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王太子と辺境伯
狩猟会にて(1)
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タァン! と一発の銃声が鳴り響いた。
屋外に設置されたテントからその音を聴きつつ、リリーナはこの場に集まった婦女子たちとの会話に花を咲かせる。
今日は以前より予定に入っていたグレンツェ領での狩猟会だ。今年は冷えるので視察ではなく狩猟会でもどうか、という領主の誘いに乗り、ディードリヒは視察も兼ねて狩猟会に参加している。
リリーナはその付き添い、と言ったところだが、他に集められたどの家も娘か妻を連れ添ってきているのだから“どういうもの”と言えた。決まりがあるわけでもないのだが。
かといって催し物に人が集まればそこは社交場となる。女性陣は自らの侍女や娘を傍において話に花を咲かせていた。
勿論リリーナもファリカとミソラを連れて参加している。
「貴女がお噂のリリーナ様でしょうか? 新聞で拝見したものより余程美しくてらっしゃるわ」
「ありがとう。皆の努力があってこそでしてよ」
リリーナ元来の仮身分である“公爵の娘”であることと、この国における“王太子の婚約者”、更にはディードリヒによってつけられた“国賓”というややこしい立場が今の彼女の物言いを形作っていた。
簡単に言ってしまえば今この場に集まっているご婦人方は皆伯爵より下の爵位の家であり、リリーナが臆することはない、ということである。
目上の立場であるからこそ、貴族もまた民。民の尽力無くして国はない、とリリーナは常に考えている。
しかしリリーナを間近で見れる貴族もそう多くはない。王城でのパーティでは会場が広すぎて主賓がよく見えないなどない話ではないのである。
「私ヴァイスリリィの香水を最近入手しましたの! とても香りがいいですわ!」
「それは嬉しいですわ。気に入ってもたえたらいいのだけれど」
「もうお気に入りなんです! また買いますわね!」
「ありがとう」
にこりとリリーナは微笑む。
今日はリリーナは勿論ディードリヒにも香水をつけている。男性の集まる場で香水を宣伝しない手はない。
などと言いつつ、今日はリリーナも同じものをつけているので内心喜んでいない…と言ったら嘘であった。しかしディードリヒに言うとまた調子に乗るので本人に言うことはない。
「そうだわ、リリーナ様、知ってるかしら? 『愛の捧げ』を」
「『愛の捧げ』…?」
聴いたことのない言葉にリリーナは首を傾げる。
「狩猟会のある意味名物なのです。獲ってきた獲物を意中の女性に捧げるっていう催しで」
「そういったものがあるんですのね…」
「そうは言っても、その場で獲物を捧げられた女性がどう答えるかですし、結果というよりはお遊びって感じではあります」
「でもそれで結ばれたご夫婦もいるとか…」
「ロマンチックだわぁ」
リリーナとしては知らない文化に対する関心、といった感覚がやや強いが、少しばかりディードリヒが自分に獲物を捧げるところを想像…してしまって首を振った。今はそういった場ではない。
「あら、みなさん帰ってきたのね」
盛り上がるテントの外がざわついていることに一人の婦人が気づいた。すると女性陣は皆テントを抜け、帰ってきた男性陣を迎える。
帰ってきた男性陣の中に居るディードリヒは、今日も仮面の笑顔を剥がすつもりはないようだ。
ふと、そこである男性に目が入る。
アンベル伯爵…つまりファリカの父親だ。今日も彼は初めて会った時のように、温和な印象の人物に似つかわしくない、やや華美な装飾の服を着ている。もう昼といえど冷える時期、少し厚手の服装だというのにそれでもやや多く宝飾品のついた上着や装飾に、初めて会った時の違和感を思い出した。
「ファリカ」
リリーナは侍女として共に来ていたファリカに声をかける。ひそりと耳打ちのように名前を呼ばれた彼女は疑問に思いつつもそれに返す。
「どうしたの?」
耳打ちでは誰も聴いてないのでいつものように砕けた言葉遣いのようだ。
「アンベル伯爵の衣服が少し気になりまして…失礼なのはわかっているのですが」
「あぁ…」
ファリカは納得したような声を出した後、やや苦笑いをする。
「うちは商人上がりだから、他の商人から舐められないように装飾が多いのよ。私はダサいからやめてって言ってるんだけどね」
「そうなのですか…商人も大変なのですね」
「そうかもしれないけど、流石にこういうところに来る時の服は分けて欲しいかな…」
乾いた笑いのファリカは困っているようにも見えた。他の家には他の家の大変さがあると思いつつ、リリーナはファリカに軽く礼を伝えて離れる。
「リリーナ!」
かけられた声に振り向くとディードリヒがこちらに手を振って歩いてくるのが見えた。先ほどまでの愛想笑いとは大きく違い、表情を明るくさせてこちらに来る。
「ディードリヒ様、おかえりなさいませ」
「ただいま、リリーナ」
「お怪我はありませんか?」
「大丈夫だよ」
自分に向けられる表情があからさま過ぎてなんともいえない気持ちにはなるが、それでもディードリヒが笑うと自分も笑ってしまう。狩猟のため山に入るので怪我を心配していたが、杞憂に終わりリリーナは安堵した。
「何か収穫はありましたか?」
「鹿が一頭、かな。今解体してもらってる」
「そうですか…」
成果の報告に少しだけ落ち込むリリーナ。鹿では愛を捧げるのは難しいだろう。
「どうかした?」
「あ、い、いえ! なんでもありません!」
「?」
まさか自分がそんな甘いことを考えていたというのが知られてしまうと驚いて、慌てて誤魔化した。正直恥ずかしい。
「失礼、レディ」
隣で低い声がして、ふと振り返る。すると視線の先にはディードリヒよりも背の高い男が立っていた。男はその場に、リリーナの前に跪くと、自らが狩ってきたであろうキジを差し出して言い放つ。
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