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王都に買い物へ その2

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 リーシャとエリアルはグレイスと別れた後、その近辺にあった洋服店に足を運んだ。店内を軽く見て回るけれど、直感的に3兄弟のイメージとは違うと判断し、次の店へ移動する。
 そんな調子でリーシャはエリアルたち3兄弟が着る服を探して、すでに数か所の洋服屋を回っていた。


「うーん。これもなんか違う気がするなぁ」

 リーシャは気になった洋服を手に取って広げ、服を渡す相手が着ている姿を想像した。けれど良いとは思えず、元にもどす。
 今まで回った店の中でこの店の服が3兄弟たちに似合うのではないかと思ったリーシャは、先ほどからこの流れをひたすら繰り返していた。

「ねぇちゃん、この辺のとかは?」
「うーん、ちょっと派手過ぎる気がする。やっぱりあっちにあった服の方が……」
「えぇぇ、またそっち行くの。さっきからそんな事ばっか言って全然決まんないじゃん」

 エリアルは面白くなさそうな顔をした。
 今のリーシャは、これまで自分の服選びで発揮したことのないくらいの真剣さで服を選んでいた。
 はじめのうちはリーシャも、3人とも外見が派手なので服は落ち着いたものにしようくらいにしか考えていなかった。どうせその場しのぎの服。難しく考えなくてもいいかと気楽に考えていたはずだったのだ。
 なのに、いざ選び始めるとせっかくだから似合う服の方がいいかもしれないと思い直してしまい、時間ばかりが過ぎていた。

「これは……体形に合わない気がする」

 本人がいないため、サイズを合わせることができないのも時間のかかる要因だった。きちんとサイズを測るべきだったとリーシャは反省し、溜め息をついた。

(少し大きいくらいの服を買って、最悪私が調整するしかないか)

 服を物色し続けていると、眉をしかめ、口をとがらせたエリアルがリーシャの真横に立った。視線は洋服には向かず、じっとリーシャの顔を見つめている。

「ねぇちゃぁん。まだぁ?」
「まだ。自分の分選び終わったからって……あっ! つまんないならエリアルもノアとルシアの服を選ぶの手伝ってよ! そうしたら早く終わるから」

 3人の服を選ぶためにこの店にいるのではあるのだが、実はエリアルの分に関してはすでに3着ほど選び終えていた。エリアルの手にはその洋服が入った紙袋が握られている。
 自分に関係ない事が終わるのを待っているという状況に、中身が幼いエリアルは飽きてしまっている様子だった。リーシャはそれならばと、他の兄弟2人の好みがわかりそうなエリアルに意見をもらおうと考えたのだ。

「えーヤダよ。というか、にぃちゃんたちも僕が選んだ服より、ねぇちゃんが選んだ服のほうが喜ぶよぉ?」

 あからさまに、面倒くさいと言いたげなそうな声。リーシャは諦めるものかとエリアルに食い下がった。

「どんなのが似合いそうとか意見くれるだけでいいの。そもそもエリアルが選んでくれたって、バレなきゃ問題ないんだし。お願い!」
「それはにぃちゃんたちが可哀想だからイヤ。にぃちゃんたちだってねぇちゃんに服選んでほしいって思ってるんだよ。僕、そんなズルしたくないよ」
「えぇー……」

 エリアルはそっぽを向いてしまった。
 飽きて不機嫌になっていた状態の上にこれだ。エリアルの協力を仰ぐのは無理そうだ。
 リーシャはやはり自分で選ぶしかないと諦め、また溜め息をついて服と対峙するのだった。




 リーシャがしばらく服を見ていると、いいことを思いついたかのようにエリアルは楽しそうな声を出した。

「そうだ! せっかくだし、何かお話しようよ!」
「話?」
「そっ!  お互いについて知りたいことについて話そうよ! 僕、もっとリーシャねぇちゃんのこ事、もっと知りたいんだ!」

 リーシャが黒竜の兄弟たちと一緒に生活してきた期間は半年くらい。
 その間の生活で分かったことは、彼らがだいたいどんな性格をしているとか、何が好きで何が嫌いかとかくらいだ。3匹の言葉が理解できないながらの解釈でしか、兄弟の事を理解できていない。

(エリアルたちのことをもっと知るには良い機会かもしれない)

 リーシャは未だにエリアルたちの事を自分が育てていた竜なのだと信用しきれてはいないものの、彼らの言動があの黒竜たちと重なり、ただの知らない人間だと切り捨てることもできずにいる。
 どうせ家に居座り続けるつもりのようなのだ。いっそのこと歩み寄ってみるのもありかもしれないとリーシャは思い始めていたのだった。

「いいよ。エリアルは何が聞きたいの?」
「あのねぇ、うーん。じゃあ、ねぇちゃんはどんなオスが好きなの?」

 初球からそう来るかとリーシャは吹き出し、目を丸くしてエリアルを見た。
 ウキウキした様子で、背後に「早く早く」と無いはずの文字が浮かんで見える気がする。

「えーと、あえていうなら私と同じくらい強い人、かな。そのほうがクエストに一緒に行けて、協力して魔物と戦えるし」 
「クエスト?」

 エリアルは首を傾げた。
 3人の言い分を信じるのなら、エリアルは生まれて1年経っているかどうか。そもそも人間であるリーシャと出会って数カ月しかたっていないため、人間がどういう生活をしているのかも知らないのだ。人間として生きるための知識なんてものは教えてもいない。だから知らない習慣や言葉は多い。
 エリアルにとって“クエスト“とは、その知らない言葉のうちの1つなのだ。
 リーシャは何も知らないエリアルにどう教えれば伝わるか、懸命に考えた。

「あのね、国にはギルドってところがあって、そこにクエストっていわれる依頼……お願い事が集まるの。私はそのお願いを叶えた時に貰えるお金で生活してるから、手伝ってくれる人がいいなって」
「ふーん……なんか僕が思ってる好きとはなんか違う気がするけど、ねぇちゃんは強いオスが好きなんだね」
「う、うん。私が選ぶクエストって、ランクが高い……難しいものばかりだから一緒に行ける人があんまりいないんだ」
「……じゃあ、僕も強くなれたらねぇちゃんにいっぱい好きになってもらえる?」
「絶対とは言わないけど、なるかもね」

 リーシャはあまり考えずに返事をした。
 エリアルたちはリーシャと産みの親の竜以外に異性を知らないはずだ。
 身近で世話を焼いていた相手に好意を抱き、それを恋愛感情と勘違いしているだけで、長くは続かないだろうとリーシャは思ったのだ。

「そっか……そっか……」

 独り言のようにエリアルは同じ言葉を繰り返した。
 リーシャは昨日からなんとなく疑問に思っていたことがあったことを思い出した。

「あの、さ。3人とも私を番にするって言ってるけど、番って雄と雌1匹ずつがなるものでしょ? 本気で3人ともそう思っているのだとしたら、なれなかった2人はどうするの? 家を出るの?」

 エリアルはきょとんとした。
 正論を言っているはずなのに、リーシャは一瞬自分が間違ったことを言ってしまったような気になってしまった。

「そうなの? 僕みんなでなるんだと思ってた。そのほうが子育てしやすそうだし」
「子っ⁉」

 突飛な発言に、リーシャは言葉に詰まった。
 番云々言っていることにも驚いているのに、もうそこまでのことを考えていたことがさらなる驚きだ。
 そんな驚くリーシャをよそにエリアルは続ける。

「だって、ルシアにいちゃんが言ってたけど、人間の子育てって僕らと違ってうんと長いんでしょ? それならみんなで育てたほうがよくない?」

 リーシャは価値観の違いに再び頭を悩ませた。
 けれど彼らが竜という別の種族ならこの感覚の違いにも頷ける。詳しくは知らないけれど、竜は一夫一妻ではないのかもしれない。はたまた彼らが世界を知らな過ぎるだけか。
 ならばそう思うのも仕方ないのかもしれないと一応は納得できた。
 納得はできるけれど、恋人になった相手が別の相手の事も好きだと言い始めたらそれは嫌ではないのかという疑問は残る。

「エリアルは嫌じゃないの? 自分の好きな相手が他の兄弟と仲良くしてるのを見て」
「そりゃあ、にぃちゃんとばっかり遊んで、僕とは全然遊んでくれないのは嫌だけど、ちゃんと僕とも遊んでくれるならいっかなって思ってるよ?」
「じゃあ、もしノアやルシア以外の人と結婚……番になるって言いだしたら?」

 エリアルの目が潤んだ。地雷を踏んでしまったようだ。

「ねぇちゃん、僕ら以外に好きな人いるの? 僕らのこと嫌いになっちゃった?」

 顔に涙の線が走った。顎まで流れた涙はぽたぽたと床に落ちて行く。
 リーシャの心臓がズキンと痛んだ。

(体はそこまで小さいわけじゃないけど……ちょっとこれは……)

 恋とかそういう事以前に、幼い子を泣かせてしまったような感覚にリーシャはに焦りを感じた。

「ごめん今の無し無し! そんな人いないから、泣かないで!」
「ほんとに?」
「うん、いないから大丈夫」

 頭をなで、持っていたハンカチでエリアルの顔から涙を拭った。再び目元にわずかに涙が浮かんできたけれど、エリアルは笑顔に戻った。

「よかった。僕たち以外を好きになっちゃだめだからね。約束だよ」
「わかった、約束ね」

 これ以上エリアルを泣かせたくなかったリーシャは、約束できるかどうかもわからない約束をした。
 その回答にエリアルも満足したらしい。

「えへへ。あ、にぃちゃんの服を選ぶの、僕も手伝ってあげる」
「えっ、ほんとに?」
「うん! ノアにぃちゃんはたぶんこんな感じの服がいいと思うよ? でも、どれがにぃちゃんたちに似合いそうかはリーシャねぇちゃんがちゃんと選んであげてね? じゃないとにぃちゃんたち不機嫌になっちゃうと思うから」
「エリアルが選んでもバレないと思うけどなぁ」
「ノアにぃちゃんにはたぶんバレちゃうよ。にぃちゃんの勘結構当たるから。えーっと、ルシアにぃちゃんが好きそうな服はーっと……」

 ご機嫌になったエリアルは、面倒くさがっていた服選びを率先して手伝い始めた。服選びのセンスが良いようで、先ほどまでなかなか決まらなかったのが嘘のように、ノアとルシアの服が決まっていく。
 その間もエリアルは、自分はこんな服も好きだと言ったり、リーシャにこれを着てほしいと言ったりするものだから、断り切れず予定以上の買い物をしてしまったリーシャだった。




 ノアとルシアの服を選び終えたため、約束通りリーシャはエリアルと2人で王都の店をいろいろ回った。見て回るだけでなく、買い食いもした。
 たくさんの話をしながら回っていたこともあり、エリアルがどんなものが好きだとか、どんなことをしてみたいとか新たにいろいろとわかってきた。
 エリアルは会話のところどころで、リーシャの好きなところなどを挟んで話してくるので何度むずがゆくなったことだろう。

「結構回ったね。そろそろ帰ろっか」
「うん! 楽しかったね、リーシャねぇちゃん!」
「そうだね」

 そろそろ王都から出なくては帰りが真っ暗になってしまうという時間になった頃、おいしそうな匂いを漂わせるお菓子の店が目に入った。ギルドでよく合う女性から評判だと聞いていた店だ。

「ねぇ、エリアル。ノアたちにあのお菓子買って帰りたいんだけど……って、あれ? エリアル?」

 話しかけながら横を見たものの、先ほどまでいたエリアルの姿が消えていた。
 どこへ行ったのだろうと来た道を振り返ると、数歩後ろでじっと何かを凝視していた。

「どうしたの?」
「僕もねぇちゃんとあれしたい」

 エリアルが指さす方を見ると、恋人つなぎをして仲睦まじく歩く男女がいた。

「あれは、ちょっと……そもそも恋人同士でするようなことだし」
「恋人同士?」

 エリアルが首を傾げた。
 またわからない言葉だったようだ。

「お互いに好きだなって思ってる2人とか、将来結婚…番になろうって約束してる人のこと。そういう人たちがああやって手を繋ぐんだよ」
「ならいいじゃん! 僕もいつかねぇちゃんと番になるんだから!」

 ここで教えるべきではなかったかもしれない。
 エリアルが興奮して大声を出してしまったため、近くを歩く人々が2人の方を向いていた。
 リーシャの背筋にぞわっとする嫌な感覚が走った。

「ちょっ! こんなところで変なこと叫ばないでよ‼」
「変なことじゃないよ。僕はねぇちゃんとずぅぅぅぅぅぅっと一緒にいるんだから手つなぎたい!」
 
 リーシャは左手をエリアルの両手で掴まれた。先ほどよりも大きな声だったためさらに注目を集めてしまった。
 リーシャは王都では手練れの魔法使いとして顔と名前が知れ渡っている。周りからちらほらと、自分の名前が挙がっているのが聞こえてきた。

(このままだと変な噂を流されちゃうんじゃ……)

 リーシャは血の気が引く感覚に襲われた。
 手を繋がずにエリアルを大人しくさせる方法はないかと考えたけれど思いつかず、現状を切り抜けるためにはお願いを聞いてあげるという選択肢を選ぶほかなかった。
 先ほどの嫌なことはしないという発言はどこへ消え去ってしまったのだろう。

「わかった! わかったから‼ 大きい声やめて! ……もう、仕方ないなぁ。とりあえずこっちに来て」

 周りの注目から逃げるために、リーシャはエリアルの手を引いてその場を急いで立ち去った。
 離れた場所まで行き、周りから見られていないことを確認すると、掴んでいた手を放し、恋人同士がする繋ぎ方に繋ぎなおした。

「これでいい?」

 エリアルは繋いだ手を見ると顔をほころばせ、握る手に少し力を込めた。

「へへっ、ありがと」
「……どういたしまして。なんかもう疲れたからこのまま帰ろ」
「うん!」

 リーシャはこうして異性と手を繋ぐのは始めてだった。そんなに大きくはないけれど、自分とは違う少し骨ばった硬い手。
 リーシャはなんとなく気恥ずかしくなり、黙って前を向いてエリアルの真横を並んで歩いた。
 ふと今のエリアルはこれでもかというほどの笑顔をしているのだろうかという考えが頭をよぎった。
 確かめようとしてちらっと横を見ると、エリアルはリーシャが思ったような満面の笑みではなく、嬉しそうに、かつ照れくさそうに頬を赤らめていた。

(……さっきまで押しの強い子供みたいだったんだけどなぁ……)

 先ほどまでのエリアルはいったいどこへ行ったのだろうと考えていると、ふふっと笑いが出てしまった。

「ん? 何? どうしたの?」
「何でもない。あっ、最後にあのお店行ってみない? 2人にも何か買って帰ってあげよ」
「うん! にぃちゃんたち、きっと喜ぶよ!」

 屈託のない笑顔。
 恋愛とは違う気はするけれど、確実にエリアルに対する気持ちに変化はあったように思える。
 リーシャとエリアルは留守番組のお土産を買い終えると、家に着くギリギリまで手を繋いで帰った。
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