冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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王太子と辺境伯

ずっと渡したかったもの(2)

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「…香水?」

 箱の中に入っていたのは香水。いつかにリリーナは母に香水を贈ったと聞いているが、それと同じように何か選んでくれたのだろうか。

「その、ディードリヒ様にお渡しするために専用でお作りさせていただきました」
「作った?」
「えぇ、はい…作り方を訊いて、寝かせる必要があったので数日かかってしまったのですが」
「!?」

 数日前にそんな報告はなかったはずだ。
 リリーナの行動は逐一報告するよう伝えてあったし、少なくともこの城にきてから今まで自分が見えた範囲と食い違いはなかったから改めてそこだけは信用していたというのに。

(あいつ…裏切ったか?)

 内心で舌打ちを叩くディードリヒにリリーナが慌てて付け加える。

「ミソラを叱らないでくださいませ。私が口止めをしたのです」
「わざわざ?」
「はい…これだけは、貴方が知らない状態でお渡ししたかったので…」

 リリーナはいつになくしおらしい。
 この姿がディードリヒにとって愛らしく映らないわけがなく、今すぐにでも押し倒してしまいたい衝動を心臓を握りつぶす思いで堪えた。

 しかし自分の知らない彼女が増えていくのは複雑だと考えてしまう。信用するとかしないとか、そういった以前の問題としてディードリヒはリリーナの一挙一動が“知りたい”のだ。彼女がいつ、どこで、なにがあって、どんな表情で、どんな仕草だったのか。

 自分の目が写真機だったらなど何度考えたかわからないほどには、彼女の見えているところも見えていないところも残したい。
 かといってこういったプレゼントは嬉しいもので…そう考えるとやはり複雑な感情を抱える。
 対してリリーナは、自分の懐からあるものを取り出した。

「これを、覚えていますか? 貴方が贈ってくださったものです」

 それはリリーナが気に入っている銘柄の香水。彼女の言っていることから予測すると、屋敷にいた頃に贈ったディードリヒなりのプレゼントのもの。

「これをくださったお礼がしたいと、ずっと思っていたのです」
「そんな、お礼なんていいのに」
「私のわがままですから、それはそれといいますか…やはり、嬉しかったので」

 リリーナからすれば、この香水は代え難い支えであった。
 故郷に帰ることもできず、何かが前に進むとも思えなかったあの頃。もし帰れたところで薄寒い牢しか待っていなかったあの頃に贈られたこの香水は、確かに温かった頃の故郷を思い出させてくれた。

 自分の状況も掴みあぐねているあの環境で、その温かさは確かに支えだったから、ディードリヒを一つ信じたいと思わせてくれた何かだったからこそ、リリーナにとって今もこの香水は御守りなのである。
 彼女はこの瓶が空になっても持ち歩き続けるだろう。

「貴方が、少しずつ前を向こうとしているのだと感じています。特にこの間私が情けないところを見せてしまったあの時に、強く」
「リリーナ…」
「ただでさえ私が勝手に取り付けてしまった試合に真剣に取り組んでくださったり、不安と戦っている貴方を見ると、貴方の心持ちが変わっていっているのを感じて」
「…そうかな」
「ですからその二つの応援と、お礼を込めて…も、もしよろしければなのですが」

 リリーナは不安げな様子である。
 自分が好きなものを贈ったところで相手も好きとは限らない…そんなことを彼女は考えているのだろうと、ディードリヒは思った。
 愛らしい彼女の思いを受け取って、ディードリヒは箱から香水を取り出す。そしてできるだけ優しい笑顔を向けた。

「これ、一人で使えるように教えて?」

 その言葉にリリーナは表情を明るくさせる。
 今まで宣伝のために使ってきたものは、宣伝を意識してリリーナがディードリヒの服の首元に直接噴くことでやや強めに主張していた上、ディードリヒもその付け方しか詳しくは知らない。

 しかしリリーナが普段つけるやり方が違うのもわかっていた。一人でつけるならそのやり方が正しいのかもしれないとも思ったが、それ以上に彼女と同じ付け方ができるようになりたい。

「わかりました。ではまず利き手の手首を出していただいて…」

 リリーナから香水の付け方を教わるディードリヒ。リリーナから彼に贈られた香水は、新緑の香りに始まり温かい樹木のような香りへ移っていく。最後の余韻も落ち着いた雰囲気を感じさせた。

「…これが、リリーナが僕につけて欲しい香水?」
「はい。お嫌いでしたでしょうか?」
「ううん。ただ、少し意外だなって」
「そうでしょうか?」
「ほら僕って、こんなに大人な感じじゃないでしょ?」

 こういったことは自分で言ってて少し悲しいが、事実なので仕方ない。

「それは…もちろん似合う方になっていただきたいところですが」

 そこからリリーナは、ふわり、と優しく微笑む。

「貴方といると落ち着きますから」
「…!」
「後は生き物がお好きと聞いたので自然の香りをイメージしてみました」

 言ってて恥ずかしいのかずっと照れ顔のリリーナ。ディードリヒは緊張からか座ることすら忘れている彼女の手をとる。

「こっちきて?」

 そう言ってディードリヒが誘ったのは自らの膝の上。リリーナは少しの間驚いた表情を見せるも、大人しく彼の腿の上に座った。

「香水ありがとう、リリーナ。抱きしめていい?」
「…! えと、どうぞ…」

 優しく笑いながら、ディードリヒはぎこちなく両腕を広げるリリーナを抱きしめる。リリーナはそれに応えるように彼の背中へ手を回した。

「…どうかな、落ち着く?」

 身長差からか、抱き合うとディードリヒの首筋がリリーナの鼻先に当たる。彼女は一度深く息を吸って、満足そうに微笑みながらゆっくりと吐き出した。

「えぇ、ディードリヒ様の体温と重なって、とても落ち着きますわ」

 リリーナの優しい声音にディードリヒもまた安心したように微笑んで、ゆっくりと彼女を解放する。
 そしてまだ少し顔の赤いリリーナの額に自分の額を軽く当てた。

「誰もみてないからキスしていい?」
「!」
「だめ?」
「駄目といいますか…その、どうぞ…?」

 リリーナは急なことからか顔を赤くしたまま慌てている。ディードリヒはそんな彼女を見て、少しだけ気の抜けたように笑ってから唇を重ね合う。
 重なったものに驚いたリリーナがゆっくりと目を閉じて、そのまま少し長く二人は繋がり合い、そっと離れた。

「あは、リリーナかわいい」
「かわ…っ、そのようなことは」
「かわいいよ、大好きだ」

 段々と顔の赤さを増していくリリーナをまた抱き締める。リリーナはまたその背中に腕を回し、彼にだけ聴こえるように呟いた。

「私も、愛しています」

 こうして抱き合う時は、いつも言葉を返せなかったのに。初めて言葉を返せたような気がして、また少し胸が鳴った。
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