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39 ケケ
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それは夜明け前のこと。
朝日が昇るまでには、まだ時間があった。
無事にケケ達と合流したルルは、ジャックの背中の上で、ケケの話を聞いている。
「あァ、楽しかったなァ」
ケケはスキップしながら、トランクを担いでいた。
彼女が言うには、中にはヨロイが入っているらしい。
「なあアイツラ、見たか? 馬鹿みたいに悲鳴を上げて、逃げ惑って!」
『ポポハ、コワカッタヨ』
『コドモタチモオヤクニタテタヨウデ、アンシンシマシタ』
『ミナゴロシ! ミナゴロシ! エリート、ダイカツヤクッ!』
魔物たちも、概ね満足しているらしい。
「スカッとしたゼ。胸の中にあったドロドロしたものが、こう、すぅっと消えてった。残ってるのは、武器の使い方も知らないカスばかりだ!」
ルルは連れて来た全ての魔物を集めて、中央都市へと向かっていた。
その様はさながら百鬼夜行。
たくさんのコボルトと、ジャックの親戚がゾロゾロとついてきている。
「……ケケちゃん」
ルルは饒舌なケケに向かって、静かに話しかけた。
「オレが若い男を殺したときのことを覚えてるか? なァ? 無様な悲鳴だったよなァ! タスケテ、タスケテって、ケケケッ! 助けてくれる英雄は、オマエラ自身で殺したんだっての!!」
「ケケ。ルル、ききたいことがある」
「んん? そう急かすな、ヤツラの断末魔なら、今から……」
「ちがう」
ルルはケケの話を遮って、真剣な顔をして尋ねた。
「……ケケ、おぼえてる? ルルとあったとき、ケケ、『あるじ、しんだ』ってゆってた」
「……ケケッ、そうだったな。俺の主について聞きたいのか?」
「……」
「……今は気分がいいし、オマエラになら、教えてもいいゼ。……彼は英雄だった。ルルも聞いただろ? 危険な魔物を討伐し、そして人間に平和をもたらした、『英雄』。それがオレの、主人だった人だゼ」
「……」
「優しい人だった。オレは……オレは大好きだった。ルルやニコやみんなのことも好きだけど、やっぱり一番は彼なんだ。今でもずっとな」
ケケはその美しい目を閉じ、昔を懐かしんでいるように見えた。
しかしその表情はすぐに険しくなる。
「……」
「でも、彼は殺された。『勇者』に殺されたんだ。『勇者』は人間を唆し、『英雄』を『異物』に仕立て上げた。人間は受けた恩を忘れ、その偉業をすっかりなかったことにして、当たり前のように、『勇者』を崇めた」
「……」
「残されたオレは、『勇者』の手から逃れ、人間に復讐するため、精霊の力を求め、雪山に向かった」
「……」
「オレは『勇者』のことを恨んでるわけじゃないゼ。ヤツは人間じゃないからな。ヤツは恐らく純然たる悪で、どちらかといえばオレたちに近い存在なんだ。だから『勇者』が『英雄』を殺したのは、オレの力不足だ。守れなかった、オレが弱かった」
「……」
「でも、オレは許せなかったんだ。『英雄』を裏切った人間が。その偉業を忘れた人間が。彼が自分自身の夢を諦めてまで守った平穏を、ヤツラは自らぶち壊した。オレはそれが許せなかった」
ケケは話しているうちにまたその怒りを思い出したのか、ぶっきらぼうに吐き捨てた。
「……それで、ワラワとケケは出会ったのだ。ワラワはケケの探していた精霊ではなかったが、ワラワはケケに手を貸すことを了承した。以来ワラワは、ケケと共に行動を続けている」
ニコがそう補足した。
「……」
ルルはその話を黙って聞いていたが、それが終わったときに、口を開いた。
「……まだ、はなしてないこと、ある」
「何か知りたいことがあるのか?」
「……ケケ、『えいゆー』のともだち、ケケだけ?」
そう尋ねると、ケケは僅かに眉を顰め、嫌なことを思い出した、みたいな顔をした。
「……あぁ、いたよ。『聖女』とかな」
「『せーじょ』、どこ?」
「……さぁな。『聖女』は『英雄』が殺されたとき、教会に愛想を尽かして出て行った。逃げたんだ。誰にも行き先を告げなかったから、『聖女』が今、どこにいるのかは知らない」
「……じゃあ、『せーじょ』じゃない」
ルルは呟く。
「じゃないって?」
「もうひとり、ケケとおなじ、あるじをもつもの。『えいゆー』につかえるもの、いるはず」
「……」
ケケは明らかに顔を歪ませ、目を逸らした。
思い出したくない、考えたくない、とその歪んだ顔に書いてある。
「……あァ、いたよ。でもオレは、『英雄』が死んだとき、ソイツとは袂を分かった。もう仲間じゃない」
「ルル、そのひとにあった」
ルルがそう言うと、ケケは目を見開き、ルルの方を見た。
「いきて、たのか?」
「しんだかもしれない。オズにふきとばされた」
『だってアノヤロウ、アタシの、オネエチャンを!』
オズが鼻息荒く、ツノを振り立てている。
「……そのくらいじゃ死なないゼ。昔から、悪運だけは強いんだ」
ケケは心底嫌な思い出だ、というようにして呟いた。
しかしその様には、確かに昔を懐かしむような風がある。
「……オズ、おちつけ。おまえのねえちゃんは、しんだわけじゃない」
ルルはそのツノを撫でて言う。
オズは傷を負ったバフォメトを背中に背負って歩いていた。
「……」
「そいつ、ケケのてき?」
「敵……そうだな、敵だよ」
そうは言うものの、ケケは煮え切らない態度で、言葉を濁す。
ルルはケケに近づき、その服を引っ張った。
「どうして、けんかした?」
「……喧嘩、か。そんなものじゃない、って言いたいけど、ルルにとってはその程度かもしれないな。……ヤツは『英雄』が殺されたとき、教会はヤツをギルド職員として雇ってやるって言った。ヤツは、その両耳と尻尾を自ら切り落とし、人間に下った」
「……みみとしっぽ、あったの?」
「そうだゼ。ヤツは亜人だからな。俺の主は、その尻尾をすごく気に入ってた。それなりにいい毛並みだったゼ。……でもヤツはそれを手放したんだ。『英雄』を裏切った人間の仲間になるために、彼が好きだったものを、自ら手放した」
ケケは低い声で、機嫌悪そうに言う。
「そのひと、どうしてにんげんのほう、いった?」
「……さぁな。本当のところは、分からない。でも、ヤツには娘がいたんだ。その娘が、教会にいた。当時はオレも動揺してて、それどころじゃなかったけど、今思えば、ヤツは教会から娘を守るために、そうするしかなかったのかもな」
ルルには、ケケが少し悲しそうにしているように見えた。
「……」
「……与太話が長くなったな。ほら、中央都市の壁が見える」
言われてルルは、顔を上げた。
夜の暗闇に、巨大な城壁が見える。
それは天高くそびえ、何人たりとも通さないという強い意思を感じた。
「……」
門番は二人立っていた。しかしルルたちが近づいても、彼らはまるで銅像のように全く動かない。
ノックすると、その門は容易く開いた。
『オカエリナサイ』
『スベテ、オワリマシタ』
「ん」
門が開き、出迎えてくれたのはコボルト二匹。
門が開いたのを見ると、門番二人はその場に崩れ落ち、そしてその体の中から、ヨロイが這い出してきた。
『オワッタ、オワッタ!』
『ミナゴロシ!』
「……ぜんぶ、はいった?」
『ハイッタ! ハイッタ!』
『ヒナン、シテキタ!』
『イソイデ、ハイッタ!』
『ニゲテキタ!』
ヨロイはカチカチ顎を鳴らして大笑いする。
どうやら、白玉の森を追われた人々は、計画通りに中央都市に逃げ込んだらしい。
ルルは頷き、間もなく昇る朝日の方を見ながら、少し考えた。
「あ!!」
「!?」
そのとき、ケケが大きな声を上げた。
ルルは思わずビクッとして振り向く。
ケケはトランクを開け、頭を抱えている。
「……なに?」
「……間違えた」
「へっ?」
「持ってくるトランク、間違えた」
「……?」
「い、いや、小っちゃいヨロイをな、入れといたんだよ。アイツラ小さいし、こうして歩いて来る間に、風とかで飛ばされちゃ可哀想だろ? バフォメトに踏み潰されても可哀想だし。だからオレが、まとめて移動させてやろうと思って。でもなんかその、持ってくるトランクを間違えたみたいで……」
ケケは慌てて、必死に言い訳する。
「……じぶんでいれたのに、まちがえた?」
「そういえば、人間に持っていかれないように、隠しといたんだよな……それをその……忘れててさ……」
「……なかみ、かくにんしなかった?」
「そ、そんな顔するなよ! 仕方ないだろ、急いでたし、人間の持ち物って全部似たような物ばっかりなんだよ!」
ルルは、ちょっと無表情になってケケに言った。
「……いまからもどって、とりかえてきなさい」
朝日が昇るまでには、まだ時間があった。
無事にケケ達と合流したルルは、ジャックの背中の上で、ケケの話を聞いている。
「あァ、楽しかったなァ」
ケケはスキップしながら、トランクを担いでいた。
彼女が言うには、中にはヨロイが入っているらしい。
「なあアイツラ、見たか? 馬鹿みたいに悲鳴を上げて、逃げ惑って!」
『ポポハ、コワカッタヨ』
『コドモタチモオヤクニタテタヨウデ、アンシンシマシタ』
『ミナゴロシ! ミナゴロシ! エリート、ダイカツヤクッ!』
魔物たちも、概ね満足しているらしい。
「スカッとしたゼ。胸の中にあったドロドロしたものが、こう、すぅっと消えてった。残ってるのは、武器の使い方も知らないカスばかりだ!」
ルルは連れて来た全ての魔物を集めて、中央都市へと向かっていた。
その様はさながら百鬼夜行。
たくさんのコボルトと、ジャックの親戚がゾロゾロとついてきている。
「……ケケちゃん」
ルルは饒舌なケケに向かって、静かに話しかけた。
「オレが若い男を殺したときのことを覚えてるか? なァ? 無様な悲鳴だったよなァ! タスケテ、タスケテって、ケケケッ! 助けてくれる英雄は、オマエラ自身で殺したんだっての!!」
「ケケ。ルル、ききたいことがある」
「んん? そう急かすな、ヤツラの断末魔なら、今から……」
「ちがう」
ルルはケケの話を遮って、真剣な顔をして尋ねた。
「……ケケ、おぼえてる? ルルとあったとき、ケケ、『あるじ、しんだ』ってゆってた」
「……ケケッ、そうだったな。俺の主について聞きたいのか?」
「……」
「……今は気分がいいし、オマエラになら、教えてもいいゼ。……彼は英雄だった。ルルも聞いただろ? 危険な魔物を討伐し、そして人間に平和をもたらした、『英雄』。それがオレの、主人だった人だゼ」
「……」
「優しい人だった。オレは……オレは大好きだった。ルルやニコやみんなのことも好きだけど、やっぱり一番は彼なんだ。今でもずっとな」
ケケはその美しい目を閉じ、昔を懐かしんでいるように見えた。
しかしその表情はすぐに険しくなる。
「……」
「でも、彼は殺された。『勇者』に殺されたんだ。『勇者』は人間を唆し、『英雄』を『異物』に仕立て上げた。人間は受けた恩を忘れ、その偉業をすっかりなかったことにして、当たり前のように、『勇者』を崇めた」
「……」
「残されたオレは、『勇者』の手から逃れ、人間に復讐するため、精霊の力を求め、雪山に向かった」
「……」
「オレは『勇者』のことを恨んでるわけじゃないゼ。ヤツは人間じゃないからな。ヤツは恐らく純然たる悪で、どちらかといえばオレたちに近い存在なんだ。だから『勇者』が『英雄』を殺したのは、オレの力不足だ。守れなかった、オレが弱かった」
「……」
「でも、オレは許せなかったんだ。『英雄』を裏切った人間が。その偉業を忘れた人間が。彼が自分自身の夢を諦めてまで守った平穏を、ヤツラは自らぶち壊した。オレはそれが許せなかった」
ケケは話しているうちにまたその怒りを思い出したのか、ぶっきらぼうに吐き捨てた。
「……それで、ワラワとケケは出会ったのだ。ワラワはケケの探していた精霊ではなかったが、ワラワはケケに手を貸すことを了承した。以来ワラワは、ケケと共に行動を続けている」
ニコがそう補足した。
「……」
ルルはその話を黙って聞いていたが、それが終わったときに、口を開いた。
「……まだ、はなしてないこと、ある」
「何か知りたいことがあるのか?」
「……ケケ、『えいゆー』のともだち、ケケだけ?」
そう尋ねると、ケケは僅かに眉を顰め、嫌なことを思い出した、みたいな顔をした。
「……あぁ、いたよ。『聖女』とかな」
「『せーじょ』、どこ?」
「……さぁな。『聖女』は『英雄』が殺されたとき、教会に愛想を尽かして出て行った。逃げたんだ。誰にも行き先を告げなかったから、『聖女』が今、どこにいるのかは知らない」
「……じゃあ、『せーじょ』じゃない」
ルルは呟く。
「じゃないって?」
「もうひとり、ケケとおなじ、あるじをもつもの。『えいゆー』につかえるもの、いるはず」
「……」
ケケは明らかに顔を歪ませ、目を逸らした。
思い出したくない、考えたくない、とその歪んだ顔に書いてある。
「……あァ、いたよ。でもオレは、『英雄』が死んだとき、ソイツとは袂を分かった。もう仲間じゃない」
「ルル、そのひとにあった」
ルルがそう言うと、ケケは目を見開き、ルルの方を見た。
「いきて、たのか?」
「しんだかもしれない。オズにふきとばされた」
『だってアノヤロウ、アタシの、オネエチャンを!』
オズが鼻息荒く、ツノを振り立てている。
「……そのくらいじゃ死なないゼ。昔から、悪運だけは強いんだ」
ケケは心底嫌な思い出だ、というようにして呟いた。
しかしその様には、確かに昔を懐かしむような風がある。
「……オズ、おちつけ。おまえのねえちゃんは、しんだわけじゃない」
ルルはそのツノを撫でて言う。
オズは傷を負ったバフォメトを背中に背負って歩いていた。
「……」
「そいつ、ケケのてき?」
「敵……そうだな、敵だよ」
そうは言うものの、ケケは煮え切らない態度で、言葉を濁す。
ルルはケケに近づき、その服を引っ張った。
「どうして、けんかした?」
「……喧嘩、か。そんなものじゃない、って言いたいけど、ルルにとってはその程度かもしれないな。……ヤツは『英雄』が殺されたとき、教会はヤツをギルド職員として雇ってやるって言った。ヤツは、その両耳と尻尾を自ら切り落とし、人間に下った」
「……みみとしっぽ、あったの?」
「そうだゼ。ヤツは亜人だからな。俺の主は、その尻尾をすごく気に入ってた。それなりにいい毛並みだったゼ。……でもヤツはそれを手放したんだ。『英雄』を裏切った人間の仲間になるために、彼が好きだったものを、自ら手放した」
ケケは低い声で、機嫌悪そうに言う。
「そのひと、どうしてにんげんのほう、いった?」
「……さぁな。本当のところは、分からない。でも、ヤツには娘がいたんだ。その娘が、教会にいた。当時はオレも動揺してて、それどころじゃなかったけど、今思えば、ヤツは教会から娘を守るために、そうするしかなかったのかもな」
ルルには、ケケが少し悲しそうにしているように見えた。
「……」
「……与太話が長くなったな。ほら、中央都市の壁が見える」
言われてルルは、顔を上げた。
夜の暗闇に、巨大な城壁が見える。
それは天高くそびえ、何人たりとも通さないという強い意思を感じた。
「……」
門番は二人立っていた。しかしルルたちが近づいても、彼らはまるで銅像のように全く動かない。
ノックすると、その門は容易く開いた。
『オカエリナサイ』
『スベテ、オワリマシタ』
「ん」
門が開き、出迎えてくれたのはコボルト二匹。
門が開いたのを見ると、門番二人はその場に崩れ落ち、そしてその体の中から、ヨロイが這い出してきた。
『オワッタ、オワッタ!』
『ミナゴロシ!』
「……ぜんぶ、はいった?」
『ハイッタ! ハイッタ!』
『ヒナン、シテキタ!』
『イソイデ、ハイッタ!』
『ニゲテキタ!』
ヨロイはカチカチ顎を鳴らして大笑いする。
どうやら、白玉の森を追われた人々は、計画通りに中央都市に逃げ込んだらしい。
ルルは頷き、間もなく昇る朝日の方を見ながら、少し考えた。
「あ!!」
「!?」
そのとき、ケケが大きな声を上げた。
ルルは思わずビクッとして振り向く。
ケケはトランクを開け、頭を抱えている。
「……なに?」
「……間違えた」
「へっ?」
「持ってくるトランク、間違えた」
「……?」
「い、いや、小っちゃいヨロイをな、入れといたんだよ。アイツラ小さいし、こうして歩いて来る間に、風とかで飛ばされちゃ可哀想だろ? バフォメトに踏み潰されても可哀想だし。だからオレが、まとめて移動させてやろうと思って。でもなんかその、持ってくるトランクを間違えたみたいで……」
ケケは慌てて、必死に言い訳する。
「……じぶんでいれたのに、まちがえた?」
「そういえば、人間に持っていかれないように、隠しといたんだよな……それをその……忘れててさ……」
「……なかみ、かくにんしなかった?」
「そ、そんな顔するなよ! 仕方ないだろ、急いでたし、人間の持ち物って全部似たような物ばっかりなんだよ!」
ルルは、ちょっと無表情になってケケに言った。
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