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第2章「災害ボランティア編」

「輪島の災難」

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「輪島の災難」

1月4日、朝からボランティアセンターで要員の振り分けをする誠子の元に石川県の作業用ジャンバー姿の男が現れた。ヘルメットの下は白髪で、中年太りの出っ張った腹が誠子の視界に入った。
「おはようございます。羽咋市社協の香箱こうばこさんですか?石川県社協の加能蟹夫かのう・かにおと申します。到着及びご連絡が遅くなり申し訳ございませんでした。県の方もかなり混乱してまして…。羽咋エリアの現状把握と状況確認に参りました。SNS等を見ておりますと、西羽咋エリアは他の避難所と比べますと妙に活気がありますし、非常に対応が早く、被災民への手当てが恵まれているという印象なのですが…。現在お困りごとがありましたら「県」に上申しますので何でも言ってください。」
と役割分担を書いたホワイトボードに目をやりながら不思議な顔をして尋ねた。誠子は、蟹夫にむかって笑顔で答えた。
「うちには凄い「助っ人」がいまして、おかげさまで食べることや飲み水やトイレ等の準備が進んでいるんで、今のところ他のエリアと比べると恵まれていると思いますので、もっと大変な「輪島」や「珠洲」の応援に行ってあげてください。」

 「そんなことは無いでしょう?ある意味、この時点で自衛隊も来られず、陸の孤島となっている「羽咋」ですから…。すべての希望をかなえられるわけではありませんが、我慢せず何でも言ってください。聞けば、ここ周辺の10か所程の避難所の災害援助品手配は香箱さん一人で全てされているという事じゃないですか。いくらお若くても、無理はそう続くもんじゃないですよ。」
 並々ならぬ苦労があると決めつけて話しかける蟹夫の背後からピヨが現れて
「誠子ちゃん、おはよー!先に朝ご飯いただいたからライスさんとマリーアさんと一緒に昨日回り切られへんかった最後の倒壊家屋の貴重品持ち出し作業に出発するわな!あと、チャプちゃんとピナちゃんは、炊き出し場で配食始めてるし、ナッちゃんはアイースちゃんと一緒に今日も飲み水作りと足湯係やからね。私はマリーア姉さんと10時には戻るから、蝋燭づくりや「うんこ燃料」は戻ってからやるわな。よろひこー!」
と声をかけて走っていった。
「今の人、羽咋市のツナギ来てましたけど、誰ですか?「水作り」や「蝋燭づくり」はわかりますけど「うんこ燃料」って何ですか?」
 蟹夫が目を丸くして誠子に尋ねた。
「今の人やその仲間さんがここの最強助っ人なんですよ。一人はアメリカ海軍の軍人さんでここでの水作りや大量調理なんかのノウハウを提供してくれました。その人が連れて来たのがさっきの「ピヨさん」筆頭に5人の県外からの被災民です。どこまで本気か知りませんが「自分たちは「宇宙人」だって笑わせてくれるんですよ。いくら「UFOの街」の羽咋だからってできすぎですよね。コスモアイル羽咋のアルバイトの「サンダーくん」の知り合いなんですって。ケラケラケラ。」
 誠子はこの3日間の事を蟹夫に話した。配食、夜回り、見守り介護などがこの状況でも機能しているのは、彼、彼女たちのおかげなのだとありのままに説明した。ピヨ達の活動に興味を持った蟹夫は言った。
「なるほど、ここの皆さんの表情が明るい理由がわかりました。ライスさんやマリーアさんに話をお伺いしたので、戻られましたら携帯に電話いただけますでしょうか?それまで、周辺の道路調査に行ってますので。」

 午前10時、倒壊家屋からの貴重品取り出しから戻ったピヨとマリーアとライスの元に誠子と蟹夫がやってきた。
「ご苦労様。こちらは石川県社会福祉協議会の加能蟹夫さんです。急な話なんだけどね、マリーアさん達に「うち」よりも困ってる他の街も助けて欲しいんです。この3日間で、本当にここ周辺の避難所は助かりました。みんなのおかげで被災者さんのボランティア活動のグループ化と作業のスケジューリングもできて機能し始めたしね。
 どうかみんなの力で能登中に「笑顔」を届けて下さい。皆さんの知恵と力と笑顔を必要としているところがまだまだたくさんあるんです。個人的にお別れするのはとても寂しいんですけど…。「サンダーくん」も連絡取れてない状況なんで、ちょっと他の街を助けてくれませんか。」
と切り出した誠子の目を見てマリーアとピヨは「誠子ちゃんが言うなら何でも手伝うで。」と返すと、ライスが「次はどこに行けばいいんだ?「輪島」か「珠洲」か?」と尋ねた。蟹夫が3人に深々と頭を下げた。
「まずは「輪島」に御同行いただけないでしょうか?メインの街は大規模火災でほぼ壊滅状態で、分断された集落も多数あります。水道も電気も止まり物資も不足しています。道路が復旧のめどが立たない状況ですので、皆さんの持つノウハウが必要なんです。本来であれば「観光客」であるあなたたちにお願いする話ではないんですけど、どうかご協力お願いします。」

 そこからの決定は早く、5人の宇宙人とライスとアイースが加わった。蟹夫から緊急用のスマホが提供されたので、「誠子ちゃん、何かあったらすぐに連絡ちょうだいな。」と5人は誠子、義勇、米子とハグをかわすと、ライスのピックアップトラックと蟹夫が運転する社協のバンに分乗し北に向かった。
 羽咋から北に向かう「のと里山海道」は何か所も土砂崩れがあった。自衛隊の工兵科の隊員たちがショベルカーとシャベルの人力で「とりあえず」1車線は使えるように必死の作業を続けていた。借りたスマホでニュースサイト検索を続けていたピナが呟いた。
「こんなに頑張ってくれてるのに「自衛隊」の人達ってほとんどニュースで取り上げられないんやね。うちの星・・・・じゃ軍人さんは「尊敬」の対象であり「ヒーロー」やのにね…。」
 ハンドルを握った蟹夫が申し訳なさそうに後部座席のピナに言った。
「我が国の「自衛隊」は軍隊じゃないんで…。国民を守る大切な仕事を担ってもらっているにもかかわらず、一部・・の人たちからは「やっかいもの」扱いされているもので、マスコミも積極的に取り上げることをしないんです。まったく、お恥ずかしい話です。」

 通常であれば2時間ほどで着く道を倍の4時間をかけて走り、ようやく「輪島」に到着した。数年前に輪島を訪れたことのあるピヨ、チャプロー、マリーアとライスは焼け落ちた輪島朝市の通りを見て心を痛めた。
「まるで爆撃を受けた後の街のようだ。「マジンガー」も「ハニー」も「閻魔くん」も輪島を支えてきたのにもうここにはいない…。」
と永井豪記念館のあった場所でライスは立ち尽くした。
 焼け落ちた輪島朝市通りを海に向かって歩いているとピヨとマリーアが老婆に声をかけられた。
「ありゃりゃ、何年か前に来てくれた達だよねぇ…?確か海鮮丼を5杯ずつ食べた姉妹だよね。その恰好からすると「羽咋市」じゃらの復興ボランティアで来てくれたのかい?今回は海鮮丼とはいかないけど、焼け残った「干物」くらいは食べていっておくれ。」

 老婆は煤を被ったパッケージを手ではたくと丁寧に開き、七輪で高級品の「輪島フグ」の干物を炙ってくれた。「こんな街になってしもうたけど、またここで商売ができるようになったら、「海鮮丼」を食べに来てな。」とみんなに焼けたフグを手渡すと悪気無しにナチュコが
「おばあちゃん、ご飯とみそ汁はあれへんの?」
と尋ねた。速攻でマリーアのエルボーがナチュコの脳天に落ちた。マリーアは真っ赤になってナチュコを叱った。
「バカ!今、ここは「水」が無いんだよ!」
「痛―い!マリーア姉さん、水ならなんぼでもあるやんか。」
といつもと変わらぬあおい海を指さした。
 ナチュコはライスと目配せすると、焼け焦げた風呂釜を見つけ車載工具で取り外すと焼けたブロックでかまどを作るとその上に風呂釜を乗せた。吸水側のパイプを取り外すと段ボールで簡単な漏斗ろうとを作り差し込むと、ピナは焦げたブリキのバケツで汲んできた海水を流し込んだ。ライスがブロック下に焼け残った瓦礫の木材を差し込み火をつけた。ナチュコは給湯側のフレキシブルパイプを曲げ下に向けるとライスのピックアップトラックの荷台に積んであった空のポリタンクに刺し込んだ。
 まもなく風呂釜の海水が湧き、ポリタンクにまわった湯気が真水となり溜まっていった。周りに片づけをしていた人たちの輪ができた。
「へー、器用なもんやなぁ。お姉ちゃん達、可愛い・・・顔して凄いやん。この3日間、「困った困った」、「あれがない、これがない」ばっかり言うて、今あるものと知恵を使ってこんなことする人は居れへんかったで。」
「もしかしてSNSで話題の羽咋に現れた「スーパーボランティアの宇宙人美人4姉妹」ってあなたたちなの?それなら超ウエルカムよ!羽咋の避難所の話が本当なら、輪島も助けてくれるわよね!」
と若い関西訛のイケメンとジャージ姿の女の子がナチュコに声をかけ拍手を送った。

「俺は輪島福わじま・ふく」。大阪の大学行ってるからちょっと関西弁混じってるねん。正月で帰省したらこれや。こっちは若いモン少ないからちょっとボランティアしていこうと思ってたんやけど、いかんせん「素人」やから飲み水ひとつ作られへんかったんや。」
「私は「折乃酒白駒おれのさけ・はこま」。福君とは腐れ縁の幼馴染よ。「スーパーボランティア美人姉妹」が「輪島」の手伝いに来てくれたの?良かったらご一緒させてもらえませんか?」
の申し立てにどや顔でナチュコが頷いた。
「私らが来たからには、もうひもじい思いはさせへんで!ナチュコ様に任せんかい!」
 そこに中年男性が出てきて、石川県社会福祉協議会のジャンパーを着た蟹夫に気づいた。
「えらい早うに来てくれたんですね。輪島朝市の青年部代表で社協の賛助会員の「三大朝市さんだい・あさいち」です。援助物資は届かず、水も電気も無い…。街は見ての通りの状況ですので何卒、応援願います。」
と蟹夫とナチュコ達に頭を下げると福と白駒も一緒に頭を下げた。

 まず、朝市の案内で輪島市内の避難所を車ではしご移動した。輪島市ふるさと体験館と黒島公民館以外は小中学校の体育館だった。底冷えのする3日間を冷たい木の床の上で過ごしてきたという。
 まずは、羽咋と同じように蟹夫が、スーパーや飲食店を営んでいたものを確認した。何人かが手を上げてくれた。停電4日目で生と冷凍食材の在庫は商品にならないという事で、無料で炊き出しに寄付してくれることとなった。チャプローが店主と一緒にライスのピックアップトラックでその店をまわった。
 冷蔵の「生もの」は後回しにして、冷凍物を確認すると停電中とはいえ気温が低かったこともあり「チルド状態」が保たれている食材を確保することができた。冷蔵物は熱を加えれば食せるとチャプローが判断したものを煮物、燻製用に選り分けた。それと同時に野菜類や乾燥麺、調味料と食器とラップ材、ビニール袋、調理機材が手に入った。チャプローとライスが積み込み、サラダ油やラードの一斗缶をいくつか積み込んだ。

 小学校に帰ると既に「湯沸かしのプロ」となったナチュコがピナとアイースを指揮して「足湯」サービスを始めていた。福と白駒もナチュコ達の指示を受け忙しく、「湯」と「バケツ」を持って走り回っている。掃除用のバケツであるが、4日ぶりの温泉の元の入った温かいお湯に両足を漬けた利用者の顔は皆ほころんでいた。別途、消火活動に携わった者達には「きれいな湯」による洗顔、洗髪のサービスを提供し喜ばれた。
ピヨとマリーアは小中学校の机や体育倉庫の備品を体育館に運び込み、高床式の座敷を作っていた。体育館に並べられた机の上に敷かれた体育マットの上は、床に敷かれたブルーシートの上とは格段に居心地が良かった。更に舞台の緞帳どんちょうを敷布にして被災者は久しぶりに冷たい床から解放された。

焼けた朝市から届いた「蒸留水」で、蟹夫が学校に許可を得て福と白駒が理科室から体育館に持ち出したアルコールランプとビーカーやフラスコで大人には温かいコーヒーと緑茶、子供たちにはココアやホットカルピスが振舞われた。
各避難所内で自主的にボランティアに参加してくれるメンバーが増えていき作業は順調に進んだ。蟹夫は羽咋での事例を加味して、役割分担をしてリーダーを選出した。どの避難所でもSNSで羽咋の状況を把握した者がいて、事はスムーズに進み、ボランティア間でグループラインを組み、物資の状況や実施事例を動画共有することでピヨ達が回れていない避難所でも同様の動きが起きた。

午後7時、災害時でもなければ使うことの無い高級品である「うるし蝋燭」の灯かりの元、輪島朝市周辺の全ての避難所で4日ぶりの温かい配食が行われた。チャプローとピナが一斗缶で炊いたものを、ピヨとマリーアが体育館に運んだ。福と白駒達地元ボランティアメンバーが忙しくビニール袋のかかった器に盛り付けて配膳した石川県の郷土料理である「鶏の治部煮」に皆が舌鼓を打つ姿をピヨ達は離れて見守った。
 避難者全員に配膳が終わると、ピヨ達も遅い夕食を取った。
「おっ、これは旨い!金沢名物の「すだれ麩」に鶏から染みた出汁が最高だな!キリシタン大名の高山右近が加賀にいた時に伝えた「欧風料理(※諸説あり)」ってだけあってアメリカンの俺にもピッタリな味だな。これはバーボンにも合いそうだ!チャプローの料理最高―!カラカラカラ。」
「きゃー、薬味の「山葵わさび」のアクセントが刺激的だわ!高級レストランやホテルで食べるより、このままボランティア続けてチャプローさんの料理を食べる方がいいかも!ケラケラケラ。」
とライスとアイースも大喜びをしていた。
 







※ピヨちゃんが怒っているのは、明日の回で「火事場泥棒」を「成敗」するシーンをイメージしてるからです。
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