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63、膳立て
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夜も更け、一人、またひとりと輪から人が減っていく。
隣のアギレオが立ち上がり、ようやく話に入っていけるようになった己に気を遣ってくれたか、先に戻るぜ?と顎を傾げるのに、少し迷ってから、分かったと頷いて。
「天幕はどれか分かるか? 目印でもつけとくか?」
「大丈夫。覚えたし、分からなければ誰かに尋ねてみよう」
おう、と声を落として踵を返すアギレオの背を、オソグリスの声が呼び止め。
「アギレオ。……お前を族長にしてやれなくて、悪かったな…」
えっと、己がその意味を考えるさなかに。
ハア?と語尾を跳ね上げたアギレオが、少し顎をひねってから、見慣れたような片笑いをオソグリスに向ける。
「いつの話してんだ老いぼれ。そもそも、進んでなりてえもんでもねえや」
じゃあな、というアギレオの声は、そうか…と静かなオソグリスの返答を待ってさえおらず。
その辺りで、スッキリしていなかったことの全てが理解され、ああ!と、声を上げそうになるほどで。
まだ出会って間もない頃に、アギレオがしてくれた話を思い出す。
戦うことがあまりに多く、数の増減が頻繁なヴァルグ族は、こうしていくつかの氏族に分かれているとはいえ、それが増えて別の氏族に分けたり、逆に減って複数の氏族をひとつにすることがあるという。
アギレオが、成人と認められたばかりの十五で生まれた場所を後に、山を下りたのは、自分のいた氏族の数が減って、別の親しい氏族と合流する機だったからだと聞いた。
「そうか、それで…」
たった十五で家族から離れ、山を下りたのは、族長になるはずが、その機を失った青年だったのだ。
そうだ、それで。
草原にいたる山道で若いヴァルグ達に、アギレオは確かに「オソグリスの氏族はどこだ」と訊いたのだ。後から尋ねたとき、父君の名だと言ったのは嘘ではなかったのに、何かを訊きそびれたように感じていた。
アギレオが以前ここにいた頃には、父の名が氏族の名だったのだろう。
それが、もうないことも、当然知っていた。
そうして、ここに来る前に己が知っていたアギレオの姿すらも、頭の中にも心の感覚にすら、つながるようで。
「オソグリス」
うん?と、斜め向かいで静かに酒を飲んでいるオソグリスに、少し改めて目を向けた。
「アギレオは、私の国で、国境を守る砦の頭領を務めています。ここから離れた東の大陸であり、ヴァルグの氏族ではありませんが。アギレオは、長になりました」
「そうか…」
そうか、と、オソグリスはもう一度つぶやいて、大きく息を抜いた。
「教えてくれてありがとう、ハル」
ごく丁寧な声に、礼を受けるまでもないと、頭を振り。
「みなを守る、腕の立つ指揮官であり、なにより、みなに慕われる良い頭領です。こちらこそ、アギレオを育ててくださった方々に感謝いたします」
胸に手を置き、額を下げる。
そうして、すぐにアギレオの後を追おうと思っていたのに、ついつい、砦はどんなところか、そこでアギレオはどうなのかと、また話に花が咲いて。
両親からいくらでも出てくる、アギレオの幼い頃や、たくさんの兄弟達の話に聞き入る内、また天幕に戻る機を伸ばしてしまうことになった。
オソグリスの一族で別の天幕を持っていない者は、みなが共にする、大きな天幕の隅をアギレオと共に借りて。
嗅いだことのない知らぬ土地の、けれど嫌いではない匂いに包まれ、掛布の中で隠れるようにアギレオに身を寄せて。
もう横になっている者達の邪魔にならぬよう、小さく小さく声をひそめて、今日あったことを話したり、明日のことについて尋ねたりして。
肌の上を滑って誘うアギレオの手に、さすがにそれはどうなのかと。
思ったところまでが記憶で、目を覚ました時には朝だった。
触れるほど近い距離で身支度をしているアギレオが、いつものように「まだ寝てていいぜ」ではなくて「ぼちぼち起きれるように準備しときな」と声を掛けてきたのが、ひどく新鮮だった。
髪を撫でて離れた手を追うよう、すぐに身を起こしたが、バサリとかすかな音を立て、出入り口の布を潜っていったアギレオの背を見送り。
なんだか張り切った、それに、指の先まで満ちるように幸福な気分で、衣服を着替えて起き出した。
天幕の中は、当然ながら限られた空間であり、みな、起きると寝具を片付け、室内の仕事ができるようにてきぱきと家の中を整えていく。
見よう見まねで天幕の中の仕度を手伝うと、今度は外に出て、どこに何があるのか、誰が何をしているのか見て回ろうと足を踏み出し。
これはどこでもそう変わらないらしい、羊飼いの話に耳を傾け、よく考えれば当然そうな、繋ぐところもなく放し飼いになっている馬達の傍に行っては、その近くで洗濯をしている女達が馬の見張りを兼ねているのだという話に感心する。
剣の稽古というには、なるほどかなり荒っぽい仕合いに興じている若者を眺め。
「ああ、いたいた、ハルー」
軽やかな声に呼びかけられて振り返り、思いがけず遠くから呼んでいたアギレオの母君に気づいて、足早にそちらへと向かう。
「母君。なんだろうか」
「ヴィボラよ。ちょっとだけじっとしててちょうだい」
「……。名は……ヴィボラというのか…」
うふふ、と、可愛らしい笑い声に、少しうなるような心地になる。
ヴィボラ、というのは、自分の知る限りでは、西の言葉で毒蛇を指すはずだ。
ここへ来て、ヴァルグ達の名をそれぞれ聞いた。男は動物等から取った勇猛な名が多く、女性は花や植物などの可憐なものが多い印象だったが。
「女が強い方がいいか、強くなくても構わないかは、氏族によるわねえ。私の父と母は、私がヴァルグの唯一王になるくらい強くてもいいと思ってたそうよ」
身体を測らせてちょうだい、と、背や肩、腕の長さを手指だけで測っているヴィボラに、動かぬようじっとしたままで浅く頷き。
「なるほど…。さすがアギレオの母君だ」
可愛らしい方だと思っていたが、お強いのかもしれない。
しみじみとする背に、ふふっと弾むような笑い声は、やはりとても愛らしいと思えるが。
「さて。お昼までもうひと頑張りしよっと。食事の時には呼ぶから、あまり遠くへ行かないでね」
はい、と頷いてから、踵を返そうとするヴィボラの後を追い。
「ヴィボラ、もしや、縫い物をするのだろうか。見学しても構わないかな」
「いいわよー。あなたたちの婚礼衣装を縫ってるの。教えてあげるわよー」
ありがたい、と、快い返答にまなじりを緩めたものの。
「はっ、速い…! すごい、速い…!」
当然、山中の暮らしに、それほど多くの衣類やその生地があるわけはなく。普段のもの、特別なもの、と分けて持っている衣類を、必要に応じて解いたり縫い直したりするらしい。
それはいいのだが。
入り口の他にも灯り採りの布を上げた天幕の中、縫い物をする女達の手は、見たこともないような速度だ。
いくつかの衣服を詰め直して、裁縫ができるつもりになっていた自分の拙さを痛感する。
「服ができるのはいいことだけど、これ自体は特に楽しいことじゃないものねえ」
「早く済ませないと他の仕事が間に合わなくなっちゃう」
「慣れよね、慣れ慣れ」
それでも、次の世代に受け継ぐことに慣れているのだろう、見学したいと申し出た己の他にも、おそらくまだ年若いヴァルグに向け、今やっているのはどんな縫い方かと、ひとつひとつ説明してくれる。
後で書き記しておこう、と、食い入るように彼女たちの仕事を見守り。
手伝いたい?手伝いたいでしょ?と、任された、飾りらしきものを作るのに精を出す。
彼女たちが手がけている布地もそうだが、手渡された、何かで染めたらしい木の実や木、小さな石らしきものも、色とりどりで目が賑やかになる。
編んだ紐に結び目を作って、穴の空いた石や木の飾りを通す。また結び目を作って、と、繰り返して何本かの長い飾りを作り。
ヴィボラに手渡せば、上手にできたわね、と子供のように褒められ、思わず表情を崩して笑ってしまう。
己の仕事など、まさしく児戯のようなものだろう。
「ここまでにしましょう。おなかが空いちゃったー」
はあーと大きく息をつくヴィボラの声で、そうしましょう、はーいとあちこちで女性達が応じ。
昨夜よりは簡単な、なるほど忙しい仕事の合間にふさわしい、質素だが味のいい食事を共にして。昼以降は見学を断られて、また天幕の間を散策して過ごした。
再び名を呼ばれたのは、それほど後ではなく、まだ陽も高い内だった。
オソグリスに招かれ、昨夜と同じように草の上に敷物を敷いて、婚礼の儀をするという話を聞く。
ざっと流れを説明されたところによれば、特に何か難しい儀式があるわけではなく、ただ、二人が婚姻を結ぶということを確認し、その資格のあるもの、この場合はオソグリスが承認するということらしかった。
これを氏族の者や、縁のある者を招いて知らせておくという意味合いもあるようで、その後は宴になるが、新しい夫婦は付き合わなくてもよろしい、と、楽しげに締めくくられて、つられるように頬を緩めて了解する。
己とアギレオの向き合う席を中心に、奥にオソグリスの座、そこから逆側に流れるように人々が座る敷物を敷いていく。
朱色に染められた、丁寧な薄造りの杯をひとつ、小さな木の台に据えて。
そろそろ座りなさい、とオソグリスに声を掛けられ、手伝いの手を止めて指示された座に座り。汚れぬようにと退けておいた、ヴィボラから預かった衣装に袖を通した。
他の者達も次第にそれぞれの座に着きはじめ、不思議な緊張感と昂揚と、それから、言い表しがたい感慨深さが湧いてきて。
まるで心があふれぬよう蓋でもする心地で、唇を引き結び、瞼を浅く伏せる。
ひっきりなしに吹いている高原の風が、ふいにあたたかくなったような気がして目を上げ。水差しを掲げたヴィボラを付き添いに、色鮮やかな衣装の、そして、背の高いヴァルグがこちらへ歩いてくるのが見えた。
隣のアギレオが立ち上がり、ようやく話に入っていけるようになった己に気を遣ってくれたか、先に戻るぜ?と顎を傾げるのに、少し迷ってから、分かったと頷いて。
「天幕はどれか分かるか? 目印でもつけとくか?」
「大丈夫。覚えたし、分からなければ誰かに尋ねてみよう」
おう、と声を落として踵を返すアギレオの背を、オソグリスの声が呼び止め。
「アギレオ。……お前を族長にしてやれなくて、悪かったな…」
えっと、己がその意味を考えるさなかに。
ハア?と語尾を跳ね上げたアギレオが、少し顎をひねってから、見慣れたような片笑いをオソグリスに向ける。
「いつの話してんだ老いぼれ。そもそも、進んでなりてえもんでもねえや」
じゃあな、というアギレオの声は、そうか…と静かなオソグリスの返答を待ってさえおらず。
その辺りで、スッキリしていなかったことの全てが理解され、ああ!と、声を上げそうになるほどで。
まだ出会って間もない頃に、アギレオがしてくれた話を思い出す。
戦うことがあまりに多く、数の増減が頻繁なヴァルグ族は、こうしていくつかの氏族に分かれているとはいえ、それが増えて別の氏族に分けたり、逆に減って複数の氏族をひとつにすることがあるという。
アギレオが、成人と認められたばかりの十五で生まれた場所を後に、山を下りたのは、自分のいた氏族の数が減って、別の親しい氏族と合流する機だったからだと聞いた。
「そうか、それで…」
たった十五で家族から離れ、山を下りたのは、族長になるはずが、その機を失った青年だったのだ。
そうだ、それで。
草原にいたる山道で若いヴァルグ達に、アギレオは確かに「オソグリスの氏族はどこだ」と訊いたのだ。後から尋ねたとき、父君の名だと言ったのは嘘ではなかったのに、何かを訊きそびれたように感じていた。
アギレオが以前ここにいた頃には、父の名が氏族の名だったのだろう。
それが、もうないことも、当然知っていた。
そうして、ここに来る前に己が知っていたアギレオの姿すらも、頭の中にも心の感覚にすら、つながるようで。
「オソグリス」
うん?と、斜め向かいで静かに酒を飲んでいるオソグリスに、少し改めて目を向けた。
「アギレオは、私の国で、国境を守る砦の頭領を務めています。ここから離れた東の大陸であり、ヴァルグの氏族ではありませんが。アギレオは、長になりました」
「そうか…」
そうか、と、オソグリスはもう一度つぶやいて、大きく息を抜いた。
「教えてくれてありがとう、ハル」
ごく丁寧な声に、礼を受けるまでもないと、頭を振り。
「みなを守る、腕の立つ指揮官であり、なにより、みなに慕われる良い頭領です。こちらこそ、アギレオを育ててくださった方々に感謝いたします」
胸に手を置き、額を下げる。
そうして、すぐにアギレオの後を追おうと思っていたのに、ついつい、砦はどんなところか、そこでアギレオはどうなのかと、また話に花が咲いて。
両親からいくらでも出てくる、アギレオの幼い頃や、たくさんの兄弟達の話に聞き入る内、また天幕に戻る機を伸ばしてしまうことになった。
オソグリスの一族で別の天幕を持っていない者は、みなが共にする、大きな天幕の隅をアギレオと共に借りて。
嗅いだことのない知らぬ土地の、けれど嫌いではない匂いに包まれ、掛布の中で隠れるようにアギレオに身を寄せて。
もう横になっている者達の邪魔にならぬよう、小さく小さく声をひそめて、今日あったことを話したり、明日のことについて尋ねたりして。
肌の上を滑って誘うアギレオの手に、さすがにそれはどうなのかと。
思ったところまでが記憶で、目を覚ました時には朝だった。
触れるほど近い距離で身支度をしているアギレオが、いつものように「まだ寝てていいぜ」ではなくて「ぼちぼち起きれるように準備しときな」と声を掛けてきたのが、ひどく新鮮だった。
髪を撫でて離れた手を追うよう、すぐに身を起こしたが、バサリとかすかな音を立て、出入り口の布を潜っていったアギレオの背を見送り。
なんだか張り切った、それに、指の先まで満ちるように幸福な気分で、衣服を着替えて起き出した。
天幕の中は、当然ながら限られた空間であり、みな、起きると寝具を片付け、室内の仕事ができるようにてきぱきと家の中を整えていく。
見よう見まねで天幕の中の仕度を手伝うと、今度は外に出て、どこに何があるのか、誰が何をしているのか見て回ろうと足を踏み出し。
これはどこでもそう変わらないらしい、羊飼いの話に耳を傾け、よく考えれば当然そうな、繋ぐところもなく放し飼いになっている馬達の傍に行っては、その近くで洗濯をしている女達が馬の見張りを兼ねているのだという話に感心する。
剣の稽古というには、なるほどかなり荒っぽい仕合いに興じている若者を眺め。
「ああ、いたいた、ハルー」
軽やかな声に呼びかけられて振り返り、思いがけず遠くから呼んでいたアギレオの母君に気づいて、足早にそちらへと向かう。
「母君。なんだろうか」
「ヴィボラよ。ちょっとだけじっとしててちょうだい」
「……。名は……ヴィボラというのか…」
うふふ、と、可愛らしい笑い声に、少しうなるような心地になる。
ヴィボラ、というのは、自分の知る限りでは、西の言葉で毒蛇を指すはずだ。
ここへ来て、ヴァルグ達の名をそれぞれ聞いた。男は動物等から取った勇猛な名が多く、女性は花や植物などの可憐なものが多い印象だったが。
「女が強い方がいいか、強くなくても構わないかは、氏族によるわねえ。私の父と母は、私がヴァルグの唯一王になるくらい強くてもいいと思ってたそうよ」
身体を測らせてちょうだい、と、背や肩、腕の長さを手指だけで測っているヴィボラに、動かぬようじっとしたままで浅く頷き。
「なるほど…。さすがアギレオの母君だ」
可愛らしい方だと思っていたが、お強いのかもしれない。
しみじみとする背に、ふふっと弾むような笑い声は、やはりとても愛らしいと思えるが。
「さて。お昼までもうひと頑張りしよっと。食事の時には呼ぶから、あまり遠くへ行かないでね」
はい、と頷いてから、踵を返そうとするヴィボラの後を追い。
「ヴィボラ、もしや、縫い物をするのだろうか。見学しても構わないかな」
「いいわよー。あなたたちの婚礼衣装を縫ってるの。教えてあげるわよー」
ありがたい、と、快い返答にまなじりを緩めたものの。
「はっ、速い…! すごい、速い…!」
当然、山中の暮らしに、それほど多くの衣類やその生地があるわけはなく。普段のもの、特別なもの、と分けて持っている衣類を、必要に応じて解いたり縫い直したりするらしい。
それはいいのだが。
入り口の他にも灯り採りの布を上げた天幕の中、縫い物をする女達の手は、見たこともないような速度だ。
いくつかの衣服を詰め直して、裁縫ができるつもりになっていた自分の拙さを痛感する。
「服ができるのはいいことだけど、これ自体は特に楽しいことじゃないものねえ」
「早く済ませないと他の仕事が間に合わなくなっちゃう」
「慣れよね、慣れ慣れ」
それでも、次の世代に受け継ぐことに慣れているのだろう、見学したいと申し出た己の他にも、おそらくまだ年若いヴァルグに向け、今やっているのはどんな縫い方かと、ひとつひとつ説明してくれる。
後で書き記しておこう、と、食い入るように彼女たちの仕事を見守り。
手伝いたい?手伝いたいでしょ?と、任された、飾りらしきものを作るのに精を出す。
彼女たちが手がけている布地もそうだが、手渡された、何かで染めたらしい木の実や木、小さな石らしきものも、色とりどりで目が賑やかになる。
編んだ紐に結び目を作って、穴の空いた石や木の飾りを通す。また結び目を作って、と、繰り返して何本かの長い飾りを作り。
ヴィボラに手渡せば、上手にできたわね、と子供のように褒められ、思わず表情を崩して笑ってしまう。
己の仕事など、まさしく児戯のようなものだろう。
「ここまでにしましょう。おなかが空いちゃったー」
はあーと大きく息をつくヴィボラの声で、そうしましょう、はーいとあちこちで女性達が応じ。
昨夜よりは簡単な、なるほど忙しい仕事の合間にふさわしい、質素だが味のいい食事を共にして。昼以降は見学を断られて、また天幕の間を散策して過ごした。
再び名を呼ばれたのは、それほど後ではなく、まだ陽も高い内だった。
オソグリスに招かれ、昨夜と同じように草の上に敷物を敷いて、婚礼の儀をするという話を聞く。
ざっと流れを説明されたところによれば、特に何か難しい儀式があるわけではなく、ただ、二人が婚姻を結ぶということを確認し、その資格のあるもの、この場合はオソグリスが承認するということらしかった。
これを氏族の者や、縁のある者を招いて知らせておくという意味合いもあるようで、その後は宴になるが、新しい夫婦は付き合わなくてもよろしい、と、楽しげに締めくくられて、つられるように頬を緩めて了解する。
己とアギレオの向き合う席を中心に、奥にオソグリスの座、そこから逆側に流れるように人々が座る敷物を敷いていく。
朱色に染められた、丁寧な薄造りの杯をひとつ、小さな木の台に据えて。
そろそろ座りなさい、とオソグリスに声を掛けられ、手伝いの手を止めて指示された座に座り。汚れぬようにと退けておいた、ヴィボラから預かった衣装に袖を通した。
他の者達も次第にそれぞれの座に着きはじめ、不思議な緊張感と昂揚と、それから、言い表しがたい感慨深さが湧いてきて。
まるで心があふれぬよう蓋でもする心地で、唇を引き結び、瞼を浅く伏せる。
ひっきりなしに吹いている高原の風が、ふいにあたたかくなったような気がして目を上げ。水差しを掲げたヴィボラを付き添いに、色鮮やかな衣装の、そして、背の高いヴァルグがこちらへ歩いてくるのが見えた。
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