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7、勇敢と臆病
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振り返る先に呼び止めた声の主を見つけて足を止め、ダイナ、と彼女の名を呼び眦を緩める。
食堂で会うことの多い、快活でよく気がつく女性だ。
「ありがとね。なんだか少し、気が楽になったよ」
うん?と首を捻れば、肩を竦めて大きくつく溜息が寄越され。
「ここに来て、ここにいることになってからさ、危ないことをしてるんだから、自分の身だけは守れるようになれって言われてね。お頭も、リーもルーも他のやつも、やり方も教えてくれたし、そのつもりで自分の短剣も持ってんだ」
女性が身を守るために最低限の短剣を持つのは悪くない選択に思えて、相槌を打つ。
「だけど、ほんとはずっと怖くてさ。戦いになるかもって言われるたび、短剣を用意して、言われた通りにやればいいって自分に言い聞かせても、怖くてね。…きっと、そうなったら自分の身だって守れやしないんじゃないかって…」
間を置いて、情けない話だけどね、と苦笑いする彼女に、言葉を選ぼうと少し考えてしまう。
「けど、エルフのあんたが大真面目な顔して、鍋でもフライパンでもいいなんて言うから、ちょっとおかしくてさ。怖くなくなりゃしないけど、ちょっと気が楽になったよ」
「…そうか」
ああ。と、穏やかに頷く彼女の日に焼けた横顔を少し見つめる。
自分は、物心ついた頃から、主君のため、国と民を守る騎士になるために生きてきた。彼女の気持ちが分かるなどと言っては、空言になってしまう。
「恐れを抱くことは、悪いことではない。それは生きる者が生きるために必要な感情で、勇敢な者が先に死ぬということは、確かにある」
目と口を開いてこちらを見る彼女に、目で頷いてみせる。
互いに止めてしまった足を、また進めて歩き出し。
「勇敢な者は先に死ぬ、か。重いね…」
ああ、そうだな。と、彼女に同意する自分の声を、つい、噛み締めるように聞いてしまう。ふ、と、ひとつ息をついて切り替え。
「敵と向き合うのが怖いと感じるなら、弓矢を覚えるという手もある」
「へえ! …そうか。弓なんて難しそうでとても、って思ってたけど。遠くから隠れて敵を狙えたら、臆病でも、……なんて言い方しちゃ、ハルに失礼か」
はたと言葉の途中でこちらに振られるのに、瞬く。己が弓を得手とすることを知っているのだろう、思いがけない気遣いに、頬笑んでしまう。
「どういたしまして。苦手なことがあるのを、別の手段で乗り越えられないかと考えるのは、十分に勇敢だ」
ええ!と、声を上げて笑い出すダイナに、武器庫の扉を開きながら、もう一度瞬いた。
「勇敢なやつは先に死ぬんだろ。ごめんだよ」
ああ、と、思わず自分でも笑ってしまう。
「確かにそうだ。では、臆病者の弓で生き残る方法を一緒に考えよう」
それだね、と強く頷く彼女と笑い合いながら、訓練に使う武器を選ぶために、武器庫へと足を踏み入れた。
ダイナのように、口に出さない恐れを抱える者もあるかもしれないながら、人間達はみな前向きだ。ひとまず昼の訓練には交代交代に誰かが顔を出し、長い時間を指導に当てられた。
誰のどこを伸ばし、どこを修正するかと考えながら、一人になって剣を振るっていた手を、止める。
日が落ち始めている。
夜の食事が終われば獣人達に声を掛けようと、腰に下げた鞘に剣を収めて歩き出す。
「――ッ!」
「隙アリィッ!!」
軽く土を蹴って駆ける音と風を切る空気の動き、その微細ながら確かな気配の全てが己に飛び掛かる向きに集まるのを感じ、咄嗟に剣を抜きながら振り返る。
ギィン!と、鋼同士がぶつかり弾く音と、恐るべき身の軽さで己の長剣の側面を蹴り、防がれたと知るや宙転して後方に素早く飛び退く影。
「リュー!」
しなやかな身体を空中でくるりと転じ、音も軽く地に足を下ろす。喜色満面と呼ぶには大いに凶暴さを孕んだ笑み。山猫の獣人であるリューの、手に握られている短剣が、己の長剣を打って音を立てた正体だと判る。
「おいこら、リュー! まだ話の途中だ!」
向こうから駆けてくるリーを視界に入れながらも、まだ次の機を狙い、じりじりと土を躙って距離を詰めるリューに目を戻す。
「お前、砦の全員と勝負するんだってな、ハル! 今度こそエルフのハラワタ見せてもらうぜ!」
どう伝わった、というべきか、どこまでは話を聞いてくれたのか、というべきか。
少し苦笑いになりながら、剣を構え直す。
「それも悪くはないが。…そうだな、では、負けた方が勝った者の言うことをひとつ聞くというのはどうだ?」
「いいじゃねえか! どのハラワタ差し出すか決めとけよ!」
パッ、と、その身体で土を蹴ったとは思えぬほど、微かな音だけで飛び掛かりにくる、しなやかな動きに集中する。
一撃で獲物を仕留める習慣があるのだろう、迷わず喉元を獲りにくる短剣を、剣先で軽く弾いて反らし、その身の側面を斬りつけに取って返す剣。それを、今度は素早く切り返す短剣が受け止め、防ぎながらリューが横に跳ぶ。
着地の体勢を立て直すのを待たず踏み込み、低い体勢のまま器用に受ける短剣へと、剣を踊らせ続け様に打ち込み、そのバランスを崩してやるべく叩くだけ叩く。
防戦に徹しながら舌舐めずりする深い笑みを見据え。
ザ、と己の剣の先が土を薄く削るほど低くなり、そこを狙い澄ましたように軽く跳び上がる身体が、驚くべき器用さで剣の上に飛び乗る。
飛び乗った身体をそのまま投げ飛ばしてやるよう振り抜き、長剣が身体の前から退いたところへ、突き刺す動きの短剣が突っ込んでくる。
「獲った――ッ!」
喜色を隠さず上がる声へ、甘い、と浮かぶのを声には出さない。
大きく後ろへ仰け反るようにして突き先を躱し、後方に低く落ちる重心を、地に片手をついて支える。その手を軸に身体を捻り、繰り出す回し蹴り。遠心力で吹き飛ばすよう、上げた踵を身軽の脇腹に食いつかせて地面に叩き落とす。
ギャッ!と上がる声を逃さぬとばかり、その喉に剣を突きつけた。
「勝負あったか?」
むうう、と思い切りへの字に曲がる口を見下ろし、眉を上げる。降参、と、不服そうに呻く声に、剣を収め。
「リーの話をもう一度よく聞いてくれ。リーがいいと言うまでだぞ」
ええ~、と、不満を隠さぬ声に「約束しただろう」と笑いながら身を引く。ポン、と跳ねるように起き上がるのすら身軽だ。
「すまんハル、綱をつけてから聞かせればよかった」
「綱はひどいな」
やれやれといった風に肩で息をついてリューを見下ろすリーに、大丈夫だと笑いながら肩を竦めてみせた。
飯食いに行ってくる!と、元気に駆け出すリューに、一瞬二人で声を失い顔を見合わせてから、リーも食堂に行くのだろうと歩き出す。
「驚いたな。剣もやるのか」
感心するリーの声に、ああ、と相槌を挟み。
「得手は弓だが、馬上で扱う剣と槍は一応。王都で指導を任されていたことがあるから、よく知られているような武器は一通り握ってはきた」
「一通りはすごいな…」
手放しに褒めてくれるリーに、長く生きているからな、と笑いながら食堂の扉を潜った。
大きなテーブルの隅に陣取り、目を覚ました獣人達にリーが訓練の趣旨を説明し、質疑に応答するのを聞きながら、エールのカップを傾ける。
賑わう食堂の中、始まったばかりの訓練に興奮冷めやらぬ様子で幾人か、一日を終える食事を摂る人間達が質問や提案に来るのに耳を傾けて。
持ち込まれる話に頷き、ああでもないこうでもないと話す中、扉の開く音に続いて誰かが「お頭」と声を掛けるのに、そちらに目を取られ。
定めはないながら定位置と呼べそうな己の隣に足を向けず、ほぼ全員が集まる食堂内を見渡す位置で足を止めるアギレオを不思議に思い見守る。
「おう、食ってるとこ悪ィな。ちょっと耳貸してくれ」
なんだなんだ、と人間も獣人も男も女も手を止め、頭領であるアギレオの声かけに目と耳を集める。
「急な話で悪ィが、買い出しのローテーションを一回飛ばしてくれ」
それを聞き、少しざわつく場内を思わず見回す。
砦の中でまかなえぬものを買い出し、また余分に作った物を売りに近隣の村や市に行く買い出しは行きたがる者が多い。なれど、一度に留守にできる人数は限られるため、皆で順番を決めているものらしい。
ささやかなものながら、楽しみを上から取り上げられるのは面白くないだろう。
己はそこに含まれないながらも、何故だろうかと彼らと同じくアギレオの言葉の続きを待ち。
「俺の用で3日後にビーネンドルフに行く。昼の連中から3人、夜からも3人出して、次の買い出し分はついでにそこで済ましてくれ」
ワッと、ほとんど歓声に近く場が沸くのに、状況が読めず目を丸くしてしまう。
「んで、リー。ハルを連れてっから、ルーとお前は残ってくれ。留守番押しつけて悪ィんだがよ」
誰が行くだのどう決めるだのと賑わう場内をよそにするよう、アギレオがリーに掛けている声に己の名を挟まれて振り返る。
「ああ、もちろん。久し振りだな、楽しんでくるといい」
おーと短く応じるアギレオが、話し終えたのだろう、振り返るのと目が合う。言葉を探す先で眉を上げてみせられ、意図を掴めず瞬く。
「ダイナ。先に風呂浴びてくっから、何か食うもん残しといてくれ」
何の話なんだと問おうとする矢先、もう目線は外され、今は食事を摂らず場を辞するらしいアギレオに、唇が空回る。
少しポカンとする間にさっさと出て行ってしまった背を飲み込んで、閉じた扉を見守る。
「ハル? どうかしたか?」
声を掛けられてリーに振り返り、顎を捻った。
「今のは、……どういう話だ?」
へ?と、浅く目を瞠るように見詰め返され、唸るような心地になる。
「どう? 何か用があってビーネンドルフにお前を連れてくって話だろう?」
「…確かに…」
その通りだな、と口許を覆い、首を逆に傾げる。
「二人で相談して決めたのかと思ったが…」
違うのか、と、一瞬怪訝な顔をしたリーが、だが、ふと表情を緩める。そういうところあるよな、と笑うのに、確かに…と、深く頷いた。
「…ともかく後で尋ねてみよう。ビーネンドルフというのは、ここからは少し離れているな。何があるんだろうか」
ああ、と頷いて食事を再開するリーに目を向けながら、こちらでも再びエールのカップを傾け。
「何、か。今や何でもあるってところだな。ハルは、ビーネンドルフに行ったことがあるか?」
「いや。知識として知っているだけだな。確か、養蜂が盛んな村ではなかったか?」
フッ、と、彼にしては珍しく、愉快そうに笑う顔に、瞬く。
「エルフの知識は古いな? もう結構前に、ビーネンドルフでは新しい巣箱を考えたらしくてな。それが上手くいってからどんどん村が栄えて、今じゃちょっとした街と呼んでもいいくらいなんだ」
へえ、と、思いがけない情報に目を瞠り。
「なるほど。蜂蜜なら、交易の中心になるに相応しいだろうな。それで物が集まるようになっているわけか」
そうそう、と頷くリーは楽しげだ。
「たっぷりの蜂蜜が、たっぷりあるから他よりはいくらか安く手に入る。そこへ買い付けにくる連中が増えて、持ち込まれる物を売り買いする市が立って、という具合だな」
「今をときめく、というわけだ。皆が浮き足立つのも頷ける」
リーだけでなく、楽しげに皆が蜂の村の話に花を咲かせるのを見回し、頬を緩め。
「アギレオが出掛けるのもずいぶん久し振りだ。それだけのことだが、それも俺は気分がいい」
少し独りごちるようなリーの声に、うん?と、また目を戻し。首を傾げれば、穏やかな頷きが寄越される。
「野盗をやってた頃は、買い出しに行くにも顔を覚えられないように、毎回行先を変えたりしててな」
それは、別の者からも聞いたことのある話だ。目を細めながら話すリーに、相槌を打って先を待ち。
「だが、交代で行ってた買い出しにもアギレオは何年も出なかった。目立ち過ぎる、一発で覚えられて、行先を変えてる意味がなくなるって言ってな。ずいぶん砦から出ていなかったはずだ。なんでもないことだが、少し嬉しいんだ」
「…そうか……」
野盗だった彼らの、その周到さに感心したことは何度もある。その同じ感心と、けれど、アギレオが自由に出歩けるのが嬉しいと眦を緩めて口にするリーの心持ちに、素直に胸を打たれる。
彼らは悪党であったと言って間違いない。
だが今や、その中に混じってこうして見る彼らの顔は、そのような短い言葉には収まりきらない。
胸詰まるような思いに、少し、大きく息を抜いた。
「しかし、ハルを連れて行きたいってことは、…何かエルフの知識を借りたいって辺りかもな?」
なるほど、と頷きながらも、ふと先ほどの指摘を思い出して笑ってしまう。
「古い知識しかないが」
確かにと噴き出すリーと暫し笑い合って。
「ああ、そうだ。何でもあるというなら、武具の類があれば調達したいところだ」
「ああー、それはそうだな。そうか、案外それかな」
膝を打たんばかりのリーに、それだなと頷きを重ねる。武具刀剣の知識であれば、専門だといえる。そうだそうだと二人で合点すれば、後は四方山話に興じて食事の時を過ごした。
食堂で会うことの多い、快活でよく気がつく女性だ。
「ありがとね。なんだか少し、気が楽になったよ」
うん?と首を捻れば、肩を竦めて大きくつく溜息が寄越され。
「ここに来て、ここにいることになってからさ、危ないことをしてるんだから、自分の身だけは守れるようになれって言われてね。お頭も、リーもルーも他のやつも、やり方も教えてくれたし、そのつもりで自分の短剣も持ってんだ」
女性が身を守るために最低限の短剣を持つのは悪くない選択に思えて、相槌を打つ。
「だけど、ほんとはずっと怖くてさ。戦いになるかもって言われるたび、短剣を用意して、言われた通りにやればいいって自分に言い聞かせても、怖くてね。…きっと、そうなったら自分の身だって守れやしないんじゃないかって…」
間を置いて、情けない話だけどね、と苦笑いする彼女に、言葉を選ぼうと少し考えてしまう。
「けど、エルフのあんたが大真面目な顔して、鍋でもフライパンでもいいなんて言うから、ちょっとおかしくてさ。怖くなくなりゃしないけど、ちょっと気が楽になったよ」
「…そうか」
ああ。と、穏やかに頷く彼女の日に焼けた横顔を少し見つめる。
自分は、物心ついた頃から、主君のため、国と民を守る騎士になるために生きてきた。彼女の気持ちが分かるなどと言っては、空言になってしまう。
「恐れを抱くことは、悪いことではない。それは生きる者が生きるために必要な感情で、勇敢な者が先に死ぬということは、確かにある」
目と口を開いてこちらを見る彼女に、目で頷いてみせる。
互いに止めてしまった足を、また進めて歩き出し。
「勇敢な者は先に死ぬ、か。重いね…」
ああ、そうだな。と、彼女に同意する自分の声を、つい、噛み締めるように聞いてしまう。ふ、と、ひとつ息をついて切り替え。
「敵と向き合うのが怖いと感じるなら、弓矢を覚えるという手もある」
「へえ! …そうか。弓なんて難しそうでとても、って思ってたけど。遠くから隠れて敵を狙えたら、臆病でも、……なんて言い方しちゃ、ハルに失礼か」
はたと言葉の途中でこちらに振られるのに、瞬く。己が弓を得手とすることを知っているのだろう、思いがけない気遣いに、頬笑んでしまう。
「どういたしまして。苦手なことがあるのを、別の手段で乗り越えられないかと考えるのは、十分に勇敢だ」
ええ!と、声を上げて笑い出すダイナに、武器庫の扉を開きながら、もう一度瞬いた。
「勇敢なやつは先に死ぬんだろ。ごめんだよ」
ああ、と、思わず自分でも笑ってしまう。
「確かにそうだ。では、臆病者の弓で生き残る方法を一緒に考えよう」
それだね、と強く頷く彼女と笑い合いながら、訓練に使う武器を選ぶために、武器庫へと足を踏み入れた。
ダイナのように、口に出さない恐れを抱える者もあるかもしれないながら、人間達はみな前向きだ。ひとまず昼の訓練には交代交代に誰かが顔を出し、長い時間を指導に当てられた。
誰のどこを伸ばし、どこを修正するかと考えながら、一人になって剣を振るっていた手を、止める。
日が落ち始めている。
夜の食事が終われば獣人達に声を掛けようと、腰に下げた鞘に剣を収めて歩き出す。
「――ッ!」
「隙アリィッ!!」
軽く土を蹴って駆ける音と風を切る空気の動き、その微細ながら確かな気配の全てが己に飛び掛かる向きに集まるのを感じ、咄嗟に剣を抜きながら振り返る。
ギィン!と、鋼同士がぶつかり弾く音と、恐るべき身の軽さで己の長剣の側面を蹴り、防がれたと知るや宙転して後方に素早く飛び退く影。
「リュー!」
しなやかな身体を空中でくるりと転じ、音も軽く地に足を下ろす。喜色満面と呼ぶには大いに凶暴さを孕んだ笑み。山猫の獣人であるリューの、手に握られている短剣が、己の長剣を打って音を立てた正体だと判る。
「おいこら、リュー! まだ話の途中だ!」
向こうから駆けてくるリーを視界に入れながらも、まだ次の機を狙い、じりじりと土を躙って距離を詰めるリューに目を戻す。
「お前、砦の全員と勝負するんだってな、ハル! 今度こそエルフのハラワタ見せてもらうぜ!」
どう伝わった、というべきか、どこまでは話を聞いてくれたのか、というべきか。
少し苦笑いになりながら、剣を構え直す。
「それも悪くはないが。…そうだな、では、負けた方が勝った者の言うことをひとつ聞くというのはどうだ?」
「いいじゃねえか! どのハラワタ差し出すか決めとけよ!」
パッ、と、その身体で土を蹴ったとは思えぬほど、微かな音だけで飛び掛かりにくる、しなやかな動きに集中する。
一撃で獲物を仕留める習慣があるのだろう、迷わず喉元を獲りにくる短剣を、剣先で軽く弾いて反らし、その身の側面を斬りつけに取って返す剣。それを、今度は素早く切り返す短剣が受け止め、防ぎながらリューが横に跳ぶ。
着地の体勢を立て直すのを待たず踏み込み、低い体勢のまま器用に受ける短剣へと、剣を踊らせ続け様に打ち込み、そのバランスを崩してやるべく叩くだけ叩く。
防戦に徹しながら舌舐めずりする深い笑みを見据え。
ザ、と己の剣の先が土を薄く削るほど低くなり、そこを狙い澄ましたように軽く跳び上がる身体が、驚くべき器用さで剣の上に飛び乗る。
飛び乗った身体をそのまま投げ飛ばしてやるよう振り抜き、長剣が身体の前から退いたところへ、突き刺す動きの短剣が突っ込んでくる。
「獲った――ッ!」
喜色を隠さず上がる声へ、甘い、と浮かぶのを声には出さない。
大きく後ろへ仰け反るようにして突き先を躱し、後方に低く落ちる重心を、地に片手をついて支える。その手を軸に身体を捻り、繰り出す回し蹴り。遠心力で吹き飛ばすよう、上げた踵を身軽の脇腹に食いつかせて地面に叩き落とす。
ギャッ!と上がる声を逃さぬとばかり、その喉に剣を突きつけた。
「勝負あったか?」
むうう、と思い切りへの字に曲がる口を見下ろし、眉を上げる。降参、と、不服そうに呻く声に、剣を収め。
「リーの話をもう一度よく聞いてくれ。リーがいいと言うまでだぞ」
ええ~、と、不満を隠さぬ声に「約束しただろう」と笑いながら身を引く。ポン、と跳ねるように起き上がるのすら身軽だ。
「すまんハル、綱をつけてから聞かせればよかった」
「綱はひどいな」
やれやれといった風に肩で息をついてリューを見下ろすリーに、大丈夫だと笑いながら肩を竦めてみせた。
飯食いに行ってくる!と、元気に駆け出すリューに、一瞬二人で声を失い顔を見合わせてから、リーも食堂に行くのだろうと歩き出す。
「驚いたな。剣もやるのか」
感心するリーの声に、ああ、と相槌を挟み。
「得手は弓だが、馬上で扱う剣と槍は一応。王都で指導を任されていたことがあるから、よく知られているような武器は一通り握ってはきた」
「一通りはすごいな…」
手放しに褒めてくれるリーに、長く生きているからな、と笑いながら食堂の扉を潜った。
大きなテーブルの隅に陣取り、目を覚ました獣人達にリーが訓練の趣旨を説明し、質疑に応答するのを聞きながら、エールのカップを傾ける。
賑わう食堂の中、始まったばかりの訓練に興奮冷めやらぬ様子で幾人か、一日を終える食事を摂る人間達が質問や提案に来るのに耳を傾けて。
持ち込まれる話に頷き、ああでもないこうでもないと話す中、扉の開く音に続いて誰かが「お頭」と声を掛けるのに、そちらに目を取られ。
定めはないながら定位置と呼べそうな己の隣に足を向けず、ほぼ全員が集まる食堂内を見渡す位置で足を止めるアギレオを不思議に思い見守る。
「おう、食ってるとこ悪ィな。ちょっと耳貸してくれ」
なんだなんだ、と人間も獣人も男も女も手を止め、頭領であるアギレオの声かけに目と耳を集める。
「急な話で悪ィが、買い出しのローテーションを一回飛ばしてくれ」
それを聞き、少しざわつく場内を思わず見回す。
砦の中でまかなえぬものを買い出し、また余分に作った物を売りに近隣の村や市に行く買い出しは行きたがる者が多い。なれど、一度に留守にできる人数は限られるため、皆で順番を決めているものらしい。
ささやかなものながら、楽しみを上から取り上げられるのは面白くないだろう。
己はそこに含まれないながらも、何故だろうかと彼らと同じくアギレオの言葉の続きを待ち。
「俺の用で3日後にビーネンドルフに行く。昼の連中から3人、夜からも3人出して、次の買い出し分はついでにそこで済ましてくれ」
ワッと、ほとんど歓声に近く場が沸くのに、状況が読めず目を丸くしてしまう。
「んで、リー。ハルを連れてっから、ルーとお前は残ってくれ。留守番押しつけて悪ィんだがよ」
誰が行くだのどう決めるだのと賑わう場内をよそにするよう、アギレオがリーに掛けている声に己の名を挟まれて振り返る。
「ああ、もちろん。久し振りだな、楽しんでくるといい」
おーと短く応じるアギレオが、話し終えたのだろう、振り返るのと目が合う。言葉を探す先で眉を上げてみせられ、意図を掴めず瞬く。
「ダイナ。先に風呂浴びてくっから、何か食うもん残しといてくれ」
何の話なんだと問おうとする矢先、もう目線は外され、今は食事を摂らず場を辞するらしいアギレオに、唇が空回る。
少しポカンとする間にさっさと出て行ってしまった背を飲み込んで、閉じた扉を見守る。
「ハル? どうかしたか?」
声を掛けられてリーに振り返り、顎を捻った。
「今のは、……どういう話だ?」
へ?と、浅く目を瞠るように見詰め返され、唸るような心地になる。
「どう? 何か用があってビーネンドルフにお前を連れてくって話だろう?」
「…確かに…」
その通りだな、と口許を覆い、首を逆に傾げる。
「二人で相談して決めたのかと思ったが…」
違うのか、と、一瞬怪訝な顔をしたリーが、だが、ふと表情を緩める。そういうところあるよな、と笑うのに、確かに…と、深く頷いた。
「…ともかく後で尋ねてみよう。ビーネンドルフというのは、ここからは少し離れているな。何があるんだろうか」
ああ、と頷いて食事を再開するリーに目を向けながら、こちらでも再びエールのカップを傾け。
「何、か。今や何でもあるってところだな。ハルは、ビーネンドルフに行ったことがあるか?」
「いや。知識として知っているだけだな。確か、養蜂が盛んな村ではなかったか?」
フッ、と、彼にしては珍しく、愉快そうに笑う顔に、瞬く。
「エルフの知識は古いな? もう結構前に、ビーネンドルフでは新しい巣箱を考えたらしくてな。それが上手くいってからどんどん村が栄えて、今じゃちょっとした街と呼んでもいいくらいなんだ」
へえ、と、思いがけない情報に目を瞠り。
「なるほど。蜂蜜なら、交易の中心になるに相応しいだろうな。それで物が集まるようになっているわけか」
そうそう、と頷くリーは楽しげだ。
「たっぷりの蜂蜜が、たっぷりあるから他よりはいくらか安く手に入る。そこへ買い付けにくる連中が増えて、持ち込まれる物を売り買いする市が立って、という具合だな」
「今をときめく、というわけだ。皆が浮き足立つのも頷ける」
リーだけでなく、楽しげに皆が蜂の村の話に花を咲かせるのを見回し、頬を緩め。
「アギレオが出掛けるのもずいぶん久し振りだ。それだけのことだが、それも俺は気分がいい」
少し独りごちるようなリーの声に、うん?と、また目を戻し。首を傾げれば、穏やかな頷きが寄越される。
「野盗をやってた頃は、買い出しに行くにも顔を覚えられないように、毎回行先を変えたりしててな」
それは、別の者からも聞いたことのある話だ。目を細めながら話すリーに、相槌を打って先を待ち。
「だが、交代で行ってた買い出しにもアギレオは何年も出なかった。目立ち過ぎる、一発で覚えられて、行先を変えてる意味がなくなるって言ってな。ずいぶん砦から出ていなかったはずだ。なんでもないことだが、少し嬉しいんだ」
「…そうか……」
野盗だった彼らの、その周到さに感心したことは何度もある。その同じ感心と、けれど、アギレオが自由に出歩けるのが嬉しいと眦を緩めて口にするリーの心持ちに、素直に胸を打たれる。
彼らは悪党であったと言って間違いない。
だが今や、その中に混じってこうして見る彼らの顔は、そのような短い言葉には収まりきらない。
胸詰まるような思いに、少し、大きく息を抜いた。
「しかし、ハルを連れて行きたいってことは、…何かエルフの知識を借りたいって辺りかもな?」
なるほど、と頷きながらも、ふと先ほどの指摘を思い出して笑ってしまう。
「古い知識しかないが」
確かにと噴き出すリーと暫し笑い合って。
「ああ、そうだ。何でもあるというなら、武具の類があれば調達したいところだ」
「ああー、それはそうだな。そうか、案外それかな」
膝を打たんばかりのリーに、それだなと頷きを重ねる。武具刀剣の知識であれば、専門だといえる。そうだそうだと二人で合点すれば、後は四方山話に興じて食事の時を過ごした。
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