親友のために悪役令嬢やってみようと思います!

はるみさ

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第二章 

31.謝罪

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 驚きすぎて、声も出ない。

 唖然とする私の顔を見て、ライル様は寂しそうに笑った。

 「そんな、亡霊にでも会ったような顔をしないで。」

 音楽が鳴り始める…ライル様は私をエスコートして踊り始める。

 婚約者として、ライル様とは何回か踊ったことがある。
 けれど……今日は普通でいられるはずなかった。

 さっきシビ先輩と踊った時は、特に考えなくても踊れていたのに今はどんな風に自分の足が動いているのかも分からない。身体が強張って動いてくれないのだ。
 それでも、踊れているのはライル様のエスコートのお陰だろう。

 「アンナ……ドレス、よく似合ってる。
 着てくれて、嬉しかった。」

 「あ、ありがとうございます……。」

 私たちの間には沈黙が流れる。
 緊張しすぎて、顔も見れない。

 でも、先程のシビ先輩の言葉が気になる。シビ先輩に私のファーストダンスを頼んだのは、ライル様だったの……?

 私は意を決して、尋ねた。

 「あ、あの……シビ先輩にはライル様が?」

 ライル様のステップが少し乱れた気がした。

 「……シビから何か?」

 「私を大切に想う人から頼まれた…と。」

 「そう…。」

 ライル様は肯定も否定もしなかった。
 けれど、ライル様の耳はほんのり赤くなっている。

 私のファーストダンスまで気に掛けてくれていたことが純粋に嬉しかった。

 …ライル様は見えないところで私を守ろうとしてくれてたんだ。

 「シビ先輩と仲が宜しかったんですね。」

 「あぁ。シビも僕も入学前から同じ師について魔法を学んでいたんだ。シビは言わば兄弟子みたいなものかな。」

 「教えて下されば良かったのに。」

 少し拗ねたような声になってしまう。
 ライル様はクスクスと笑っていた。

 「シビが嫌だって。
 兄弟子なんてバラしたら注目を浴びるからってさ。
 あいつは目立つのが嫌いなんだ。」

 「そうなんですね…。それなのに、人だかりの中、私にダンスを申し込んで下さって……なんだか申し訳ないです……。」

 「アンナとダンスをさせてやったんだ。感謝して欲しいくらいだよ。大体アンナはモテすぎだ。」

 少しムッとする。そんなの私のせいじゃないのに。

 「それは私のせいじゃー」

 そう言って顔を上げて、ライル様を見るとー

 切ない表情をしたライル様と視線がぶつかった。

 「……だよね。ごめん。

 僕は自分勝手な嫉妬で、アンナを傷つけてばかりだ…。」

 私はどこか辛そうなライル様の顔を見て、なんて言って良いのか…分からなかった。

 その時、音楽が鳴り止んだ。
 ライル様は私の目を真っ直ぐに見つめて、手をギュッと握る。

 「アンナ、話がある。」


   ◆ ◇ ◆


 私達は庭園の隅にあるベンチに来ていた。

 この場所は入り組んだところにあり、会場からもかなり離れているので、周りには誰一人いなかった。

 ダンスが終わると、ライル様は真っ直ぐにここまで歩いてきた。どこからか呼び止める声が聞こえたが、ライル様はそれを無視して足早に私の手を引いた。

 少し焦った様子のライル様に緊張してくる。
 何を言われるか分からないので、少し、怖い。

 シビ先輩に私を頼んだことから考えるに私を嫌っているわけでは無さそうだけど……。でも、ライル様は隠れてリィナと会っていた。リィナを愛してしまったとか言う話だったら……と考えて、息苦しくなった。

 ライル様は私を座らせると、その隣に自分も座った。
 身体を私の方に向けると、膝の上の私の両手を包み込むように握った。

 風にザワザワと葉が揺れる。
 その音がより一層、私の不安を掻き立てた。

 ライル様はしっかりと私を見て、言った。

 「……先日の件、すまなかった。
 噂の真偽も、僕がいない間に何があったのかも、確認しないで…ただの醜い嫉妬でアンナを責めて、苦しめてしまった。
 本当に、ごめん。」

 ライル様が深々と頭を下げる。

 「いえ……私も言えなかった、から…。」

 私が冷静になってあの時説明していればよかった、とも思う。
 しかし、ライル様は首を横に振った。

 「アンナは何も悪くない。完全に僕が悪いんだ。
 あの後、僕がいない間に何があったか調べさせて、ようやく事態を把握した。ユーリを呼んで、話を聞いたりもしたんだ。」

 「ユーリを?」

 「あぁ。怒られたよ。
 『お前の守りたいものはなんなんだ』って…
 『守れないならアンナを解放しろ』って…。」

 「解放……。」

 「アンナ、ユーリから聞いた。僕がリィナを王宮前まで迎えに出たところを見た、と。」

 「……はい。」

 あの時の光景を思い出して、胸が苦しくなる。
 ライル様はそんな私の不安を察したのか、より強く手を握って、私の瞳を強く捉えた。

 「まず、最初に言っておきたいんだが、僕はあの女のことが心底嫌いだ。出来ることなら話すことはおろか、同じ空気でさえ吸いたくないほどだ。触れただけで鳥肌が立つ。」

 その瞳は揺れることなく、私に真実を伝えているようだった。
 しかし、すぐにライル様の顔は険しくなる。

 「だが……今は事情があって、それらを許すしかない。対外的にあの女は私の寵愛を受けた者として振る舞うだろうし、私もそれを大きく否定することは出来ないんだ。」

 ……どういうこと?婚約者がいるのに、別に寵愛している令嬢がいることを王家は許容してるっていうの?

 そんなの異常だ。私はどんどんと腹が立ってきた。

 「否定出来ない…?ライル様には、婚約者の私がいるのに?
 その事情って何ですか…?私に話せないことなんですか?
 そんなの…そんなの、おかしいでしょう…!?」

 私が震える声で訴えると、ライル様はそれを辛そうに見つめる。

 「そうだ。アンナの言う通り、おかしな状況だ。

 だが、この状況を打破すべく動き始めている。

 僕の婚約者は君だけだ。この先もずっと。
 ……あの女の思い通りになんてさせない。」

 ライル様はギリッと歯を鳴らした。
 本当にライル様はリィナのことが嫌いなんだ……。

 でも、それで安心できるわけじゃない。リィナが何をしようとしているのか把握しないと不安で堪らない。彼女の目的は私をこの世界から消すことだろうから。

 「何が起きてるのか…私にも教えてください……。」

 しかし、ライル様は眼を伏せた。

 「僕も出来ることなら、アンナに全て伝えたい。
 …けれど、それを知れば、アンナを危険に晒すことにー」

 「それでもいいです!教えてください!」

 私は気付けば、ライル様の両腕を強く強く掴んでいた。

 必死さが伝わったのか、少し考えた後にライル様は顔を上げた。ライル様の腕に掛けた私の手に自らの手を重ね、頷く。

 その顔には緊張が漂う。

 「……分かった。だが、これ以上、ここで話すのは危険だ。
 必ず後日事情を伝えると約束しよう。僕から直接伝えることは出来ないだろうけど。」

 教えてもらえることに少し安心する。確かにそろそろここまで人が歩いてきてもおかしくは無い。私はライル様のその提案を飲むことにした。

 さっきまでは自分のことでいっぱいだったが、改めてライル様の顔を見ると、すっかり疲れ切っているように見えた。

 なんだかライル様がどこかに行ってしまいそうで不安になった。
 私はライル様の頬に手を伸ばした。

 「ライル様…。あまり、無理をなさらないで下さい。」

 「多少の無理ならするさ。一日でも早く、僕の愛する人はアンナただ一人だと証明したいからね。

 だから…
 全てが終わるまで、僕を信じて、待っていてくれるかい?」

 「……はい。」

 ライル様は頬に添えた私の手を掴んで、自らの頬を擦り付けるようにした。まるで犬みたい……甘えてるんだわ。可愛い。

 私は、ライル様の頬や耳を撫でた。
 ライル様は柔らかい表情で甘えるようにそれを受け入れた。

 穏やかな時間が流れる。

 おもむろにライル様が口を開いた。

 「アンナ……」

 「何ですか?」

 柔らかな髪に指を通し、耳から後頭部を撫でる。
 ……みんなが私の頭をやたらと撫でたがるのもわかる気がするわ。

 ライル様は緊張したように大きく息をした。

 「……こんなことを言うのは変だし…絶対に…本当に…考えただけでも身が捩れるくらい嫌だけどー」

 一体ライル様は何を言おうとしてるのか。
 私は手を止めて、ライル様と見つめ合う。

 「もし…全てが終わって、その時アンナに本当に愛する人が出来たなら、僕は身を引くよ。だから、そうなった時は教えて欲しい。

 僕は……アンナに笑っていて欲しいから。」

 あんなに私に執着してたライル様がそんなことを言うなんて…信じられなかった。私は呆然とする。

 ライル様はすぐに下を向き、肩を落とした。

 「……言ってて吐きそう。」

 その代わり身の早さに、思わず吹き出してしまう。

 「ふふっ。じゃあ、言わなければいいのに。」

 私がそう言うと、ライル様は眉を下げて笑った。

 「言わなきゃいけないと思ったんだ。
 …あいつらにフェアじゃないからな。」

 「フェアじゃない?」

 「こっちの話さ。」

 ニッと笑うライル様に、私は首を傾げる。
 それをじっと見たライル様は柔らかな表情で言った。

 「あぁ……可愛いな。」

 「え?」

 今度はライル様の手が伸びてくる。

 「大好きだよ…アンナ。
 君を守るためなら僕は……何者にだってなれる。」

 ライル様の手が私の頬に触れそうになった時、芝生を踏みしめる音が近くから聞こえた

 「ライル。」

 慌てて二人で声のした方を向くと、そこに立っていたのは、アルファ様だった。
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