冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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ストーカーと冤罪令嬢

もう逃げられない

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 ********
 
 
 しかし事態は一変する。
 ディードリヒが、屋敷に帰ってきてから一週間、帰ってきた当日以来動きがない。

 まず朝目覚めてもベッドに潜り込まれていない、毎食ご機嫌な称賛を聴かされていたがそれもぱったりと途絶え、お茶会ですら静かに過ごしている。

 スキンシップは頬や頭を優しく撫でる程度で、なんだかいつもより笑顔が、眩しいような。

「己の罪に気付いたのでしょうか…」

 最初に出てきた所感としてはそんなところであった。しかしなんの前触れもなくとなると、なんだかそわそわしてしまう。勿論なにか企んでいるのかもしれないが、それ以上に。

 このままではまるで少女小説に出てくる王子様のようではないか、と。つい考えてしまう。

 何か不都合があるわけではない。わかっている。むしろ良いことしかない。自分を匿い生活を保証してくれて、優しくて、紳士的。更には見目もいい。正真正銘の王子様のようだ。確かに王太子なのだが。

「…」

 眠る前のベッドに飛び込んで、何やら不満を感じた。

 急に何もしてこなくなって不満ということだろうか。いやいや、それでは今まで拒否してきた部分を肯定してしまうことになる。それでは相手が調子づくだけだ、そういう作戦かもしれない。

 それでもなぜかそわそわする。落ち着かない、少しだけ恐ろしい。

 最初こそただの気まぐれかと思ったが、四日目辺りから違和感を感じるようになってしまった。気になってしまって以来、未だ続けている復習にも若干身が入っていない気がする。

「…なんだというのです、急に」

 不満が声に出てしまった。
 相手の急な行動についていけないのは事実で、本当ならばせいせいするはずだというのになぜか自分が不満なのも気に入らない。
 名前を付けたくない、不安定な感情がちらつく。

「でもそれを認めてしまったら、私は」

 そこまで言って止まった。
 拗れた感情を誤魔化すように枕に伏して、もう寝てしまおうと目を閉じる。

 明日にはいつも通りに戻っているといい、なんて嘘に決まっていると自分に言い聞かせながら。
 
 ***
 
「リリーナ?」
「!」

 呼ばれた名前にはっとした。
 二度ほど瞬きをして声の方に向くと、心配そうにディードリヒがこちらを見ている。

「あ、えぇ…なんでもありません」

 一つ、笑って誤魔化した。
 お茶会の最中だというのに意識が少し飛んでしまったのかもしれない。

(気を引き締めないといけませんわね)

「体調が悪い? 医者を呼ぼうか?」
「そんな大袈裟な話ではありません。余計な心配はしなくて大丈夫です」
「辛いなら無理しないでね?」
「ありがとうございます」

 なんて言いはしたものの、なんでもないというのは嘘だ。今日も今日とて彼の反応は王子様のようで、所作の一つさえ美しい。

 元々あの過剰な行動さえなければ大きな問題はない。いつだって社交界ではもてはやされていたし、今までのリリーナはその姿しか知らなかった。強いていうならプライベートの時の彼は言葉が大きく崩れるタイプの人間で、自分や身近な人間ははそういった区別はしないので少し新鮮だった。

 と、ここまで言ってしまえば彼女の中でディードリヒとはその程度の人物であったとも言える。
 しかしここにきてからは何かとてんやわんやで、存外喜怒哀楽が激しくて子供っぽい人物だというのがわかってきた。その割に仕事は真面目にこなすのだから公私の区別がついていて尊敬できる。

 過剰な行動も、日常になってしまったのを喜ぶべきか悲しむべきか。なくなってしまうと寂しいものなのだな、と感じる程度には生活に馴染んでいた。

 だとしてもそれを安易に認めてしまうのは憚られる。もしそれを認めてしまったら、自分はあの過剰な求愛が好きということになってしまう。それはちがう、そういうことではない。

 かといって馴染みのやりとりがなくなってしまったのも、心の距離が空いてしまったように感じて。

 なんて、世間話の隙間で考えていると、ディードリヒが何やらメイドに耳打ちされているのが見えた。

「ごめんリリーナ、急ぎの仕事が…」

 申し訳ないと謝る相手に、リリーナも「仕方ないですわ」と返すも、内心で葛藤してしまう。
 こうやって離れてしまうのが寂しいような、しかし相手も仕事と思うと邪魔できない。でもいつものやりとりがあるわけでもないと思うと不安になって。

「…またね、リリーナ」

 その寂しげな表情に、どこか怖くなってしまって、席を立った相手の袖を慌てて引いた。

「「…」」

 二人とも驚いた顔で、少し沈黙が流れる。
 そこから先に立て直したのはディードリヒだった。ふわりと優しく笑い彼女に問いかける。

「どうしたの? リリーナ」

 しかし咄嗟に袖を引いたものの、何を話したいかなど考えていなかった。ただ相手が行ってしまうのが怖かっただけ。

 それでも必死に何か話そうと考える。そこで閃くように、今日のドレスの話題を思い出した。

「今日のドレスは、新しく仕立てて頂いたと聞きました。何か感想の一言もありませんこと?」

 普段ならこんなことは言わない。何もしなくてもドレスも髪もアクセサリーも褒めてくれる。自分で似合うとは思っても、それを他人に強要しない人間だと、相手はわかっているから。

 それでも今日は、強請ってしまった。緊張で顔は赤くて、手は震えて、視線は合わせられなくて。それを見たディードリヒは、彼女に微笑みかけると頬に挨拶程度のキスを落とした。

「よく似合ってる。リリーナは目鼻立ちがハッキリしてるから大きな花柄も素敵だよ」
「…」

 そう残してディードリヒは仕事へ向かって去っていく。
 確かに今日の彼女のドレスは大きな百合の柄で、リリーナの吊り目に合わせたデザインにはなっていて、それでも、いや、確かに褒めてくれたはずなのに、去っていく背中に笑顔も誇った自分も見せられなかった。

 ただ一人取り残されて、途方に暮れて、そんなものは自分じゃない。

 自分じゃないのに。
 
 ***
 
 自室のドアを閉じて、自分の感情を把握できなくなっていることに気づく。

 はっきりわかっている事実と、曖昧な感情が混ざりきらないまま心の中で渦を巻いている。
 この矛盾が一つの感情だと言うのならば、それさえも自分は制御しなければいけない。あの高台にたどり着けないのか。

 ついさっき、彼があの場を去った時。足元が崩れるような不安感があった。もう届かない場所に彼が行ってしまうような、恐怖があって、その感覚を思い出すだけで脚が震える。

「…っ」
 相手は何も悪くない。

 何かあったのかもしれないし、自分の主張を受け入れてくれたのかもしれないのに。
 どうして相手が変わらないと思ったのだろう。

 どこかで思っていた。
 彼はいつだって自分を好きでいてくれて。
 彼はいつだって自分を見てくれて。

 あの過剰な接し方が、彼の言う通り彼の愛なのだと。

 どこかで思ってしまっていたから、急に変わってしまって、追いつけなくて。

「…なんて傲慢な」

 自分を責める自分が、そう口をつく。

 最初は良かったと思いたかったんだろう。あの過剰な行動に巻き込まれなくなって。でもそれがこんなに寂しいことだとは思っていなかった。

 ディードリヒが何を思ってあの行動をやめたのかはわからないが、もしかして、もしかしたら、自分がずっとつっけんどんなものだから愛想を尽かされてしまったのかもしれない、なんて。考えればそれだけ恐ろしくなっていく。

 でもそれって、もしかして。
 そう思うと少しずつ胸が高鳴っていく。
 記憶が、思い出になっていくような、そんな気がしていくから。

「…」

 これは、本当にあの“好き”なのだろうか。
 この“欲しい”が、浅い欲望ではないとしたら。

(もう、誤魔化しは効かないのかしら)

 どこかで今の関係が続くと思っていたのかもしれない。その時間が好きなのか、相手が好きなのかわからなくなっていたのは本当で、ずっと見ないふりをしてきた。
 悩む自分に、心の奥が語りかけてくる。

〈相手の迷惑になりたくないのでしょう?〉
「それは、彼の方の立場が…」

〈今がずっと続くと思っていたのに?〉
「それは…」

〈彼の方のそばはいつだって温かったわ〉
「…」

〈それだけが理由では、いけないの?〉
「…いけない、なんてことは」

〈それが答えでなくって?〉
「…そうね」

 そこまでわかって、わかってしまって、心底ため息をついた。寄りかかっていたドアを支えにずるずると足の力が抜けていって、そのまましゃがみ込む。

「本当にもう、信じられませんわ」

 いっそ笑うしかないと思った。

 この矛盾と不平等をまぜこぜにしたような興奮と苦しさが恋だと言うのなら、自分はなんて相手にその感情を抱いてしまったのだろうと考えざるを得ない。今からならまだ遅くないから相手を変えるべきだとさえ思う。それなのに、感情が揺さぶられるのは相手しかいないと感情は激しく主張してくる。

 犯罪者に恋をしてしまったなんて、もし本当に自分があの家に帰れたとしても両親になんて説明したらいいかわからない。そもそも許嫁の一人や二人、相手にだっているだろうに、そんな話をしてこないから余計にこちらが調子づくのだ。

(そこに関しては私は悪くない…はずですわ)

 わかっている。どうせ冷静に考えたところで相手に惹かれているところなどいくつもいくつも、それこそ笑顔も暗い顔も何もかも出てきて、最初から逃げ場などない。それならば頭を切り替えるより仕方ないのだ。

 それでも不安な始まりであることに変わりはない。先ほど考えた“相手が愛想をつかしたかもしれない”という思考が脳を回る。やはり考えればそれだけ恐ろしくて、足元が今にも空になってしまいそうだ。それでもやるだけやってみるしかない、そう心に決めてリリーナは立ち上がる。

「くよくよしていても始まりませんものね…」

 そうして彼女は一つ伸びをして、風呂に入ろうとメイドを呼びつけた。早速明日から行動しようと気持ちを切り替えるために。

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