17 / 121
第一部 無能聖女編
16. お休みをと言われても、休み方がわかりません
ギルバート様の部屋から退出すると、廊下の窓から、ジェーンさんの姿が見えた。家庭菜園になっている一角で、野菜やハーブに水やりをしている。
「あれ?」
私は首を傾げた。最近では、家庭菜園も含めて庭の手入れはアンディの仕事になっていたのだが、彼は今日は休みなのだろうか。
歩きながら窓の外を見ていると、ジェーンさんは一区画の水やりを終えた後、ジョウロを置いて、腰をさするような仕草をした。
「腰が痛いのかも……手伝いに行こうかな」
私は急いで階段を降り、庭へと向かった。
「ジェーンさん!」
私がジェーンさんに駆け寄ると、彼女はやはり痛そうに腰をさすりながら上体を起こし、私の方を振り返った。
「クリスティーナ様、どうかされましたか?」
「水やりをするジェーンさんが窓から見えて、腰が痛そうだったので……あの、私、お手伝いします」
「まあ、お心遣いありがとうございます」
私は、地面に置かれていたジョウロに手を伸ばす。
ジェーンさんは恐縮しながらも、素直に私にジョウロを任せてくれた。
ジョウロの中には、水が半分ぐらい残っている。たっぷりとした、重いジョウロだ。
「お見苦しいところを、申し訳ございません」
「いいえ、とんでもない! 私にできることがあれば、何でも頼ってください」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、アンディ様がお休みを取られているときは、クリスティーナ様にお願いしてもよろしゅうございますか?」
「はい、もちろんです!」
私が元気に返事をすると、ジョウロの中の水がたぷんと揺れた。
「今日、アンディはお休みだったんですね」
「はい。契約の際に主様からお聞き及びかと思いますが、クリスティーナ様も、自由にお休みを取っていただいて構いませんよ」
「あはは、私はいいんです。お休みをもらっても、何をしていいかわからないですし」
「たまには、街に出られてみてはいかがですか? お給金は日払いでギルドカードに振り込まれておりますから、自由にお買い物もできますでしょう」
「街でお買い物……うーん」
そう言われても、実は私は、街のことをあまりよく知らないのだ。
神殿に勤めていた時は、食料品や日用品などたくさん必要になるものに関しては、出入りの商人が馬車で運んできていた。不足の物が出た際に、急遽お使いに行くこともあったが、決まった店やギルドにしか行ったことがない。
もちろん、私は自分で使えるお金も持っていなかった。だから、自分のような庶民に見合った店がどこにあるのかも、どうやって買い物をしていいのかも、よくわからない。
「……あの、お休みって、絶対に取らなきゃいけませんか?」
「はい? いえ、そのようなことはございませんけれども」
「なら、お休みはいらないです。正直、街に出ても、どうやってお店を選べばいいかとか、何を買えばいいかとか、わからないですし」
「……クリスティーナ様は、街歩きをなさったことがないのでございますか?」
私は眉尻を下げて、頷いた。ジェーンさんは、それで色々と察したようだ。
「では、お身体を休めるだけでも……」
「いいえ、私、のんびりしてると落ち着かない性分なので。神殿にいた頃も、熱を出したりお腹を壊したりした時ぐらいしかおつとめを休んだことがないですし」
「クリスティーナ様、ここは、神殿ではございませんよ」
ジェーンさんからは、咎めるような言葉が飛んでくる。しかし、その茶色い瞳には、ありありと心配の色が宿っていた。
「……ごめんなさい」
私が素直に謝ると、ジェーンさんはふぅ、と小さく息をついた。
「クリスティーナ様。謝ることではございません。ずっと忙しくされてきたのですもの、休み方がわからないというお気持ちもよく理解できます。けれど、ひとつだけ覚えておいていただきたいのです」
私がまばたきをすると、ジェーンさんはしっかりと私の目を見つめて、真剣に告げた。私はごくりと息を呑んで、彼女の話に耳を傾ける。
「一人の大人として神殿から巣立たれた貴女様は、もう、自由なのです。貴女様の生き方を不当に縛ることは、何者にもできません。神殿であっても、雇い主であっても、でございます。貴女様の生き方は、貴方様の人生は、貴女様自身がお決めなさいませ」
「私の、生き方……?」
私の生き方……そんなこと、考えたこともなかった。
女神様から与えられた聖女の力をどうにか伸ばし、ゆくゆくは困っている人に届けられるようになればとは思っていたけれど――私の人生をどうやって生きていくか、その指標を、私は未だ持っていなかった。
「……今はお仕事に精を出されることを望まれるというのであれば、無理にお休みを取る必要もございません。ですが、クリスティーナ様のお心が何かを欲することがあれば、そして貴女様がその望みに気づかれる時が来たならば、どうぞ、わたくしや主様、アンディ様をお頼りなさいませ。わたくしどもも、自分自身の心に従って、貴女様をお手伝いするかどうか決めますから」
――私の、心。
心が、何かを欲すること。
私の心が、何かを望むことなど、あるだろうか。
「色々と差し出がましいことを申し上げてしまいましたが、どうぞ、ゆっくり考えて下さって結構でございますよ。何かを欲する心は、心が元気になれば、自然に沸いてくるものかと存じますので」
そう言って優しい笑顔を浮かべて、ジェーンさんは小さく一礼する。「水やりお願いいたしますね」と言い残して、建物の方へと戻って行った。
「心が元気になれば……?」
私は、自分の心が疲弊しているなんて、感じていない。
けれど、ギルバート様やジェーンさん、アンディたちと話をして、ずっと凝り固まっていた何かが、ほんの少しだけ解けたような気がしているのも確かだった。
水の入ったジョウロを覗き込むと、私の顔が映っていた。
水に映る私は、昨日と同様、ピンク色の髪をハーフアップにし、軽く化粧を施しているのに、普段よりも冴えない表情をしている。
ちゃぷん、と水に波紋が広がると同時に、そこに映る空色の瞳も揺れたのだった。
あなたにおすすめの小説
【完結】仕事を放棄した結果、私は幸せになれました。
キーノ
恋愛
わたくしは乙女ゲームの悪役令嬢みたいですわ。悪役令嬢に転生したと言った方がラノベあるある的に良いでしょうか。
ですが、ゲーム内でヒロイン達が語られる用な悪事を働いたことなどありません。王子に嫉妬? そのような無駄な事に時間をかまけている時間はわたくしにはありませんでしたのに。
だってわたくし、週4回は王太子妃教育に王妃教育、週3回で王妃様とのお茶会。お茶会や教育が終わったら王太子妃の公務、王子殿下がサボっているお陰で回ってくる公務に、王子の管轄する領の嘆願書の整頓やら収益やら税の計算やらで、わたくし、ちっとも自由時間がありませんでしたのよ。
こんなに忙しい私が、最後は冤罪にて処刑ですって? 学園にすら通えて無いのに、すべてのルートで私は処刑されてしまうと解った今、わたくしは全ての仕事を放棄して、冤罪で処刑されるその時まで、推しと穏やかに過ごしますわ。
※さくっと読める悪役令嬢モノです。
2月14~15日に全話、投稿完了。
感想、誤字、脱字など受け付けます。
沢山のエールにお気に入り登録、ありがとうございます。現在執筆中の新作の励みになります。初期作品のほうも見てもらえて感無量です!
恋愛23位にまで上げて頂き、感謝いたします。
あなたが運命の相手、なのですか?
gacchi(がっち)
恋愛
運命の相手以外の異性は身内であっても弾いてしまう。そんな体質をもった『運命の乙女』と呼ばれる公爵令嬢のアンジェ。運命の乙女の相手は賢王になると言われ、その言い伝えのせいで第二王子につきまとわられ迷惑している。そんな時に第二王子の側近の侯爵子息ジョーゼルが訪ねてきた。「断るにしてももう少し何とかできないだろうか?」そんなことを言うくらいならジョーゼル様が第二王子を何とかしてほしいのですけど?
【完結】慰謝料は国家予算の半分!?真実の愛に目覚めたという殿下と婚約破棄しました〜国が危ないので返して欲しい?全額使ったので、今更遅いです
冬月光輝
恋愛
生まれつき高い魔力を持って生まれたアルゼオン侯爵家の令嬢アレインは、厳しい教育を受けてエデルタ皇国の聖女になり皇太子の婚約者となる。
しかし、皇太子は絶世の美女と名高い後輩聖女のエミールに夢中になりアレインに婚約破棄を求めた。
アレインは断固拒否するも、皇太子は「真実の愛に目覚めた。エミールが居れば何もいらない」と口にして、その証拠に国家予算の半分を慰謝料として渡すと宣言する。
後輩聖女のエミールは「気まずくなるからアレインと同じ仕事はしたくない」と皇太子に懇願したらしく、聖女を辞める退職金も含めているのだそうだ。
婚約破棄を承諾したアレインは大量の金塊や現金を規格外の収納魔法で一度に受け取った。
そして、実家に帰ってきた彼女は王族との縁談を金と引き換えに破棄したことを父親に責められて勘当されてしまう。
仕事を失って、実家を追放された彼女は国外に出ることを余儀なくされた彼女は法外な財力で借金に苦しむ獣人族の土地を買い上げて、スローライフをスタートさせた。
エデルタ皇国はいきなり国庫の蓄えが激減し、近年魔物が増えているにも関わらず強力な聖女も居なくなり、急速に衰退していく。
聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~
夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力!
絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。
最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り!
追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?
実は私が国を守っていたと知ってましたか? 知らない? それなら終わりです
サイコちゃん
恋愛
ノアは平民のため、地位の高い聖女候補達にいじめられていた。しかしノアは自分自身が聖女であることをすでに知っており、この国の運命は彼女の手に握られていた。ある時、ノアは聖女候補達が王子と関係を持っている場面を見てしまい、悲惨な暴行を受けそうになる。しかもその場にいた王子は見て見ぬ振りをした。その瞬間、ノアは国を捨てる決断をする――
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました
AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」
公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。
死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった!
人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……?
「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」
こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。
一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。