冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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番外編—1

さる侍女の目線

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 目覚まし時計が鳴れば朝七時。私が目覚めるべき時間だ。

 身支度を終え自室を出てから厨房で軽い朝食をもらう。朝など簡単なサンドイッチでいい。
 食事を終えたら一通り城内を巡る。城中に配置された写真機に不具合がないか確認するためだ。そのためいつも二、三個は交換できるものを持ち歩く。
 リリーナ様はまだお眠りの時間だ。あのヘタレもリリーナ様が城に来てからは行動をやや自重している。

 リリーナ様はフレーメンに来られてからまた忙しくなられた。花嫁修行と言う名の教育が決して簡単なわけではないが、ダンス、歩行、教養まで基礎的で共通されているものに関して彼女は三日で終えられている。
 特にフレーメンの歴史学においては屋敷にいる頃から触れてはいたが、ご自宅でお過ごしになった一週間で完璧に履修してこられた。あの時の講師の驚いた顔と言ったら…やや同情する。

 実際リリーナ様を舐めている輩は少なくない。あのヘタレが自分のことだけ考えてぽんと彼女を連れてきたからだ。
 この国で彼女は“パンドラ王子の元許嫁であった”という程度の触れ込み。リリーナ様に何があったのかを知ろうとするものは少ない。
 まぁ何人か…リリーナ様とパンドラ王子との間にあったスキャンダルをばら撒いて金にしようとした輩が出たと報告を受けたのでそいつらは処理したが。

「…これも問題はないな」

 隠されていた写真機を配置し直す。この配置も巧妙に行わないと、うまく写真が撮れていなかったりこちらの息のかかっていない者に見つかる可能性もある。いらない面倒は避けたい。
 カメラのシャッターは息のかかった使用人や私自身が持っているボタンを使う。どういった配置や仕組みになっているかは企業秘密。

「こんなものか」

 一通りの作業を終えればそろそろリリーナ様の起きられる時間だ。彼女の部屋に向かうついでに軽く城の中を見回る。
 しかしただ歩いているだけ、というのは意外といらないことを考えてしまうもので。

 リリーナ様はディードリヒ様をそれはもう愛しておられる、そう私は考える。本人にその自覚がどれだけあるかはわからないが。

 パンドラにいた頃のリリーナ様といえば、とにかく張り詰めたバイオリンの弦のようであった。美しい音を奏でる代わりに、いつ千切れてしまっても仕方ないような、そういった娘。
 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。確かにその言葉を表すように誰から見ても、どこから見ても、美しい。完璧な令嬢。

 誰もが称賛した。“あの娘は王妃に相応しい”と、パーティ、いや、表向きのリリーナ様しか知らないゴミのような貴族の全てが。
 その姿のためだけに彼女が必要以上の努力をしているとも知らないで。

 あまつさえリリーナ様自身が、今ある姿を過程としか思っていないのが、私は殊更許せなかった。
 リリーナ様は王子と“結婚した先”を常に意識していたのだから。王妃となった自分に何が求められるかを、忘れないように意識して。

 日に日に芸術に近づいていくダンスも、流暢になっていく多国語も、教養でしかない芸術でさえ、彼女は文句一つ言わず、“その先”へ繋げるために身につけていく。
 両親は何度も言った。“そんなに無理をする必要はない”と。それもそうだ、王子に彼女と同じ志はなく、何より両親は“親として”自分を追い詰めていく“リリーナ”を心配していたのだから。

 さらに言うなら私から見て、リヒター・クォーツ・パンドラという人物はリリーナ様に見劣りすると、そう考えて見ていた。
 侍女としてリリーナ様に仕えるなかで、王子とリリーナ様が用意された場所で会話をする場面を見ることは少なくない。
 しかし聞き耳を立てれば話している中身は世間話だ。互いの教育の内容から知見を深めているような、ただ共通する話題を話しているだけのもの。

 だからこそ、王子はいつだって見劣りする。
 リリーナ様に興味がないのは勿論のこと、リリーナ様のやっている努力をやや恐れている節さえあったからだ。リリーナ様本人がそれに気づいていたかは知らないが、どこかで王子は“こんな風にはなれない”と諦めをつけてしまっていたのが見て伺える。
 そんな自分の丈を理解して息を抜く…その姿だけはリリーナ様にも真似して欲しかったが。

 その点だけ考えれば、あのヘタレ…ディードリヒ様は見上げるものがあった。
 私がリリーナ様の情報を持ち帰るようになって、ディードリヒ様は目にみえるほど才覚を現わせていく。
 勉学に励み、政治について幾つものレポートを発表し、父王の仕事を覚えるのも早く、その他ダンスも芸術も、剣術でさえ好成績を残すようになったのだから。
 その積み重ねを表すように、彼は今王太子の椅子に座っている。

 その中で、やりとりしている手紙ではいつも彼女の心配をしているのだ。
 あの異常な行動さえ除けば、あんなヘタレでもリリーナ様の隣に立つに相応しい男、なのだろう。

 リリーナ様は己を高めることを諦めない者を好む。連れ回していた取り巻きもそういった令嬢の集まりであった。
 ディードリヒ様はまさにリリーナ様に感化されその道に進んだ男なのだと思えば、二人の間の愛に加えて、ディードリヒ様にそんな姿勢があった事実が、彼女の愛を深めているのだろう。
 
 ***
 
「おはようございます、リリーナ様」

 朝九時。

 リリーナ様の起床時間だ。軽いノックで未だベッドの中であろう彼女に声をかける。
 しかし返事がないのはいつものことだ。少し遅れて合流したメイド達と共に、リリーナ様から預かっている合鍵でドアを開けて中に入る。

「リリーナ様、お目覚めください」

 メイドが部屋のカーテンを開ける中でリリーナ様に直接お声がけをするのは私の役目だ。

「ん…」

 リリーナ様は声をかけてから起き上がるまでに時間がかかる。起き上がっても少し意識がふわふわとしている方なので、いつも優しく声をかけ起床を促す。

 ちなみにヘタレが隣で寝ていると意識の覚醒が早い。最初は小さな悲鳴が聞こえることも少なくなかったので、恐怖や驚愕に嫌悪だったのだろうが、屋敷にいる最後の方では私がドアを開ける頃にはもう当たり前のように「起きていますわ」と返事が返ってくるようになっていた。

 つまり朝のこんなにぼんやりしたリリーナ様を眺められるのは私だけである。このふわふわしたリリーナ様を直に見ることはおそらく一生叶わないヤツを私は内心で嘲笑った。
 
 ***
 
 ご朝食後、紅茶で食休みをされたリリーナ様の基本的な過ごし方は花嫁修行と言う名の教育である。

 新しくパーティや夜会で踊られるダンスがあればそのレッスンがあることが多い。そうは言っても基本的にリリーナ様に踊れないダンスはそう多くないので、確認程度ということの方が多いが。

 他には語学の教育にお力を入れられている。元来日常会話やパーティにおける社交的な会話程度であれば数カ国の言語を操れる方だが、フレーメンの地方的な…そう方言の発音に苦戦されているようだ。
 方言など早々使いそうにもないとは思うのだが、リリーナ様曰く「辺境伯と会話しないとは言いません」とのこと。本来であれば辺境伯側がこちらに合わせるべきなのだが、一つのやりとりが大事なのだと彼女は言っていた。

 そうやって細かいことばかりしているからやることが終わらないのだが、彼女の凝り性はもういつものことである。体調を鑑みて止めるのは勿論だが。
 
 ***
 
 午後二時にランチを摂る。

 その後はしばし時間があるので、最近では香水職人の元に頻繁に顔を出しているが、最初の一ヶ月はスポーツを行われることも少なくなかった。
 主な理由は国内外での交流のためだが、リリーナ様ご自身体を動かすこと自体はお好きなように思える。
 フレーメンで貴族が行う主なスポーツはテニスと乗馬だ。どちらも私がお相手や付き添いになることも少なくはない。

 私との護身術の指導もこの時間に行われる。
 私の家系は遠い島国の血がとても濃く、代々格闘術を半ば強制的に習わされる。それがこの指導につながっているので、今思えば悪くはない。
 その他お調べになることがあれば図書館に向かったり、庭に花を眺めに行かれたり、場合によっては街へお買い物に出られることもある。

 故郷におられた頃のリリーナ様というと、必要なものを必要な時に買う、という印象でお買い物をされていた。
 次の夜会には新しいアクセサリーが必要だろう、この服はどこかへ訪問する時に使えるだろう、これから会う相手方はこれが好きだから買っておこう…。そういった買い物ばかり。

 しかし今は少し違うようだ。
 屋敷にいた時に知り合った洋裁店の女性と楽しげに会話をしながらドレスの話をしたり、ディードリヒ様の好みを考えながらアクセサリーを選んだりと、以前よりは余程目的が個人的なものになっているように思う。

 ついこの間買っていたクマのぬいぐるみなど、私からすれば驚きとしか言えなかった。
 “その場で見かけたから”で、買い物をするなど滅多にない。強いてそれをやるとしたら彼女がいくつも集めている香水くらいのものだろう。

 リリーナ様は香水がお好きなので、見かけるとお手に取られることが多い。そのせいかコレクションも多く、こちらに越して来られる際も慎重に扱うよう業者に申しつけていた。
 その中でもディードリヒ様から贈られた彼女のお気に入りの銘柄のものは、それこそ常に持ち歩いておられる。そして毎朝必ず少しだけおつけになられるのだ。まるで無くすことが惜しいように。

 こういうところ、あのヘタレが愛されているのだと感じて…見えてしまう。だがリリーナ様本人に自覚がないようなので、いつ言及したら一番面白いか機会を伺っている。

 リリーナ様は普段あまり表情を崩される方ではない。少なくともあのヘタレがいなければ。
 あのヘタレはすぐリリーナ様に飛びつくのでよく驚いておられるし、何かあれば感情的になられることも少なくない。

 だが、お一人でおられる時のリリーナ様は“周りがどう自分を見ているか”をわかっておられるので、自然とそれに合わせた立ち居振る舞いをなされる。
 人形のように微笑むでもなく、人を警戒させる真顔でもない、柔らかくリラックスしたような表情。これも故郷の城に通われていた頃は何度も鏡の前で練習なされていた。

 そこから変わらない彼女が、ディードリヒ様相手だとあれだけ振り回されるのだから、どういう形であれ真剣な思いというものは相手を変えるのだろう。
 
 ***
 
 午後五時。

 ディードリヒ様とのお茶会はこの時間に行われることが多い。
 ディードリヒ様自体はディナー後も場合によってはお仕事されているので、この時間は毎日作られたものだ。

 二人がこの時間以外で顔を合わせることは…食事時でもない限りあまりない。全くないわけではないのだが。
 そのたまに会う時間に何をしてるのかと言われると、リリーナ様と共に城の広大な庭を歩き回ったり、乗馬を共にすることもある。

 ディードリヒ様の数少ない公言できる趣味は乗馬だ。馬がお好きなようで、馬で行う障害物走の大会にご出席なされたこともある。
 そのせいかリリーナ様と同じ馬に乗って歩いている時の顔といったらもう…なんというか、幸せそうでなにより。

 ただそんな時間が重なることも少ないので、二人はお茶会のために時間を作っている、ということだ。
 お茶会の中で話されることはリリーナ様が今日あった話題になることに触れられたり、互いに読んで面白かった本の内容を話されたりすることが多い。

 他にもディードリヒ様が過去に旅行に行かれた場所の思い出話をしたりすることもある。その話を聴いているリリーナ様の表情は明るい。
 場合によってはスポーツの話題になることもある。特に競馬やテニスは国を挙げた大会もあるのでリリーナ様もご興味があるようだ。
 
 ***
 
 午後六時。

 大体この時間にはお茶会が解散になる。
 ディードリヒ様の執務の時間が主な理由だが、お時間があるようであれば延長ということも勿論あった。

 その後のリリーナ様はディナーまで少しお時間があるので、それこそご自由に時間を過ごされることが多い。
 用事があるとすれば、ご自身でお持ちの中のドレスで何かご用事に出る際の衣装選びくらいだろうか。

 それ以外では読書をなさることが多く感じる。
 私はそんなリリーナ様に合わせて本を読みつつ、適宜お紅茶などを用意しているのが習慣だ。
 リリーナ様はこうした時間に読んでいる本の内容を、ディードリヒ様にお茶会でお話ししている。
 
 ***
 
 午後八時。

 ディナーの時間だ。
 リリーナ様はフレーメンご一家とディナーを共にしている。

 当たり前だが侍女に仕事はないので私も別室で食事をとることが多い。
 城勤めの侍女は決して少なくはなく、使用人たちとはまた違う部屋で一緒に食事を摂る。

 王家の方々が食べるようなものではないが、侍女も貴族の家系が多いのでそれなりのグレードの食事が出てくるものだ。当然テーブルマナーも求められる。

 使用人たちは交代で食堂を利用し食事を摂っているので、意外と心配はいらない。
 この時間、リリーナ様がどう過ごされているのか。それは私の数少ない彼女を知らない時間だ。
 
 ***
 
 午後九時。

 リリーナ様の寝支度を手伝う時間。
 お食事から食休みを終えて帰って来られたリリーナ様のお風呂とスキンケア、お着替えなどをお手伝いさせていただく。終わったら就寝の挨拶をして退室。

 その後は写真機の置いてある場所の中でリリーナ様が通るなり入るなりした場所の写真機を確認し、フィルムに余裕がなければ交換する。盗聴器は場所が限られているのでたまにでいい。

 ディードリヒ様に写真機から抜いたフィルムを届けるついでにリリーナ様の活動報告。
 かといって私とディードリヒ様が特別それ以上の会話をすることは少ないし、彼がリリーナ様のお写真から目を離すことも少ない。メモは毎度とっているが。

 部屋に帰ったら私も寝支度を整える。
 基本的に自分の支度を手伝われるのは嫌いなのでメイドを呼ぶことはない。
 風呂に入る前に簡素な服に着替えて筋トレとストレッチ。一日の中でやっておかないと落ち着かない。
 そこから汗を流すことも含めて風呂など寝支度を改めてして、寝るのは日付が変わる頃。

 この生活に苦痛など大きな感情はない。
 リリーナ様のお側にいるのは好きだし、それ以前にこれが仕事だ。
 私にこの命をつけたのはディードリヒ様だが、個人的に自分の家系の中では数奇な運命を辿っていると思う。

 私の家は代々“影”の家系だ。“影”とは騎士団とは別で、非公式に暗躍しながら王家の方々をお守りする役目。暗殺などは行わないが、その代わりこの城で知らない場所は許されない。
 私の家は全て余さず“影”に入れるよう教育される。格闘術、剣術、変身術、歩法…全てが使えるように叩き込まれるのだ。全てを身につけるまで教育は終わらない。

 だが今の私はリリーナ様の侍女だ。こんなにも表だった立場の人間になる“影”は早々いないだろう。
 ディードリヒ様は私が“影”であることを利用する形で、私をリリーナ様の侍女になるよう私に命を下した。

 リリーナ様にバレないようストーキングを行えるのは勿論だが、決して彼女に危害が及ばぬように。
 リリーナ様を牢から連れ出したのも私だ。爆弾の扱いにも心得をもっていてよかったと思っている。

 初めは“仕事”と思って命を受けた。仕事とはそういうものだと。
 しかし蓋を開けてみればどうだ、リリーナ様への心配は尽きず、ディードリヒ様の崇拝という名の変態行為が露見するばかり。

 かといってディードリヒ様はリリーナ様の断罪時に口を挟まなかった。
 あの段階では確実にリリーナ様を迎えるなど不可能だったので確実性を取ったと言えば聞こえはいいが、私はあそこで声を上げなかったヤツを一生内心でヘタレと呼ぶと決めている。
 根性がない。変な方向に捻じ曲げてる暇があったら漢気を見せて親を納得させてみろ。

 だから私はリリーナ様の味方だ。
 リリーナ様のお側を離れる気はないし、然るべき時まであの童貞から守ってみせる。
 ただまぁ、あのヘタレの変態行為に未だ付き合ってるので私も何かしら根性が、大概人のことを言えないのかもしれない。

「…寝よう」

 考えたくないことまで考えたのでベッドサイドのランプを消した。
 明日はリリーナ様がまた香水職人のところに行くと言っていた。靴は動きやすいものにしよう。
 
 明日のリリーナ様にも、何も危険がありませんように。
 

 
 
 
                    終
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