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10、鬼と人狼
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「いいじゃねえか、昔は二人で散々やってただろ!」
笑いながら投げかけられる大きな声に、やや離れた席でエールのカップを掲げてみせるベッカーという男を見る。ニヤニヤと笑う様子に、アギレオを振り返れば素知らぬ風に目を逸らしており、リーはと目を向ければ、食事を頬張りながらやはり明後日の方を向いている。
「そうなのか?」
砦の二強ともいえる二人が互いに研鑽し合うのは自然のことのように思えるのに、三人の様子が不思議に思えて問い返してみる。
人間の年齢はよく分からないが、そう言われてみればベッカーはアギレオやリーよりも年上なのかもしれない。
「そぉーそ! こいつら最初はすげえ仲が悪くてな。寄ると触ると即!殴り合いになんだよ」
半数、いや三分の二ほどかもしれない、食堂内の他の面子も、へえ、本当に?などと興味深く耳を傾けている。
「これが、鬼と人狼のケンカじゃ止めもできねえってんで、放っといたらブッ倒れるまでやりやがんだよ。物騒ったらなかったぜ!」
それぞれに声を上げてザワつく場内で、例外でなく己も目を丸くして二人を見る。
「想像がつかないな…。それが、いつ何故、和解することになったんだ?」
アギレオと目を合わせれば、思案らしい数秒の間をおいて「忘れた」とあっけらかんとして返ってくるのに、役に立たないとみて、リーを振り返る。
頭を垂れて額を押さえているリーに、顎を捻り。
「何…という切っ掛けはあったかな…。なかったかもしれない…」
雪解けのように次第に、というところだろうか。なるほどと頷く先に、上がるリーの顔を眺め。
「不思議な感じだな。アギレオはともかく、リーが誰かと諍うというのは、あまり思い及ばない」
おい。と、頭の後ろから短い声がしているが、今は捨て置き。今度は腕組みし、眉間に皺を寄せて今にも唸らんばかりのリーに、首を傾げる。
「…いや…、なんというかその…。いけ好かないやつだろう、アギレオは」
噴き出しかけたのを腹に力を入れて堪えたが、場内はドッと沸く。ゲラゲラと続くあちこちからの笑い声の中で、まだ腕組みしているリーに相槌を打って先を促し。
「口は悪いし、態度はデカくて偉そうだし…」
「ああ…なるほど、確かに…」
「おいこら手前ェ、ハル」
ガシッとばかりに後ろから耳の先をつままれ、痛い、と笑いながら振り返って抗議して。
「だからそもそも、顔を見るたび殴り合ってたんじゃなく、必要があって話すと腹が立って…ってことだったんだが。話そのものにはまともな答えが返るし、口が悪いのは庇えないにしても、デカい態度はまあ、よく動くし案外面倒見はいいし、腕っ節も充分で、なるほど、偉そうにするだけはあるって、段々分かったというか…」
はあ、と、思わず感嘆の息を漏らしてしまう。
「なんという人徳と人格の差だろうな…」
「お前なアッ!」
ガシリといよいよ腕を回して頭と首を絞められるのに、参った、と、その腕を何度か叩いて降参を訴え。
「お前は? 何故そんなにリーと諍いを繰り返して、何故そうしなくなった?」
腕を解きながらアギレオを振り返り、フンと鼻で息を抜いているのにやはり笑ってしまう。
「よくやり合ったのは覚えちゃいるが、理由までは記憶にねえな。リーの印象も別に変わんねえよ。あてになるやつで、たまに細けえこと言ってんなと思いはするが、んなもん大抵俺の気づかねえとこだ、聞くだけ聞いてみる価値がある」
器用に片眉を跳ね上げ、また鼻息なぞ吹いているのに、一瞬ポカンとしてしまう。そして、それから、頬や眦が勝手に緩んで、笑う。
「なるほど、お前らしい」
大胆で拘らず、だが愚かではない。
なるほどな。と、もう一度、今度は独りごちてカップを乾した。
遅れて食事を始めたせいで、食器を厨房に運ぶ頃には賑わいも随分小さくなり。ついでに給仕をいくらか手伝ってから、戻る前に水を浴びようかと踵を返すところに声を掛けられる。
「ああ、おい、ハル」
なんだ?と、なんだか珍しく和らいだ雰囲気でリーと話していたアギレオに目を向け。
「レビんとこ寄ってけ。転ばして怪我さしたったら、あいつがちゃんと見ときてえってよ」
ああ、と、合点して頷き。用件はそれだけであったらしいのに、こちらの顔をまだ見ているアギレオに顎を捻る。
ごく微妙なニュアンスで片頬に笑う顔に、瞬いてしまう。
「嬉しそうにしてんじゃねえよ。お前、ホントあいつのこと好きだな」
「っ、」
一体どんな顔をしたというのだろうか。思わず口元に手をやって隠し。
「若者らしくて可愛いだろう。それに、美しいエルフを見ているだけで、心嬉しいものだ」
半ば弁明のように答えながら手を離し、ともあれ寄って行くと頷いて。
「…まあ。異論はねえな」
浅く双眸を眇めて片笑いのまま同意を示されるのに、そうだろう、と動揺を隠すように深く顎を引く。
またリーとの会話に戻り、二人で静かに笑い合っている声を聞きながら、食堂を後にした。
傷を見てくれるというなら、と、泉の水で身を清めてから、魔術師の家の扉を叩く。
「ケレブシア、夜分にすまない。まだ起きているだろうか」
どこかに梟がいる。
森の方から聞こえる声に少し目を取られる間に、入ってくれ、と扉の向こうから声が聞こえた。声を掛けてから上がり込み、閉じる扉の向こうに梟の声が遮られる。
変わらぬ薬草や花々の吊された壁を眺めながら歩き、目についた物に少し驚いて足を止める。
室内を柔らかく照らしているランプの中に、火種となるものが入っておらず、光の魔術で灯しているらしい。
感心しながら奥へと進めば、昼の明るい内と変わらず、魔術師はこちらに背を向けて何かを調合している。
「すごいな。家中の灯りを魔術で補っては、消耗しないか?」
うん?と、振り返るレビに、傍の椅子に座るように促されて腰を下ろし。
フッフ、と面白そうに笑う顔は、愛らしいというには少し悪戯すぎるかもしれないが。
「いろいろ工夫してんだ、秘密。肩と胸だっけ。脱いで見せて」
なるほど、魔術師には確かに人知れず蓄えている秘密が色々あるだろう、と得心し。指示通り上を脱ぐ。
胸の中央がちょうど木の棒の形のまま赤黒く盛り上がり、そこから赤紫の斑になっている内出血に、レビが口角を下げてイッと声を潜める。
「ひっでえな、お頭。加減すりゃいいのに」
肩は?と問われるのに背を向けながら、痛そう、と言わんばかりの声に少し笑う。
「もちろん加減してくれたんだろう。あの怪力ならば、骨を折ってそのまま心臓も潰せそうだ」
腕を支えられ、持ち上げられれば肩の高さに至る辺りで痛みが走る。いくらか触れて具合を確かめられ、いくつかの応答を繰り返して解放される腕を下ろして腿に垂らしておく。
「骨じゃなさそうだから、腫れが引いてみないとだな」
動かないで、と声を掛けられて留まる肩に、濡れた布を当てられて、少し肌が揺れる。
「一晩このままにしといて欲しいんだけど、包帯しても平気? 邪魔?」
構わないと頷き、熱を取るためだろう、薬草の香りの湿布を包帯で巻きつけられるのに、腕を任せ。頭の後ろに聞こえる詠唱と共に、それがまた少し冷たくなる。
「そういえば、ケレブシアはビーネンドルフには行くのか? 要り用の物も多そうだが」
王都ほどではなくとも、境の森もまた豊かな森だ。豊富な薬草を入手はできるだろうが、砦の薬師を兼ねる魔術師には、ここだけでは足らぬ用もあるのではないかと、思いつくままに問い。
「ああー、うーん。行きたくなくはねえんだけど、今は残ってやることの方が優先だなあ…」
胸にも湿布を当て、また布で固定されるのに、再びの詠唱と会話に応じるレビの声が二重になる。
彼が持つ“詠唱舌”は広義でいえば魔術の一種だが、特技や体質と呼ぶ方が近い。話したり通常の詠唱をするのと同時に魔術を詠唱することができる、このもう一つの声は、魔術師達の間では「ただそれだけ」という扱いらしく、重要な才能とはみなされないと聞く。
こうして話しながらも何気ないように魔術を使う様を見ていれば、素直に羨ましいところだが。
「そうか。私で分かるものなら、探してくるが」
何かあるだろうか?と、処置を終えて離れた手を追うよう、灯りを受けて飴色に染まる銀の睫毛を振り返り。ん~…、と思案げに首を捻るレビに治療の礼を告げて衣服を着ける。
「あ、そうだ。あるかどうか分かんねえんだけど、本があったら」
なるほど、と彼らしい探し物に納得すると同時に、思いがけぬことでもあって、へえと声が出る。
「書物が手に入るのか。それは確かに、もう街という規模かもしれないな」
そうそう、と声を返すレビから、書棚から一冊の本を選んで手渡されるのに、目を落とし。「森の植物」という題名と、「アマランタ」という著者の名を唇の先で呟く。
「前に偶然手に入った図録で、ちょっと気に入っててさ。その人の書いた本があったら欲しい」
パラパラとページを捲れば、丁寧に描かれた植物の図絵と、ごく生活に密着した視点での解説が添えられており、なるほどと頷いて顔を上げる。
「持ってってくれていいよ。その様子じゃ今は本読む暇はないんだろうけど」
笑いを含んで綻ぶ頬に瞬き、同じように眦を緩めた。
「そうだな、少し落ち着くまでは。では、借りていこう。見つかるといいんだが」
娯楽ものほど出回らないからなあ、と頭を振るレビに、確かに、と相槌を打ち。もう一度礼を告げてから、魔術師の家を後にした。
笑いながら投げかけられる大きな声に、やや離れた席でエールのカップを掲げてみせるベッカーという男を見る。ニヤニヤと笑う様子に、アギレオを振り返れば素知らぬ風に目を逸らしており、リーはと目を向ければ、食事を頬張りながらやはり明後日の方を向いている。
「そうなのか?」
砦の二強ともいえる二人が互いに研鑽し合うのは自然のことのように思えるのに、三人の様子が不思議に思えて問い返してみる。
人間の年齢はよく分からないが、そう言われてみればベッカーはアギレオやリーよりも年上なのかもしれない。
「そぉーそ! こいつら最初はすげえ仲が悪くてな。寄ると触ると即!殴り合いになんだよ」
半数、いや三分の二ほどかもしれない、食堂内の他の面子も、へえ、本当に?などと興味深く耳を傾けている。
「これが、鬼と人狼のケンカじゃ止めもできねえってんで、放っといたらブッ倒れるまでやりやがんだよ。物騒ったらなかったぜ!」
それぞれに声を上げてザワつく場内で、例外でなく己も目を丸くして二人を見る。
「想像がつかないな…。それが、いつ何故、和解することになったんだ?」
アギレオと目を合わせれば、思案らしい数秒の間をおいて「忘れた」とあっけらかんとして返ってくるのに、役に立たないとみて、リーを振り返る。
頭を垂れて額を押さえているリーに、顎を捻り。
「何…という切っ掛けはあったかな…。なかったかもしれない…」
雪解けのように次第に、というところだろうか。なるほどと頷く先に、上がるリーの顔を眺め。
「不思議な感じだな。アギレオはともかく、リーが誰かと諍うというのは、あまり思い及ばない」
おい。と、頭の後ろから短い声がしているが、今は捨て置き。今度は腕組みし、眉間に皺を寄せて今にも唸らんばかりのリーに、首を傾げる。
「…いや…、なんというかその…。いけ好かないやつだろう、アギレオは」
噴き出しかけたのを腹に力を入れて堪えたが、場内はドッと沸く。ゲラゲラと続くあちこちからの笑い声の中で、まだ腕組みしているリーに相槌を打って先を促し。
「口は悪いし、態度はデカくて偉そうだし…」
「ああ…なるほど、確かに…」
「おいこら手前ェ、ハル」
ガシッとばかりに後ろから耳の先をつままれ、痛い、と笑いながら振り返って抗議して。
「だからそもそも、顔を見るたび殴り合ってたんじゃなく、必要があって話すと腹が立って…ってことだったんだが。話そのものにはまともな答えが返るし、口が悪いのは庇えないにしても、デカい態度はまあ、よく動くし案外面倒見はいいし、腕っ節も充分で、なるほど、偉そうにするだけはあるって、段々分かったというか…」
はあ、と、思わず感嘆の息を漏らしてしまう。
「なんという人徳と人格の差だろうな…」
「お前なアッ!」
ガシリといよいよ腕を回して頭と首を絞められるのに、参った、と、その腕を何度か叩いて降参を訴え。
「お前は? 何故そんなにリーと諍いを繰り返して、何故そうしなくなった?」
腕を解きながらアギレオを振り返り、フンと鼻で息を抜いているのにやはり笑ってしまう。
「よくやり合ったのは覚えちゃいるが、理由までは記憶にねえな。リーの印象も別に変わんねえよ。あてになるやつで、たまに細けえこと言ってんなと思いはするが、んなもん大抵俺の気づかねえとこだ、聞くだけ聞いてみる価値がある」
器用に片眉を跳ね上げ、また鼻息なぞ吹いているのに、一瞬ポカンとしてしまう。そして、それから、頬や眦が勝手に緩んで、笑う。
「なるほど、お前らしい」
大胆で拘らず、だが愚かではない。
なるほどな。と、もう一度、今度は独りごちてカップを乾した。
遅れて食事を始めたせいで、食器を厨房に運ぶ頃には賑わいも随分小さくなり。ついでに給仕をいくらか手伝ってから、戻る前に水を浴びようかと踵を返すところに声を掛けられる。
「ああ、おい、ハル」
なんだ?と、なんだか珍しく和らいだ雰囲気でリーと話していたアギレオに目を向け。
「レビんとこ寄ってけ。転ばして怪我さしたったら、あいつがちゃんと見ときてえってよ」
ああ、と、合点して頷き。用件はそれだけであったらしいのに、こちらの顔をまだ見ているアギレオに顎を捻る。
ごく微妙なニュアンスで片頬に笑う顔に、瞬いてしまう。
「嬉しそうにしてんじゃねえよ。お前、ホントあいつのこと好きだな」
「っ、」
一体どんな顔をしたというのだろうか。思わず口元に手をやって隠し。
「若者らしくて可愛いだろう。それに、美しいエルフを見ているだけで、心嬉しいものだ」
半ば弁明のように答えながら手を離し、ともあれ寄って行くと頷いて。
「…まあ。異論はねえな」
浅く双眸を眇めて片笑いのまま同意を示されるのに、そうだろう、と動揺を隠すように深く顎を引く。
またリーとの会話に戻り、二人で静かに笑い合っている声を聞きながら、食堂を後にした。
傷を見てくれるというなら、と、泉の水で身を清めてから、魔術師の家の扉を叩く。
「ケレブシア、夜分にすまない。まだ起きているだろうか」
どこかに梟がいる。
森の方から聞こえる声に少し目を取られる間に、入ってくれ、と扉の向こうから声が聞こえた。声を掛けてから上がり込み、閉じる扉の向こうに梟の声が遮られる。
変わらぬ薬草や花々の吊された壁を眺めながら歩き、目についた物に少し驚いて足を止める。
室内を柔らかく照らしているランプの中に、火種となるものが入っておらず、光の魔術で灯しているらしい。
感心しながら奥へと進めば、昼の明るい内と変わらず、魔術師はこちらに背を向けて何かを調合している。
「すごいな。家中の灯りを魔術で補っては、消耗しないか?」
うん?と、振り返るレビに、傍の椅子に座るように促されて腰を下ろし。
フッフ、と面白そうに笑う顔は、愛らしいというには少し悪戯すぎるかもしれないが。
「いろいろ工夫してんだ、秘密。肩と胸だっけ。脱いで見せて」
なるほど、魔術師には確かに人知れず蓄えている秘密が色々あるだろう、と得心し。指示通り上を脱ぐ。
胸の中央がちょうど木の棒の形のまま赤黒く盛り上がり、そこから赤紫の斑になっている内出血に、レビが口角を下げてイッと声を潜める。
「ひっでえな、お頭。加減すりゃいいのに」
肩は?と問われるのに背を向けながら、痛そう、と言わんばかりの声に少し笑う。
「もちろん加減してくれたんだろう。あの怪力ならば、骨を折ってそのまま心臓も潰せそうだ」
腕を支えられ、持ち上げられれば肩の高さに至る辺りで痛みが走る。いくらか触れて具合を確かめられ、いくつかの応答を繰り返して解放される腕を下ろして腿に垂らしておく。
「骨じゃなさそうだから、腫れが引いてみないとだな」
動かないで、と声を掛けられて留まる肩に、濡れた布を当てられて、少し肌が揺れる。
「一晩このままにしといて欲しいんだけど、包帯しても平気? 邪魔?」
構わないと頷き、熱を取るためだろう、薬草の香りの湿布を包帯で巻きつけられるのに、腕を任せ。頭の後ろに聞こえる詠唱と共に、それがまた少し冷たくなる。
「そういえば、ケレブシアはビーネンドルフには行くのか? 要り用の物も多そうだが」
王都ほどではなくとも、境の森もまた豊かな森だ。豊富な薬草を入手はできるだろうが、砦の薬師を兼ねる魔術師には、ここだけでは足らぬ用もあるのではないかと、思いつくままに問い。
「ああー、うーん。行きたくなくはねえんだけど、今は残ってやることの方が優先だなあ…」
胸にも湿布を当て、また布で固定されるのに、再びの詠唱と会話に応じるレビの声が二重になる。
彼が持つ“詠唱舌”は広義でいえば魔術の一種だが、特技や体質と呼ぶ方が近い。話したり通常の詠唱をするのと同時に魔術を詠唱することができる、このもう一つの声は、魔術師達の間では「ただそれだけ」という扱いらしく、重要な才能とはみなされないと聞く。
こうして話しながらも何気ないように魔術を使う様を見ていれば、素直に羨ましいところだが。
「そうか。私で分かるものなら、探してくるが」
何かあるだろうか?と、処置を終えて離れた手を追うよう、灯りを受けて飴色に染まる銀の睫毛を振り返り。ん~…、と思案げに首を捻るレビに治療の礼を告げて衣服を着ける。
「あ、そうだ。あるかどうか分かんねえんだけど、本があったら」
なるほど、と彼らしい探し物に納得すると同時に、思いがけぬことでもあって、へえと声が出る。
「書物が手に入るのか。それは確かに、もう街という規模かもしれないな」
そうそう、と声を返すレビから、書棚から一冊の本を選んで手渡されるのに、目を落とし。「森の植物」という題名と、「アマランタ」という著者の名を唇の先で呟く。
「前に偶然手に入った図録で、ちょっと気に入っててさ。その人の書いた本があったら欲しい」
パラパラとページを捲れば、丁寧に描かれた植物の図絵と、ごく生活に密着した視点での解説が添えられており、なるほどと頷いて顔を上げる。
「持ってってくれていいよ。その様子じゃ今は本読む暇はないんだろうけど」
笑いを含んで綻ぶ頬に瞬き、同じように眦を緩めた。
「そうだな、少し落ち着くまでは。では、借りていこう。見つかるといいんだが」
娯楽ものほど出回らないからなあ、と頭を振るレビに、確かに、と相槌を打ち。もう一度礼を告げてから、魔術師の家を後にした。
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