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02 出会いと別れ

読心術者の行商人

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 モンスターハウスは、まだまだ収まりそうにない。

 アリスメードさんもそうなのだけど、特にフェンネルさんは、本当に英雄めいた強さで、その身体能力とか戦闘センスとか、本当にすごかった。

 わたしよりよっぽどチート転生者っぽい。
 

「そうですよ! 本当に強いんで……あ」
「はいだめー!」

「今のは自分で気づいたからなし! なしだってば! あははは!」

 わたしは連日魔石集めに精を出していたのだけど、アリスメードさんからもう休まないとダメだと言われてしまったので、スードルとキャンプの探検をすることにした。

 ちなみにキースは、具合が悪いらしいので置いて来た。
 

 スードルとは、敬語で喋ったら罰としてくすぐるという盟約を交わしている。

 身を捩って大笑いするスードルとじゃれるのは、正直楽しい。


「あんなに素晴らしい方々にお仕えできるなんて、僕って最高についてるよ。奴隷になって良かった、って心から思ってる」

「アリスメードさんは主人公だよねー」
「ねー」
「……」

「……な、何?」
「敬語使わないかなーって」
「さっきのは油断しただけです!」
「使った!」

「あー! 違う、違う! あははは、やめっ、やめてー!」


 スードルは基本的に戦闘には出ないのだという。

 実力としてはわたしと同程度かそれ以上あるらしいのだけど、やっぱり他の人に比べると見劣りするというのと、ロイドさん曰く、その「性格」のせいで。

 代わりに雑用をしていて、魔石の選別とか、獲物の解体、素材の剥ぎ取り、財布の管理も担っているそうだ。
 

「お嬢さんたち、こんなところで遊んでいてはいけませんよ」

 ふと顔を上げると、長い髪の女の人がいた。

 明るい黒色という不思議な髪色が特徴的な雰囲気美人さんだったが、その顔の半分が酷い火傷で爛れていた。


「ごめんなさぁい」

「どこかの商人の子ですか? こんなところに、子供二人では危ないですよ。悪い大人もいますからね」

「僕はアリスメード様の奴隷です。スードルと申します」


「ワンダーランドの……では、レイスという獣人も知っていますか?」
「はい、レイスさんなら……魔術師です」

「ちょっとした知り合いなんですよ。奴隷を飼ったとは、知りませんでしたが。
「私は醤油といいます。行商人をしているんですよ」


 醤油さんなんて珍しい。

 いや、まあ名前の響きとしてはそんなに変というわけでもないけど。


 醤油と漢字変換するからおかしくなるだけで、カタカナでショウユなら普通だ。

 ショウコみたいなもんだし。


 この世界に醤油があるかどうかは定かではないけど、穏やかそうな、この女性には確かに似合っている。

 
「あ、醤油さん! はい、存じ上げております!」

 どうやらスードルは聞いたことがあったらしい。


 レイスさんの知り合いというなら、過剰に警戒する必要はないかもしれない。

 もちろん無条件に信用していいわけでもないだろうけど。


「そちらの子も、奴隷さんですか?」

「わ、わたしは違います。冒険者です。ただ……スードルとは友達、です」

 仲良しなんですね、と醤油さんは言った。


「店を建てるので、お手伝いしてくれませんか? お礼はお支払いしますよ」

「え、どこですか?」
「まさにここです」

「で、でもわたしたち、力仕事とか、無理ですよ」
「露店ですから、簡単ですよ」

 醤油さんは背負っていた荷物を地面に降ろした。


「王都から来たんですが、少し買いすぎてしまったんですよ。もともとは砂漠経由で海に行くつもりだったんですが、こちらにキャンプがあると聞いて」

「一人で旅をしてるんですか?」
「ええ、まあ」
「危ないんじゃないですか?」

「交通手段はありますから、それを利用すればそんなに危険ではありませんよ。確かに、この高原に来るのにはやや苦労しましたが」

 バックパックから、どう考えても入りそうにない柱やら屋根やらを取り出した醤油さんは、そう言って微笑んだ。


 スードルは既に手伝うつもりのようだ。
 わたしも、手持ち無沙汰だったし手伝うことにした。

「ああ、そうだ。私はとある方を探しているんですよ。よろしければ情報提供をお願いしたいのですが」

「誰ですか?」
「エナーシャという方です」

「エナーシャっていうと、女の子ですか?」
「さあ……どうでしょうね」
「どうでしょうねって、分からないんですか?」

「ええ。分からないんですよ。金髪に青い目をしていて、名前はエナーシャ。恐らく……スードル君と同じくらいの年齢かそれより幼いと思いますが」


 それ、絶対見つからないと思うんだけど。

 あまりにも抽象的過ぎる情報に、「ちょっと分かんないです」と曖昧に笑ってみる。


「どうして探してるんですか?」
「どうして? ……理由が必要ですか?」
「え?」

 そりゃ、当然理由は必要だと思うのだけど。
 醤油さんは少し考えてから、「説明すると長くなります」と言った。


「簡単に言うなら、前世からの縁なんですよ」
「前世?」

「ええ。そんなようなもの、と考えてください。……あっ、スードル君、それは違って、向きが」


 前世なんて、まるでわたしと同じに転生したみたいな言い方じゃないか。

 もしかして、わたしの名前はエナーシャとかいうやつで、彼女はわたしを探していたり?

 いやいや、わたしは確かに子供ではあるけれど、エナーシャって名前でもないし、金髪でもないし、目だって黒い。

 つまり、わたしのような転生者が他に?


「醤油さん、転生とか、してるんですか?」

「たはは。そうなりますね。転生なんて、なんだか格好いいですね」

 適当に子供をいなしているようにも、見えなくもない。

 いやそもそも、前世からの縁ものって言っただけで、そうだと断定したわけではない。


 子供に分かりやすいように、わざと大げさな例えを使った?

 ……そうに違いない。

 運命の相手とか宿命の敵とか、そんな例えはありふれている。


「二人で何をしていたんですか?」
「探検です」

「探検? たはは、楽しそうですね」

 この「たはは」っていうのが、この人の笑い声らしい。
 ちょっと可愛い。真似しようかな。

「何かいいものは見つかりましたか? ……あ、ああスードル君、やめて、無理矢理しないで、ちょ、ちょっと!」


 スードルは戦力外通告され、お店はわたしと醤油さんの二人で作った。

 そんなに難しいことはないと思うんだけど、相性が悪かったらしい。


「ありがとうございました。お駄賃ですよ」

 醤油さんはわたしとスードルに、硝子の瓶をくれた。

「果物のジュースです。とっても美味しいですよ」

「えっ、僕も貰っていいんですか?」
「ええ、どうぞ」

 知らない人からの飲み物とか絶対やめた方がいい、と言う前にスードルは蓋を開けてゴクゴク飲んでいた。


「美味しいっ、うわぁ、甘い……」

「……そういえば、醤油さんって、何を売ってる人なんですか? ジュース屋さん?」

「ジュース屋さんではありませんよ。主に衣服装備です。街では衣服を、こういう場所では軽装備を売っています」


「それなら、わたしの服とか装備ありますか?」
「ありますよ。王都では子供服が売れますからね。買いますか?」

「買いたいです。わたしはジュースはいいので、安くしてください」

「たはは、そのジュースは売り物じゃないので、それで値引きはできませんよ」

 この人、めっちゃ可愛い。
 その笑い方もさることながら、仕草の一つ一つがめっちゃ可愛い。

 女は顔じゃない。愛嬌だ。
 いや、別に醤油さんのお顔が残念と言ってるわけじゃないけども。


「そ、そうですか。うん……魔石、換金して来たらまた来ます。いつまでいるんですか?」

「そうですね。今回のモンスターハウスが消滅したら、撤収しますよ」

「醤油様、これすっごく美味しいですね!」
「当然ですよ。王城の果樹園で、採れたて新鮮を仕入れましたから」

「仕入れたってことは、やっぱり商品じゃないですか」

「売れ残りですよ。ブランドで販売規約がありますから、もう売れないんです」

 販売規約とかブランドとか、そういうこともあるらしい。
 商売には興味ないから、適当に「ふぅん」で聞き流す。


「ずいぶん可愛らしい店番だな」
「いらっしゃいませ。ご入り用ですか?」

 冒険者だろう。一人の男が近づいてきた。

「何を売ってる?」
「ポーションです。どちらがご入り用ですか?」
「仲間が怪我をしたんで、中級ポーションが欲しい」
「おいくつご購入なさいますか?」
「1本でいい」
「ご一緒に消毒液をご購入なさいませんか? ポーションの効果が上昇し、より早急な全治が望めますよ」
「消毒液? 聞いたことないな」
「ええ。最近大学で一般発売されたばかりの代物ですから。もちろん効果と安全性は実証されていますし、普及のために売値を下げるように言われていますのでね、ええ、お安くしますよ」
「まあ……試してみてもいいか」
「まいどありがとうございます。たはっ、またのご利用を」

 ニコニコした醤油さんは、ポーションらしき瓶を渡して代金を受け取っていた。


「……服屋さんじゃなかったんですか?」

「あなたには服を売りますよ。あの方はポーションをお探しのようでしたので、おすすめしたまでです」
「でもあの人、何も言ってなかったですよね?」


「商人の勘、ですよ」

 醤油さんは笑って言った。
 商人って怖い。
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