける手だ。
矢倉さんはほとんどの場合、初手はこの手を指す。いつもと変わらない矢倉さんだ。
いつもと変わらない二人の対局。この時間が何よりも尊いと思う。
矢倉さんの表情も少しだけ和らいでいるような気がした。
矢倉さんも同じように感じてくれたらいいなと思う。
だけど矢倉さんにはいつも届かない。
「ああ、また負けました」
「ふふ。でも今日はいつもよりも手強かった気がしますよ」
「じゃあもう一局お願いします」
「はい。じゃあ指しましょうか」
矢倉さんと僕の会話は、将棋の事ばかりだ。
だけど何かが届いているんじゃないかなって思う。
その気持ちは僕だけが抱いているものかもしれなかったけれど。
「うう。ありません」
再び矢倉さんに追い詰められていた。
休憩中でも、矢倉さんの守りは固い。
だけど。少しは近づいたような気がしていた。
小さな宴会室を貸してもらって、そこに将棋盤が用意されていた。人数が五人のため二人ずつ対局するのかと思いきや、矢倉さんと他の先輩が対局して、残った二人がほぼつきっきりで僕の対局についていた。
つまりほぼほぼ僕の力を上げるために二人の先輩がつきっきりで教えてくれるという事なのだろう。
「誰か一人が矢倉ちゃんと指して、少しでも力を向上させる。残りはとにかく美濃くんの力の向上を図るよー」
菊水先輩がいいながらにこやかに僕の前に座っている。
ピシッと鋭い音をたてて、僕の玉を追い込んでいく。
「いまの手だけど、それは悪手だね。その筋だと僕がこう指すと追い詰められてしまう。この場合はここに角で合駒をする」
「え、そしたら角とられちゃいません?」
「とられてもいいんだ。そうすると相手の持ち駒が角しかないから、次に続く手がない。だから反撃の時間を作れる。でも他の駒だとこうして連続で王手をかけられる。この場合は逃げるしかないから、やがては追い詰められて詰んでしまう」
「なるほど。渡した駒で相手が何を出来るか考慮するんですね」
これもあまり考えた事のない視点だった。何とか王手を防ぐ事だけで頭がいっぱいで、その時の相手の攻め筋まで頭には浮かばなかった。
ついでに将棋を指している時はいつもよりもしゃべり方がふわふわしていない。これが菊水先輩の戦闘モードなのかもしれない。
「いまのはボクも気がつかなかった。さすが菊水先輩だよ」
いちご先輩も納得した声でつぶやく。
菊水先輩はいちご先輩や木村先輩よりも腕は上らしい。矢倉さんと同じくらいの実力者との事だった。実際矢倉さんとまともに勝負出来るのは、うちの将棋部では菊水先輩くらいなのだろう。
「ではもういちど。僕に四枚落ちで常時勝てるくらいになれば、かなり棋力はあがってきていると思う。団体戦の成果は美濃くんにかかっているといっても過言じゃないからねー。さぁ、いくよ」
菊水先輩が鋭い音を立てて駒を伸ばす。
四枚落ちは将棋の大駒の飛車角に加えて、端にある香車を落とした形だ。この形を何とか攻略できればと思う。
でも特訓中は矢倉さんと指せなくて寂しい。
矢倉さんはどうも人に教えるのは向いていないようだった。あまり思考を言語化するのが得意ではないらしい。
一方で実力者ではあるので、他の人達と対局する事で他の人の力が磨かれていく。従って僕と対局している暇はないのだ。
しばらくの間、ずっと対局を続けていた。
いろいろな考え方や手順を教えてもらって、僕も少しは強くなったような気がする。
「さて。向こうもちょうど対局がおわったみたいだから、ここら辺で一度休憩にしようか」
菊水先輩の一言で、いったん休憩に入る。
息を吐き出しながら、僕はスポーツドリンクを一気に飲み干す。緊張したせいかかなり喉が渇いていた。
それから矢倉さんの方に歩み寄っていく。
「矢倉さん」
「はい。美濃くん、どうかしましたか?」
「休憩らしいので、僕と一局指しませんか?」
「え。はい。指しましょう」
僕の言葉に矢倉さんがうなずく。
休憩時間くらいしか矢倉さんと指す時間がない。いつもよりずっと長い時間一緒にいるのだけれど、でも将棋は指していない。将棋を指していないと、一緒にいる気がしなかった。だから少しでも矢倉さんと一緒にいたいと思った。
「休憩時間だというのに、あらあらまぁまぁ」
木村先輩が後ろで何か言っていた。
「邪魔しちゃ悪いですよ。木村先輩。ボク達は向こうで休みましょう」
「あら~」
いちご先輩がウインクをしながら、木村先輩をつれていっていた。これはありがたい。
矢倉さんと指す将棋は緊張しないし疲れない。
勝負にはほとんどならない。僕がただ負けるだけだ。それでも二人で行う対局という名の対話は、二人の気持ちがつながっているような気がする。
矢倉さんが7六歩を突く。いわゆる角道を開ける手だ。
矢倉さんはほとんどの場合、初手はこの手を指す。いつもと変わらない矢倉さんだ。
いつもと変わらない二人の対局。この時間が何よりも尊いと思う。
矢倉さんの表情も少しだけ和らいでいるような気がした。
矢倉さんも同じように感じてくれたらいいなと思う。
だけど矢倉さんにはいつも届かない。
「ああ、また負けました」
「ふふ。でも今日はいつもよりも手強かった気がしますよ」
「じゃあもう一局お願いします」
「はい。じゃあ指しましょうか」
矢倉さんと僕の会話は、将棋の事ばかりだ。
だけど何かが届いているんじゃないかなって思う。
その気持ちは僕だけが抱いているものかもしれなかったけれど。
「うう。ありません」
再び矢倉さんに追い詰められていた。
休憩中でも、矢倉さんの守りは固い。
だけど。少しは近づいたような気がしていた。
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