星に牙、魔に祈り

種田遠雷

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60、故郷のある場所

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 狭い斜面から少し開けてなだらかになる場所の、右側、低いが切り立った崖状の数段上に2人。
 身を屈めて覗き込むようにしている、褐色の肌、頭部に一対の角。
「さて。この辺りで間違いなかったな」
 アッと声を上げそうになった己をよそに、先へと馬を進めるアギレオの、慌てて後につき。
「おう、待てよ、待て待て。ずいぶん立派なモンぶら下げてんじゃねえか。ここを通りたきゃ、その刀ァ置いてきな」
 ザザッと急な斜面を滑るようにして、ヴァルグの男二人が立ち塞がり、アギレオの馬が困惑したように足を止めて蹄を鳴らす。横に並ぶ空間も十分にはあり、その先はもう少し広そうだが、己の馬も尻込みする様子で。
「そうだお前ら、オソグリスの氏族は今どこら辺だ?」
「いや無視すんじゃねえよ!?」
「先に質問に答えろよ!?」
 構わぬ風のアギレオとヴァルグの男達のやりとりに耳を傾ける間もない。その向こうは一体どうなっているのだか、次々に別の男達が先の段上から顔を出すのに目を丸くし。
「オソグリスゥ?」
「そんな氏族聞いたことあっか?」
「よそもんか? 向こうの山のやつかね」
 あちらの方がアギレオより相手の話を聞いているなと素朴な感想を抱きながら、アギレオもそちらを見上げて彼らのやりとりを聞いているのに気づく。
「おい! 手前ェ!」
「ちょ聞けよ!?」
「…まあ、20年も前になくなったんだ、お前らじゃ知らねえわなあ…」
「ねえんじゃねえかよ!」
「ねえのかよ」
 騒々しく、だが何か、少し心地良いようなテンポで飛び交う怒鳴り声に、瞬きを繰り返す。
「おいコラおっさん!!」
「誰がおっさんだよ」
 ようやく道を塞ぐ男の声に目を向け、よっ、と軽い声ひとつで馬から下りるアギレオを、どうするつもりかと見守り。
「いいぜ。どうせ狩りの帰りなんだろ。俺が勝ったら、成果の半分寄越しな」
「へッ! 勝てるつもりかよ!」
「じゃあ俺、馬」
「荷は山分けにしようぜ」
「俺、あのエルフもらうぜ」
「何に使うんだよ、エルフ」
 シシシ、という風に聞こえる不思議な笑いに、観客を決め込んでいるくせに取り分を主張するとは図々しい、と呆れて段の上を少し見るが。
 わざわざ馬を下りたアギレオが、刀を外して馬の荷に預けてしまえば、道を塞ぐ2人も武器を外して傍に置くのに感心する。
「お前も来いよ、ハル」
「ああ」
 一騎打ちというわけか、と、弓と剣を外して馬を下りる。
 アギレオの徒手としゅ空拳くうけんはまだ見たことがないな、と、わずかだけ楽しむような気分が、アギレオの怒鳴り声で吹き飛ぶ。
「取り分が要るやつァ全員降りてこいバカがッ!! 手前ェら腰抜けか!?」
「なッ…!?」
 左の男の蹴りをアギレオがいなし、己も右の男の拳をかわしながら、目を剥く。
 なんだと! やってやろうじゃねえか! と、残念ながら叱られて少々慌てたような気配も混じらせ、けれど次々に斜面を降りてくるヴァルグの数は、目で数えて5人だ。
 こちらにもアギレオがいるとはいえ、アギレオ並の男達7人をどう相手取ろうというのか、背筋が総毛立つ。
「遅ぇ遅ぇ遅ぇッ! 様子見なんざ十年早えぞッ! とっとと突っ込んでこいノロマぁッ!」
 しかも、背中合わせにも鼓膜が震えるほど、アギレオの声が容赦なく煽り、男達の額やこめかみに青筋が立っていく。
 腹を括るしかないか、と、奥歯を食い締め丹田に力を込めて腰を据え。
 威勢の良い声を上げて飛び掛かってくる拳をかわし、身を引いて打撃を誘うと、すんでの所まで待ってから身を退き。別の方向から足蹴りを飛ばしてくる男とかち合わせてやる。
 相打ちに悲鳴を上げる二人の脇をくぐり抜けるようにして、次の相手から躊躇なく打ち込まれる拳を顔の脇に引きつけ。
 手首を掴み、腕の下を軽く支えると身を入れ、“てこ”の原理で長躯の全力を巻き込むようにして、投げ飛ばす。舞い上がって地に叩きつけられても、浅く呻くだけですぐに立ち上がる、頑強さはさすが。だが。
「あッ、アギレオ…!」
 戸惑いが大きく、思わず声を上げてしまう。
「あアン!?」
「弱いんだが…!?」
 ブハッハッハ!と、背から聞こえる豪快な笑い声の合間に、ギャアとかいてえとか悲鳴がひっきりなしに混じっていて。
 向き合う男達の、力は強く、動きも決して遅くはない。
 だが、こちらの動きや目線をまるで計算に入れておらず、選ぶ攻撃も対応も冴えない。
 面白いほど、こちらのやりたい放題の様相になってくるのに、次第に気の毒にすら思えてきて。
「オラァッ! お前らが弱すぎてエルフが困ってんじゃねえかッ! 気合い入れろガキどもォッ!!」
 クソッ、チクショウッと歯噛みするような声に、それでも倒れても倒れても立ち上がる丈夫さには呆れるほどで。
 体術を展開する内に次第に開けた場所へ移動し、けれどその隅、先が見えなくなったところへ、蹴り飛ばした一人の姿が消え、再びあっと声を上げる。
「アギレオ!!」
「今度ァなんだよ!!」
「お、落としてしまった…!」
 向こうを見たいのに、絶えず飛び掛かってくるヴァルグ達が邪魔で、まとめて蹴り退けながら、見えないと思っていたら途切れていた崖を覗き込む。
 ひどく高くはないが、落下したはずの男が倒れている。
 なんだか無益な殺生をした気持ちになって、ああ…と、その下を見つめ。
「そりゃいいや。落とせ落とせ。面倒臭え、全部落としちまおうぜ、ハル」
「ええ!? そん、」
 こんないとけない、と理解した者達に、ひどいことを、と思う脇でもう、文字通り男達を掴んでは投げているアギレオに思わず口を開いたままになり。
 けれど、懲りずに掴みかかろうとする男を己もかわせば、それもまた、勝手に崖の向こうへと姿を消してしまう。
「あッ、ああ…!?」
 ワーとかギャーとか、大変な騒ぎになっていたのが、けれど、ひとつひとつとまとまって遠退き。
「ああーッ! そうか、オソグリス!! 四腕よつうでのオソグリスか!!」
「おっと、」
 声を上げた最後の一人は、己とそう変わらぬほどかもしれない。アギレオより小さいといえば小さいが。
 れっきとした大の男の胸倉を掴んで、崖の上に片手でブラ下げるアギレオに慄く。
「腕の数が減っちまってるが、当たりみてえだな。オソグリスはどこだ?」
 おかしい、と、違和感に小さく愕然とする。
 状況からいえば逆であるはずなのに、どうみても、深く片頬に笑うアギレオの方が悪人だ。それも、かなり質の悪い部類の。
「いっ、泉だ! 高原の一番大きな泉! 今はあそこのはずだ!」
「ありがとよ」
「ああ…ッ!!」
 手を離され、ウワーと声を上げて落ちていくヴァルグを、思わず覗き込み、振り返ってアギレオを睨みつける。
「なんてことを! 質問に答えただろう!」
 ブホ、と噴き出され、信じがたい、と頭を振る。
「どっちの味方だよ、お前。行くぜ、こっからちっと遠いわ」
「ひどいことを……」
 倒れている一人がよろよろと起き上がったのを見て、胸を撫で下ろし。アギレオの後に馬へと戻りながらも、横暴だと名残りのように抗議する。
「一人は起き上がったのを見たが、みな生きているだろうか…」
 可哀想にとしんみりしながら馬に跨がるのを、またアギレオに笑われて口角を下げ。
「あの程度でおっんでちゃ、どうせ山の冬も越せねえさ。放っとけ放っとけ」
 寒さとは無関係だろうに、と、後ろを振り返るのも、けれどアギレオの構わなさを聞いていれば、大丈夫なのかもしれないと思い直して。
「オソグリスというのは、お前のいた氏族か? 知っている者がいたようだな」
 勾配は急になったり緩やかになったりを繰り返しながらも、次第に道幅が広くなってくる。それをいいことに、馬を進めて横に並び。
「いいや。親父の名さ」
 えっと、思いがけない言葉に声を詰まらせる。
 旅の途中でも時々氏族や家族の話をしてはくれたが、そういえば名で呼ぶのは初めて耳にした。
 そうか…と、騒動の合間に聞いた言葉を繋ぎ合わせて、頷きを重ねる。
 そうして、ふと気に掛かって、少しためらってからアギレオに尋ね。
「……父君は、…腕が複数あるのか…?」
 フハッ!と勢いよく吹き出し、それから、ブハハと短い間声を立てて笑っているのに、違うのだろうか…と口許を覆い。
「単なるあだ名さ。腕も足も二本ずつで、角も二本だ。なんてことねえ、ただのヴァルグの男だよ」
 そうなのか、と、相槌を打って。
 氏族ごとで季節を追って住処を変えるのだったか、とか、その住処は氏族の勢力、アギレオの言葉を借りれば単純な腕力の強さで決まるのだとか、聞いた話を思い出し。
「高原で一番大きな泉、というのは、氏族の勢力としては、隆盛な部類か?」
「まあそうだな。腕のいいのが揃ってんだろ」
 今はな、とアギレオが付け加える。
 飽くことなく腕を磨き、武を誇ることがヴァルグという種族のほまれだと教えてもらった。だがそれだけに、誰もが常に強さを競い合い、その勢力図はいつも短い間に書き換わるものでもあるらしい。
「そういえば、勝ったのに彼らの荷をもらわなくてもよかったのか?」
 なんとなく、その答えは予想がつきながらも、前を向いたままのアギレオの横顔に問う。
 フッと、まなじりを崩して笑うその表情は、どことなく遠く見え。
「すぐに冬が来んだ。ガキどもが狩ってきた獲物まで巻き上げねえさ」
 寄越される答えは、ストンと胸に落ちて。そうか、と声だけで頷き。
 他愛もない会話も途切れるほど、長く続いた山道の先に見えてきた景色に、圧倒される。
 次第に近く、視界を埋めるようになっても、まだ遠くそびえる青い山を向こうに抱え、どこまでも広がる緑の草原。
 アマランタと出会った高原も、こうした山の中腹であったが、その広大さがまるで違う。
 冬が長く、瞬く間の春と秋を挟んで、また夏も短い高地。険しい山の腰にあたる高い標高に現れる、緑の絨毯。渡る風に波のように揺れる草が柔らかいのは、伸びる季節が限られるからだろうか。
 馬を進めればその景色が色づきはじめ、ぽつりぽつりと離れて固まる、小さな天幕の群れ。草を渡る羊たちと、それを追う人影もまだ遠い。
 馬の姿もそこここに見え、ふいに、なんなく裸馬に飛び乗ったアギレオの姿を思い出した。
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