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Ep.3-2 《魅了の悪魔》

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ゆっくりと目を開けると、アーニャは以前ダリオと戦った時と同じフィールドに立っていた。
自身の足元に広がる青色のリング。
そして視線をゆっくりと前に向けると、赤いリングの中心に立つ人間がもう一人。

「……やっほ、また会ったね」

黒いジャージにミニスカートの彼女、リリアがこちらに向けて手を振っていた。
これからダリオ戦のような凄惨な戦いが始まるのだろうか。
少なくとも今はまだ、そんな雰囲気はまるでない。
だが観客席とモニターが繋がったその瞬間、周囲の空気が一変する。
静寂としていたフィールドに、わぁっと湧き上がる歓声が響く。

「キャー、リリア様ー!」
「リリア様ー! こっち見てー!」
「ジャージ姿も素敵ですわー!」

前の試合とは明らかに声色の違う、甲高い声援が会場を包む。

「うるさっ」

不意に漏らしたアーニャのその声は、歓声にかき消されて誰にも届かない。

(それにしても、なんだろう、アーティストのライブみたいな、黄色い歓声が多いような……)

そんな違和感を覚えながら、アーニャは左手側にある宙に照らし出されたモニターに視線を送る。
そこに映るのはファングッズをたくさん身につけた女性や、応援用の横断幕を持ってぴょんぴょん跳ねる女性達。
とにかく女性ばかりで、不思議なことに男性の姿はどこにも見えない。

(え……なに、あの子って本当にアイドルか何か……?)

響く歓声に耐えかねてアーニャは耳を塞ぐ。

「クランちゃんジューンちゃん、ちょっとボリューム大きいかもー!」

リリアがそう大声で叫ぶと、次第に観客席から聞こえる歓声のボリュームが小さくなる。

『し、失礼しました! いつもより歓声の周波数が高めなもので……あっ、実況のクランです! よろしくお願いします!』

『解説のジューンです。よろしく。それにしても、今日の観客席は普段見ない客層で埋まってますね』

その光景にはアーニャとて目を見張るものがあった。
先日の試合では観客のほとんどは男性だったが、今日はその逆。
観客席は女性だけで埋まっていた。

「ごめんねアーニャちゃん。私、男苦手でさ。私が出る試合には観客席に男入れないでって条件つけさせてもらってるの。もしかしてアーニャちゃん、男がいないと頑張れないタイプだったり……?」

「い、いや……そんなことは……」

そんなことはない、そんなことはないが……まだアーニャは目の前の異質な光景に慣れずにいた。

「そっか、良かった。男って汚いし、下品だし、目にも写したくないよね」

なんの悪びれもなく早口で男を卑下するリリア。
そんな異質さを感じる彼女に、すでにアーニャは気圧され気味だった。

「だから今日はこの前みたいな、下品な戦いにはならないから、安心して……ね?」

信じていいのかどうかよく分からないリリアのその言葉に、アーニャは何も返事をすることができずに黙り込む。

『さて、それではミオ様主催の最強王決定戦、第二回戦のファイターを紹介していきましょう! なんと今回はまさかの女性同士の戦いです!』

二人の会話を遮るように、クランの声が響く。

『赤いリングに立つ彼女は、みなさんご存知ミヨ様の所属するギルド《ナイトダンサー》所属! 若き実力者にしてミヨ様の一番弟子! ギルド一のファッションリーダーでありながら、一度戦場に出れば敵を追い詰め降伏以外の全ての選択肢を奪い取る! 冷徹なる姫、リリアーーッ!』

「……え?」

(ミヨがギルドに所属してて、リリアが、ミヨさんの一番弟子……? え、え……?)

知らない情報がたくさん出てきて、頭が混乱する。
周囲に響き渡る黄色い歓声が聞こえなくなるくらいに、アーニャは呆然として立ち尽くしていた。

『そして対する青いリングに立つ彼女は、なんとかつてミヨ様とペアを混んでいたエイミーさんが所属するギルド、《トリックオアトリップ》からの刺客! かつて世間を席巻したペアの弟子対決が今ここに開幕だぁ! 漆黒の暗殺者、黒ずきんのアーニャーーッ!』

アーニャの紹介が終わり、周囲がざわつく。

「え、あの子エイミーさんの弟子なの?」
「ど、どうしよう、私エイミーさんのことも好きだからどっちを応援したらいいか」
「ば、ばかッ! 私たちはリリア様の応援隊でしょ? リリア様を応援するの!」

どうやら、観客達のほとんどはアーニャの出自を知らず、困惑しているようだった

「あはは、変な空気になっちゃったね」

そんな中リリアは一人、困ったような顔を浮かべてはいるものの平然とした様子で周囲を見渡す。

「ねぇ、知ってるアーニャちゃん。ミヨさんとエイミーさんのペアって元々女性人気がすごくてね、二人が解散した時結構騒ぎになったんだよね」

それはアーニャも知っている。
アーニャだってエイミーの活躍を見て、フロンティアマッチの選手になろうと思ったのだから。

「エイミーさんはその後も表で活動を続けてたけど、ミヨさんは表に顔を出さなくなった。それで元々のミヨさんガチファンの一部は裏の舞台、ベータアリーナで活躍するミヨさんのところまで付いてきたんだって。すごいよね。それでその時のファンの幾らかは、同じギルドのメンバーである私のファンにもなってくれたみたい」

そう言われるとエイミーの名が出た時、観客席がざわついた理由にも納得がいく。
だがやはりアーニャはまだ情報の整理がつかず、言い返す言葉が何も出てこない。

『な、なんだか会場がざわついていますが、時間も押してるので開戦のカウントダウンといきましょうか! さぁ皆さんも一緒に! 10! 9! 8!』

目の前にホログラムで表示されたカウントダウンが表示される。
過ぎていくカウントをアーニャはぼーっと見つめていた。

『7! 6! 5!』

「そういえば勝手に弟子対決みたいに煽られてるけどさ、私もちょっと気になるんだよね。ミヨさんの元で戦ってきた私と、エイミーさんの元で戦ってきたアーニャちゃん、どっちが強いのか」

カウントダウンの最中も、リリアはアーニャに語りかけてくる。

『4! 3! 2!』

「だから、スポーツマンシップに則って、お互いがんばろーね」

そう言って軽くウィンクするリリア。
アーニャはパンと顔を両手で叩き、焦る心をリセットさせる。
そしてゲーム開始と同時に行動に移るための構えを取る。

「うん、絶対負けないから」

鋭いアーニャの視線を感じて、リリアはフッと微笑む。

『いち…………ぜろッ! 第二試合、始めッ!』

そして試合が始まる。
戸惑いを振り切って、アーニャは試合開始と同時に走り出す。
方向は真後ろ。
アーニャはリリアの動向を気にしながら、アイテムボックスが置かれた方向へと足を向ける。

『開幕と同時に両者、それぞれアイテムボックスの方向へ走り出しました!』

『今回は前回の戦いのような、先制攻撃はないみたいですね』

リリアの動きも同様で、アーニャが走る方向とは別方向のアイテムボックスへ駆け出していた。
彼女はダリオのように、武器を持たずとも戦えるような能力は持っていないのだろうか。
まだ油断はできない。
リリアの動向を気にしつつも、アーニャは足元にあるアイテムボックスを開く。
出てきたのはナイフだった。

(またこれか、こればっかだな……)

そんなことを心の中で呟きながら、アーニャは今一度リリアの動きを確認しようと後ろを振り向く。

「――ッ!?」

振り向いたその瞬間、顔の真横に鋭い風を感じ咄嗟に屈む。
直後、頭の上をびゅんと音を立てて何かが横切った。

「あれ、今の完全に決まったと思ったんだけど……すごいね、避けるんだ」

リリアが無邪気な顔でこちらに微笑む。
その手には長さ10メートル近くはある鞭が握られていた。

(速い……それに振り向くまで気配を感じなかった)

『おーっと! リリア選手の背後から狙った鞭の一撃をアーニャ選手ギリギリのところで躱したーッ! それにしてもリリア選手、あんな長い鞭を巧みに扱えるのはすごいですねー』

『そこは仮想世界だから現実の物理現象とは違うところはあるけど、それにしても最速の動きで鞭を手にして先制攻撃を仕掛けるリリア選手も、それを躱すアーニャ選手も流石ですね』

アーニャが一番驚いたのは、リリアの行動の速さ。
同じタイミングでスタートしたにも関わらず、リリアは先にアイテムボックスの中から武器を取り出し、さらにはアーニャに接近し攻撃を繰り出した。
ミヨの弟子ということもあって、リリアの能力はプロに近いレベルだとアーニャは確信した。

「まだまだいくよ」

リリアの攻撃は終わらない。
再び鞭を振り上げ、それを斜めに振り下ろす。
アーニャは体勢を低くし、その攻撃を回避する。
回避した鞭は威力をそのままに、少し遠くにあったアイテムボックスにぶつかり、それを遠くに吹き飛ばす。

(……っ、まさか!?)

そして今度は逆方向から鞭の一撃がやってくる。
それを華麗に回避するも、なにか悪い予感がする。
躱した鞭の一撃が、また遠くにあるアイテムボックスを吹き飛ばし、アーニャの予感は確信に変わる。

「やっぱり、武器を取らせないつもり?」

「あれ、気づいちゃった? まあ、もう遅いけどね」

『え、え? どういうことですか? どういうことですか解説のジューンさん!』

『リリア選手はアーニャ選手を狙って鞭を振っていたように見せかけて、本当はまだ開かれていないアイテムボックスを遠くに飛ばすのが狙いだったということですね。アーニャ選手は壁に追い込まれ周囲にアイテムボックスはない。遠距離から攻撃できるリリア選手に対して、アーニャ選手はナイフ一本で戦わなければなりません』

『な、なるほど……え、それってアーニャ選手ピンチじゃないですか?』

頬から一筋の汗が流れる。
ゲーム開始から1分足らず、アーニャはすでに追い込まれていた。

(まずいかも……)

今までベータアリーナで戦ってきた相手は、不正なしの正々堂々対等な勝負であれば負ける気はしなかった。
だが、ことリリアに関しては単純に戦闘センスが今までの敵とは桁違いだ。
アーニャは無意識にリリアのことを過小評価していたのかもしれない。
せめて先手を打とうと、アーニャはリリアの方向に一気に駆け出す。

「残念、もう積んでるよ!」

斜めに振り下ろされる鞭。
今度はアーニャを確実に狙った一撃。
素早いその一撃を、アーニャは横に転がって回避する。

「これで終わりじゃないよ!」

立て続けにアーニャを襲う鞭の連撃。
バチンバチンと地面を叩く音が鳴り響く。
しかしながら、皮膚を打ち付ける音はまだ響かない。

「あ、あれ……な、なんでっ……なんで当たらない!」

さっきまで自分が優勢だと思っていたリリアは焦りだす。
いくら鞭を振ってもアーニャはそれをすんでのところで躱し続け、それどころかアーニャは少しずつリリアとの距離を詰めてくる。

「その武器じゃ、大振りな攻撃しかできないからじゃない?」

どうやら相手を過小評価していたのはアーニャだけではなく、リリアもまたアーニャのことを過小評価していたようだ。
まさかこの状況から、自身の反射神経と身のこなしだけでここまで追い詰められるとは思っていなかった。
二人の距離がどんどん縮まっていく。
4メートル、3メートル……

「……ッ、ここで決めるッ!」

そして2メートルほどにまで近づいたその瞬間、アーニャは一気に距離を詰めめ、手に持ったナイフを一気に振り抜く。





「悔しいなぁ……この力、使わなくても勝てると思ったのに……」

「え?」

ナイフをそのまま振り抜けば相手の首を切り落とせるその位置で、アーニャの動きがピタリと止まる。
自分の意思が体に反映されない。

(なに、これ……何が、起きて……)

アーニャの視線は大きく見開いたリリアの瞳に吸い込まれ、視線を逸らすこともできない。

「――魅了の瞳。貴方は私に逆らえない。ナイフを捨てて、アーニャちゃん」

カラカランと床に金属が落ちる音が響く。
アーニャは全身に力が入らなくなり、膝から崩れ落ちる。
リリアはそんなアーニャのあごを掴み、クイと引き上げる。
視線だけは、決して逸らさせないように。

「ごめんねアーニャちゃん、表のルールだったら君の勝ちだったよ。そう、表のルールだったら……ね」

そう口にするリリアの体が変化していく。
頭からは山羊のような角が生え、背中からはコウモリのような羽が生え始める。
羽が生えるのと同時に全身の服がはだけ、リリアは禍々しいレオタードのような衣装に身を包む。

「く……お前も、亜人種……」

自由の効かない体で、アーニャは悔しそうに掠れた声を上げる。

「そう、サキュバスモード。えっちでカワイイでしょ」

リリアは自身の体を見せつけるように、その場でくるりと一回転してみせる。
そして動けないアーニャの体をぎゅっと抱き寄せ耳元で囁く。

「みんなが見てる前で、たくさん気持ちよくしてあげるからね」

「……ッ!」

耳元に息が当たるだけで、ブルっと体が震える。

(ダメだ、こんな……私は、まだ……ッ!)

顔を火照らせながらも、必死に抵抗の意思を見せるアーニャ。
だがその意思は体に届かない。
亜人種サキュバスの能力により魅了されたアーニャは、リリアの意思に逆らうことはできない。

「さて、裏の世界に迷い込んだ哀れな少女、アーニャちゃんのストリップショーを始めようか!」

カメラに映る羽交い締めにされたアーニャの姿。
湧き上がる観客たち。
ここからは対等な戦闘ではなく、一方的な陵辱ショーが始まる。
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