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08 異世界
知らない人の長話——禍去
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次にエナさんは、わたしを海に連れて行った。
そこもまた、わたしの常識では考えられない場所だった。
「気づいたときには、既に人類は絶滅の危機に瀕していた。
何人かは危機感を抱いた。
僕を含んだ数名が、新たな指導者として政府を打倒し、自らの主張と思想をもって人々に訴えかけ、彼らを導いた。
人道的な殺戮兵器は、ようやくその危険性を認識され、正式に破棄された。
それは人類の破滅を早めるだけだと、みんな気づいたんだよね。
でもやっぱり、僕らは互いを憎みあった。
僕は別に言い訳をするつもりはないんだけど、僕としては、是非とも彼らと協力したかったよ。
だって敵対する理由もないし。
けれど大樹の存在するこのアルファ地区は、滅びゆくこの都市に残された最後の希望だった。
確かに少なかったけど、マナだって存在していた。
彼らは僕らを襲った。
この場所を、大樹を、マナを。
奪取せんと、奪還せんと。
立ち上がり、攻撃し、進撃し、侵攻した」
まるで雲みたいだった。実態を持った雲みたいだった。
本来なら足下にあるはずの水面は頭上にあり、頭上にあるはずの空は足下にある。
キラキラと水面は光を反射している。
その美しさは、わたしの知っているそれと同じなのに。
「船はないんですか?」
「飛行船のこと? あるけど、まあ骨董品だよね。だって、行く必要なくない? 何もないし」
「何もないんですか?」
「ないよ。正確には空まで伸びる壁があるらしいけど、そんだけ」
エナさんはすぐに海に背を向けた。
この空の下はどうなってるんだろう。
聞きたかったのに、尋ねる前にエナさんはまた喋り始めてしまった。
「僕は戦いにリソースを裂きたくなかった。
貴重な資源を、戦争なんかに使いたくなかった。
つまり戦争を終わらせたかったんだ。戦争を終わらせる方法には、三種類あるでしょ?
和解と、停戦と、殲滅。
それは決してそれまでの『戦争』みたいに、清潔で心地いいものじゃなかった。
対物ビームやレールガン、ナイフに槍に瓦礫に石ころまで、使えるものは全て使って、僕らは敵を屠った。殺した。
大樹の周りは、瓦礫もなくて綺麗だったでしょ? けれど郊外はそうじゃない。
さっきのシグマ地区みたいにね。
人が入れる環境じゃないって場所も、ちょっとばかしできちゃった。
けれどやりとげた。僕は大樹を守り通した。他の全ての指導者から。
僕がいかに最強だったか、理解してくれるかな?
この都市に生きた人にとっては、その戦いは本当に耐えがたい精神的苦痛だった。
事実、僕についてきてくれた人の多くは発狂したり、僕の下を去った。
彼らがどうなったかは、僕には分からない。
僕らの知らないところで細々と生活してるのかもしれないし、もう死んじゃったかもしれない。
で、そんな状況になって、人は嫌でも数を減らして、それと一緒に意見も減って、意地を張るのも難しくなって、そして人は、人類という種を絶やさないよう、手を取り合うことにした。
お互いに気に入らないけど、少なくともこのまま争って、マナが尽きるより先に人類が滅亡するようなことをするのは、愚かしいと思い始めた」
空からはパラパラと雨が降ってくる。
明らかに物理法則に反している海なのに、それは海だってことははっきりと分かる。
海はたぶん遠浅の海ってやつで、大樹から見える青空が徐々に深くなっている。
なんて表現すればいいのか全く分からないけど、徐々に空が水に沈んでいくというのが一番正しいかもしれない。
足下に空があるので、重力が反転してるようにも見える。
波もあって、打ち寄せては引いていく。
砂浜にかぶるように、雲にかぶる波。その飛沫は雨となって降ってくる。
「新たな指導者には、僕が選ばれた。
僕はちょっと倫理的に問題があると思われてたらしいけど、それでも選ばれた。
この危機的状況においては、倫理観よりも、全ての地区を支配する革命軍から大樹を守り通した、僕の手腕と合理性を評価すべきだと、賢明な彼らは判断した。
そして僕は人間じゃない。最も中立で、第三者的だ。
人に与することがない以上、誰かをひいきすることもないでしょ?
醤油と合流できない以上、今のところ僕と人類の目的は一致してる。
そもそも僕自身、今世は人間として生まれたわけだし、積極的にみんなを滅ぼしたいとは思ってないからね。
そして次に始まったのは、神との戦いだ。
君も聞いてたと思うけど、この世界は今、滅亡の危機にある。滅亡させられようとしている。
神様が僕を世界ごと葬ろうとしてる以上、僕らは神様と戦わなきゃいけない。
神様っていうとなんだか壮大だけど、話はそう難しくない。
僕という一人を殺すために世界ごと消し飛ばすところからも分かると思うけど、神様って実は、かなり大雑把で間接的なことしかできないんだ。
全ての問題は、僕らが解決できる範疇で生じるはずだ。
なんでそう言い切れるかって言うと、また話が変わるから割愛するけど、まあとにかくそうなんだよ。
神様は、僕が生きてる限り、試練を与えることしかできない。それだけは確かだ。
僕らは、再び戦いに身を投じた。
それまでみたいに、人を殺すとか殺されるとか、そういう分かりやすい戦いじゃなかったけど、一番激しい戦いだったよ。
戦況は見ての通り、良くはなかった。
でも僕らは深い傷を負いながらも、人類の存亡をかけて戦い続けた。
一時は、この都市にあるダンジョンを使って、マナを生み出すことに成功したこともあったんだよ。
まるで揺り戻しみたいに、ある日突然消えちゃった上に、吸収され始めたけど。
今は海を中心に、色々なところを使ってマナを確保したり、ちょっと前時代的だけど、発電機なるものを動かしてみたりしてる。
でもそれも限界だね。
僕らが全く使わなかったとしても、大樹は枯れつつある。
大樹が枯れたら、それがこの都市の終わりだろうね」
エナさんは、「戻ろう」と言った。
「僕らはたくさん犠牲を払ったし、諦めたものも、見捨てたものも、たくさんあるんだよね。
でも、最後に残った希望がある。それが君なんだよ。スズネちゃん」
海辺の街には、何もなかった。
そもそも街があったのかどうかすら分からないくらいの更地だった。
凹凸が一切ない、真っ平らな場所だった。
エナさんはそんな街を背にわたしに尋ねた。
「どうかな、死ぬ気になった?」
そこもまた、わたしの常識では考えられない場所だった。
「気づいたときには、既に人類は絶滅の危機に瀕していた。
何人かは危機感を抱いた。
僕を含んだ数名が、新たな指導者として政府を打倒し、自らの主張と思想をもって人々に訴えかけ、彼らを導いた。
人道的な殺戮兵器は、ようやくその危険性を認識され、正式に破棄された。
それは人類の破滅を早めるだけだと、みんな気づいたんだよね。
でもやっぱり、僕らは互いを憎みあった。
僕は別に言い訳をするつもりはないんだけど、僕としては、是非とも彼らと協力したかったよ。
だって敵対する理由もないし。
けれど大樹の存在するこのアルファ地区は、滅びゆくこの都市に残された最後の希望だった。
確かに少なかったけど、マナだって存在していた。
彼らは僕らを襲った。
この場所を、大樹を、マナを。
奪取せんと、奪還せんと。
立ち上がり、攻撃し、進撃し、侵攻した」
まるで雲みたいだった。実態を持った雲みたいだった。
本来なら足下にあるはずの水面は頭上にあり、頭上にあるはずの空は足下にある。
キラキラと水面は光を反射している。
その美しさは、わたしの知っているそれと同じなのに。
「船はないんですか?」
「飛行船のこと? あるけど、まあ骨董品だよね。だって、行く必要なくない? 何もないし」
「何もないんですか?」
「ないよ。正確には空まで伸びる壁があるらしいけど、そんだけ」
エナさんはすぐに海に背を向けた。
この空の下はどうなってるんだろう。
聞きたかったのに、尋ねる前にエナさんはまた喋り始めてしまった。
「僕は戦いにリソースを裂きたくなかった。
貴重な資源を、戦争なんかに使いたくなかった。
つまり戦争を終わらせたかったんだ。戦争を終わらせる方法には、三種類あるでしょ?
和解と、停戦と、殲滅。
それは決してそれまでの『戦争』みたいに、清潔で心地いいものじゃなかった。
対物ビームやレールガン、ナイフに槍に瓦礫に石ころまで、使えるものは全て使って、僕らは敵を屠った。殺した。
大樹の周りは、瓦礫もなくて綺麗だったでしょ? けれど郊外はそうじゃない。
さっきのシグマ地区みたいにね。
人が入れる環境じゃないって場所も、ちょっとばかしできちゃった。
けれどやりとげた。僕は大樹を守り通した。他の全ての指導者から。
僕がいかに最強だったか、理解してくれるかな?
この都市に生きた人にとっては、その戦いは本当に耐えがたい精神的苦痛だった。
事実、僕についてきてくれた人の多くは発狂したり、僕の下を去った。
彼らがどうなったかは、僕には分からない。
僕らの知らないところで細々と生活してるのかもしれないし、もう死んじゃったかもしれない。
で、そんな状況になって、人は嫌でも数を減らして、それと一緒に意見も減って、意地を張るのも難しくなって、そして人は、人類という種を絶やさないよう、手を取り合うことにした。
お互いに気に入らないけど、少なくともこのまま争って、マナが尽きるより先に人類が滅亡するようなことをするのは、愚かしいと思い始めた」
空からはパラパラと雨が降ってくる。
明らかに物理法則に反している海なのに、それは海だってことははっきりと分かる。
海はたぶん遠浅の海ってやつで、大樹から見える青空が徐々に深くなっている。
なんて表現すればいいのか全く分からないけど、徐々に空が水に沈んでいくというのが一番正しいかもしれない。
足下に空があるので、重力が反転してるようにも見える。
波もあって、打ち寄せては引いていく。
砂浜にかぶるように、雲にかぶる波。その飛沫は雨となって降ってくる。
「新たな指導者には、僕が選ばれた。
僕はちょっと倫理的に問題があると思われてたらしいけど、それでも選ばれた。
この危機的状況においては、倫理観よりも、全ての地区を支配する革命軍から大樹を守り通した、僕の手腕と合理性を評価すべきだと、賢明な彼らは判断した。
そして僕は人間じゃない。最も中立で、第三者的だ。
人に与することがない以上、誰かをひいきすることもないでしょ?
醤油と合流できない以上、今のところ僕と人類の目的は一致してる。
そもそも僕自身、今世は人間として生まれたわけだし、積極的にみんなを滅ぼしたいとは思ってないからね。
そして次に始まったのは、神との戦いだ。
君も聞いてたと思うけど、この世界は今、滅亡の危機にある。滅亡させられようとしている。
神様が僕を世界ごと葬ろうとしてる以上、僕らは神様と戦わなきゃいけない。
神様っていうとなんだか壮大だけど、話はそう難しくない。
僕という一人を殺すために世界ごと消し飛ばすところからも分かると思うけど、神様って実は、かなり大雑把で間接的なことしかできないんだ。
全ての問題は、僕らが解決できる範疇で生じるはずだ。
なんでそう言い切れるかって言うと、また話が変わるから割愛するけど、まあとにかくそうなんだよ。
神様は、僕が生きてる限り、試練を与えることしかできない。それだけは確かだ。
僕らは、再び戦いに身を投じた。
それまでみたいに、人を殺すとか殺されるとか、そういう分かりやすい戦いじゃなかったけど、一番激しい戦いだったよ。
戦況は見ての通り、良くはなかった。
でも僕らは深い傷を負いながらも、人類の存亡をかけて戦い続けた。
一時は、この都市にあるダンジョンを使って、マナを生み出すことに成功したこともあったんだよ。
まるで揺り戻しみたいに、ある日突然消えちゃった上に、吸収され始めたけど。
今は海を中心に、色々なところを使ってマナを確保したり、ちょっと前時代的だけど、発電機なるものを動かしてみたりしてる。
でもそれも限界だね。
僕らが全く使わなかったとしても、大樹は枯れつつある。
大樹が枯れたら、それがこの都市の終わりだろうね」
エナさんは、「戻ろう」と言った。
「僕らはたくさん犠牲を払ったし、諦めたものも、見捨てたものも、たくさんあるんだよね。
でも、最後に残った希望がある。それが君なんだよ。スズネちゃん」
海辺の街には、何もなかった。
そもそも街があったのかどうかすら分からないくらいの更地だった。
凹凸が一切ない、真っ平らな場所だった。
エナさんはそんな街を背にわたしに尋ねた。
「どうかな、死ぬ気になった?」
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