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38 あるギルド職員の記憶_4
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……ポーションは全身を包み、俺が再び意識を取り戻した頃には、俺の外傷は少しはマシになっていた。
意識がはっきりしてきた代わりに、激しい痛みに苛まれる。
しかし命があるだけ、幸運だった。
何しろ、俺が魔物に突き飛ばされた先は、偶然、奇跡的に、用意されたキャンプ地だったのだ。
つまりそこには、食料品も消耗品も備え付けられている。
その上たまたま俺の手の中に、包帯も鎮痛剤も治療薬もあった。
「……」
我ながらこの悪運の強さが、たまに怖くなる。
子供の頃からお世辞にも恵まれた人生を送ってきたわけではなかったが、ここまで生き残っているのは、間違いなくこの運の強さのおかげだ。
俺は自分の体に一通りの治療を施し、吐きそうになるまで治療薬を飲み込む。
そして、どうやらなんとか動けるくらいにまで体力が回復したのを確認し、俺は歩き出した。
「……」
それは恐らく魔物に踏みつけられたのだろう、粉々に刃の砕かれた剣が転がっている。
俺は転がった破片の中から、できるだけ一番大きなものを選び、指を切らないように注意しながらそれを手に取って、懐に仕舞った。
それは今や、偽りだらけの俺の存在が、真実であることの唯一の証拠だった。
しかし、それも今や砕かれてしまった。
俺は神様とやらによほど愛されているようだが、彼が何を考えているのか、俺にはさっぱり分からない。
「……俺より生かすべき人なんて、いくらでもいるはずなのにな」
それでも俺はダンジョンの地下三階を歩き、エレベータに辿り着く。
エレベータは俺の呼び出しに応じた。
乗り込んだ俺は、少し迷って、固定式砲台が設置されている、地下二階へ向かった。
エレベータはすぐに目的地に到着した。
魔物達には、これの使い方は分からなかかったのだろうか。
……いや、獣の脚を持つ彼らに、これは必要のないものなのかもしれなかった。
不気味なほどに静かな地下二階。俺はすぐに何が起きたのかを察した。
誰もいないその場所に、折り重なった血と骨。
破壊された兵器、壊れた室内。
彼らは善戦したと、俺はその様を見て思った。
少なくない量の魔物の死体が、その場に積み重なっている。
最後までその命を魔弾に変えて吐き出していたのだろう、固定式砲台には、下半身だけが千切れ飛んだ、例の新人の死体があった。
魔物の死体も少なくなかった。
そのうちの多くはツノを折られて、正面から頭を吹き飛ばされていた。
本来その場に砕けて溶けて、消えていくはずの彼らの肉体は、その場に留まり、ドロドロと生々しい体液を流し続けていた。
その理由は俺には分からなかった。俺は頭が良くない。
そのうちの何体かは、まだ息があった。
恐ろしいほどの耐久力だ。
しかし彼らは、起き上がることはなかった。
剣を持たない俺は、何もしなかった。
俺は振り返り、今しがた自分が乗って来たエレベータを見た。
そういえば、あのエレベータは、地下二階からやってきたのだった。
「……」
俺は再びエレベータに乗り、地上へ向かった。
「……」
俺はエレベータの中に座り、少し休んだ。
体力は限界だった。しかし、それで少し回復した。
二階分上昇したエレベータから出ると、そこはやっぱりもぬけの殻だった。
ダンジョンの入口は、万が一にも中にいる魔物を外へ出さないように、壁で覆われている。
ここ数十年そんなことは起こらなかったので、金の無駄だと教会はその整備費を出さなくなったが、それでも過去に建てられたその建造物の形は残っている。
あえなく門は突破されたようだが。
「……」
俺が市街に辿り着いた頃には、既に誰もいなかった。
俺の歩みがあまりにも遅々としていたからか、それとも彼らのスピードが速すぎたのか、それは分からない。
俺は虚しく煌々と照る灯りの下、誰もいない街を歩く。
ところどころに、人の死体が転がっている。
たまにコボルトの破片らしきものが散らかっていたが、ツノのある魔物の死体は、それ以降一匹も見なかった。
空にいた白い竜は、既にどこかに去っていた。
俺はギルドに辿り着いた。
ギルドはやはり、不気味なほどに静かだった。
俺はその破壊された正面扉をくぐり、中に入る。
噎せ返るほどの血の臭い。
「……」
俺は体を引きずりながら、ギルドの中を見て回った。
外には比べ物にならない量の、死体、死体、死体。
潰され、砕かれ、引き裂かれ、切り刻まれた人間の死体。
しかし俺が見るに、転がっているのは武器を持った大人の死体が多く、武器を持たない市民や子供はそこにはいない。
教会へ通信を行おうと思ったが、通信機は壊されていた。
室内は大荒れだったので、戦いの最中で壊れてしまったのかもしれない。
俺は生き残りを探し、ギルドの中を歩き回った。
「……」
二階の奥で、すすり泣きのような声が聞こえた。
俺はその声を目指して歩く。
ほどなくして、俺はその声が、トランクの中から聞こえていることに俺は気づいた。
トランクには三人の人の死体が折り重なっており、恐らく内側からでは開けられない。
「……俺はギルドのサブマスターだ。誰か中にいるのか?」
俺は死体を退かし、トランクの中に声をかけた。
すすり泣きは一瞬止まり、そして震えた声が返ってくる。
「……誰?」
「うん、ギルドの副長だよ」
「ふくちょう……」
「そうだよ、助けに来たんだ。ここを開けるぞ?」
新人冒険者くらいの、少年の声に聞こえた。取り残されたのだろうか。
俺はトランクを開けた。
「大丈夫か?」
少年は膝を抱えて、トランクの中に蹲っていた。
それは声の通り新人の冒険者だった、ように見えた。
新人にしては珍しく、旧式の物理銃が側に転がっていた。
それは、彼の年齢よりも古いものだ。親か先輩から譲られたのだろう。
そんな彼は、ニタァと笑って俺の方を見上げた。
「ふくちょー?」
トランクの中は、無数の真っ赤な蟲で満たされていた。
赤いウロコを持つ、ムカデのような蟲。
彼は、足先から胸元までその蟲に喰われていた。
僅かにその肉片が、くたくたと動き、まるでその紅い海で煮込まれているかのように見えた。
彼は、片方しかない目で俺を見ていた。
剥き出しになった喉で声を出していた。
腐った頬から、絶え間なく動き続ける無数の脚が覗く。
既に空いた眼窩から、小さくも強靭な顎が覗いている。
「ふくちょーさん、どうしたの?」
声は当然のように普通だった。
ごく普通の少年の声に聞こえた。
そしてその耳道から、謎の液体が流れ出し始めた。
「……」
咄嗟に俺は、素早くトランクを閉めた。
そして、再びトランクに鍵をして、死体を被せて蓋をした。
「……はぁぁ」
思わず俺は溜め息を吐いた。
これで、数か月は同じ悪夢に魘されることになるかもしれない。
もちろん、真っ赤なムカデに、全身を内側から貪り尽くされる夢だ。
「……ギルドは駄目か」
白玉の森の居住区は広い。
そのほとんどがギルドに避難していたとしても、そして、そこが壊滅していたとしても、まだ誰一人として生き残りがいないという証拠にはならない。
俺は「ふぅ」と一つ息をついて、歩き出した。
市街の捜索を、始めよう。
意識がはっきりしてきた代わりに、激しい痛みに苛まれる。
しかし命があるだけ、幸運だった。
何しろ、俺が魔物に突き飛ばされた先は、偶然、奇跡的に、用意されたキャンプ地だったのだ。
つまりそこには、食料品も消耗品も備え付けられている。
その上たまたま俺の手の中に、包帯も鎮痛剤も治療薬もあった。
「……」
我ながらこの悪運の強さが、たまに怖くなる。
子供の頃からお世辞にも恵まれた人生を送ってきたわけではなかったが、ここまで生き残っているのは、間違いなくこの運の強さのおかげだ。
俺は自分の体に一通りの治療を施し、吐きそうになるまで治療薬を飲み込む。
そして、どうやらなんとか動けるくらいにまで体力が回復したのを確認し、俺は歩き出した。
「……」
それは恐らく魔物に踏みつけられたのだろう、粉々に刃の砕かれた剣が転がっている。
俺は転がった破片の中から、できるだけ一番大きなものを選び、指を切らないように注意しながらそれを手に取って、懐に仕舞った。
それは今や、偽りだらけの俺の存在が、真実であることの唯一の証拠だった。
しかし、それも今や砕かれてしまった。
俺は神様とやらによほど愛されているようだが、彼が何を考えているのか、俺にはさっぱり分からない。
「……俺より生かすべき人なんて、いくらでもいるはずなのにな」
それでも俺はダンジョンの地下三階を歩き、エレベータに辿り着く。
エレベータは俺の呼び出しに応じた。
乗り込んだ俺は、少し迷って、固定式砲台が設置されている、地下二階へ向かった。
エレベータはすぐに目的地に到着した。
魔物達には、これの使い方は分からなかかったのだろうか。
……いや、獣の脚を持つ彼らに、これは必要のないものなのかもしれなかった。
不気味なほどに静かな地下二階。俺はすぐに何が起きたのかを察した。
誰もいないその場所に、折り重なった血と骨。
破壊された兵器、壊れた室内。
彼らは善戦したと、俺はその様を見て思った。
少なくない量の魔物の死体が、その場に積み重なっている。
最後までその命を魔弾に変えて吐き出していたのだろう、固定式砲台には、下半身だけが千切れ飛んだ、例の新人の死体があった。
魔物の死体も少なくなかった。
そのうちの多くはツノを折られて、正面から頭を吹き飛ばされていた。
本来その場に砕けて溶けて、消えていくはずの彼らの肉体は、その場に留まり、ドロドロと生々しい体液を流し続けていた。
その理由は俺には分からなかった。俺は頭が良くない。
そのうちの何体かは、まだ息があった。
恐ろしいほどの耐久力だ。
しかし彼らは、起き上がることはなかった。
剣を持たない俺は、何もしなかった。
俺は振り返り、今しがた自分が乗って来たエレベータを見た。
そういえば、あのエレベータは、地下二階からやってきたのだった。
「……」
俺は再びエレベータに乗り、地上へ向かった。
「……」
俺はエレベータの中に座り、少し休んだ。
体力は限界だった。しかし、それで少し回復した。
二階分上昇したエレベータから出ると、そこはやっぱりもぬけの殻だった。
ダンジョンの入口は、万が一にも中にいる魔物を外へ出さないように、壁で覆われている。
ここ数十年そんなことは起こらなかったので、金の無駄だと教会はその整備費を出さなくなったが、それでも過去に建てられたその建造物の形は残っている。
あえなく門は突破されたようだが。
「……」
俺が市街に辿り着いた頃には、既に誰もいなかった。
俺の歩みがあまりにも遅々としていたからか、それとも彼らのスピードが速すぎたのか、それは分からない。
俺は虚しく煌々と照る灯りの下、誰もいない街を歩く。
ところどころに、人の死体が転がっている。
たまにコボルトの破片らしきものが散らかっていたが、ツノのある魔物の死体は、それ以降一匹も見なかった。
空にいた白い竜は、既にどこかに去っていた。
俺はギルドに辿り着いた。
ギルドはやはり、不気味なほどに静かだった。
俺はその破壊された正面扉をくぐり、中に入る。
噎せ返るほどの血の臭い。
「……」
俺は体を引きずりながら、ギルドの中を見て回った。
外には比べ物にならない量の、死体、死体、死体。
潰され、砕かれ、引き裂かれ、切り刻まれた人間の死体。
しかし俺が見るに、転がっているのは武器を持った大人の死体が多く、武器を持たない市民や子供はそこにはいない。
教会へ通信を行おうと思ったが、通信機は壊されていた。
室内は大荒れだったので、戦いの最中で壊れてしまったのかもしれない。
俺は生き残りを探し、ギルドの中を歩き回った。
「……」
二階の奥で、すすり泣きのような声が聞こえた。
俺はその声を目指して歩く。
ほどなくして、俺はその声が、トランクの中から聞こえていることに俺は気づいた。
トランクには三人の人の死体が折り重なっており、恐らく内側からでは開けられない。
「……俺はギルドのサブマスターだ。誰か中にいるのか?」
俺は死体を退かし、トランクの中に声をかけた。
すすり泣きは一瞬止まり、そして震えた声が返ってくる。
「……誰?」
「うん、ギルドの副長だよ」
「ふくちょう……」
「そうだよ、助けに来たんだ。ここを開けるぞ?」
新人冒険者くらいの、少年の声に聞こえた。取り残されたのだろうか。
俺はトランクを開けた。
「大丈夫か?」
少年は膝を抱えて、トランクの中に蹲っていた。
それは声の通り新人の冒険者だった、ように見えた。
新人にしては珍しく、旧式の物理銃が側に転がっていた。
それは、彼の年齢よりも古いものだ。親か先輩から譲られたのだろう。
そんな彼は、ニタァと笑って俺の方を見上げた。
「ふくちょー?」
トランクの中は、無数の真っ赤な蟲で満たされていた。
赤いウロコを持つ、ムカデのような蟲。
彼は、足先から胸元までその蟲に喰われていた。
僅かにその肉片が、くたくたと動き、まるでその紅い海で煮込まれているかのように見えた。
彼は、片方しかない目で俺を見ていた。
剥き出しになった喉で声を出していた。
腐った頬から、絶え間なく動き続ける無数の脚が覗く。
既に空いた眼窩から、小さくも強靭な顎が覗いている。
「ふくちょーさん、どうしたの?」
声は当然のように普通だった。
ごく普通の少年の声に聞こえた。
そしてその耳道から、謎の液体が流れ出し始めた。
「……」
咄嗟に俺は、素早くトランクを閉めた。
そして、再びトランクに鍵をして、死体を被せて蓋をした。
「……はぁぁ」
思わず俺は溜め息を吐いた。
これで、数か月は同じ悪夢に魘されることになるかもしれない。
もちろん、真っ赤なムカデに、全身を内側から貪り尽くされる夢だ。
「……ギルドは駄目か」
白玉の森の居住区は広い。
そのほとんどがギルドに避難していたとしても、そして、そこが壊滅していたとしても、まだ誰一人として生き残りがいないという証拠にはならない。
俺は「ふぅ」と一つ息をついて、歩き出した。
市街の捜索を、始めよう。
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