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Ep.3-9 《魅了の悪魔》

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ただ無意識に手を前に伸ばしていた。
そこに思考の余地などはなく、ただ本能の赴くままに、地面を這って手を伸ばす。
その手はいつしか、銀色に光るナイフの柄を握りしめていた。

「もう完全に私の勝ちで試合終了の雰囲気だったのに、まだ戦う意志を失ってなかったんだ……すごいね」

アーニャのそばまでやってきたリリアは、称賛半分、呆れ半分の思いでアーニャに近づく。
そしてもうほとんど戦闘する力など残っていないだろうアーニャの背中を踏みつけた。

「んぉ……っ!」

生理反応で嗚咽をあげるアーニャ。
数十分の間、連続絶頂を続けていたアーニャにまだ意思が残っていることにリリアは少し驚く。

『リリア選手、相手を戦闘不能にしない限り、この試合は終わりませんよ』

実況席からのジューンの声が響く。
相手を嬲るあまりにいつまでも試合を終了させようとしないリリアへの警告だった。

「はいはい。あそうだ、最後はそのナイフで自分の体、胸を切り裂いて終わりなんてどうかな? ほら、こっちを向いてアーニャちゃん。もう一度魅了をかけてあげる」

アーニャが長い連続絶頂をしていた間に、魅了の効果時間はとうに切れている。
もう一度魅了をかけるため、リリアはうつぶせに倒れているアーニャの体を両手でひっくり返す。
相手はナイフを持っているが、こんな満身創痍な体では脅威になりえない。

そう思っていた。

「――――ッ!?」

目の前に映る異常な光景に、リリアは息を呑む。
アーニャの両目が潰れていた。
双方の目から流れる鮮血。
もちろんリリア自身がアーニャにこんな傷を負わせるような攻撃をした覚えはない。
ベータの世界だからこそ再現されるそのグロテスクな表現に、リリアは一瞬思考が停止する。

(……これは、切り傷……? なんで…、意図せぬ事故……それとも……ッ! 自分の目を切り裂いた!?)

目が見えない。
それはすなわち、リリアの魅了の能力が効かないということ。

アーニャは自身の両目をその手に持ったナイフで傷つけ、うつ伏せの体勢のまま、ずっとリリアが近づいて来るのを待っていたのだ。
リリアがそれに気づき、その場から離れようとしたその瞬間、アーニャに肩を掴まれる。
その手を払い除ける間もなく、リリアの首にナイフが突き刺ささった。

「かっ、えほっ……まじか……」

喉の奥から血が溢れる。
例えバーチャルの世界とはいえ、痛みがフィードバックされるこの世界で、自身の目を犠牲にしてまでも勝利にしがみつくその執着心。
あんな小さな少女の体に隠れていた、そのおぞましい感情の一端を見て、リリアはどうしてか口角を上げて微笑んでいた。
そしてリリアの体が、光の粒となってパッと消える。

会場が静寂につつまれる。

『あ、え…………り、リリア選手ダウン! 勝者アーニャ選手です!』

「…………勝っ……た……?」

アーニャにはもう今起きている出来事が夢なのか、そもそも自分が意識を保てているのか、それすら定かではない状況だった。
だが、どよめく歓声が聞こえてきたところで、アーニャの意識はそこで完全にプツンと途切れた。


 ***


「ここは……」

目が覚めたアーニャは、目をこすりながら周囲を見渡す。
試合が始まる前にいた待合室だ。
室内にいるのは自分ともう一人、サキュバスの姿ではない私服姿のリリアがいた。

「あ、おはよ」

「……なんで」

どういうわけか、リリアの膝枕の上でアーニャは目を覚ました。
逃げるようにして重い体をゆっくりと持ち上げる。

「別に寝込みを襲ったりしないよー」

「なんであんたが……って、あれ試合は……?」

「大丈夫、アーニャちゃんの勝ちだよ。次の試合頑張ってね」

試合中とは打って変わって有効的に接してくるリリアがなんだか奇妙で、アーニャにはそれが不気味に見えた。

「それにしても……あーあ、まさかあそこから負けるとは思わなかったなー」

そうは言うものの、足をぷらぷらさせながらそう語るリリアは、まるでなんとも思っていなさそうに見えた。
そんな彼女の態度に、アーニャは苛立ちを隠せない。

「……本当に勝ちたいなら、最初の魅了の効果で私を殺せばよかったのに」

魅了の瞳の効果を受けた時点でリリアがアーニャにとどめを刺していれば、その時点でリリアの勝利は確定していたはずだった。
一方的に与えられるリリアの責めに耐え続けた結果アーニャは勝利を掴むことができたが、それは真剣勝負とは程遠いものだった。

「いやいや、そんなのつまらないでしょ。もともと私がサキュバスの能力持ってる時点で対等な試合じゃなかったんだしさ。じゃあせめて、ギャラリーが喜ぶようなショーを提供しないとね」

「……そう」

アーニャにとっては自身にかけられた呪いを解く為の負けられない試合だったが、リリアにとっては観客を喜ばせることに徹したショーであり、先ほどの試合はプロレスのような感覚だったのだろう。
彼女は勝利に執着していなかった。
だから最後の最後でアーニャは勝利を掴むことが出来たのだろう。

(はぁ……ベータアリーナに来てからこんな戦いばっかだ……)

アーニャはもう、先の戦いの結果について考えることをやめた。
どんな形であれ、勝利はできたのだ。
その結果が揺るがないのであれば、後はもうどうでもいい。

「あーっと……でもね、最初は本気で戦おうと思ってたんだよ? 表のルールでも、私はそれなりに強いって自負があったからね。ま、途中でこれは勝てないわと思って、サキュバスモード解禁しちゃったんだけど。まあ何が言いたいのかって言うと……」

今までずっとどこか遠くを見つめていたリリアが、アーニャの瞳をジッと見つめる。
まん丸とした宝石のようなその瞳は、たとえサキュバスの能力などなくとも見惚れてしまいそうになる。

「アーニャちゃんは強いよ。少なくとも私よりもずっと強い」

「え…………うん……」

なにか言い返そうと思ったが、何も言葉が出てこない。
ベータアリーナに来てから、単純に自分の実力を褒められたのは初めてな気がした。

「そう、アーニャちゃんは強い。強いんだけど……でもねー、悪いけどアーニャちゃん次の相手は多分……いや絶対勝てないと思う」

決して煽りではなく、本心で言っているのだろう。
だがアーニャの気持ちは変わらない。

「へぇ、心配してくれてるの? でも……相手が誰だろうと、私は――」

――負けない。
そう言葉を繋ごうとしたその瞬間、リリアの左手がアーニャの胸の方へ伸びる。

「――っ!? 何を!?」

それを焦って右手で掴むアーニャ。
続いてリリアの右手もアーニャの胸へと伸び、それを左手で止める。
両手の自由を奪われたアーニャは、そのままリリアに押し倒され、無防備になった口元に、リリアの唇が触れる。

「――ンぁッ!?」

そして口内に入り込んだリリアの舌が、アーニャの舌をチロリと舐める

「んぐぅうううッ!?」

ただそのひと舐めで、アーニャは両腕に力が入らなくなり、腰が抜けて立てなくなる。

「ふふーん、私も結構負けず嫌いだから、これは負けた腹いせの八つ当たり。ふふっ、無理だと思うよー? だってほら、アーニャちゃんの体、まーたこんなに敏感になっちゃったんだもん」

リリアは立ち上がり、待合室の床で快楽に打ちひしがれるアーニャを見下す。

「ま、私は一応アーニャちゃんのこと応援してるよ。頑張ってね。ああ、そうそう、またたくさん呪いかけられちゃったから、クランとジューンの二人がアーニャちゃんのこと呼んでたよ。メディカルチェックだってさ」

もう用事は済ませたのか、リリアは待合室を後にする。

「じゃーね、アーニャちゃん」

その言葉を最後に待合室の扉が閉まり、室内がしんと静まる。
物音のない室内では、ただ自分の荒い呼吸音だけが耳に響いた。

「はぁ、はぁ……く、そ……」

このベータアリーナで着実に実績をつけていく一方で、アーニャの体はどんどん快楽の呪いに蝕まれていく。
アーニャはしばらく立つこともできず、その場にうずくまり続けた。



~アーニャニ与えられた呪い~

『左胸の感度上昇』
『右胸の感度上昇』
『潮吹き量増加』
New『羞恥による快楽値の上昇量増加』
New『連続絶頂のしやすさ上昇』
New『口内の感度上昇』
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