【R18】悪女と冴えない夫

みちょこ

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第1章 冴えない夫

2話

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 エイヴァは完全無欠の妻だった。

 社交界に置いて場数が足りないアルフィーを陰から支え、年若い夫が粗相をしてしまった時も透かさずフォローを何度も入れてくれた。そして外にいようが屋敷にいようが、佇まいや言葉遣い、身嗜みはもちろんのこと、彼女が表情を緩めることは一切ない。起床時も食事を摂るときも湯浴みをするときもずっと真顔のままだ。アルフィーが冗談混じりに「笑った顔が見たいなぁ」と声を掛けた瞬間、人一人は殺せそうな眼力を放たれたことは記憶に新しい。
 いつしか屋敷の使用人達は、鉄仮面を貫き続けるエイヴァを人間ブリザードと呼んでいた。

「──それでは旦那様、明日もまた同じ時間帯に起こしに来ます。お休みなさい」

 二階のアルフィーの寝室の前で深々と頭を下げるエイヴァ。
 夜遅くに騎士団本部から帰ってきたアルフィーが寝支度を整えるまで、エイヴァは牢番のように夫を見張っていた。疲れているのなら先に寝ていいと今までも何度か言ってはきたのだが、エイヴァは首を縦に降った試しはない。

 寝室が初夜の翌日からずっと別々だというのに、待つ意味はあるのだろうか。

「なぁ、エイヴァ」

「……はい?」

 アルフィーの控えめな呼び掛けに、エイヴァの足が止まる。きつく唇を結び、細められた青い瞳。蔑視されているような気さえする。はっきり言って怖い。

「たまには一緒に……その」

「何ですか」

「一緒に寝る?」

 かっ!!!

 ──とメドゥーサのごとくエイヴァの目が見開かれた。
 アルフィーは思わず悲鳴を漏らしそうになったが、何とか喉の奥に引っ込めた。誘いを切り出すのは間違いだっただろうか。しかし、夫婦であるにもかかわらずいつまでも寝室を共にしないのも問題だろう。

「あ、寝るって言っても変な意味じゃなくて、身体を休める方であって……」

「いいですよ」

「決して変なことはしな……え?」 

「いいですよ、一緒に寝ましょう」

 廊下の数歩先にいたはずのエイヴァはいつの間にか部屋の扉の前に。アルフィーが次の言葉を発する前にずんずんと寝室の奥へ向かってしまった。

「まっ、待ってエイ……ゔぁ!?」

 ベッドへ一直線に向かうエイヴァを慌てて追いかけようとアルフィーが腕を伸ばした刹那、綺麗に磨かれた床が彼の片足を滑らせた。つまり、盛大に転けかけた。
 背後から気配を察知したのか、俊敏な動きで振り返るエイヴァ。アルフィーは勢い余り、真正面にいたエイヴァの肩を押してしまった。

「っ!」
「わ、ごめ、エイ……」

 アルフィーの声と息が、止まった。

 目と鼻のすぐ先に、エイヴァの顔がある。白い肌はうっすらと上気し、猫のように吊り上がった瞳は大きく見開かれていた。彼女の身体を真後ろから受け止めた寝台のシーツは大きく縒れている。

 言わずもがな、アルフィーはエイヴァを押し倒すような体勢を取っている。不本意ではある、が。

「だ……旦那様、退いてください」

「あ……」

「早く」

 ──

 その言葉に結婚式と初夜の出来事が甦る。 

 結婚式では緊張の余りどこまで式が進行しているのか分からなくなり、初夜に至っては羞恥心で死にたくなるような記憶しかなかった。

 アルフィーがエイヴァと夫婦となり、結ばれるはずだったあの夜。淡々と服を脱いでいく美しいエイヴァを前に、アルフィーは息を呑んだ。恥部を晒しているにもかかわらず、醜さも厭らしさもどこにも見当たらない。
 この世に生を受けてから十八年、純潔を貫いてきたアルフィーの身体は女性の身体を前にして緊張という緊張に蝕まれていき──正常に男として機能することができなかった。つまりのつまり、緊張し過ぎて勃たなかったのだ。

『……旦那様』

『ご、ごめ、ちょっと待ってくださ』

 素っ裸でも無表情のままのエイヴァ。そして萎えたままのアルフィーの一物。アルフィーは焦燥感に苛まれ、泣きそうになりながら一生懸命自身を扱いたが、まったく反応しない。今まではエイヴァと致すであろう情事を想像しただけで自慰行為できていたのに、うんともすんとも言わない。

『もういいです。疲れているんでしょう、お休みなさい』

 それまでは早くしろと言わんばかりの視線を送っていたエイヴァだったが、いつまで経っても勃起しない夫を見兼ねたのか、せっせと服を着て寝室を後にしてしまったのだ。

 (──あの時の失敗はもう繰り返したくない)

 アルフィーはシーツをぎゅっと両手に握り、エイヴァの顔目掛けて自らの顔を突き出した。

「っ!」

 唇に充てがわれる柔らかい感触。微かにいい匂いもする。数秒間じっと硬直したままうっすら目を開けると、宝石のように美しいエイヴァの瞳が視界に映った。気のせいか、彼女の鼻から漏れる息が妙に荒々しい。

「……エイヴァ」

 アルフィーはそれっぽく音を立てて唇を離し、熱を孕んだエイヴァの頬を撫でる。そのまま流れるように彼女の胸元へ手を滑らせた──が、次の瞬間、アルフィーの身体が綺麗に後転した。

「何をするんですか! いきなり!」

 状況を掴めないまま仰向けに倒れたアルフィーの視線の先には、鼻と口元を手で覆ったエイヴァが膝立ちしている。エイヴァは顔半分を隠したまま寝台から降りると、逃げるように寝室を去ってしまった。

「……え?」

 一人取り残されたアルフィーは長い時間微動だにせず、思考すら放棄した。

 何か気に障ることをしてしまったのだろうか。
 いきなり押し倒して謝らなかったことが不服だったのか。鼻元を隠していたのは、自分の口が臭かったからだろうか。

「……寝よう」

 アルフィーはゆっくりとゆっくりと姿勢を直し、毛布に包まる。わずかに残ったエイヴァの匂いをすんすんと犬のように嗅ぎ、より一層身を縮こまらせ、そしてちょっとだけ泣いた。


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