上 下
17 / 43

第16話 地獄の日々

しおりを挟む
 この二週間は、本当に地獄のような日々だった。
 連休が終わった後も、俺は寮に帰る事を許されず授業が終われば公爵家に軟禁された。
 勿論、侍従としての基礎知識と業務を叩き込まれるために。

 屋敷の周りを何回走らされたか、もう覚えていない。
 しかも後ろからナイフが飛んでくるし、それを避けながらとかどんな鬼畜罰ゲームだよ。
 まぁティアナにもらった香袋のおかげで、体力面での疲れは何とかなった。

 問題はその後だ。
 公爵家の人間はどれだけ香りのついたお茶が好きなんだよと、思わず悪態をつきたくなる程のフレーバーの数々に泣きたくなった。
 エレインの研究室にあった茶葉はほんの一部だったのだと思い知らされた。
 一つ一つ早口で茶葉の効能を説明され、ご主人様の様子を見てフレーバーをブレンドして出しているらしい。
 茶葉の効能ぐらいなら、何とか覚える事は出来た。
 カモミールには優れた整肌作用や抗炎症作用、アレルギーを改善する作用など、とりあえず色んな効能があるとか。
 しかし一番の問題はご主人様の様子を見て、ベストの一杯を出せという無理難題だった。
 どれくらいフレーバーをブレンドしたらいいのか分かんないよ。
 そこに正解はないらしく、逐一変わるご主人様の様子を見て自分で考えろときたものだ。
 勿論、味も考慮しないといけない。何でもかんでも混ぜれば良いというわけでもなく、ご主人様好みの一杯を作る必要があるそうだ。
 猫舌の俺には何とも辛い時間で、色々飲み比べしすぎてお腹が緩くなるし、味を覚えるのが一番大変だった。

 やっと終わったと思ったら今度はコーヒーを出された。
 色んなフレーバーの茶が入った胃に、コーヒーなんて追加したら俺の胃は大炎上しちまうじゃないか。
 絶望の淵に居た時、「エレイン様はコーヒーは飲まれない」という鬼畜眼鏡の一言に俺は救われた。
 だが侍従として、一般的な基礎知識と淹れ方だけはみっちり教えられた。
 そんなこんなで、侍従としての基礎知識と業務を叩き込まれた俺は、何とかバイオレンス鬼畜眼鏡侍従長の訓練を乗り切った。 

「ルーカス、これにて基礎業務訓練は終了致します。よくここまでついてこれましたね。誠心誠意エレイン様に仕えるよう精進して下さい」
「はい、クラウス様。ありがとうございました」

 本当にこの二週間が辛すぎて、テオドール公爵家の正式な侍従として認められた者に与えられるピンバッジをもらった時は、感動で泣きそうだった。
 やっと明日には癒しのマイホームに帰れる。あのオンボロ寮でも、俺にとっては最高の我が家だ。
 気が抜けた俺はその日、ベッドに入るなりすぐに眠りについた。

「起きろ、ルーカス」

 翌朝、誰かが俺の身体を揺さぶっているので起こされた。それも、かなり強い力で。目を開けると、前に居たのは長い銀髪の美少女だった。

「いつまで寝てるつもり? 主にわざわざ足を運ばせるなんて、ほんと良い度胸してるね? 何をしてもらおうかな」

 主? まさか、この方は……

「エレイン様、朝から何故女装されてるんですか?」
「女装って、僕は女だ! 家でくらい普通の格好してたっていいだろ!」

 そうだった、いつもエミリオの格好(男装)してたから忘れがちだけど、中身女だった。

「……何、人の顔ジロジロ見て」
「いえ……そうされていると白百合のように可憐で美しいなと思いまして」

 テオドール公爵家、侍従規則第一条「朝の始まりは主を褒める事から」に則り、エレインを褒めた。
 すると何故か、盛大に顔ごとプイッと視線を逸らされてしまった。やばい、怒らせてしまったのだろうか。クラウスが見てたら俺、きっと今頃ナイフで滅多差しにされてるに違いない。

「僕に対して第一条は実行しなくていい」
「はい?」
「お世辞で褒められても嬉しくないから、第一条は実行しなくていい!」
「か、かしこまりました。ですがエレイン様、今の貴方は本当にお綺麗ですよ。お世辞でもなんでもなく」

 雪の結晶を連想させるような美しい銀髪に紫紺色の大きな瞳。纏っている魔力が火属性でなければ、少し幼く見える容姿も守ってあげたくあるような儚なげな美少女そのものだ。エルグランドの北方地方は寒い日が多いから、火属性の魔法は重宝されるけど、容姿と魔力は本当にミスマッチな方だよな、勿体ない。ついでに性格も。

「だから、褒めるなー!」

 エレインの拳が見事に俺の鳩尾にクリーンヒット。もろにそれを受けた俺は再びベッドへ逆戻りするはめになった。褒めてなかったのが、バレたのか……くっ、火属性魔法で身体強化してからのパンチはやめて下さい、切実に。

「駄目じゃないか、レイ。折角の侍従君がまた再起不能になっちゃうよ」
「お兄様、このような所まで来られて大丈夫なのですか?!」
「リハビリがてらね。クラウスの試練を耐え抜いた新星君に、ご挨拶しとこうと思って」

 ほ、本物のエミリオじゃないか。うっわ、本当にそっくりだな、普段の男装したエレインと見分けつかねぇ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか

鳳ナナ
恋愛
第二王子カイルの婚約者、公爵令嬢スカーレットは舞踏会の最中突然婚約破棄を言い渡される。 王子が溺愛する見知らぬ男爵令嬢テレネッツァに嫌がらせをしたと言いがかりを付けられた上、 大勢の取り巻きに糾弾され、すべての罪を被れとまで言われた彼女は、ついに我慢することをやめた。 「この場を去る前に、最後に一つだけお願いしてもよろしいでしょうか」 乱れ飛ぶ罵声、弾け飛ぶイケメン── 手のひらはドリルのように回転し、舞踏会は血に染まった。

私の婚約者は真実の哀に目覚めた

しげむろ ゆうき
恋愛
婚約者のケーン様が卒業パーティーに伝えたい事があると私に言ってきた。 「ユリアン、私は真実の哀に目覚めた……」  私はその言葉を聞き覚悟をきめるのだった。 ※タグを確認してから見て下さい!  ギャグです!

【短編集】ゴム服に魅せられラバーフェチになったというの?

ジャン・幸田
大衆娯楽
ゴムで出来た衣服などに関係した人間たちの短編集。ラバーフェチなどの作品集です。フェチな作品ですので18禁とさせていただきます。 【ラバーファーマは幼馴染】 工員の「僕」は毎日仕事の行き帰りに田畑が広がるところを自転車を使っていた。ある日の事、雨が降るなかを農作業する人が異様な姿をしていた。 その人の形をしたなにかは、いわゆるゴム服を着ていた。なんでラバーフェティシズムな奴が、しかも女らしかった。「僕」がそいつと接触したことで・・・トンデモないことが始まった!彼女によって僕はゴムの世界へと引き込まれてしまうのか? それにしてもなんでそんな恰好をしているんだ? (なろうさんとカクヨムさんなど他のサイトでも掲載しています場合があります。単独の短編としてアップされています)

おんな戦闘員に憧れて

ジャン・幸田
大衆娯楽
 私、就職希望です、おんな戦闘員に! そう思って拉致してもらって脱げない真っ黒な全身タイツ姿にされた私は、まったりとした戦闘員ライフを満喫するのであった! *小説になろうさんでも連載しております。

斧で逝く

ICMZ
SF
仕事なんて大嫌いだ――― ああ 癒しが必要だ そんな時 満員電車の中で目にしたビデオ広告 VRMMORPG ランドロンドオンライン やってみるかなーー 使うのは個人的に思い入れがある斧を武器としたキャラ しかし 斧はネタ武器であり 明らかに弱くてバグってて その上 LV上の奴からPKくらったり 強敵と戦ったり 一難さってもまた一難  それでも俺にはゲーム、漫画、映画の知識がある、知恵がある 人生経験者という名の おっさん なめんなーー どんどん 明後日の方向にいく サクセス ストーリー 味付け        | 甘め ゲーム世界      | ファンタジー  ゲーム内 環境    | フレンドリー  アプデ有(頻繁) バーサス       | PVE,PVP ゲーマスと運営    | フレンドリー 比率 ゲーム:リアル | 8:2 プレイスタイル    | 命は大事だんべ キーワード      | パンツ カニ 酎ハイ でぃすくれいまー ヒロイン出てから本番です なろう/カクヨム/ノベルUpでも掲載しています この小説はスペースを多用しています てにをが句読点を入れれば読みやすくなるんですが、 会話がメインとなってくる物で その会話の中で てにをが をちゃんと使いこなしている人、 人生で2人しか出会っていません またイントネーション、文章にすると難しすぎます  あえてカタカナや→などをつかったりしたのですが 読むに堪えない物になってしまったので 解決するための苦肉の策がスペースです   読みやすくするため、強調する為、一拍入れている  それらの解釈は読み手側にお任せします

攻略対象の王子様は放置されました

白生荼汰
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

私のバラ色ではない人生

野村にれ
恋愛
ララシャ・ロアンスラー公爵令嬢は、クロンデール王国の王太子殿下の婚約者だった。 だが、隣国であるピデム王国の第二王子に見初められて、婚約が解消になってしまった。 そして、後任にされたのが妹であるソアリス・ロアンスラーである。 ソアリスは王太子妃になりたくもなければ、王太子妃にも相応しくないと自負していた。 だが、ロアンスラー公爵家としても責任を取らなければならず、 既に高位貴族の令嬢たちは婚約者がいたり、結婚している。 ソアリスは不本意ながらも嫁ぐことになってしまう。

アルテミスの着ぐるみ美少女たち

ジャン・幸田
青春
 様々なコスプレイベント会場でレイヤー、特に着ぐるみ美少女の撮影を趣味としている橘高弘樹はある時、長身の美少女「大岩基美」をしているレイヤーに魅了された。  そのレイヤーの正体は幼馴染で”元恋人”の村城志桜里だった。彼女の”着ぐるみマスター”である謎の中年女性・成海に誘われ向かった先で弘樹は脅威の体験をすることになった!  弘樹はヒロインの真里亜の内臓になって志桜里が内臓になっている基美と百合百合な事をしてほしいというものだった。志桜里との関係はどうなってしまうというのだろうか? (某掲示板でアップしたもののリテイクです。その時のものより大幅に加筆し設定は少し変更しています)

処理中です...