無能聖女の失敗ポーション

矢口愛留

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第一部 無能聖女編

27. 筆頭聖女様の噂を聞きました

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「――最近、筆頭聖女様が、上級ポーション作りを拒否してるらしいぜ」
「……え?」

 アンディが小さな声で告げたその話に、私は眉をひそめた。
 私の記憶している限り、筆頭聖女様が上級ポーション作りを拒否したことなんて、一度もなかったはずだ。
 アンディは、私の動揺をよそに、そのまま話を続けた。

「なんでも、体調が優れないとかでさ。でも、実は仮病なんじゃないかって噂」
「仮病……どうして?」
「ほら、もうすぐ王太子殿下が成人なさるだろ? 殿下が成人なさったら、筆頭聖女様とすぐに結婚する予定だってのは知ってるよな?」

 私は、首を縦に振った。王太子殿下は、まもなく十八歳の成人を迎える。筆頭聖女様は、王太子殿下より年上――確か、二十一歳だったはずだ。
 王太子殿下と筆頭聖女様は幼い頃から婚約していたが、正式に婚姻を結ぶのは、殿下が成人を迎えてからということになっていた。

「筆頭聖女様は、結婚式の準備……衣装選びやアクセサリーの手配なんかはしっかり進めてるらしいんだよ。既婚者のお姉さんに聞いたんだけど、衣装合わせとかって、すごい体力使うんだろ? それっておかしいじゃん、ポーションは体調が悪くて作れないってのに」
「うーん、そうだね……」

 私はドレスを着たことがないから、衣装合わせがどれほど大変なのかはわからないが……少なくとも、体調が悪いときにするのは難しい、ということだけはわかる。
 ドレスの着脱以前に、コルセットを巻くだけでもかなり大変だと聞いている。その上、ドレスを何着も試着するとなると、ヘトヘトになってしまうのではないだろうか。

「……ま、そうは言っても、上級ポーションなんて庶民の手に届くことはないから、関係ないんだけどな。上級ポーションを買えるような立場の人がそんな大怪我をすることもないだろうし、実際、誰も困んないんじゃねえの?」

 アンディは口を尖らせて、腕を頭の後ろで組んだ。
 確かに、冒険者たちが使うのは中級までのポーションである。貴重な上級ポーションは、基本的に王侯貴族の手にしか渡らない。

「それでも、王侯貴族の皆様はお困りになるでしょうね。『貴重な上級ポーションを何本も所持している』ということが、彼らのステイタスでもございますから」
「他の奴らに自慢するためにポーション買うとか、意味わかんねえ。魔物討伐の最前線にいる、Sランクパーティーとかに配った方が、よっぽどいいと思うんだけどな」
「ええ。わたくしもそう思います」

 ジェーンさんとアンディは、同時にため息をついた。
 私も、上級ポーションの扱いには思うところがある。ポーションは実用品であって、美術品ではないのだ。コレクションケースに並べるのではなく、実際に使ってもらってこそ、価値があるのではないだろうか。

「うーん、筆頭聖女様は、どうしてポーション作りを拒否してるのかな。そんなことをして困るのは、婚約者の王太子殿下じゃないの?」
「さあな。偉い人の考えることなんて、オレにはさっぱりだよ」
「そうよね……でも、筆頭聖女様は、王太子殿下が大好きなのよ。それなのに殿下にご迷惑をかけるなんて、どうしても信じられなくて」

 私が神殿にいた頃、筆頭聖女様が他の聖女様たちに王太子殿下のことを話していたのを、よく耳にした。
 ドレスや宝石を贈ってもらったとか、話題のお店に連れて行ってくれたとか、一緒にロイヤルシートで観劇をしたとか。いつも自慢げに話していたのである。
 筆頭聖女様は王太子殿下に大切にされていて、ご自身も殿下が大好きなのだな、と私は微笑ましく思っていた。

「どうだかな。神殿も殿下も、筆頭聖女様には口出しできない……とか?」
「何か主張したいことがある、あるいは――作れなくなった、という可能性もございましょうか」

 ジェーンさんの告げた言葉に、アンディは「うーん」と唸って、黙ってしまった。

「失礼いたします。お料理お持ちしました」

 ちょうどいいタイミングで注文した料理が運ばれてきて、神殿と筆頭聖女様の話は終了した。
 ――何にせよ、全ては噂と憶測にすぎないのだ。
 それに、私は神殿から去った身。彼女と関わることも、神殿に戻ることも、もう二度とないだろう。

 それよりも今は、目の前に並べられていく料理を楽しむことが最優先である。
 王都郊外で採れたという野菜をふんだんに使った、新鮮なサラダ。具沢山のコンソメスープからは、いい匂いの湯気がほかほかと立ちのぼっている。
 メインは、トロトロふわふわのオムレツだ。深い色合いのデミグラスソースがたっぷりかかっていて、付け合わせには甘く煮たニンジンやイモ、クレソンが添えてある。

「わぁ、美味しそう!」
「女性に人気というのも頷けますね」
「へへ」

 私とジェーンさんの反応を見て、アンディはニカっと笑い、鼻の頭を掻いた。

「デザートは食後にお持ちいたします」
「ああ、ありがとな、お姉さん」

 店員さんが下がっていった後、私たちは和やかに食事を楽しみ、デザートまでしっかり満喫したのだった。



「んー、美味しかった! 大満足だわ」
「アンディ様、本日はまことにありがとうございました」
「良いってことよ! この後は宿に戻って、ゆっくりするんだろ? 明日は?」
「明日は、お昼までに屋敷に戻らなくてはなりません。大通りのお店を少し覗く程度にして、そのまま帰ろうかと思っております」
「そっか。オレ、明日は荷物運びの仕事を受けてるから、次に会うのは明後日かな」
「うん。今日はありがとう、楽しかったよ! また明後日ね」
「ああ、またな!」

 アンディは、振り返って、大きく手を振った。
 私が手を振り返すと、彼はニカっと笑って、角を曲がっていった。自分の宿に帰るのだろう。

「さあ、わたくしたちも宿へ参りましょうか」
「そうですね。ああ、本当に楽しかった」

 宿への帰り道で、私は小さくいつもの鼻歌を口ずさんだ。ジェーンさんが、隣でくすりと笑いをこぼしながらも、静かに、心地よさそうに聴いている。
 まんまるの月が、私たちを清かに照らしていた。


◇◆◇

 ――明るい月光は、その分、暗く強い影を落とす。
 裏路地に潜むその者は、黒い服を身にまとい、フードを深くかぶって、影に溶けるように佇んでいた。

「――見つけた」

 フードの中の唇が、にい、と吊り上がる。
 探していた者が宿へ入って行くのを確認して、黒服は踵を返した。

 女の口ずさむ異国風の鼻歌を、耳に捉えながら――。

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