冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

文字の大きさ
143 / 159
王家の別荘と彼女の中身(前編)

お転婆少女との出会い(1)

しおりを挟む

 ***
 
「ふぅ…」

 一つ、小さなため息をつきながらディードリヒは襟元を正す。これは彼の癖の一つで、首元を緩めたいがそれができない状況の際にやる仕草だ。首や胸まわりを多少整えると落ち着くらしい。

「素敵なご親族ですわね」
「そう…かな、まぁそうだと思うよ」

 リリーナの言葉に返す言葉を少しずつ濁らせるディードリヒは、その濁った言葉尻を表すように視線を逸らす。

「あら、随分と他人行儀ですわね」
「そんなに頻繁に会う人たちじゃないから。叔父上たちは海の方の田舎に住んでるし、お祖父様たちはお祖母様が膝を壊してからはほとんどここにいるからね」

 ディードリヒの言葉に、リリーナは先ほど抱いた疑問を思い出した。彼の今の発言に、その答えは眠っているのだろうか。

「それで、あの時の表情はなにか…よそよそしいものを感じたのでしょうか」
「まぁ気づくよね、リリーナなら」

 談話室で彼が親族に向けている表情は明らかに愛想笑いではなかった。確かに本心から笑っているのは伝わってくるのに、彼が選ぶ言葉はどこかよそよそしい…少しそれは矛盾めいている。

「お祖母様や母上は気づいてると思うよ、でも何も言わない。特にお祖母様は僕と共通する話題もないから、余計にあまり会えない孫にどうこう言う気はないんだと思ってるけど」
「どこか…少し寂しいですわね」
「僕はリリーナがいればいいよ。ただお祖母様たちがこっちを気遣ってくれてるのはわかってるから、わざわざ角が立つようなことをするのも違うかなって思うだけ」
「…その考えは、どうかと思いますけれど」

 眉を顰めるリリーナに、ディードリヒはまた少し視線を逸らす。

「どうでもいいわけじゃないよ、お祖父様のことはとても尊敬してる。曽祖父の代までの戦争を片付けて、諸外国との外交を取り付けた偉大な人だからね。今こうしてリリーナと歩けるのだって、お祖父様の行動がなければあり得ないことだったかもしれない」
「…そうですわね」

 遠い昔、パンドラとフレーメンは国土の権利を発端とする戦争に発展している。勝敗はフレーメンに旗が上がり、パンドラは敗戦国としてフレーメンの現グレンツェ領にあたる国土を奪われ国境の管理権もフレーメンが持ち合わせているが、他にも両国の協定の中で取引されたものは少なくない。

「当時のパンドラは敗戦国として、フレーメンの助力を受けながら立ち直って行きました。現在両国が友好国としての立場にあるのは、そういった経緯も含まれます」
「そう。だから行動を起こしたお祖父様も、それを守ってきた父上たちのことも尊敬してる。勿論それを支えてきたお祖母様たちのこともね」

 ディードリヒが彼なりに家族を愛していることは知っていたが、やはりそれは祖父母にも当てはまるようだ。
 そんなことを考えながらリリーナは隣を歩くディードリヒに目線を向けつつ廊下を歩く。すると、ふと彼がこちらを見て立ち止まった。

「それでも、リリーナが一番だよ。僕が欲しいのは他の誰でもないリリーナだから、僕の行動は全てそれに起因する…それだけ」

 そう言った彼はなんでもないことのように笑う。
 一見歯の浮くような台詞に聞こえるその裏には、こびりつくような執着があるとは感じさせない。それでも、その瞳は隠しきれない執着に濁っている。
 だから“その目”が見える度、自分の心は揺れているのを感じてしまう。

(どう考えたところで、とんでもない責任を負わされていると言いますのに)

 彼の言う通り、ディードリヒの行動がリリーナに起因するのであれば、リリーナの行動における責任は大きい。それこそディードリヒが言うような怠惰な行動はできないわけだが、本人はそれを理解しているのだろうか。

「…リリーナ?」
「!」
「どうかした? 僕の顔を眺めてるなんて珍しいね」
「いえ…ごめんなさい、無礼でしたわね」
「いくらでも見てくれていいんだよ?」
「あ、あまり慣れた行為ではありませんから…それにここはプライベートな場所ではないんですわよ!」
「えー」

 ディードリヒが自分の名前を呼んだその瞬間、酷く動揺した。
 心の奥深い場所が、表層の自分を引き込もうと囁いてくる。暗く、昏く、それでいて甘い言葉を。
 身を委ねたくはない、不可抗力など存在しない。
 その囁きに抵抗しようという無意識が思考に白い間を作り、先ほどのように意識が飛んでしまう。

 だが相手は気づいているはずだ、一度でもこの違和感を見せてしまったら何かに気づかないはずがない。自分はもう何度も油断を相手に見せてしまっているというのに。
 貴方が何も問うてこないのはどうして?

「じゃあ後でリリーナの部屋に行っていいよね?」
「いけません」
「どうして…?」
「ここは貴方のご親族の集まりでしてよ、私と二人でいては意味がないではありませんか。祖父母様は貴方を大切になさっているのですから、もう少し元気な姿を見せて差し上げたら如何?」
「うーん…」

 腕を組んで渋るディードリヒ。リリーナはその姿に、嫌な予感を察知した。

「…まさか貴方、“面倒”などとは言いませんわよね?」
「まぁ面倒だよ」
「貴方…っ!」
「サボったりしないよ、大丈夫。さっきも言ったけど、角が立つようなことはしないから」
「…それならいいのですが」
「感情まではどうにもならないってだけ。そんな時間があったらリリーナといたいのが本音だよ」
「それは…っ」

 着実に自分が相手に対して甘くなっているのはわかっているはずなのに、それでもかけられた言葉に嬉しさを感じてしまう。場所を弁えて自制しなければいけないというのに。

「それは、私もそうですが…」
「!」
「…なんです、その驚いた顔は。このような発言は初めてではないでしょう」

 結局素直な言葉が口をつく。だがそれをこうした場で言う度にディードリヒは驚き舞い上がったような顔を見せる。

「いや、その…やっぱり何度聞いても嘘みたいっていうか、今すぐ抱きしめたいくらいで」
「行動に移さないとは、成長しましたわね」
「僕だってやっていい場所とそうでない場所は弁えてるでしょ」
「…」

 ディードリヒの言葉に、リリーナは瞼を半分ほど閉じるとそのままじと…と疑いの目線で彼を見た。そしてディードリヒはその目線にやや狼狽えつつ言葉を返す。

「その目何!? パーティとかでは派手にやらないでしょ!?」
「デートの度に抱きつくような方に言われましても、説得力が…」
「あれは譲らないよ、愛情表現だから」
「わかっていてやっているのでしたら尚更たちが悪いですわね」

 珍しくリリーナとディードリヒの間で火花散る中、二人のいる廊下の下…エントランスから大声が飛び込んできた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

転生したら4人のヤンデレ彼氏に溺愛される日々が待っていた。

aika
恋愛
主人公まゆは冴えないOL。 ある日ちょっとした事故で命を落とし転生したら・・・ 4人のイケメン俳優たちと同棲するという神展開が待っていた。 それぞれタイプの違うイケメンたちに囲まれながら、 生活することになったまゆだが、彼らはまゆを溺愛するあまり どんどんヤンデレ男になっていき・・・・ ヤンデレ、溺愛、執着、取り合い・・・♡ 何でもありのドタバタ恋愛逆ハーレムコメディです。

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました

雨宮羽那
恋愛
 結婚して5年。リディアは悩んでいた。  夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。  ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。  どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。  そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。  すると、あら不思議。  いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。 「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」 (誰ですかあなた) ◇◇◇◇ ※全3話。 ※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜

主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?

玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。 ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。 これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。 そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ! そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――? おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!? ※小説家になろう・カクヨムにも掲載

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

処理中です...