ループ中の不遇令嬢は三分間で荷造りをする

矢口愛留

文字の大きさ
1 / 7

第1話 四度目の三分間

しおりを挟む


 アンリエッタ・ベルモンドには、三分以内にやらなければならないことがあった。
 それは、この部屋にあるありったけの荷物をトランクに詰めることだ。

 アンリエッタは、今この瞬間からちょうど三分後に何が起こるか、知っている。
 なぜなら、アンリエッタは、死を迎えるたびにこの時間へのループを繰り返しているからだ。今回は、三回目のループ……すなわち、四度目の三分間だ。

「わかってはいたけど、またこの時間に戻ってきたのね。急がなきゃ」

 選ぶ必要もないほどスカスカのクローゼットから、衣服を全てひっ掴む。
 穴を開けた枕の中に詰めて隠し持っていたのは、少しのお金と、母の形見の指輪。それを服で包み、トランクの中に押し込んで蓋をした。

 必要最低限……しかし、アンリエッタが持っていたほとんど全ての品物をトランクの中に収め終わったところで、彼女は部屋の窓を開け、トランクを下の草むらに投げ捨てる。こうすることで、ここを追い出された後に荷物を回収できると気付いたのは、前回のループの時だった。

 最初のループ前は何の準備もなく放り出され、二度目の時はポケットの中に貴重品だけ入れたのだが、家を出される前に気付かれ取り上げられてしまった。三度目の時は、トランクを下に投げたものの、回収しに戻ることができなかった。

 しかし、前回のループで一度経験したためだろう、今回は、数十秒もの余裕を持って荷造りを終えることができたのだ。

「まだ少し時間がある。今回は、先に逃げさせていただくわ!」

 日も暮れて夜も深まっている。こちらを気にしている者は、さっと見渡す限り、誰もいない。

 アンリエッタは、開けた窓に身を乗り出し、躊躇なくひらりと窓枠を越えた。ドレスワンピースに土が付くのも厭わず、綺麗に受け身をとって着地する。
 この受け身の取り方は、ループ前から染みついていた技能だ。何度も地べたに這いつくばっているうちに、痛くない転び方を自然と身につけていた。

 急いでトランクを引っ掴み、アンリエッタは素早く窓の下から離れ、暗がりに潜んだ。もちろん、門番に見つかるとまずいので、正面からは出られない。
 樹木の陰に隠れてトランクを塀の上へ投げると、自身も樹木をよじ登って、塀の上へひらりと着地した。アンリエッタは昔から木登りが得意だったし、トランクはほぼ空で、見た目に反して軽いため簡単に持ち上がった。
 ただし、この塀は外からは登ることができない。そのため、前回のループでは中に侵入して荷物を回収することができなかった。だが、内側からならこうして樹木を使って塀に上がることができる。

「よし、脱出成功……おっと、今出て行ったら危ないわね」

 アンリエッタが木の枝から塀の上に飛び乗ったその時、ちょうど二階の窓が開いた。アンリエッタの義姉、マリアンヌだ。
 マリアンヌは窓の下をキョロキョロと見回すが、木の陰にうまく身を隠しているアンリエッタのことは見つけられなかったらしい。
 そのまま窓は音を立てて閉まり、カーテンが引かれた。

「……今度こそ、私は自由になる。今度こそ、生きるのよ」

 アンリエッタは、最後に屋敷を一瞥すると、寂しさを振り払って、塀から外へと飛び降りた。



 ベルモンド侯爵家は、建国時から王家に仕えてきた、由緒正しい家柄の貴族である。
 アンリエッタはベルモンド侯爵家の唯一の息女として、蝶よ花よと育てられてきた。父親はあまり子育てに興味がないようだったが、母親や使用人たちの愛情を一身に受けて、素直で純真な令嬢に育った。

 また、アンリエッタの母親は隣国の王家に連なる家系から嫁いできた、生粋のお嬢様だった。彼女に完璧な礼儀作法と、隣国の言葉や文化を教えてくれたのは、アンリエッタの母親だ。

 更に恵まれたことに、アンリエッタは、誰もが羨む美貌を持っていた。
 ルビーのような紅い髪と、エメラルドの瞳。白磁の肌はシミ一つなく透明感があり、頭からつま先に至るまで、その全ての行動に、気品が溢れる。

 美しく気高いアンリエッタと、王太子エドワードとの婚約が決まったのは、七年ほど前――アンリエッタとエドワードが共に十歳の時だった。
 この婚約は大国である隣国の王家との関係性を重んじた結果だが、十歳にして誰もが見惚れるほどの美貌と気品を兼ね備えるアンリエッタと、輝く金髪にサファイアの瞳を持つ秀麗な王太子――二人が並ぶと、まさに絵物語から飛び出してきたかのように、場が華やいだ。

 純真なアンリエッタは、苦しいはずの王太子妃教育にも、「新しいことを学べる」と嬉々として励んだ。
 アンリエッタはこの時、何不自由なく、輝きに満ちた世界を謳歌していた。


 ――アンリエッタの世界に影が差したのは、五年前のことだった。

 母親が、病気で亡くなったのだ。

 当時十二歳だったアンリエッタは悲嘆に暮れていたが、父親はそうでもなかったらしい。

 アンリエッタの父、ベルモンド侯爵が後妻を屋敷に連れてきたのは、なんと喪が明けた翌日のことだった。
 それも、信じられないことに、その後妻のお腹はすっかり膨らんでいる。
 おそらくアンリエッタの母が生きていた頃から妊娠していたのだろうと思うが、アンリエッタは考えないようにした。

 また、後妻には連れ子が一人いた。アンリエッタには、突然、同い年の姉ができた。
 義姉となったマリアンヌは、義母と同じ茶色の髪と、何故かアンリエッタやベルモンド侯爵とよく似たエメラルドの瞳を持っていた。マリアンヌは、美人のアンリエッタと違って、庇護欲を誘うような可愛らしい顔立ちである。
 マリアンヌは、目の色だけでなく、鼻の形もベルモンド侯爵とそっくりだった。だが、アンリエッタはやはり気付かなかったふりをした。

 明るく輝きに満ちていたベルモンド侯爵家が変わってしまったのは、それからだった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冴えない子爵令嬢の私にドレスですか⁉︎〜男爵様がつくってくれるドレスで隠されていた魅力が引きだされる

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のラーナ・プレスコットは地味で冴えない見た目をしているため、華やかな見た目をした 義妹から見下され、両親からも残念な娘だと傷つく言葉を言われる毎日。 そんなある日、義妹にうつけと評判の男爵との見合い話が舞い込む。 奇行も目立つとうわさのうつけ男爵なんかに嫁ぎたくない義妹のとっさの思いつきで押し付けられたラーナはうつけ男爵のイメージに恐怖を抱きながらうつけ男爵のところへ。 そんなうつけ男爵テオル・グランドールはラーナと対面するといきなり彼女のボディサイズを調べはじめて服まで脱がそうとする。 うわさに違わぬうつけぷりにラーナは赤面する。 しかしテオルはラーナのために得意の服飾づくりでドレスをつくろうとしていただけだった。 テオルは義妹との格差で卑屈になっているラーナにメイクを施して秘められていた彼女の魅力を引きだす。 ラーナもテオルがつくる服で着飾るうちに周りが目を惹くほどの華やかな女性へと変化してゆく。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

条件は飼い犬と一緒に嫁ぐこと

有木珠乃
恋愛
ダリヤ・ブベーニン伯爵令嬢は、姉のベリンダに虐げられる日々を送っていた。血の繋がらない、元平民のダリヤが父親に気に入られていたのが気に食わなかったからだ。その父親も、ベリンダによって、考えを変えてしまい、今では同じようにダリヤを虐げるように。 そんなある日、ベリンダの使いで宝石商へ荷物を受け取りに行くと、路地裏で蹲る大型犬を見つける。ダリヤは伯爵邸に連れて帰るのだが、ベリンダは大の犬嫌い。 さらに立場が悪くなるのだが、ダリヤはその犬を保護し、大事にする。けれど今度は婚姻で、犬と離れ離れにされそうになり……。 ※この作品はベリーズカフェ、テラーノベルにも投稿しています。

◆◆◆浪費家呼ばわりされた宮廷調香師ですが、私の香りを理解してくれる方と歩みます◆◆◆

ささい
恋愛
婚約者のジュリアンは、私の仕事を一度も認めてくれなかった。 「高価な香料ばかり使う浪費家」「誰にでも代わりが務まる仕事」――四年間、蔑まれ続けた。 でも、私の作る香りは王妃陛下や兵士たち、貧しい人々の心を癒してきた。 夜会で「香料の匂いが染みついた女」と罵られた時、私は決めた。 この場で婚約を解消しようと。    すると彼は修道院送り。一方、私は首席調香師に任命された。 そして、私の仕事を心から尊敬してくれる優しい薬師と出会う。 「俺、これからもあなたの仕事、一番近くで応援したいです」 私は今、自分の価値を理解してくれる人と、新しい道を歩み始める。   ざまあしっかり目に書きました。修道院行きです( ^^) _旦~~ ※小説家になろうにも投稿しております

【本編完結】真実の愛を見つけた? では、婚約を破棄させていただきます

ハリネズミ
恋愛
「王妃は国の母です。私情に流されず、民を導かねばなりません」 「決して感情を表に出してはいけません。常に冷静で、威厳を保つのです」  シャーロット公爵家の令嬢カトリーヌは、 王太子アイクの婚約者として、幼少期から厳しい王妃教育を受けてきた。 全ては幸せな未来と、民の為―――そう自分に言い聞かせて、縛られた生活にも耐えてきた。  しかし、ある夜、アイクの突然の要求で全てが崩壊する。彼は、平民出身のメイドマーサであるを正妃にしたいと言い放った。王太子の身勝手な要求にカトリーヌは絶句する。  アイクも、マーサも、カトリーヌですらまだ知らない。この婚約の破談が、後に国を揺るがすことも、王太子がこれからどんな悲惨な運命なを辿るのかも―――

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

【完結】恵まれ転生ヒロインと思いきや、好色王に嫁がされることに。嫌すぎて足を踏みつけてやったら、反乱を起こした王太子になぜか求婚されました。

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
 結婚式直前に婚約者にお金を持ち逃げされ、失意のうちに巻き込まれ事故で異世界転生をする。  異世界で今までにない優しさや温かさ、贅沢なものに囲まれ第二王女として何不自由ない生活を送ってきた。  しかし自国が戦争に負け、相手国の60過ぎの王へ貢物として第13番目の王妃として嫁ぐことが決められてしまう。  そしてその王からの注文で、持ち物は小さな衣装ケース一つ、見送りも、侍女も護衛騎士も付けてもらえず馬車で嫁ぎ先へ。  サレ女の次は好色王の貢物?  冗談じゃない。絶対に嫌! そんなのの花嫁になるくらいなら、もう一度転生したいとばかりに、好色王と対峙する。  その時兵を連れた王太子が現れて――

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません

下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。 旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。 ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...