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第4話 後悔ばかりの俺

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 次に俺の意識が戻ったのは、なんだかフカフカする場所だった。やわらかい感触と同時に強烈な臭いがして、低いうめき声みたいな音がきこえてきた。そこは広い屋根の下で、あたり一面、藁くずみたいなものと黒い物体が散乱していて、あまりの臭さに俺はえずきそうになった。
 俺は動物園を思い出した。

 俺の子どもたちがまだ小さい頃、よくつれていったっけ。

「モオ~。」

 向こうのほうから牛が何頭も、のそのそと俺に向かって歩いてきた。異世界にもふつうに牛がいるのか、と俺は思ったが遠近感がおかしかった。その牛は異様に大きくて、毛並はよくある白黒の斑だったが、ゆうに俺の知ってる牛の2倍くらいの大きさがあった。

 なるほど、でかいから糞もでかくてくさいわけだった。俺は妙に納得して藁の山から這い出て服を手でたたいてはらってから、牛小屋の出口に向かってゆっくりと近づいた。巨大な牛を刺激しないように気をつけながら。

 ここでなんだか俺は自分に最初の違和感を感じた。だが、それがなんなのかその時にはすぐにはわからなかった。


 このあたり一体は農村地帯のようだった。広大な畑がどこまでも広がり、なんだか野菜のような、でも見たことがない植物がたくさん植えられていて、俺はこの異世界でまともな飯が食えるのだろうかと不安にかられた。

 俺の不安とは裏腹に、まわりは本当にのどかな光景だった。畑のあちらこちらに大牛がいて、人といっしょに農作業をしている様子で、どうやら牛は図体が大きいだけでおとなしいみたいだった。天気も良いし、あまりにも普通の農村の景色に俺は拍子ぬけした。

「なにがゲーム風の異世界だ。」

 俺は手をふったり念じてみたりしたが、ステータスウインドウが開く気配も魔法が使える様子もまるでなかった。あの神さまオヤジは俺をこんな普通の田舎にとばしてなにがしたいのだろうか。

「俺、いったいどこに行けばいいんだ?」

 これがゲームなら何か目的や指示が与えられて、それをクリアしていけばよい話だが、あのうさんくさくていいかげんそうな神さまは、俺になんのヒントもくれやしなかった。農民たちも俺には無関心で、誰も話しかけてこなかった。

 道で農民たちとすれちがいざま、俺は気がついた。俺の視線の位置がおかしいことに。俺は慌てて自分の手を見、顔をさわり、まわりを見まわした。

「どこかに鏡は…あるわけないか。」

 田んぼのように水がはられているところがあり、俺は水面に自分の姿を写してみて、そしてかたまった。

「俺、こどもになってる!?」

 そこには10歳かそこらの少年がびっくり顔で映っていて、俺は自分の目を信じることができず、その場にへたりこんでしまった。

「好きな体を選べって言ったくせに。あのクソじじいめ…。」


 いきなりスタート地点の農場で行きづまり、しかもどうやら、あの神さまオヤジは俺に勝手に子どもの体をあてがったようだった。
 俺は深くためいきをつきながら上着のポケットに何気なく手をいれた。なにかやわらかいものが俺の手にあたり、いやな予感がしたが勇気をだして俺はそれをポケットからひきずり出した。



「あっはっはっはっはっ!」

 相手が大声で笑うものだから、まわりの客がみんな何ごとかとこっちを見ていた。俺は椅子から腰を浮かせた。

「ちょっと、笑いすぎですよ、恥ずかしい。」

「いや、すまんな。でも、ぷふっ。」

 相手はまだ笑い足りないのか、ずっとニヤニヤしていた。

「ポケットから子牛って、ふふっ、あははははっ! 貴様、面白すぎるぞ!」

 俺はその相手、大樹の下の雨やどりでついさっき知りあったばかりの、端正で優美な容姿をもつ青年の笑いのツボが不思議でしかたがなかった。ただ、そうやって笑うと青年のもつ冷たい印象が消えて、まるで子どものような笑顔になるのだった。
 俺はあまり青年に見とれないように気をつけながら椅子に座りなおした。

 ここは町の酒場だった。町と言ってもしょぼい雰囲気で、まともに飲み食いができそうなのはこの店くらいだった。


 説明する時間と文字数がもったいないから簡潔に言うと、あのあと、俺のポケットからは確かに牛が出てきたのだ。しかも手のひらサイズのまるっこい、まるで牛をデフォルメしたぬいぐるみみたいな牛だった。

「モ~! モ~!」

 甲高い鳴き声に驚いた俺は、背中に何かが当たって2度びっくりした。

「…ろう! …ぼうだ! よそ…だ! こう…だ!」

 背後から誰かが叫ぶ声がしたが、なぜか俺の耳にはよくききとれなかった。また俺の背中に何かが当たり、どうやら俺は子牛を盗もうとした犯罪者だと思われて石を投げられているのだった。石が頭に当たってはたまらないので、俺は子牛を地面に放り出すと頭をかかえてその場から逃げ出した。

 そのとたんに、こんどは急にひどく雨が降りだしてきて、農民たちは俺を追うのをやめた。俺は雨をしのげる場所を探して道を歩き続けているうちに、道端の大樹の下でこの青年と知り合ったというわけだった。


「それはテラスタイン種といってな、この地方の特産牛だ。子牛のうちはてのひらサイズだが、すぐに巨大に育って重宝するらしい。」

「はあ。お詳しいですね。」

「で、本題だが。」

 青年は歳ににあわない重々しい仕草で咳払いをすると、額をこちらに近づけてきた。なんだかよくわからないが、なぜか俺はすこしドキッとした。

「かくさなくていいぞ。実は貴様も応募者なのだろう? どうだ、私と組まないか?」

「は?」

 俺はまの抜けた返事をしてから、店の壁にかかっている大きな鏡を見た。そこにはなんの変哲もない、ごくごく普通の、平々凡々的な容姿と身なりの少年が映っていた。元の俺とは似てもにつかない姿だった。

 こんな子どもと組みたいって?

 そう言いそうになり、俺は慌てて自分の口を手で塞いだ。青年はそんな俺を不思議そうに見ていたが、すぐにまた身を乗り出してきた。

「いいか、応募はひとりでは無理で、ふたりひと組がきまりだ。私は貴様と組みたい。いやか?」

 俺は、目の前のまだ名前すら知らない青年の言うことの意味がさっぱりわからなくて、困りはてた。

「すみません、応募ってなんのお話ですか? 俺は、いや、僕は、ここがどこなのかすら知らないないんです。」

「ふふ。自分を安売りはしない、か。なるほど。だが、念のために確かめさせてもらうぞ。」

 青年はわけのわからないことを言ったかと思うといきなり立ちあがり、隣のテーブルに近づいて、そこでガツガツ飲み食いしていた大柄なひげ面の男たちの背後に立ち、俺を指さした。

「なあ君たち。あの少年が、君たちの食べ方が下品で汚くて不快だそうだ。しかもくさくてたまらないとも言っているぞ。」

 俺はその時、食事をおごると言われてこの青年にのこのこついてきたことに激しく後悔したのだった。
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