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62、申し出
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「何ッの話をしてんだよ! そういや、今は四腕らしいじゃねえか。老いぼれたな」
「実は少し老いぼれたんだ。お前が急に席を立つから、間をつないでやったんだろう」
クフッと、一度はこらえたが、たまらず声を立てて笑ってしまう。
カップを傾け最後の乳酒を乾すところに、ハル、と呼びかけられて、席につかないアギレオを見上げた。
「その“四腕の”オソグリスの言う通り、俺は乱暴な男で、なんでも力尽くだ」
しつこいぞ、と低く唸っているオソグリスに目を振り返り、冗談なのだろうか?と、内心首をひねるような心地でまたアギレオへと顔を戻す。
「足らねえとこと余分なモンで出来てるような、くだらねえ男だ」
この男も謙遜することがあるのか、と、目を丸くして。それから、その、思いがけぬ直向きな声の色に、椅子の上に身の向きを変えて、アギレオと向き合う。
「道中より、戻ってからのがいいかと思ってたんだが」
うん?と、うん、の間のような、曖昧な相槌を打つところに、すっと手に持ったものを差し出されて瞬き。片手には収まらないが、抱えるというほどでもない、少し大きな箱を受け取って。
なんだろうかと問う代わりのように、またアギレオの顔を見る。
「やるよ」
開けてみろと顎をしゃくられ、粗末だがしっかりと巻かれている布を解く。中から出てきた木箱は、飾り気はないが、丁寧な仕事で作られたものだと分かる。
蓋を開けてもまだ、箱に詰めた綿と布で丁重に守られたそれが、何であるのか理解できず。
はじめは、白雲母だろうかと思った。
硬質な質感に見え、けれど厚みはそれほどなく、白の向こう、保護用の布地がかすかに透けている。白雲母は層を成す鉱石で、手指でも薄く剥がせるものだが、両手に余る大きさにこうも見事に切り取るとしたら、なかなかの仕事だ。
立派な石だ、と、壊さぬようにそっと、持ち上げてみようと端に指を掛けた途端、ゾッ!と、自分でも驚くような鳥肌が立った。
「馬鹿な…! ……まさか…!?」
目を剥いてアギレオを見つめ、どうだと言わんばかりの誇らしげな顔に、息が止まるようで。
これは、鉱物ではない。
菱形を偏って丸くしたような、特徴的な扇形。篝火の灯りに照らされ、角度次第でわずかに知れる、樹の年輪のような波紋状の薄い模様。
昼の光の下で見れば、恐らく真珠に似ているだろう、多くの色を光沢に隠した美しい白。
これは、鱗だ。
「そんなまさか……。…お前、お前、あの竜を本当に倒してしまったのか!?」
今や世界中にも数頭しか存在しないといわれる、竜族の内、白い鱗のものがどれほどいるかまで把握しないが。
少なくとも、己が知るほどの距離に棲み、しかも見たことがあるのは一頭だけなのだ。
雲ひとつない青い空を、滑るように飛び去った美しい姿。
白飛龍デェラトモウンの鱗を手元に置いてみたいなどというのは、鳥のように飛んでみたいと口に出してみるようなもので。
そんな戯れを、アギレオは覚えていたばかりか。
唇と指と、他にどこが震えているかも分からないほど。
「倒せるわきゃねえだろ」
笑うアギレオに目を上げてから、自分が食い入るように鱗を見ていたことに気づく。
「蛇の道は蛇ってやつさ。…ま。だから偽モンかもしれねえけどな」
蛇の道は蛇、と、告げられた隠喩の意味を思い出すのにすら一拍遅れる。どういうものだか未だに知らないが、海賊であった頃、野盗であった頃、それから砦の頭領を務める今と、それぞれに色々な商売相手がいるというのはなんとなく知っている。
だが、手に入るものでも、売っているものでもないだろう、と、呆然と、ざらついた鱗の端を少し指で撫で。
そうか…、と、ようやく胸を緩めて息をつけば、頬もわずかに柔らぐようで。
「だが少なくとも、巨大な生物の鱗で、尋常でない霊力の気配もかすかにある。本当に、あの白飛龍の鱗に見える…。すごいな、お前は…」
心の揺れは大きく、色は様々で。驚き、喜び、恍惚となり、少しおそろしく、物珍しさにはしゃぐ気持ちと、美しさに見惚れ。それらが入れ替わり立ち替わり、あるいは同時にすら起こって、言葉にならず、大きな息ばかりこぼしてしまう。
「ハル、」
招く声にまた顔を向け、片膝で跪くアギレオに、目を丸くして瞬いた。
「俺にはドラゴンなんざ倒せねえし、何百年も王都で育って立派に騎士を務めてるお前にゃ、物足りねえことばっかだろう。お前と違ってもう中年で、お前の案じてる通り、先に死んじまうに違いねえ」
何を、言うべきだろうか。
そうではないと、けれど、その通りでもあるのだろうと。
言葉は選べず、眉が下がってしまう。
「だが、ドラゴンの鱗なら手に入れてやる。お前が思ってねえようなことでも、俺にできることだってある。そうやって、この俺にできるだけのことはする」
その言葉は、ひどく重厚だ。その確かさを、両手の中に今ある、ごく軽い木箱が裏付ける。
「俺と結婚してくれ、ハルカレンディア」
真っ直ぐに向けられるアギレオの瞳から、瞠目した目が、離せない。
跳ね上がった心臓の叩くような鼓動が小さく感じるほど、動揺が全身を軋ませる。
震える指で支えているのが恐ろしくて、震えながら木箱を食卓に預け。
本当に、ガクガクと音が聞こえそうなほど震える身体を止めようと、力を込め、口元を手で覆う。
「ま……、待、…ちょっと、待ってくれ…」
信じられない。なんという男だ。
「あン?」
「…こ、言葉にならない……言葉が見つからない…」
ヘッ、と、盛大に鼻で笑い飛ばす声に顔を上げ、眉が下がる。動揺で目が濡れて、篝火の灯りを受けたアギレオが滲んで見える。
「申し込んでんだから、まずは“はい”だろうがよ」
グッと、こみ上げる何かが見る間にあふれる。
知識も知恵も経験も、多くの言葉も、持っていると思う小賢しさのすべてが愚かだった。
椅子から立ち上がり、まだ跪いたままのアギレオに飛び込むようにして抱きしめる。
「はい。――はい、…はい。そうしよう、アギレオ…。そうしたい……」
おっと、と、わずかにグラついた身を支え直し、しっかりと抱き留めてくれているアギレオを、どうしようもなくぎゅうぎゅうと強く抱き締めて。
「ありがとう、アギレオ…。お前はすごい男だ…」
そうだろ?などと戯れて笑っている声すら、幸福で。
こらえきれない、とでもいう風に、やったやった!エルフの息子だー!と、アギレオの母君が小さな声で歓声を上げているのが聞こえるまで、場も状況も我も忘れて、しつこくアギレオの首を抱いたままでいた。
草原に食堂はないが、ヴァルグ族の夕食も賑やかなものだった。
陽が落ちれば途端に冷え込む高地に、手早く組まれる炉のようなものに火を焚いて囲み、植物で編まれた敷物を敷いて地面に座る。
外で食事ができるのは夏の間だけで、気温が下がれば、天幕や、冬用の家の中でそれぞれ家族ごとに食事を摂るのだという。
それでこれほど楽しげなのだろうか、と、火を囲む顔ぶれを見渡す。
そこら中でヴァルグ達がひっきりなしに言葉を交わし、何か手振りをしたり頬笑んだりしながら、木の実や野草、肉などを頬張っている。
己はといえば、オソグリスを中心とする周辺の者達の話題に口を挟めず、少し肩を縮める思いで、彼らの会議に耳を傾けていた。
「森の向こうの滝は……多分まだ凍ってないだろうから…。アギレオ、朝一番だぞ、寝坊するなよ」
「するか。いくつだと思ってんだよ」
いくつだ…?と、母君に尋ね、耳打ちで答えてもらっているオソグリスに、己は己で、前に年を聞いてから何年経ったのだったか、と、頭の中で数を数え。
明日のアギレオと己の婚礼の準備に、あれがいる、これはどうだと男達が話し、女達は女達で、必要なものが荷の中にあるかないかと話し合っている。
むろん、私には仕事はないだろうかと尋ねたが、危ないところへ行って怪我をしたり、遠くへ出かけて戻ってこれなくなったりしないように、と、子供に向けられるような注意を受け。大人しくしていろということか…と、ひとまずは大人しく彼らの話を耳から頭に入れていた。
「あっ!」
声を上げたアギレオの母君に、なんだとみなが少し目を集め。
「あっああ~…残念…せっかくアギレオが帰ってきたのに…。末の娘に衣装を作ってやったのは、ひとつ前の夏よ」
ああ、と何故か和やかに、みなが笑ったり慰めたり、一緒に残念がったりしているのに、首を傾げる。
どういうことかと隣のアギレオを見上げれば、黙って首を横に振られ、なお顎をひねらざるを得ない。
「最初の子供と、最後の子供に、自分で作った花嫁衣装を贈れたら、縁起がいいって云うんだよ」
一人の女性が教えてくれて。チッと盛大に舌打ちするアギレオに驚きながらも、動揺が湧く。
「女性の衣装という意味か…」
花嫁衣装であれば、アギレオに贈ったところで、相手が自分なのだから着る者がいない。
重ね重ね申し訳ない…と、ため息を腹に隠すところで、えっと母君が声をあげて、やだっと慌てて手を振る。
「ああー! ごめん! ごめんね、そういうつもりじゃなかったの!」
やっちゃった…と顔を覆っている母君に、アギレオがもう一度舌打ちして。己をかばおうと思ってくれているのだろうが、さすがに、こらと小さく叱る声がオソグリスと重なる。
「……着ない……わよねえ…?」
顔を覆った手をずらして、チラ、と母君から目を向けられ、え!?と目を剥く。
「じょ、女性の衣装を、という、…」
「おいコラいい加減にしねえと、」
声を低くするアギレオをたしなめるのも忘れるほど、戸惑いが渦巻き。ぽん、と、表現するには強く肩を掴まれ、またアギレオの顔を見る。
だが混色の瞳は、こちらに向けられておらず。
「よし分かった。俺が着てやるよ。それでいいな?」
「そっ…!?」
アギレオが花嫁衣装を着るという、思いがけない提案に、声を失うが。
「ほんと!? 着る!? 着てくれる!? やったあ!」
やったやった!と、座したまま踊らんばかりの母君を呆然と見つめるも、なるほど名案、収まったな、とでもいうよう、周りも落ち着いていくのに呆然とする。
「お前が…花嫁になるのか…?」
「俺もお前も男なんだから、どっちも花嫁ではねえだろ。…なんつうのは、お前が言いそうだが。別にどっちでもいいわ、ンなもん」
「……どちらでもいい……」
という感覚は、すぐに想像がつかない。
少し困るような気持ちを持て余し。食事を終えて酒を飲むのに、カップを持つのとは逆の手を地について身を支えているアギレオの手を、みなの目から隠すように少し握って。
四指を掴むよう握り返され、大きく息をついて。
己も逆の手でカップを持ち上げ、慣れてきた乳酒を傾けた。
「実は少し老いぼれたんだ。お前が急に席を立つから、間をつないでやったんだろう」
クフッと、一度はこらえたが、たまらず声を立てて笑ってしまう。
カップを傾け最後の乳酒を乾すところに、ハル、と呼びかけられて、席につかないアギレオを見上げた。
「その“四腕の”オソグリスの言う通り、俺は乱暴な男で、なんでも力尽くだ」
しつこいぞ、と低く唸っているオソグリスに目を振り返り、冗談なのだろうか?と、内心首をひねるような心地でまたアギレオへと顔を戻す。
「足らねえとこと余分なモンで出来てるような、くだらねえ男だ」
この男も謙遜することがあるのか、と、目を丸くして。それから、その、思いがけぬ直向きな声の色に、椅子の上に身の向きを変えて、アギレオと向き合う。
「道中より、戻ってからのがいいかと思ってたんだが」
うん?と、うん、の間のような、曖昧な相槌を打つところに、すっと手に持ったものを差し出されて瞬き。片手には収まらないが、抱えるというほどでもない、少し大きな箱を受け取って。
なんだろうかと問う代わりのように、またアギレオの顔を見る。
「やるよ」
開けてみろと顎をしゃくられ、粗末だがしっかりと巻かれている布を解く。中から出てきた木箱は、飾り気はないが、丁寧な仕事で作られたものだと分かる。
蓋を開けてもまだ、箱に詰めた綿と布で丁重に守られたそれが、何であるのか理解できず。
はじめは、白雲母だろうかと思った。
硬質な質感に見え、けれど厚みはそれほどなく、白の向こう、保護用の布地がかすかに透けている。白雲母は層を成す鉱石で、手指でも薄く剥がせるものだが、両手に余る大きさにこうも見事に切り取るとしたら、なかなかの仕事だ。
立派な石だ、と、壊さぬようにそっと、持ち上げてみようと端に指を掛けた途端、ゾッ!と、自分でも驚くような鳥肌が立った。
「馬鹿な…! ……まさか…!?」
目を剥いてアギレオを見つめ、どうだと言わんばかりの誇らしげな顔に、息が止まるようで。
これは、鉱物ではない。
菱形を偏って丸くしたような、特徴的な扇形。篝火の灯りに照らされ、角度次第でわずかに知れる、樹の年輪のような波紋状の薄い模様。
昼の光の下で見れば、恐らく真珠に似ているだろう、多くの色を光沢に隠した美しい白。
これは、鱗だ。
「そんなまさか……。…お前、お前、あの竜を本当に倒してしまったのか!?」
今や世界中にも数頭しか存在しないといわれる、竜族の内、白い鱗のものがどれほどいるかまで把握しないが。
少なくとも、己が知るほどの距離に棲み、しかも見たことがあるのは一頭だけなのだ。
雲ひとつない青い空を、滑るように飛び去った美しい姿。
白飛龍デェラトモウンの鱗を手元に置いてみたいなどというのは、鳥のように飛んでみたいと口に出してみるようなもので。
そんな戯れを、アギレオは覚えていたばかりか。
唇と指と、他にどこが震えているかも分からないほど。
「倒せるわきゃねえだろ」
笑うアギレオに目を上げてから、自分が食い入るように鱗を見ていたことに気づく。
「蛇の道は蛇ってやつさ。…ま。だから偽モンかもしれねえけどな」
蛇の道は蛇、と、告げられた隠喩の意味を思い出すのにすら一拍遅れる。どういうものだか未だに知らないが、海賊であった頃、野盗であった頃、それから砦の頭領を務める今と、それぞれに色々な商売相手がいるというのはなんとなく知っている。
だが、手に入るものでも、売っているものでもないだろう、と、呆然と、ざらついた鱗の端を少し指で撫で。
そうか…、と、ようやく胸を緩めて息をつけば、頬もわずかに柔らぐようで。
「だが少なくとも、巨大な生物の鱗で、尋常でない霊力の気配もかすかにある。本当に、あの白飛龍の鱗に見える…。すごいな、お前は…」
心の揺れは大きく、色は様々で。驚き、喜び、恍惚となり、少しおそろしく、物珍しさにはしゃぐ気持ちと、美しさに見惚れ。それらが入れ替わり立ち替わり、あるいは同時にすら起こって、言葉にならず、大きな息ばかりこぼしてしまう。
「ハル、」
招く声にまた顔を向け、片膝で跪くアギレオに、目を丸くして瞬いた。
「俺にはドラゴンなんざ倒せねえし、何百年も王都で育って立派に騎士を務めてるお前にゃ、物足りねえことばっかだろう。お前と違ってもう中年で、お前の案じてる通り、先に死んじまうに違いねえ」
何を、言うべきだろうか。
そうではないと、けれど、その通りでもあるのだろうと。
言葉は選べず、眉が下がってしまう。
「だが、ドラゴンの鱗なら手に入れてやる。お前が思ってねえようなことでも、俺にできることだってある。そうやって、この俺にできるだけのことはする」
その言葉は、ひどく重厚だ。その確かさを、両手の中に今ある、ごく軽い木箱が裏付ける。
「俺と結婚してくれ、ハルカレンディア」
真っ直ぐに向けられるアギレオの瞳から、瞠目した目が、離せない。
跳ね上がった心臓の叩くような鼓動が小さく感じるほど、動揺が全身を軋ませる。
震える指で支えているのが恐ろしくて、震えながら木箱を食卓に預け。
本当に、ガクガクと音が聞こえそうなほど震える身体を止めようと、力を込め、口元を手で覆う。
「ま……、待、…ちょっと、待ってくれ…」
信じられない。なんという男だ。
「あン?」
「…こ、言葉にならない……言葉が見つからない…」
ヘッ、と、盛大に鼻で笑い飛ばす声に顔を上げ、眉が下がる。動揺で目が濡れて、篝火の灯りを受けたアギレオが滲んで見える。
「申し込んでんだから、まずは“はい”だろうがよ」
グッと、こみ上げる何かが見る間にあふれる。
知識も知恵も経験も、多くの言葉も、持っていると思う小賢しさのすべてが愚かだった。
椅子から立ち上がり、まだ跪いたままのアギレオに飛び込むようにして抱きしめる。
「はい。――はい、…はい。そうしよう、アギレオ…。そうしたい……」
おっと、と、わずかにグラついた身を支え直し、しっかりと抱き留めてくれているアギレオを、どうしようもなくぎゅうぎゅうと強く抱き締めて。
「ありがとう、アギレオ…。お前はすごい男だ…」
そうだろ?などと戯れて笑っている声すら、幸福で。
こらえきれない、とでもいう風に、やったやった!エルフの息子だー!と、アギレオの母君が小さな声で歓声を上げているのが聞こえるまで、場も状況も我も忘れて、しつこくアギレオの首を抱いたままでいた。
草原に食堂はないが、ヴァルグ族の夕食も賑やかなものだった。
陽が落ちれば途端に冷え込む高地に、手早く組まれる炉のようなものに火を焚いて囲み、植物で編まれた敷物を敷いて地面に座る。
外で食事ができるのは夏の間だけで、気温が下がれば、天幕や、冬用の家の中でそれぞれ家族ごとに食事を摂るのだという。
それでこれほど楽しげなのだろうか、と、火を囲む顔ぶれを見渡す。
そこら中でヴァルグ達がひっきりなしに言葉を交わし、何か手振りをしたり頬笑んだりしながら、木の実や野草、肉などを頬張っている。
己はといえば、オソグリスを中心とする周辺の者達の話題に口を挟めず、少し肩を縮める思いで、彼らの会議に耳を傾けていた。
「森の向こうの滝は……多分まだ凍ってないだろうから…。アギレオ、朝一番だぞ、寝坊するなよ」
「するか。いくつだと思ってんだよ」
いくつだ…?と、母君に尋ね、耳打ちで答えてもらっているオソグリスに、己は己で、前に年を聞いてから何年経ったのだったか、と、頭の中で数を数え。
明日のアギレオと己の婚礼の準備に、あれがいる、これはどうだと男達が話し、女達は女達で、必要なものが荷の中にあるかないかと話し合っている。
むろん、私には仕事はないだろうかと尋ねたが、危ないところへ行って怪我をしたり、遠くへ出かけて戻ってこれなくなったりしないように、と、子供に向けられるような注意を受け。大人しくしていろということか…と、ひとまずは大人しく彼らの話を耳から頭に入れていた。
「あっ!」
声を上げたアギレオの母君に、なんだとみなが少し目を集め。
「あっああ~…残念…せっかくアギレオが帰ってきたのに…。末の娘に衣装を作ってやったのは、ひとつ前の夏よ」
ああ、と何故か和やかに、みなが笑ったり慰めたり、一緒に残念がったりしているのに、首を傾げる。
どういうことかと隣のアギレオを見上げれば、黙って首を横に振られ、なお顎をひねらざるを得ない。
「最初の子供と、最後の子供に、自分で作った花嫁衣装を贈れたら、縁起がいいって云うんだよ」
一人の女性が教えてくれて。チッと盛大に舌打ちするアギレオに驚きながらも、動揺が湧く。
「女性の衣装という意味か…」
花嫁衣装であれば、アギレオに贈ったところで、相手が自分なのだから着る者がいない。
重ね重ね申し訳ない…と、ため息を腹に隠すところで、えっと母君が声をあげて、やだっと慌てて手を振る。
「ああー! ごめん! ごめんね、そういうつもりじゃなかったの!」
やっちゃった…と顔を覆っている母君に、アギレオがもう一度舌打ちして。己をかばおうと思ってくれているのだろうが、さすがに、こらと小さく叱る声がオソグリスと重なる。
「……着ない……わよねえ…?」
顔を覆った手をずらして、チラ、と母君から目を向けられ、え!?と目を剥く。
「じょ、女性の衣装を、という、…」
「おいコラいい加減にしねえと、」
声を低くするアギレオをたしなめるのも忘れるほど、戸惑いが渦巻き。ぽん、と、表現するには強く肩を掴まれ、またアギレオの顔を見る。
だが混色の瞳は、こちらに向けられておらず。
「よし分かった。俺が着てやるよ。それでいいな?」
「そっ…!?」
アギレオが花嫁衣装を着るという、思いがけない提案に、声を失うが。
「ほんと!? 着る!? 着てくれる!? やったあ!」
やったやった!と、座したまま踊らんばかりの母君を呆然と見つめるも、なるほど名案、収まったな、とでもいうよう、周りも落ち着いていくのに呆然とする。
「お前が…花嫁になるのか…?」
「俺もお前も男なんだから、どっちも花嫁ではねえだろ。…なんつうのは、お前が言いそうだが。別にどっちでもいいわ、ンなもん」
「……どちらでもいい……」
という感覚は、すぐに想像がつかない。
少し困るような気持ちを持て余し。食事を終えて酒を飲むのに、カップを持つのとは逆の手を地について身を支えているアギレオの手を、みなの目から隠すように少し握って。
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