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59、青く高い山
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「では、まずはお前について歩いてもいいだろうか。何を知りたいのかを、なんとなくでも理解しておきたい」
真面目かよ、と笑われるのに、聞き飽きたなとわざと鼻を鳴らしてみせ。
「いいぜ。ひとまず、それらしいやつに声掛けてみっか」
船を探すから、より海の近くで、というところまではともかく。どういう基準で声を掛けているのか、老若男女から情報を得るアギレオの後につき、興味深く見学する。
そうして、歩き回れば確かに目を引くものは多く、また、言われた通り、彼らからすれば己がそうなのだろう。露店に物売り物乞い花売り、もはや何を言っているのか分からない者までいて、ひっきりなしに掛けられる声についつい足を止めては、距離の離れてしまうアギレオを追い掛ける。
「さて、参ったね」
背の曲がった男と話し終え、肩を竦めるアギレオに、どうした?と声を掛け。
「西に行くいつもの船は、出たばっかだそうだ。戻ってくんのを待ってたんじゃ、ひと月かかるか、ふた月かかるか…」
そんなに、と、思いはするが、出たばかりならそうだろう、と、宿に置いてきた地図を思い浮かべ。
「一月も二月もかかるのなら、一度砦に戻って、日を合わせて来た方がいいくらいだな」
ここで遊んでいても仕方あるまい、と、少し腕組みして考え。
ほらよ、と、手品のように差し出される果物を受け取り、まじまじと眺める。ずいぶん南で採れるはずの果物だ。面白いところではあるんだが、と、鼻で息をついて。
「それも悪かねえが、それじゃ、そのタイミングを外しちまったらキリがねえんだよな。酒場が盛り上がんのを待って、もうちょいガラの悪ぃ船も探してみっか。あんま、その手のにお前を乗せたかねえんだがな」
一旦戻ろうぜ、と、来た道を示すアギレオが、思い直したように、ちっと歩くか?と提案してくれるのに、思わず勢いよく頷いてしまう。
エルフが格好の獲物に見える商人は少なくないようだが、並んで歩けばアギレオに物怖じする者も、やはり多い。気に入らないことは断るだけだが、それでも、どうだこうだと群がられなくなれば歩きやすく。
「海賊船に乗るのか? まさか、折よく昔お前が乗っていた船が現れることもないだろうが…」
柄の悪い船…と、想像を巡らすのに、ハハッと声を立ててアギレオが笑う。
「まさかだろ。何年前の話だ、全員おっ死んでんだろうさ」
「全員? 老人ばかりの海賊だったのか?」
船員であったアギレオがこうしているのに、恐らく全員が亡くなっているとは、と、小さく慄き。
「いやあ、俺が一番ガキだったのは確かだが。つうより、悪党ってのは長生きしねえのさ」
だろ?と、首を竦めるアギレオが、その首の前で掌を水平にスッと過ぎらせてみせるのに、ああ、と息を抜く。
悪事はリスクが高いと言ったリーの穏やかな笑顔や、出会った頃野盗だった砦や、それを国軍で使いたいという訴えを聞き入れてくれた、王陛下や参謀長の顔を思い浮かべ。
かつての仲間は誰も生きていないだろうと笑って言うアギレオの顔を、歩きながら少し見上げる。
自分自身も軍人であり、死は身近で、守るもののために命を落とすことに違和感やためらいもない。
けれど、それともまた違うように見える、悪党達の地に足のつかぬ身軽さ。
「んじゃあ、お次は馬の買い手だな」
思案に沈みそうになるのを、アギレオの声に引き上げられて瞬く。
「高く買い取るやつならなんでもいいが、」
お前は違うんだろ、と言わんばかりの顔に、強く首を縦に振る。
「食用ではなく、生きた馬を必要とする者の方がいい。乗り手というのは難しいかもしれないが、せめて荷運びや馬車に使うとか…」
「へいへい。こんだけデケエ港だ、買い付けにくる陸のやつも多いからな。騎士様のご所望に合う馬屋を探すとしようぜ」
できれば帰りは買い戻したい、と主張するのに、そこまではなあと笑われて、少しため息をついた。
何人かあたったところで、これはと思う者に会うことができ、悪くはなさそうだとアギレオのお墨付きをいただく。
船が見つかってから、と商談を切り上げ、今度はアギレオと分かれて船を探した。
不思議なもので、一人で歩いていれば、またアギレオと共にしている時とも違い、声を掛けられずに歩くこともできるようになり、ついつい物見遊山に精を出したりして。
けれど、これからまだ西の大陸へと行って戻るのだと思えば、手を出せるものもそうはない。
たっぷりと遊び歩くだけでなく、いくらかの船の情報も仕入れて、陽が落ちる頃にはアギレオと合流した。
結局、荷さえあれば船を出すという貨物船の船長を見つけ、港中の商人に西への商売を持ちかけるという、己では想像もつかなかった騒動をアギレオが起こし。
目を白黒させている内に、わずか7日後には西に向かう船の上に身を置いた。
その船旅も終わりを迎えるという、夜の空を見上げる。
昼でも夜でも、甲板に出れば、景色はいつも視界から溢れてなお広がる空と海ばかりだ。昼の青い空も、時化の日も日の出や入り日も美しいが、空いっぱいどころか、世界がすべて星の瞬きに覆われる眺めは格別だった。
「毎夜毎夜、よく飽きねえこった」
やれやれと言わんばかりに首を回しながら船倉から上がってくる、アギレオの声に振り返る。
「確かに、自分でも不思議なほど、まるで飽きない。それに、船長から明日には陸が見えてくるだろうと聞いたからな」
らしいな、と、相槌を打ちながら、背を預ける己と裏返しのように船縁に肘を着く様子を眺め。
もう一度星を見上げ、ふと、アギレオが遠く目をやっているのが西の方向だと気づいて、少し感心したりして。
「俺ァちっと飽きたぜ。若え頃あんだけ陸に下りたくなかったのがウソみてえにな」
そういうものか、と相槌を打ちかけ、ふと気づいて。思わず笑ってしまう。
「さてはお前、今夜は負けたのだろう」
アギレオはじめ、乗客や乗組員達が、夜ごとに入れ替わり立ち替わり興じているカードゲームを思い出し、違うか?と振り返り。
答えず舌など出しているのを見れば、まったく、と呆れてしまう。
「金を賭けないのなら、ゲーム自体は面白いんだがな」
「ハッ、冗談だろ? 金賭けなきゃ暇つぶしでも誰もやらねえよ」
面白いゲームなのに、と笑うところに、アギレオが身を起こした気配がして、振り返り。
伸びてくる指先に顎を掬い取られて、頬を緩める。まとわりつく海風を遮るようなくちづけにも、ずいぶん慣れた。
「さて、今日はどこでやるかな。お前はどうだ? 今夜はどこなら見つからねえと思う?」
「乗組員の交代順からいえば、食料庫の隅だ」
身を起こし、アギレオの手を取り招いて。
賭けるか?と眉を上げるアギレオに、まさか、と笑って返し。
自らの足で進まぬせいで時間ばかりがある、船上の享楽も残りわずかだ。狭い船内で人目を避ける、無理のある賭けへと歩き出した。
そんな風にして船上で過ごしたひと月ばかりの日々が、ずいぶん長く思えたのは、旅のはじまりだったのだと、感慨深く思い起こす。
アレだ、とアギレオが指さす険しく青い山の連なりを見上げる頃には、たっぷり一年以上の月日が過ぎようとしていた。
「やれやれだな。ったく、山に帰ろうだなんて、妙な気を起こすんじゃなかったぜ」
馬を進めながら腕組みしているアギレオに、同意しないまでも大きく息をつく。
宿を探せば時も路銀も費やすと、地図上の路を横切るように短い距離を選んで進みはしたが、とアギレオを振り返る。
雨に嵐に日照りに、失われた水場、物盗り、魔物との戦闘に狩りに飢え。これほどあらゆることが起こるものかと驚くような旅路に、アギレオは細らぬまでも身を痩せ、顔つきも鋭くなっている。
「さァて、雪崩で全滅してねえといいけどな」
行くぜ、と、斜面に馬を進めるアギレオが、振り返り。何も言わぬのに、うん?と眉を上げれば、深い片笑みが寄越される。
「エルフってな、ホントに妙な生き物だな。持って歩きゃ人形だってもっと汚れるだろうぜ」
似たようなことを考えていたということか、と少しだけ頬を緩めながら、まだ今は広い道に馬の鼻先を並べ。
「旅に人形を携えていくのか?」
何かの指標になるのか、はたまたお守りだろうかと不思議に思うところをブホッと噴き出され、瞬いた。多くのことが変わるようにも見えるが、変わらぬものが確かにあるらしい。
「俺が人形持って歩くのかよ。ものの例えだ」
なるほど、と相槌を打ちながら、行く先に目を伸ばす。今はまだなだらかな斜面が次第に急になり、そして、山肌の青さはまだ遠く、その頂は白くかすんでいる。
紙の上に描かれた地図は山の険しさを示さず、アギレオが言うには、ヴァルグ達が暮らす辺りには、ここからもまだ一昼夜で辿り着かぬらしい。
「お前が人形を持っていても構わないと思うが。そもそも、ヒトが不思議とヒトの形をしたものを持ちたがるのは…」
出たな“そもそも”、などと笑いながら茶々を入れられるのに頷いて。昔王都の書物で目にした、人形についての研究の話などを他愛もなく語り。
話すことがあるのが楽しい、という、この一年で新たに知った心境に思いを馳せる。
砦にいた頃は、互いに砦の中の仕事に出て、顔を合わせられるように昼型の生活に合わせたり、すぐに寝台に放り込まれぬよう薬草茶を用意したりして、アギレオと触れ合い、話す時間を作ろうと手を尽くしていたものだが。
二人きりでこれだけ長い時間を共にすれば、話題も尽き、そもそも特に話したい気分でなかったり、身を寄せ合って眠っても、指を伸ばさぬことも増えた。
仲違いはせぬまでも、言い争いになることもあった。
つまらぬことだったと、どちらかが謝ったり、もう謝るのも謝られるのも今更のような雰囲気になって、なしくずしに肌を合わせて誤魔化しあったりもして。
隣に並んで歩いて、なお、まだ話したいことがあるのが気分がいい。
ただ笑ってくれるアギレオの朗らかな様子も心地良い、と、思う内に。
アギレオの案内通り、次第に道は狭く、斜面は急になり、また物言わぬ行軍が長く続いて。
「おっとォ、どこのモンだァ? エルフを買って帰るとは、ずいぶん羽振りがいいようじゃねえか」
ここら辺からだ、と、聞こえたアギレオの声に被るような声が降ってきて、顔を上げた。
真面目かよ、と笑われるのに、聞き飽きたなとわざと鼻を鳴らしてみせ。
「いいぜ。ひとまず、それらしいやつに声掛けてみっか」
船を探すから、より海の近くで、というところまではともかく。どういう基準で声を掛けているのか、老若男女から情報を得るアギレオの後につき、興味深く見学する。
そうして、歩き回れば確かに目を引くものは多く、また、言われた通り、彼らからすれば己がそうなのだろう。露店に物売り物乞い花売り、もはや何を言っているのか分からない者までいて、ひっきりなしに掛けられる声についつい足を止めては、距離の離れてしまうアギレオを追い掛ける。
「さて、参ったね」
背の曲がった男と話し終え、肩を竦めるアギレオに、どうした?と声を掛け。
「西に行くいつもの船は、出たばっかだそうだ。戻ってくんのを待ってたんじゃ、ひと月かかるか、ふた月かかるか…」
そんなに、と、思いはするが、出たばかりならそうだろう、と、宿に置いてきた地図を思い浮かべ。
「一月も二月もかかるのなら、一度砦に戻って、日を合わせて来た方がいいくらいだな」
ここで遊んでいても仕方あるまい、と、少し腕組みして考え。
ほらよ、と、手品のように差し出される果物を受け取り、まじまじと眺める。ずいぶん南で採れるはずの果物だ。面白いところではあるんだが、と、鼻で息をついて。
「それも悪かねえが、それじゃ、そのタイミングを外しちまったらキリがねえんだよな。酒場が盛り上がんのを待って、もうちょいガラの悪ぃ船も探してみっか。あんま、その手のにお前を乗せたかねえんだがな」
一旦戻ろうぜ、と、来た道を示すアギレオが、思い直したように、ちっと歩くか?と提案してくれるのに、思わず勢いよく頷いてしまう。
エルフが格好の獲物に見える商人は少なくないようだが、並んで歩けばアギレオに物怖じする者も、やはり多い。気に入らないことは断るだけだが、それでも、どうだこうだと群がられなくなれば歩きやすく。
「海賊船に乗るのか? まさか、折よく昔お前が乗っていた船が現れることもないだろうが…」
柄の悪い船…と、想像を巡らすのに、ハハッと声を立ててアギレオが笑う。
「まさかだろ。何年前の話だ、全員おっ死んでんだろうさ」
「全員? 老人ばかりの海賊だったのか?」
船員であったアギレオがこうしているのに、恐らく全員が亡くなっているとは、と、小さく慄き。
「いやあ、俺が一番ガキだったのは確かだが。つうより、悪党ってのは長生きしねえのさ」
だろ?と、首を竦めるアギレオが、その首の前で掌を水平にスッと過ぎらせてみせるのに、ああ、と息を抜く。
悪事はリスクが高いと言ったリーの穏やかな笑顔や、出会った頃野盗だった砦や、それを国軍で使いたいという訴えを聞き入れてくれた、王陛下や参謀長の顔を思い浮かべ。
かつての仲間は誰も生きていないだろうと笑って言うアギレオの顔を、歩きながら少し見上げる。
自分自身も軍人であり、死は身近で、守るもののために命を落とすことに違和感やためらいもない。
けれど、それともまた違うように見える、悪党達の地に足のつかぬ身軽さ。
「んじゃあ、お次は馬の買い手だな」
思案に沈みそうになるのを、アギレオの声に引き上げられて瞬く。
「高く買い取るやつならなんでもいいが、」
お前は違うんだろ、と言わんばかりの顔に、強く首を縦に振る。
「食用ではなく、生きた馬を必要とする者の方がいい。乗り手というのは難しいかもしれないが、せめて荷運びや馬車に使うとか…」
「へいへい。こんだけデケエ港だ、買い付けにくる陸のやつも多いからな。騎士様のご所望に合う馬屋を探すとしようぜ」
できれば帰りは買い戻したい、と主張するのに、そこまではなあと笑われて、少しため息をついた。
何人かあたったところで、これはと思う者に会うことができ、悪くはなさそうだとアギレオのお墨付きをいただく。
船が見つかってから、と商談を切り上げ、今度はアギレオと分かれて船を探した。
不思議なもので、一人で歩いていれば、またアギレオと共にしている時とも違い、声を掛けられずに歩くこともできるようになり、ついつい物見遊山に精を出したりして。
けれど、これからまだ西の大陸へと行って戻るのだと思えば、手を出せるものもそうはない。
たっぷりと遊び歩くだけでなく、いくらかの船の情報も仕入れて、陽が落ちる頃にはアギレオと合流した。
結局、荷さえあれば船を出すという貨物船の船長を見つけ、港中の商人に西への商売を持ちかけるという、己では想像もつかなかった騒動をアギレオが起こし。
目を白黒させている内に、わずか7日後には西に向かう船の上に身を置いた。
その船旅も終わりを迎えるという、夜の空を見上げる。
昼でも夜でも、甲板に出れば、景色はいつも視界から溢れてなお広がる空と海ばかりだ。昼の青い空も、時化の日も日の出や入り日も美しいが、空いっぱいどころか、世界がすべて星の瞬きに覆われる眺めは格別だった。
「毎夜毎夜、よく飽きねえこった」
やれやれと言わんばかりに首を回しながら船倉から上がってくる、アギレオの声に振り返る。
「確かに、自分でも不思議なほど、まるで飽きない。それに、船長から明日には陸が見えてくるだろうと聞いたからな」
らしいな、と、相槌を打ちながら、背を預ける己と裏返しのように船縁に肘を着く様子を眺め。
もう一度星を見上げ、ふと、アギレオが遠く目をやっているのが西の方向だと気づいて、少し感心したりして。
「俺ァちっと飽きたぜ。若え頃あんだけ陸に下りたくなかったのがウソみてえにな」
そういうものか、と相槌を打ちかけ、ふと気づいて。思わず笑ってしまう。
「さてはお前、今夜は負けたのだろう」
アギレオはじめ、乗客や乗組員達が、夜ごとに入れ替わり立ち替わり興じているカードゲームを思い出し、違うか?と振り返り。
答えず舌など出しているのを見れば、まったく、と呆れてしまう。
「金を賭けないのなら、ゲーム自体は面白いんだがな」
「ハッ、冗談だろ? 金賭けなきゃ暇つぶしでも誰もやらねえよ」
面白いゲームなのに、と笑うところに、アギレオが身を起こした気配がして、振り返り。
伸びてくる指先に顎を掬い取られて、頬を緩める。まとわりつく海風を遮るようなくちづけにも、ずいぶん慣れた。
「さて、今日はどこでやるかな。お前はどうだ? 今夜はどこなら見つからねえと思う?」
「乗組員の交代順からいえば、食料庫の隅だ」
身を起こし、アギレオの手を取り招いて。
賭けるか?と眉を上げるアギレオに、まさか、と笑って返し。
自らの足で進まぬせいで時間ばかりがある、船上の享楽も残りわずかだ。狭い船内で人目を避ける、無理のある賭けへと歩き出した。
そんな風にして船上で過ごしたひと月ばかりの日々が、ずいぶん長く思えたのは、旅のはじまりだったのだと、感慨深く思い起こす。
アレだ、とアギレオが指さす険しく青い山の連なりを見上げる頃には、たっぷり一年以上の月日が過ぎようとしていた。
「やれやれだな。ったく、山に帰ろうだなんて、妙な気を起こすんじゃなかったぜ」
馬を進めながら腕組みしているアギレオに、同意しないまでも大きく息をつく。
宿を探せば時も路銀も費やすと、地図上の路を横切るように短い距離を選んで進みはしたが、とアギレオを振り返る。
雨に嵐に日照りに、失われた水場、物盗り、魔物との戦闘に狩りに飢え。これほどあらゆることが起こるものかと驚くような旅路に、アギレオは細らぬまでも身を痩せ、顔つきも鋭くなっている。
「さァて、雪崩で全滅してねえといいけどな」
行くぜ、と、斜面に馬を進めるアギレオが、振り返り。何も言わぬのに、うん?と眉を上げれば、深い片笑みが寄越される。
「エルフってな、ホントに妙な生き物だな。持って歩きゃ人形だってもっと汚れるだろうぜ」
似たようなことを考えていたということか、と少しだけ頬を緩めながら、まだ今は広い道に馬の鼻先を並べ。
「旅に人形を携えていくのか?」
何かの指標になるのか、はたまたお守りだろうかと不思議に思うところをブホッと噴き出され、瞬いた。多くのことが変わるようにも見えるが、変わらぬものが確かにあるらしい。
「俺が人形持って歩くのかよ。ものの例えだ」
なるほど、と相槌を打ちながら、行く先に目を伸ばす。今はまだなだらかな斜面が次第に急になり、そして、山肌の青さはまだ遠く、その頂は白くかすんでいる。
紙の上に描かれた地図は山の険しさを示さず、アギレオが言うには、ヴァルグ達が暮らす辺りには、ここからもまだ一昼夜で辿り着かぬらしい。
「お前が人形を持っていても構わないと思うが。そもそも、ヒトが不思議とヒトの形をしたものを持ちたがるのは…」
出たな“そもそも”、などと笑いながら茶々を入れられるのに頷いて。昔王都の書物で目にした、人形についての研究の話などを他愛もなく語り。
話すことがあるのが楽しい、という、この一年で新たに知った心境に思いを馳せる。
砦にいた頃は、互いに砦の中の仕事に出て、顔を合わせられるように昼型の生活に合わせたり、すぐに寝台に放り込まれぬよう薬草茶を用意したりして、アギレオと触れ合い、話す時間を作ろうと手を尽くしていたものだが。
二人きりでこれだけ長い時間を共にすれば、話題も尽き、そもそも特に話したい気分でなかったり、身を寄せ合って眠っても、指を伸ばさぬことも増えた。
仲違いはせぬまでも、言い争いになることもあった。
つまらぬことだったと、どちらかが謝ったり、もう謝るのも謝られるのも今更のような雰囲気になって、なしくずしに肌を合わせて誤魔化しあったりもして。
隣に並んで歩いて、なお、まだ話したいことがあるのが気分がいい。
ただ笑ってくれるアギレオの朗らかな様子も心地良い、と、思う内に。
アギレオの案内通り、次第に道は狭く、斜面は急になり、また物言わぬ行軍が長く続いて。
「おっとォ、どこのモンだァ? エルフを買って帰るとは、ずいぶん羽振りがいいようじゃねえか」
ここら辺からだ、と、聞こえたアギレオの声に被るような声が降ってきて、顔を上げた。
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