無能聖女の失敗ポーション

矢口愛留

文字の大きさ
2 / 91
第一部 無能聖女編

1. 神殿を追い出されてしまいました

しおりを挟む



「クリスティーナ。大変心苦しいのだが、これ以上君をここに置いておくことはできない。今日中に、荷物をまとめて出て行ってくれ」

 眉間に深い皺を刻んで、悩ましいお顔をしているのは、ここ、王都メリュジオンの神殿で人事を担当している神官様だ。
 申し訳なさそうにこちらを見る神官様の瞳には、背中まである薄ピンクの髪をゆるりと垂らし、垂れ気味の青い目を瞬かせる私の姿が映っていた。
 ついにこの日が来てしまったなあ、と私はぼんやり考えながら、軽く微笑む。

「わかりました。今までお世話になりました」
「餞別も渡せなくて、済まないな。それから……誕生日おめでとう。どうか君に、女神様のご加護が共に在らんことを」
「ありがとうございます。神官様と皆様に、女神様のご加護が共に在らんことを」

 短く祈りを捧げて神官様の執務室を出ると、私はしっかりした足取りで、自分に与えられていた質素な小部屋へと向かう。
 私がこの神殿に拾ってもらってから、十三年。孤児として拾われ、僅かながら聖女の力があることが判明し――けれど聖女としての実績を全く上げられていない私は、十八歳の成人を迎えればここを出て行かなくてはならないことは、以前からわかっていた。

 階段下にある小さな部屋に戻って、聖女のローブから町娘の服装に着替える。淡い桃色の髪をゆるく一つ結びにしたら、ローブを丁寧に折りたたんでベッドの上に置く。
 少ない荷物を手に持つと、扉の前で振り返って空っぽの部屋に一礼し、すぐその場を後にした。

「お部屋さん、今までありがとうございました」

 私自身、誕生日を迎えた今日が期限だろうと感づいていたので、神官様の執務室に呼ばれる前に、すでに荷物をまとめ終えていたのだ。

「……神殿さん、今までありがとうございました」

 神殿の入り口にたどり着くまで、他の聖女様たちに会うことはなかった。誰かに会ったら心がしゅんとしてしまいそうだったから、都合が良い。今は朝の礼拝の最中で、全員、聖堂に集合しているのだ。
 両開きの重たい樫の扉を開くと、扉の外に立っていた神殿騎士が、私の方へ顔を向ける。

「もう行かれるのですか」
「はい。騎士様、今までありがとうございました。騎士様に、女神様のご加護が共に在らんことを」
「聖女様に、女神様のご加護が共に在らんことを。どうか、お元気で」

 名前は知らないが顔見知りの神殿騎士に、小さく頭を下げると、私は神殿を後にした。
 小鳥がさえずり、木々がさわさわと音を立てる。どこからか、パンの焼ける匂いが漂ってくる。空の色は、私の瞳の青よりも少しだけ濃い。
 久しぶりに吸う王都の空気は爽やかで、心地よかった。優しくすがすがしい朝だ。

「さて、とりあえず、冒険者ギルドに行ってみようかな」

 そうして私は、十三年の間暮らした神殿を後にした。振り返ることはしない。荘厳なバラ窓も、立派な鐘楼も、重厚なポータルも、今目にしたら心が鈍りそうだから。

「あ。そういえば、冒険者ギルドって、朝何時から開いてるのかな。誰かに聞いとけばよかった」

 まあ、もし開いていなかったとしても、近くの公園かどこかでゆっくりしていればいいか。私はのほほんとそんなことを考えながら、神殿のある地区から商業地区へと足を進めたのだった。



 商業地区への道をゆっくり歩いていると、段々と街に活気が出始めてゆく。そろそろ、人々が日々の営みを開始する時刻なのだろう。
 私が目的地に到着した頃には、周りの店も続々と開店し始めていた。目的の冒険者ギルドも、ちょうど開いたところのようだ。
 今も、腰に剣を差した軽装鎧の男性と、革のベストを着て弓矢を背負った女性が、入り口をくぐっていく。

 この世界には、魔力を持つ、理性のない生物――魔物が存在する。
 魔物のエネルギー源は魔力であり、魔力を求めて人を襲う。
 人を襲うために街を破壊し、甚大な被害を出すこともある、人の天敵のような存在だ。

 魔物の侵入を防ぐため、王都や各地に点在する都市の多くは城壁に囲まれていて、城壁の内部は常に騎士たちが守っている。
 王宮や城壁を守る魔法騎士、王族を守る近衛騎士、神殿と聖女たちを守る神殿騎士――騎士たちの所属は様々だが、いずれも難しい試験を突破した精強なエリート集団だ。

 一方、城壁外で魔物を間引いたり、別の街に行く馬車を護衛したり、必要な素材や薬草などを採集する役目を担っているのが、主に冒険者と呼ばれる者たちである。
 彼らはギルドという互助組織を作っていて、王都に本部が、各地方の大都市にいくつかの支部が設けられている。
 ギルド間で連絡を取り合える魔道具があり、王国のどこにある支部でも、冒険者ギルド本部と同じサービスを受けられるようになっているらしい。

 冒険者ギルドの仕事は、多岐に渡っている。利用者も、様々な恩恵が受けられる。

 まず初めに、利用者は誰でも、冒険者に依頼を出すことができる。
 採集や護衛、魔物退治の他にも、下水道掃除など便利屋的な依頼、さらには酒場の給仕のアルバイトなんて依頼も出せるのだ。

 次に、冒険者登録をした者が、出されている依頼を受注することができる。
 依頼を達成したら難易度に応じて報酬が支払われるが、危険な依頼はソロでは不可だったり、高ランク冒険者でないと受注できない等の制限がある。
 また、依頼の中には中・長期の雇用契約が可能となっているものもあり、職業斡旋所としての役割も果たしているようだ。

 それから、素材やアイテムの買い取り、販売も行われている。
 魔物退治や薬草採取などの依頼ついでに、買い取ってもらえそうな素材を売ることができるほか、ポーションや解毒薬などの回復アイテムを購入することもできる。


 私の目的は、最後に述べた、アイテムの買い取りサービスだ。自作のポーションをいくらで買い取ってくれるか、確認するためである。

 聖女の仕事の中には、ポーションの作製があった。水を聖属性の魔法で浄化した後に、治癒の魔力を込めていくのだ。
 聖女の力によって作製できるポーションのランクは異なり、普通の聖女なら中級ポーションを安定して作製することが可能だった。中級ポーションは、傷口に振りかければ、比較的新しい切り傷や擦り傷をたちどころに治してしまう効果がある。

 ちなみに、古傷や骨折、切断した手足すらくっつけることのできる、上級ポーションというものも存在する。上級ポーションは、聖女の中でも最も力の強い筆頭聖女がひと月に一本程度しか作ることのできない貴重品で、基本的に王侯貴族の手にしか渡らない。
 本当は魔物退治の前線にいる冒険者たちに渡れば良いと思うのだが、神殿と王宮、貴族たちの権力構造を考えると、仕方のないことなのだとか。

 そして、肝心の私の力だが……五回に一回、初級ポーションの精製に成功したら上出来、という程度だった。私の魔力は、他の聖女に比べてとても微弱なのだ。
 初級ポーションの効果は、浅い切り傷擦り傷の治療や、少し深い傷の止血程度。薬草をそのまま貼り付けるよりはだいぶいいかも、という感じである。
 ただ、ポーションは液体なので瓶に入れて持ち運ぶ必要がある。薬草よりもかさばるので、需要はそんなになかった。

 だから私は、ポーション作製や治癒などで活躍する他の聖女たちが心地よく過ごせるように、率先して神殿内をくまなく掃除したり、洗濯当番を交代してあげたり、食事の用意を一手に引き受けたりしてきた。
 空いた時間にポーションを作る練習をしていたのだが、結局上達することはなく、五本に一本の初級ポーションと、五本に四本のポーションにもなれない何かを生産し続けていたのである。

 ポーションにもなれない何かは、虫刺されや植物の液によるかぶれに塗ればかゆみをしずめてくれたり、筋肉疲労を軽減して炎症をおさめてくれる程度。肩こりや腰痛も、塗っている間だけ一時的に改善してくれる。
 さすがにこちらは冒険者ギルドで販売できるような類いではないと思うが、初級ポーションだけでも売れれば御の字である。

「よし、行こっかな」

 なんとなく入りづらい門構えだから躊躇してしまっていたが、私が気持ちを整えている間に、どんどん冒険者らしき人たちが建物の中に吸い込まれていく。私は意を決して、ギルドの扉をくぐった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

公爵家の次女ですが、静かに学園生活を送るつもりでした

佐伯かなた
恋愛
王国でも屈指の名門、公爵アルヴィス家。 その家には、誰もが称賛する完璧な令嬢がいた。 長女ソフィア。 美貌、知性、礼儀、すべてを備えた理想の公爵令嬢。 そして──もう一人。 妹、レーネ・アルヴィス。 社交界ではほとんど名前も出ない、影の薄い次女。 姉ほど目立つわけでもなく、社交の中心にいるわけでもない。 だが彼女は知っている。 貴族社会では、 誰が本当に優れているのかは、静かな場面でこそ分かるということを。 王立学園に入学したレーネは、 礼儀作法、社交、そして人間関係の中で、静かに周囲を観察していく。 やがて── 軽んじていた者たちは気づく。 「公爵家の妹」が、本当はどんな令嬢だったのかを。 これは、 静かな公爵令嬢が学園と貴族社会で評価を覆していく物語。

もうすぐ帰って来る勇者様と私の結婚式が3日後ですが、プロポーズされていないといくら言っても誰も信じてくれません

まつめ
恋愛
3日後に村をあげての盛大な結婚式がある。それはもうすぐやって来る勇者様と自分の結婚式。けれど勇者様は王都の聖女様と結婚すると決まっている。私は聖女様の代わりに癒し手として勇者様を治療してきた、だから見事魔王を打ち破って帰って来た時、村人達は私が本物の聖女だと勘違い。私がいくら否定しても誰も聞いてはくれない。王様との謁見を終えてもうすぐ勇者様が村に帰って来る。私は一度も好きだと言われてないし、ましてや結婚しようとプロポーズも受けていない。村人達はお祭り騒ぎで結婚式の準備は加速していく。どうしようと困っているのに、心の奥底で「もしかしたら……」と大好きな勇者様が自分を選んでくれる未来を淡く期待して流されてしまう私なのだった。どうしよう……でもひょっとして私と結婚してくれる?

完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます

星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。 家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。 ……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。 “天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、 そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。 これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、 いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。 (毎日21:50更新ー全8話)

【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。 わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】隣国のモフモフ騎士団長様、番ではない私でよろしいのですか?

こころ ゆい
恋愛
※最終話に、3/11加筆した分をアップしました。 ※番外編書きたい気持ちがあるのですが、一旦、恋愛小説大賞の締め切りに合わせて、完結とさせて頂きます。🌱 ※最後、急ぎ足で駆け抜けたので、説明不足や誤字脱字多くなっているかもしれません。都度見つけ次第、修正させて頂きます。申し訳ありません。💦 ジャスミン・リーフェント。二十歳。 歴史あるリーフェント公爵家の一人娘だが、 分厚い眼鏡に地味な装い、常に本を読んでいる変わり者。皆が自分のことをそう言っているのは知っていた。 モーリャント王国の王太子殿下、コーネル・モーリャントとの婚約が王命で決まってから十三年。王妃教育を終えても婚姻は進まず、宙ぶらりん状態。 そんな中、出席した舞踏会でいつも通り他の女性をエスコートする王太子殿下。 それだけならまだ良かったが、あろうことか王太子の連れた女性が事件を巻き起こす。その最中で言い渡された婚約破棄。 「....婚約破棄、お受けいたします」 そのあと、ジャスミンは一人旅に出てある人物と出会った。 これは、婚約破棄された女性が獣人国で知らぬうちに番と出会い、運命に翻弄されていく物語。

処理中です...