冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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王太子と辺境伯

小旅行(1)

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 ********
 
 
 白熱の試合から二週間が経過した。
 リリーナとディードリヒの二人は、故あって再びグレンツェ領の土を踏んでいる。

「着きましたわね」

 ディードリヒにエスコートされながら馬車を降りたリリーナは、少しばかり強い風に被った帽子を押さえながら言う。

 先日の話し合いで、グレンツェ家が取り潰されることはなかった。結局のところ国境を守るにおいて経験やノウハウを持つ家が少ないというのが主な理由だが、その代わりに来年度一年の増税が課せられ、その上でリリーナの“お願い”が果たされることで、結果的に話はついたと言えるだろう。

 そしてリリーナの“お願い”とは“グレンツェ領での売買の認可”である。この認可状がある限りリリーナはグレンツェ領での生産者と正式に長期契約を取ることができ、また商品の販売ができるようになった。
 おかげで蜜蝋を定期的に入荷する契約を養蜂家からとれるようになり、彼女としては新しい商売に向け嬉しい限りである。

「今日は少し風が強いね…帽子、飛ばされないように気をつけてね、リリーナ」
「はい。ありがとうございます」

 しかし今日は商売のための訪問ではない。
 今日はラインハートが先日の狩猟会を含めた視察を台無しにしてしまったお詫びとして、是非案内をさせてほしいと招待してきたので観光に来た、という話である。
 ディードリヒは大変反対したが、リリーナが二人旅行であることを唆して丸め込んだ。

 本日の旅行に侍女はいない。というか、何故か二人とも自主的に辞退してきたのだ。
 ミソラは護衛に加わり、ファリカはしばし実家に帰るとのことで…かといってリリーナとしては日帰りみたいなものなので困らないといえばそうなる。実際世話が必要になればミソラがやるのだろう。
 なので構わないのだが、実質用意された二人旅行にやや浮き足立っていた。

「ようこそおいでくださいました」

 そう二人を迎えたのはラインハート。二人はグレンツェ邸にてまずはランチに誘われている。

「ごきげんよう、グレンツェ辺境伯」
「出迎えご苦労だ」

 いつも通り笑顔で返すリリーナと愛想笑いのディードリヒ。ラインハートも一見笑顔で二人を出迎える。

「我が領にお二人をお招きすることができたことを光栄に思います」

 丁寧な言葉を並べ頭を下げたラインハートはそっとリリーナの前に跪き、そっとリリーナの手を、

「っ!」

 とろうとしたが、リリーナを後ろから抱きしめ二人を引き離したディードリヒに阻止された。

「貴様…!」

 ディードリヒは一瞬にして仮面の笑顔を取り払い、強い怒りを見せる。それを見たラインハートは待っていたと言わんばかりに機嫌の良い笑顔で立ち上がった。

「いやぁ、僭越ながらやはり殿下は感情を露わにされた方がよろしいと思われます」
「貴様、リリーナを諦めると言っただろう」
「えぇ勿論です。なのでご挨拶をば」
「求愛する挨拶などあるか!」

 フレーメンの伝統としては、騎士が女性の手の甲にするキスは女主人への忠誠の証だが、貴族のやるそれは単純な求愛である。

「…あまり殿下の琴線に触れないでくださいませ」

 二人のやりとりにリリーナはやや呆れ気味だ。
 ラインハートが自分に興味がないことなどリリーナはとっくにわかっている。しかしラインハートはディードリヒを揶揄うためだけに自分にアクションをしてくるのだから困ってしまう。

「はっはっは、さぁ参りましょうか。シェフが腕によりをかけていますので」

 ラインハートはご機嫌だ。そしてディードリヒはそんな彼を警戒して睨みつけている。どう見てもこの状況は楽しまれていると言っていい。
 それなのにディードリヒもディードリヒでまんまと揶揄われている現状を考えると、リリーナとしては先が思いやられた。
 
 ***
 
「『観光』と一口に言いましても、なにぶん田舎ですので大したものはないのですが」

 などと言うラインハートは少しばかり苦笑しているように見えた。誘われたランチに舌鼓をうちつつ、やはりここまでの移動で軽食が多かった故にしっかりした食事のありがたみを思い出す。

 こちらの無理のない到着時間を逆算して最初からランチを提案してしくるあたり、やはり領主としての“客人のもてなし”という役割はしっかりとこなせる人物のようだ。
 確かに思い出してみれば、狩猟会後の晩餐会も田舎とは思えないほど洗練された会場作りがされていたと思い出す。

「人の行き交いが少ない領では珍しいことでもない。グレンツェの主な資源は麦だと聞いているしな」
「覚えておいでですか、ありがとうございます。今年は大きな病害も認められず、比較的豊作となりそうです」
「ほう、では税が増えたところで大した厄はなさそうだな?」
「ははっ、ご冗談を。今でさえ領民を食わせていくのでたくさんでございます故」

 二人の簡単なやりとりを眺めながら、リリーナは珍しいものを見たと感じる。
 何が、と言われれば、それはディードリヒからラインハートへの態度だ。

 ディードリヒの外向きの顔といえば、やはり愛想笑いか無表情か…どちらかと言っていいほどなのだが、今の会話中の態度と言えば、ずっと苛立っているような印象を覚える。
 そして相手をしているラインハートは、その様子に弾むような態度だ。彼はどうやらディードリヒの感情が自分に向くのであればその形は問わないらしい。

「…」

 二人の会話に耳を傾けながら、なんでもない仕草で食事を進めるものの、今のリリーナはやや不機嫌である。

 これではディードリヒが感情を向ける先が増えてしまうではないか、そんなことが脳を過ったからだ。はっきり言ってしまえば単に気に食わないとも言う。
 リリーナは自分が存外嫉妬深いと自覚してから、内心に抱えたその感情を自ら否定することは無くなった。しかしそれをディードリヒにぶつけるにはまだ遠い。

 本人的には不用意に調子に乗せるのは何か悔しい気がしてしまうので、まだ言い出さないと決めている。
 本当は自分でこちらを束縛するなら相手にも少しは考えて欲しいところなのだが、リリーナが思いの外嫉妬深いとディードリヒが気づく日は来るのだろうか。
 もしかしたら、彼女が素直に甘えられるようになったらその日が来る…かもしれない。

「午後は観劇などは如何でしょう? 流しの劇団ではございますが、腕には目を見張るものがありました」

 ラインハートの提案が聴こえたので意識を戻す。リリーナの隣に座るディードリヒがこちらを向いたので、そちらに反応することにした。

「劇団か…リリーナはどうしたい?」
「私は…」

 提案に少し悩むリリーナ。確かに良い提案ではあるのだが、なにか決定打に欠ける。

「お悩みでしたら…田舎ならでは、と言うことで洋梨園などもおすすめです。追熟しなければいけない果物ですので、倉庫で保管されているものに食べ頃があるかと」
「! それは素敵ですわね。わがままを言ってよろしければその洋梨園に行きたいですわ」

 ラインハートの提案に対して好感触な反応を示すリリーナの表情は明るい。

「リリーナって洋梨好きだったっけ…?」
「流しの劇団は首都にも来るかもしれませんが、ここの洋梨が首都で食べられるとは限らないでしょう?」

 一瞬疑問を抱えたディードリヒはリリーナの反応を見た瞬間に納得する。
 “脱走”の件などを考えるとわかるが、リリーナはその場でしか感じられない、体験できないものを好む。そこから考えれば“地元の農家に顔を出す”というのは、まさに彼女の好みそうなものだ。

「ではこちらで手配しましょう。屋敷から少し離れますので移動に時間がかかってしまうのですが、よろしいですか?」
「構わない」
「勿論ですわ」

 二人の返事を聞いてから、ラインハートは使用人を一人呼びつける。するとそのまま何やら耳打ちをし始めたので、洋梨園への連絡を指示しているのだろう。

「お二人とも」
「「?」」
「実は今使用人が伝えてくれたのですが、本日のデザートには蜜漬けの桃が添えられているそうです。グレンツェは桃も美味ですので、是非味わって頂けたらと」
「まぁ、それは楽しみですわ!」

 食事時だというのにリリーナはランチの最後を飾るデザートに心を躍らせている。これも旅行がなせる気分の高揚故だろうか、普段見られる粛々と食事を済ませる彼女からはやや遠い。
 対してディードリヒは“ここが城なら写真に残せたのに”などと邪なことを考えながら彼女を見ていた。
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