無能聖女の失敗ポーション〜働き口を探していたはずなのに、何故みんなに甘やかされているのでしょう?〜

矢口愛留

文字の大きさ
16 / 19
第一部 無能聖女編

15. 私の話を聞いてくれるようです

しおりを挟む


 翌朝、私は早速、琥珀珈琲アンバーコーヒーをギルバート様に届けに行った。
 母屋の三階へ向かい、昨日ギルバート様と対面した部屋の扉をノックする。

「おはようございます。クリスティーナです」
「ああ、おはよう。入ってくれ」
「失礼いたします」

 ギルバート様は、部屋の真ん中に設えられたソファーに座って、何やら書類を読んでいる。私を待つ間にできる仕事を、隣の執務室から持ってきていたのだろう。

「すまない。すぐに終わるから、座って待っていてくれ」

 ギルバート様はちらりと私に目を向けると、向かい側に座るよう、空いている手で促した。
 私は少しためらったが、ギルバート様が優しく頷いたのを見て、おずおずとソファに腰掛ける。

 ここは、三階の中で唯一私が入ってもいい部屋だ。両隣が続き部屋になっていて、それぞれ執務室と寝室になっているのだと聞いた。
 ギルバート様は、あまり豪華なものは好まないらしい。家具は暗い茶色や黒いものを中心に。絨毯やカーテンは、深い緑色で統一されていた。天井に吊された照明も、シャンデリアのように揺れるものではなく、一定の光量が保たれる実用的な造りだ。
 部屋の奥側にはミニキッチンも設えられているようだ。とはいえ、本格的なキッチンは屋敷一階に備わっている。ここはあくまで、シンクや簡易コンロが設置されている程度だ。

「よし、これで良い」

 私が部屋の中を眺めていたら、ギルバート様の仕事も一段落したようだ。彼はそれまで読んでいた書類をトントンと整え、上にペーパーウェイトを置いた。

「待たせたな、クリスティーナ嬢」
「いえ。お忙しいときに伺ってしまって、申し訳ありません」
「構わない。朝に来てくれと指定したのは私の方だからな」

 ギルバート様はそう言って、私を安心させるように微笑んだ。昨日、琥珀珈琲アンバーコーヒーを毎日ギルバート様に渡すと約束したのだが、この時間に来てこの場で精製をしてほしいと言ったのは、ギルバート様の方なのだ。

「でも、やっぱりお忙しいなら、早朝に作ったものをお持ちする形でも」
「いや、器具も水もここで用意した方が手っ取り早いだろう。それに、ここで精製してもらう形にすれば、君と話をする時間もとれるからな」
「私と話を?」
「君は、私が正式に雇った従業員だ。何か困っていることがないか把握するために、きちんと時間を設けることも必要だろう? ……ああ、私と顔を合わせるのが君にとって負担になるというのなら、無理強いはしな――」
「そんなことありませんっ!」

 私が慌ててぶんぶんと首を横に振ると、ギルバート様は面食らったように、美しい黄金色の瞳を瞬かせた。

「す、すみません。その、私にとって負担だなんて、そんなこと絶対にあり得ないです。こんな風に気に掛けてもらったのは初めてなので、少し驚いてしまって……負担なんかじゃなくて、むしろとっても嬉しくてありがたいお話ですっ」
「……ふ、そうか」

 私が早口で取り繕うと、ギルバート様は面白そうに目を細め、口角をゆるく上げた。

「本当に申し訳ありません。不敬な態度を取ってしまって……」
「いや、構わない。そんな風に、私に恐縮する必要はないぞ。……王族とは言っても、王宮を出てからもう十三年。公爵の位と少しばかりの領地を賜ってはいるが、領地の外ではほとんど実権を持たない、影のような存在なのだ、私は」

 そう告げて目を伏せたギルバート様の表情に、暗い影がよぎる。寂しさ、虚しさ、憤り……彼は何か、大きな苦しみを抱えているようだ。
 私が返事をしあぐねていると、ギルバート様は瞳の奥の影を振り払って微笑み、ソファから立ち上がった。

「では、器具の場所を教えよう。こちらへ」

 ギルバート様はミニキッチンの方へ向かうと、シンク横の小さな食器棚の扉を開けた。
 私も急いで立ち上がり、彼の後を追うと、棚の中を覗き込む。

「ポーション瓶でなくとも、清潔なグラスや瓶なら構わないのだろう? 君が離れで、グラスに琥珀珈琲アンバーコーヒーを精製しているのを見た」
「はい、問題ないです」
「なら、この棚のグラスを自由に使ってくれて構わない。予備として保存しておく分は、こちらの瓶を使ってくれ」
「かしこまりました」

 実用的な物もあるが、中には明らかに高級そうなグラスもあるので、うっかり触らないよう気をつけよう。
 特に、翼の生えた蛇――魔物のサーペントやワイバーンなどではなく、ドラゴンという架空の神獣らしい――をモチーフとした王家の紋章が描かれているグラスは、割ったり欠けさせたりしたら絶対にヤバい。

「ちなみに、琥珀珈琲アンバーコーヒー以外のポーションを精製するのであれば、規定の瓶もこちらで用意できる。他に必要な材料があるなら、それも私が用意しよう。魔法薬や魔法道具に関しては、少々伝手があるからな」
「何から何まで……ありがとうございます」
「いいや、大したことではない。――やっと見つけたのだから、当然のことだ」
「やっと見つけた……?」

 私は小首を傾げた。一体どういう意味だろうかとギルバート様を見つめるが、彼は、ただ黙して優しい微笑みを浮かべている。

「そうそう、実は、私の趣味は魔法の研究でな。君の話、特に聖魔法とポーションの話に興味がある。これから少しずつ、話を聞かせてもらえると嬉しい」
「なるほど、そうなのですね。私が知っていることは限られていますが、それでもよろしければ、お安いご用です」
「ああ。楽しみにしている」

 そうして私は琥珀珈琲アンバーコーヒーを精製しながら、ギルバート様とおしゃべりをした。
 初級ポーションを作る時と違って、そこまでの集中を必要としないし、時間もあまりかからない。
 あっという間に三杯の琥珀珈琲アンバーコーヒーを精製し終わってしまった。

 短い時間ではあったが、ギルバート様との会話は弾んだ。彼は聞き上手で、次々と質問をしては合いの手を入れてくれるのだ。
 幼い頃に神殿に拾われたこと、聖女としての力は弱くて実際に人を治癒した経験はないこと、ポーション精製も初級までしかできなかったこと。
 結局、この日はそんな話ばっかりで、聖魔法の話はほとんどできなかった。

「すみません、私のことばかり話してしまって」
「いいや、君の話が聞けて良かったよ。明日もまた、話を聞かせてもらうのを楽しみにしている」

 ギルバート様はお忙しいはずなのに、嫌な顔一つせず、楽しくもないであろう私の話を真剣に聞いてくれた。
 私もギルバート様に話をしたことで、胸の中に長年積もっていた何かが、ほんの少しだけスッキリしたような気持ちになっている。

 丁重にお礼を言ってギルバート様の部屋から退出した時には、私はもう既に、明日もまた彼と話ができることを楽しみにしていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。 ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様

恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。 不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、 伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。 感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、 ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。 「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」 足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。 「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」 一度凍りついた心は、二度と溶けない。 後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、 終わりのない贖罪の記録。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

竜王に嫁いだら、推しの半竜皇子の継母になりました〜冷酷な夫には興味ありませんが、闇落ち予定の皇子は私が全力で幸せにします!〜

せりもも
恋愛
転生したのは、web小説の世界だった。物語が始まる前の時間、隣国の竜王へ嫁ぐ薄幸の王女、デジレに。 結婚相手である竜王ワッツァは、冷酷非道で人間を蔑む恐ろしい竜人だ。彼はデジレを、半竜(半分竜で半分人間)である息子の養育係としかみていない。けれどその息子バートラフこそ、前世の「わたし」の最オシだった。 この世界のバートラフはまだ5歳。懸命に悪ガキぶっているけど、なんてかわいいの!? 小説のバートラフは、闇落ちして仲間の騎士たちに殺されてしまうけど、そんな未来は、絶対に許さないんだから!  幼いバートラフに対する、愛情いっぱいの子育ての日々が始まる。やがて彼の成竜への通過儀礼を経て、父の竜王は、デジレに対して執着を見せ始める。 ところが、竜と人間の戦争が始まってしまう。おとなになったバートラフは人間側につき、聖女の騎士団に入った。彼は、父の竜王に刃を向けられるのか? そして、転生者デジレに与えられたスキル「プロットを破断する者」を、彼女はどう発動させるのか。

処理中です...