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Ep.7-1《乙女達の復讐》

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「お金……ベータマイル……お金……」

腕輪端末から表示されるディスプレイを見つめるアーニャ。
そこに書かれた数値をじっと見つめても何が変わるでもないのに、アーニャはぼーっとそれを見つめていた。

「お金……ベータマイル……足りない……はぁ……」

フロンティアアリーナの隅のベンチに座り、アーニャは一人うな垂れる。

「やっぱりプライベートマッチ、やらないとダメかぁ……」

度重なる呪いを受けたアーニャがフロンティアの世界で活動するには、ベータ世界でしか入手できない感覚遮断グミがどうしても必要だった。
そしてそれを入手するにはベータ世界の専用通過、ベータマイルが必要であり、そのためにアーニャができることといえばベータ世界での賭けプライベートマッチくらいしか方法はない。
以前はスライムの体を持つクリュリュという対戦相手に辛勝し幾らかのベータマイルを入手することができたが、対戦中に新たに呪いを付与されてしまった。
呪いの影響を受けないようにするための戦いだったはずなのに、さらに呪いが増えるようでは本末転倒だ。
だからアーニャはもう一度プライベートマッチに参戦するかどうか悩んでいた。
これ以上以前のような思いはしたくないが、残りのグミの数は日々減っていくばかり。
頼みの綱のリリアもしばらくは忙しいらしく、自分の力でなんとかしなければならない状況だった。

「あぁー……お金ぇ……」
「あら、アーニャ様じゃありませんか」
「わわッ!?」

だらんとベンチに溶けたように座り込んでいると、不意に背後から声を掛けられ飛び上がる。
そこにはシックな灰色のドレスに灰色のロングヘアの女性がいた。
気品はあるのに目立ちすぎず、背景に馴染むような雰囲気の女性。
アーニャはそんな彼女とどこかで会ったことがあるような気がするものの、すぐには思い出せなかった。

「え、えーっと……すいません、あなたは……?」
「わたくしはエリィ。リリア様のファンの一人、と言えば伝わるでしょうか」
「あ、あぁ……」

(確かに、前に観客席でリリアの隣にいるのを見た気ような……見てないような……)

記憶を巡らすがそもそも取り巻き一人一人の顔など覚えていないので、もしかしたらいたかもしれないくらいの確証しか持てない。
ひょっとしたらあの灰色で統一された衣装はリリアより目立たないように意図したデザインなのかもしれない。
そんなことよりも、彼女もベータ側の人間だということに気づいたアーニャは少しだけ気を引き締める。

「何かお困りな顔をしてましたけど、どうかなさいました?」
「え、えーっと……」

相談していいものか悩む。
なにせ相手はほぼ初対面の相手。
リリアの取り巻きならばアーニャの素性をある程度は知っているだろうが、今二人の関係は友達の友達レベル。

「リリア様はアーニャ様のことをたいそう気に入っているようで、最近はいつもより声が明るくなりましたわ。そんなリリア様が大切にするアーニャ様が何か困っていることがあるなら…………このわたくし、全力で力になりますわ」

目をギラギラと光らせながら膝をつき、アーニャの手を優しく包むように握るエリィ。
そんな彼女の行動に戸惑いながら、なんとも逃げ辛い状況にアーニャは困惑する。

「え、あ、えーっと……じ、実は……」

とは言え困っているのも事実。
他に相談相手がいないアーニャは、気づけば今の現状を説明していた。

「なるほど、ベータマイルが必要なのですね」
「そ、そうなんです……恥ずかしながら……」
「で、何万ですの?」
「え……?」

そう言いながらエリィは自身の腕輪端末を操作し、ディスプレイに映るインターフェースを指で操作していく。

「とりあえず10万くらいならパッと出せますけど」
「ちょ、ちょっと待って!」
「不正防止のためこれ以上多額のお金のやり取りをすると運営に目をつけられてしまうので、物品での受け渡しならもう少し渡せますわよ」
「い、いや、そんなの急に受け取れないですよ!」

あまりにもあっさり大金を渡そうとしてくるエリィに、アーニャはただあたふたと慌てふためく。

「いいんですわ! だってアーニャ様はリリア様の…………えーっと、いわゆる推しですものね! リリア様の推しは私の推し! わたくし出せる分だけ出しちゃいますわ!」

ダウナーな雰囲気の衣装とは真逆で、甲高い声を上げながらグイグイと金を渡そうとしてくるエリィ。
やはり彼女もリリアの過激なファンの一人なのだと、アーニャは理解する。

「そ、それは嬉しいんだけど……それはちょっと嬉しさより申し訳なさが勝つというか……」
「なるほど、優しいお方なのですね。リリア様が気に入るわけですわ」

優しいというよりも、アーニャはただ軽い気持ちで貰うにはあまりにも大きすぎる額に戸惑っているだけだった。

「ならば決闘しましょう!」
「は……え……?」

あまりにも突飛すぎる提案。
アーニャはそろそろ彼女についていけなくなりそうだった。

「わたくしと賭けプライベートマッチをするんです。もちろんわたくし程度がアーニャ様に勝てるとは思いませんが、わたくしも一度アーニャ様とお手合わせしてみたいと思っていたのです。そしてアーニャ様がわたくしに勝ったら、お手合わせの代金としてアーニャ様はお金を受け取る。それなら幾らか健全だと思うのですが、どうでしょう?」

賭けという時点で健全なわけがないのだが、幾らか納得できる条件になったのも事実。

「ま、まぁ……それなら……」

ボソッと呟くように口にしたアーニャのその言葉を聞いた瞬間、エリィは大きく目を見開きぱあっと明るい顔になる。

「決まりですわ! じゃあ早速プライベートマッチの手続きをしましょう!」
「い、色々と行動が早いよ……!」

そうしてエリィは喜々としながらプライベートマッチの手続きを進めていく。

(相談してよかった……リリアの取り巻きの人ってことで警戒してたけど、悪い人じゃなさそう)

笑顔で手続きを進めていくエリィの横顔を見つめながら、アーニャはそう心の中で呟いた。
少なくとも、クリュリュのような過激な相手と戦わなくて済むのはアーニャにとってありがたいことだった。


 ***


高級感のある赤い絨毯を、天井から吊るされたシャンデリアが暖かい色で照らす。
ファンルームと呼ばれるその部屋にはいくつものソファやクッションがまばらに置かれ、数人の女性たちが各々好きなようにくつろいでいた。
その部屋の扉が開き、灰色の髪に灰色のドレスを身に纏う女性が部屋に入ってくると、それまで部屋の中にいた全員がそちらの方に視線を向ける。

「エリ姉どうだった?」

着崩した制服に金髪の女性が、灰色の彼女に声をかける。

「対戦の日時は明日に決まりましたわ」

灰色の彼女、エリィが微笑みながらそう答えると、室内がドッとどよめく。

「アハっ、ようやく来たね~この日が」
「ワクワクして今日は眠れないかもしれないッスよ~」
「浮き足だったらダメですよみなさん。って言っても、私もちょっと楽しみなんですけどね」

その報告を聞いて室内にいた女性たちは皆一様に楽しそうな顔で、それでいてニヤニヤと悪巧みするような表情を浮かべる。
ガヤガヤと室内が盛り上がってきたところでエリィはパンと手を叩き、室内の視線を集める。
そして微笑みながらこう口にした。

「ええ、明日はみなさん、予定通りにお願いします。私たちからリリア様を奪ったあの女狐を、みんなで懲らしめて差し上げましょう」
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