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Ep.6-2《纏わりつく粘液》

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「ぐへへ~! 面白いもん見つけましたぜ~!」

整理整頓の行き届いていない小汚い酒場。
そこに陽気な声を上げながら、粘液状の生物が入店してくる。

「ンー? ドウしたの、ヒュルル?」

するとカウンターの奥から長身長髪の男が現れる。
男はたどたどしい口調で、粘液状の生物がいるすぐ横の椅子に座った。

「おや、今日はダリオの兄貴だけですかい?」
「ソウだネェ、他のメンバーは忙しイみたいダ……」

ここは金と欲望に忠実に動く者達、ギルド『蓑屋敷』のたまり場。
メンバーのほとんどは亜人種のアバターを使用し、ベータアリーナ内で金になりそうなことを見つけてはグレーな行為を繰り返す嫌われ者たちの集まり。

「で、面白いもンってなんダイ?」
「ほら、これ見てくだせえ」

ヒュルルはスライム状の体の中から腕輪端末を取り出し、そこに映る映像をダリオに見せる。

「ンー? 黒ずきンのアーニャァ……?」
「そうなんすよ! あの黒ずきんのアーニャが賭けプライベートマッチのコミュニティに参加登録してるんすよ!」

ダリオはかつてベータアリーナに現れ、対戦相手として戦った彼女のことを思い出す。
表のフロンティアアリーナで現役で活躍している選手が、急に裏の世界のベータアリーナに現れる、ある種の事件だった。

「ハァ、キミは純粋だネェ……ドウせ偽物だヨ……ホら、『黒ずきんのアーニャ』でマッチ登録していル選手を検索しタラ10人以上出てキたヨ?」

ため息をつき、ダリオは呆れた顔でクリュリュを見下す。

「いやいやよく見てくださいよ。登録してある写真のアバターはどう見てもあの黒ずきんのアーニャそのものですよ」
「アバターを似せて作るナンテ、ソコマデ難しいコトじゃないだロウ? 彼女は表の世界デもソコソコ有名人らしイからネェ……フロンティア内で彼女ノ真似してコスプレしてるヤツらをモウ何人モ見たヨ……アア、忌々シイ……」

あの大会以降、黒ずきんのアーニャがベータアリーナに現れたという話は聞かない。
ダリオは今でもなぜあの大会に急にアーニャが現れたのか理解できずにいたが、おそらくは主催者であるミヨが何かを仕組んだのだろうと見ている。

「で、でもでも、登録武器はナイフとハンドガンだけ。人型アバターでそれ以外の特殊能力等一切なし。こんな設定でベータアリーナのプライベートマッチに登録するやつなんていますかね……?」

それでもクリュリュは体をたぷんたぷんと動かしながら必死に主張する。

「ソれは確かニ、普通の人間体デ登録するナンテ珍しいネ」
「でしょでしょ? 本人を装ったロールプレイだとしても、負けたら金を取られる賭け試合でここまでロールプレイできる奴はいないっすよ! やっぱコレ本物のアーニャっすよ!」

賭け試合用のコミュニティでは、戦闘時に持ち込む武器、アイテム、使用するアバターなど細かに記載し、戦闘直前でそれらを変更することは許されない。
化け物の体や表の世界にはない特殊能力を持った者達がひしめくレギュレーションの中で、ナイフとハンドガンだけで戦おうとするのは最初から勝つ気がないか、あるいはよほど自身の戦闘センスに自信がある者のみ。
アーニャの登録情報をまじまじと見て、ダリオは少しだけ本物のアーニャである可能性を感じた。

「マー、ソノ可能性は限りなく低イと思うけどネ。キミ、試しにマッチ挑んデ見たらドウ?」
「ふっふっふ、もう申請済みですぜ。いやー俺もこの間の兄貴みたいに、このヌメヌメの体で黒ずきんのアーニャの体をもみくちゃにして見たいっすねぇ……ゲヘヘ」
「せいぜい負けなイようにネ。特殊能力ナシの標準アバターに負ケルとかギルドの恥さらしだからネェ」
「あれ、でも兄貴も前に負けましたよ――」

――ダンッ!

言葉の途中でダリオがクリュリュの体を踏み潰す。
その瞬間、粘液状の体が勢いよく周囲に散乱した。

「アレは舐めプしただけダヨ。本気デ戦っていたラ勝ってイたヨ」
「そ、そうですよねぇ……兄貴なら舐めプしなかったら余裕でしたもんねぇ……」

少しして飛び散ったクリュリュの体がゆっくり再生していく。

(でも、それはそれで普通に負けるよりタチが悪いのでは……)

そう思ったクリュリュだったが、ダリオの機嫌がさらに悪くなりそうだったのでそれ以上は口を慎むことにした。


 ***


「ほーら、早速対戦申請来たよ。スライムのクリュリュさんだって」
「早速人間じゃない……」

リリアはアーニャの体に身を寄せて、彼女の腕輪端末の表示を覗き込む。

「それはしょうがないよ。元々ベータのプレイヤーは亜人種アバターとかの特殊能力持ちが多いからね。私もそうだし。むしろ普通の人間の体で戦おうとする方が舐めプだと思われ兼ねないよ」

アーニャはダリオが使っていた蛇の体や、魅了の力が使えるリリアのサキュバス化の能力を思い出す。
このクリュリュという対戦相手も同様、もはや亜人の領域を超え手足の概念もない完全に不定形のモンスターだ。
ベータアリーナで活躍するプレイヤー達は、きっとそんな表の世界ではできないことに魅力を感じているのだろう。

「それにしても黒ずきんのアーニャのネームバリューはすごいね。それに加えて、あえてこちらは特殊能力を持っていないことを主張することで、アーニャちゃんの実力をよく知らないカモがたくさん釣れる。我ながらナ~イスアイデア!」

リリアが思いついたアイデアとはまさにそのこと。
アーニャ的には『黒ずきんのアーニャ』の名前はできるだけ使いたくなかった。
だが先ほど一回他の名前で登録したが一切見向きもされなかったのが名前を変えた瞬間対戦申請が来たので、自身のネームバリューにやや恐怖感のようなものさえ感じていた。

「でも本当に特殊能力持ち相手に勝てるのかな……」
「なに言ってるの、アーニャちゃんは私にも、それにあの悪名高いダリオにも勝ったんだよ? 負けるわけないじゃん」

正直に言えば、その二人に対してあまり勝ったという感覚はなかった。
二人とも勝利だけを目的に戦っていたら間違いなく負けていた戦いだった。

「それにこのクリュリュって人。あのダリオが所属してるギルドの下っ端だよ」
「あ、そうなんだ」
(なんだろう。そう言われると少し勝てる気がしてきた)

少なくともあのダリオより格下の相手だと分かると、アーニャの心に若干の余裕ができる。
そしてそのまま腕輪端末を操作し、プライベートマッチ申請の承認ボタンをタップした。
すると互いの了承が取れたことを伝えるダイアログが表示される。

そうして参戦することになったベータマイルを賭けたプライベートマッチ、アーニャの初対戦の日時は明日の夜に決まった。


 ***


黒ずきんのアーニャとダリオが戦った日のことを、クリュリュは今でも思い出す。
観客席からリアルタイムで試合を眺めていたクリュリュは、アーニャのその場違いな気品の高さに驚いた。
強くて可憐な彼女の姿に、最初はなんでこんな子がこんなアンダーグラウンドな場所にいるのかと何度も疑問を感じた。
ダリオの行為に嫌悪する表情、性的な責めを受けて恥じらう表情、何から何までクリュリュの好みだった。

(ベータ世界にも見た目が可愛い女は結構いるけど、大体ネカマかヤベェ女だからなぁ……)

そして今、目の前にあの黒ずきんのアーニャがいる。
指定の時間になり、ベータアリーナのプライベートマッチ部屋に飛ばされると、目の前にはすでに彼女の姿があった。

(間違いないねぇ……いや、俺が間違えるはずがねぇ……)

侮蔑にも近い感情を含んだ彼女の冷ややかな視線。
対戦相手であるクリュリュの経歴を見れば彼の人間性も見えるはず。
若い女性ばかりを対戦相手に選び、スライムの体で陵辱することを趣味にしているクリュリュを軽蔑している眼差し。

(ハハッ、こいつは最高だ……っ!)

その視線にクリュリュは興奮する。

「何でこんなところにいるのか知らないが、よろしくねぇアーニャちゃん」
「うん、よろしく」

人として認識すらしていないような、そっけない返事。
その態度さえもクリュリュの心を奮い立たせる。

(ああ、早くこいつが快楽に歪む顔が見てぇ……)

クリュリュの興奮は最高潮に昂っていた。
そしてしばらくすると全面コンクリートで覆われた二人しかいない空間に、機械音声のカウントダウンが鳴り響く。

3……2……1……

ゼロのカウントが表示された瞬間、互いにその場を跳躍し、二人の戦いが始まった。
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