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02 出会いと別れ

ありふれた危機 sideフェンネル

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side フェンネル

「クソ、また来やがった! みんな構えろ!」

 最近、魔力災害が多い。
 あちこちから鎮圧の要請がある。
 しかも、だんだん大規模になっている。

「退いて」

 誰かを守りたいとか、誰かを助けたいとか。
 義理とか、義務とか、そういうの。
 あたしには、よく分からない。

 ただアリスが望む場所が、あたしの居場所だ。
 アリスがそうするって言うなら、あたしもそうする。


 岩の巨人の足を切り捨てる。
 踏み込んで頭部を一閃、コアごと叩き斬る。

 こういう魔物は、魔石をコアにしている。
 それを壊せば死ぬ。


「フェンネル、まだやれるか?」
「平気」
「了解。援護は任せろ」

 こんな魔物、いくらでも倒せた。
 あたしは強いから。


「スズネは?」
「大人しく見学してるよ」

 ホーンウルフの上で、スズネがこちらを見ている。
 その顔には表情がない。
 でも、あたしが見ていると気づいて、笑顔を浮かべた。
 あたしは目を逸らした。

「気をつけて」


 どうしてスズネが白玉の森にいたのか、そしてあの四角い部屋にいたのか、それは未だに分かっていない。


 新種の幻獣ではないか、とロイドは言った。
 あの白くて四角い部屋は、卵の殻で、いずれ朽ちる、彼女の故郷ではないか。

 しかし、スズネ一人を入れるには、あまりにも大きすぎる。
 卵というより、ただの部屋にしか見えない。


 ランダム転移の被害者ではないか、とレイスは言った。
 各地で起きる魔力災害の一種。
 突然人や物が消え、別の場所で現れる。

 しかしそれではやはり、部屋の説明はつかない。


 あの部屋はダンジョンの一部だと、アリスは言う。

 ダンジョンには特定の種族をはじき出す機能があったり、形態が変わるから。


 他にも色々な話をした。

 ダンジョンのトラップの一部ではないか。

 魔人の血を引いているのではないか。

 魔獣に攫われた赤子ではないか。

 スズネ自身は、魔術行使による記憶喪失だと言っているけど、全然信じてない。

 白玉の森は、記憶喪失の魔術師が生き残れるほど甘くない。

 スズネには本当に記憶がないらしいけど、その理由が記憶喪失でないことは明らか。



「頑張ってくださいね、フェンネルさん!」
「うん」

 スズネは、光のない虚ろな目で、ガッツポーズする。


 何か諦めているような、疲れているような。
 あの目を見ると、昔のアリスを思い出して、胸が騒ぐ。

 アリスみたいに、スズネも、何か失ったのかな。


「来るぞ!」
「っ、大きい!!」

 これは、
 さっきとは桁違いの魔力が集まっていくのを感じる。


「ロイド。スズネは離れてた方がいい」
「分かった」

 衝撃に備え、装甲を厚くした。
 衝撃が走った。


「……」

 確かに魔物は叫んだけど、何も聞こえない。
 代わりに、魔力の衝撃波を伴った。

 近くにいた冒険者が吹き飛ばされ、転がる。

「……ロックジャイアント、変異種」


 のろまな二足歩行のロックジャイアントは、足を切り落とすだけで簡単に崩れる。

 でも、こいつは違う。

 ヒト型でも、その他のどんな動物でもない。
 ダンジョンでアイススパイダーの群れを見たけど、あれがもっと大きくなったみたいな形。


「フェ、フェンネルさん、あいつは……」

 あたしの近くの冒険者が、後退りしている。

「変異種。近づかない方がいい」


 風を纏い、駆け出す。
 既に勇敢な何人かが飛びかかっていた。

 あたしも飛び上がる。
 風の力を借りて宙を舞う。
 そして、狙いを定める。

 脳天に、水を纏った剣を突き刺してやる。

「……」

 また、衝撃波。
 あたしはとっさに装甲をかけたが、全員を大きな手のひらで弾き飛ばされたみたいな衝撃を受けた。

 真上に打ち上げられ、高かった天井が迫り、そして、遠のく。


「シュート・エレメント・ウィンド!」

 空中で身を捩り、下へ向けて強度限界の魔術を放つ。
 媒介を使わない魔術は、苦手。

 それでも体は減速した。
 でも、浮き上がれるほどじゃない。

「!?」

 バシャンッ、と水に包まれた。
 水なんてどこに、と、あたしは混乱した。

 でも、その水はすぐに消えた。
 体は濡れてたけど。
 誰かが受け止めてくれたのだと理解した。


 混乱してる場合じゃない。
 魔物はあたしを標的にしていた。

「……正面からの打ち合いなら、得意」

 振り上げられた前脚を受ける。
 重い。でも、潰されるほどじゃない。

 跳ね返す。
 バランスを崩した、関節に向けて蹴りを放つ。

 硬い。
 靴に仕込んだプレートが、装甲越しに悲鳴を上げる。
 でも、確実に砕いた。

 砕いた前脚が崩れる。
 でもすぐに次が来る。


 大丈夫。繰り返すだけ。
 手数は多い。
 でも早くない。

 周囲が援護してくれている。
 射撃を払うために、手数が減る。
 その隙をついて、斬る。


 でも、気づいた。
 破壊した脚が、回復している。

「……」


 ストーンジャイアント。
 石の体。石と魔力で回復する。

 その力は、変異種になっても失われていない。

「……」


 どうすればいい?

 頭は遠い。飛べば届くけど、弾かれる。
 打ち合いで精一杯。斬り込めない。


 でも平気。
 あたしの仕事は分かっている。

「ロイド! 指示して!」


 あたしはただ待てばいい。
 相手のヘイトを買って、標的になり、攻撃を受け続ける。

 突破策なんて考えなくていい。
 ただ待っていればいい。


 目の前だけに集中しろ。


 懐に転がり込む。
 跳ねるように斬り上げる。

 角度を合わせる。
 肉みたいに石が斬れる。


 一度でも装甲なしに打ち込めば、刃は欠ける。
 剣は折れる。

 容易に想像できる。
 だから油断しない。


「!!?」

 突然、衝撃。
 前触れもなく。

 辛うじて装甲を張った。
 でも吹っ飛ばされた。


 追撃。
 距離が離れたおかげで、姿勢は立て直せる。

 動きながらあの衝撃波、長くは持たない。
 冷たい汗が流れる。

 いや、大丈夫。
 今まで一度だって、大丈夫じゃなかったことなんかない。


「腹からコアを砕け! 中心だ!」

 視界の端で、白いものが飛んで行った。
 あれは確か……

「……」


 甲高い音が、聞こえたような気がした。
 次の瞬間、目の前が発光した。

 バチバチと何かが爆ぜる音。

 魔物の動きが止まっている。


 なぜ? どうして?
 いや、考えなくていい。


 あたしは思いっきり地面を蹴った。
 僅かに空いている、腹と地面の隙間。
 仰向けに滑り込む。

 真上に向けて、渾身の一撃を叩き込む。

 亀裂が入る。
 あたしは素早くその場を離れた。


 歓声が聞こえた。 
 ロイドはアリスの仲間。
 いつだって最高で、最強だ。

 こんなの、当然の結果。
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