ツンデレΩは噛まれたい

齊藤るる

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出会い編

アルファとアルファ

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突如、研究棟の三階の窓から飛び込んできた獣人の姿に、ハルは仰天した。

窓のサッシに長い手足を掛けていたユキは、ハルの姿を認めると、ポーカーフェイスのままパチクリと瞬きをし、身を乗り出すようにして「よっと」と身軽な動作で、リノリウムの床へ降り立った。


  「ハル、迎えに来たよ」


そう呼びかけるユキの声は柔らかく、やっと会えたという喜びがこもっているようだった。


「お、お前、ここ三階だぞ…!?!?」 

 「うん」


驚くハルとは対照的に、ユキはそれが至極当然で、何でもないことであるかのように答えた。
ワーウルフの身体能力の高さに、ハルは恐れを抱かざるを得なかった。
それに、つい先程、テレビで顔を見たばかりなのだった。
てっきり、ワーウルフの国で忙しい日々を過ごしていると思っていたのに、まさか日本に来ていたなんて。

お化けを見たかのような驚きの表情を浮かべるハルに、ユキはそのまま近づき、「久しぶり。元気だった?」と静かな声で訊ねた。

ポーカーフェイスなので分かりづらいが、ふさふさの濃い茶色の尻尾は、会えた嬉しさを表現するようにふわふわと揺れていた。
ユキの瞳はまるで深い森の中の星のようだった。
人外であることの証の、金色の瞳。
ハルは若干の畏怖を抱きつつも、ユキに噛み付くように言い返した。


「元気だった?って…お前、なんでここにいるんだよ!」  

「なんでって言われても、ハルのこと追いかけてきたから」 

 「はあ?」

  「ハル、誰だそいつ?知り合いか!?」  


いまいち噛み合わないハルとユキ。
その間に口を挟んできたのは、タチバナだった。


  「あ、あの、こいつはワーウルフの王子の…」  

「ユキです。ハル、こちらは?」 

 「こっちは獣人研究学科のメンバーで、タチバナ」

 「…ワーウルフ?王子?」 

「そう」


目を丸くするタチバナに、ユキは短く淡々と答えた。
まるで、ハル以外の人間には興味が無いかのようだった。  

自分たちの研究対象である獣人が、大学のキャンパスに突如現れたら、誰もが驚くのは当然だ。
しかも、王子ときたのだから、その非現実的な状況に戸惑うのも無理はなかった。  

ユキは背筋を伸ばし、凛とした立ち姿を見せている。
気品が違う。
一般人には真似できないオーラが漂っていた。

ハルはユキの隣にいたため、その威圧感はあまり感じていなかったが、タチバナはこの時、アルファ特有の、他者を跪かせようとする威圧的なオーラを感じ取っていた。


「どうもっす……」とタチバナは言葉少なに返した。  

ユキと同じくアルファであるタチバナは、そのユキの威圧的なオーラが「連れ合いを守ろう」とする性質であることを、動物的な本能で察知した。
タチバナの身体に緊張が走る。

二人のアルファが、一人のオメガを挟んで互いを威圧しているのだった。  


「じゃあこの方は、ハルのお友達ってこと?」 

 「まあ、そういう感じかな」 

 「ふうん……」  

「親密な友達ですよ」とタチバナは噛み付くように言った。  


二人の唯ならぬ気配を感じて、ハルは慌てた。
ユキの服の裾をくいっと引いて、ユキを制した。


  「おい、喧嘩するなよ」  

「喧嘩?そんなのしてないよ」 


 『ワーウルフの王子』に対して親しげに話すハルの姿に、タチバナは嫉妬を覚えた。

王子と、一介の大学院生でしかない自分。まるで、敵にすら値しない、取るに足らない存在だと言われたような気がした。

タチバナは、ハルのことが好きだった。
しかし、臆病だった。
初めて会った時からハルに思いを寄せていたが、「友人」という関係から先に進むことができず、拒まれた時のことを考えると、思いを告げる勇気が持てなかった。

アルファの性質として、「優れた容姿と能力を持ち、特権階級的な立場になり得る」というものがある。
しかし、大学浪人をしたというコンプレックスが、タチバナの足枷になっていた。
見た目は悪くないはずなのに、浪人生としてのストレスや不摂生から、顔にはクレーターのようなニキビ跡が増え、さらに目も悪く、姿勢も悪い。  
容姿に欠点のあるアルファが、金を使って人知れず矯正をしているのはもはや常識だったが、タチバナは硬派な性格で、整形や矯正には強い抵抗感を持っていた。

しかも、アルファであれば常に他より優秀でなければならないというプレッシャーが、彼を常に苦しめていた。  

そんな中で、ユキの圧倒的な存在感は、まさに生まれ持った素質の賜物だった。
ユキの気品や自信は、王子として育てられた者特有のものであり、その辺のアルファが霞んでしまうほど、このワーウルフの男は支配階級の頂点に君臨していた。

だからこそ、タチバナは、これまでの自分の意地と矜持が踏みにじられているような怒りを感じた。
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