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Ep.7-2《乙女達の復讐》

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翌日。
アーニャはエリィに呼び出された場所へと向かった。
そこはベータアリーナがあるビルのすぐ近く。
この辺一帯は他所から見るとビルが立ち並ぶビジネス街を模したエリアのように見えるが、実際はベータアリーナの関係者が利用する施設がまとまっているらしい。
人気のない廊下の先、とあるビルの一室の前でアーニャは立ち止まる。
緊張しながら呼び出しのベルを鳴らすと、近くのドアから頭から足まで灰色に統一されたドレスの女性が顔を覗かせる。

「いらっしゃい、こちらですわアーニャ様」
「あ、はい、失礼します」

エリィに手招きされ室内に入ると、そこは白に統一された無機質なビルの廊下とは打って変わって赤を基調にした大きなリビングのような部屋があった。
ソファやクッションがまばらに置かれ、部屋の隅には大きなディスプレイやゲーム用の端末が置いてあり、一見共用のリラックスルームのように見える。

「あの、ここは……?」
「私たちがファンルームと呼んでいる場所で、いわゆるリリア様ファンの溜まり場ですわ。そこのディスプレイで過去のリリア様の栄光をみんなで見たり、あとは普通にリリア様のファン同士の雑談の場として使われることが多かったりしますわ」

過去の試合、という言葉を聞いてアーニャは少し背筋を凍らす。

(……ってことは、私とリリアのあの試合もここで色んな人に見られたのかな……)

そう思うと複雑な気分になる。

(そもそも、リリアのファンは私のことどう思ってるんだろう。エリィさんはかなり好意的に見てくれてるみたいだけど……)

そんなことを考えていると、部屋の中にいた一人の女性とアーニャの視線が交差する。

「あ、黒ずきんのアーニャじゃーん!」

制服を着崩した感じの衣装に金髪のギャル風の衣装の女性が、アーニャの方へ近づいてくる。

「すご、本当に来た! え、本物? ねぇねぇ普段はリリア様とどんなこと話してるの?」
「え、えと……」

彼女はズカズカとアーニャの方へ近づいてきて、アーニャの姿を色んな角度から覗いてくる。
基本的に人付き合いがあまり得意ではないアーニャは、自身と真逆そうな性格の彼女に警戒心を抱く。

「こらこら、ショーコさん、お行儀が悪いですわよ?」
「え~、いいじゃん滅多にない機会なんだから色々お話しさせてよ~」
「物事には順序というものがあってですね」

アーニャが困惑していると、二人の間にエリィが割って入る。
だが今度は後ろから不意に、アーニャの服の袖をクイクイと引っ張られる。
振り向くと、そこには黒いキャップを被った小柄な少女がいた。
ブカブカなTシャツに細い足の形がくっきり見えるスキニージーンズというラフな格好をした少女は、カメラ型の端末を手にアーニャの顔を上目遣いで見上げる。

「あ、アーニャさん、アーニャさん! しゃ、写真撮ってもいいっすか!?」
「しゃ、写真……? え、えーっと……」
「メルカさんも急にそんなグイグイ来たらダメですわ。アーニャさんが困ってるじゃありませんか」

ここにもエリィが割って入って止めにかかる。
だがアーニャに寄ってくる二人の好奇心は止まらない。

「ねぇねぇせっかくだから私とお話しようよ~。リリア様の裏では結構おっちょこちょいなエピソードとか、私結構知ってるよ」
「一枚だけ、一枚だけでいいから撮っちゃだめっすか!?」
「あ、あぅ、えーっと……」

いきなり目に映る人の数がドッと増えて、アーニャはどうしたらいいか分からず助けを求めるようにエリィに目配せをする。

「と、とりあえず向こうの席へ移動しましょうか。詳しいお話はそちらで……」

エリィに腕を引かれ、アーニャは部屋の隅にあるパーテーションで隔離されたテーブル席へ連れていかれる。
ついてこようとするファンルームのメンバー達を押しのけて、ようやく二人で会話できる状況になると互いにはぁとため息をついた。

「先ほどは失礼しました。実は昨日、ファンルームの皆さんにアーニャさんとお手合わせすることを自慢してしまって……そしたらですね、ファンルームの皆さん、ずるい私もと言って聞かなくて……」
「な、なるほど」

ようやくアーニャはこの状況を察する。

「急にこんな場所にお呼びしてしまって、不快ではありませんでしたか?」
「ま、まぁ……一応好意的に思ってくれているみたいなので、不快ではないです」

そう言うとエリィの顔がパァっと明るくなる。

「流石はアーニャ様! 寛大な心の持ち主ですわ! それで…………お手合わせの件、彼女達も一緒によろしいでしょうか? もちろんベータマイルの額は弾ませますので」

一瞬思案を巡らせるが、それでベータマイルが手に入るなら断る理由はない。
そう思ったアーニャは、快く首を縦に振る。

「まぁ、そのくらいなら」
「ありがとうございます! なんて心のお優しき方! 流石はあの黒ずきんのアーニャですわ!」

(おだてられすぎて、なんか恥ずかしくなってきた……)

ムズムズとした感情が渦巻く一方、ご機嫌な様子のエリィは早速と立ち上がり、まるでエスコートするかのような手つきでアーニャの手を取る。

「それでは、アーニャさまこちらへ。オペ子さん、準備を」
「はーい」

エリィが部屋の隅でPCのような端末を操作する女性に声をかけると、淡白な返事が戻ってくる。
そしてオペ子と呼ばれた赤いファッションメガネに片編み込みのショートヘアの彼女は、何やらカタカタとキーボードを叩き始めた。

「オペ子さん? って名前なんですか」
「はい、あだ名ですけどね。プライベートマッチのオペレーター役をよくやるので気づいたらオペ子って呼ばれるようになっちゃいました」
「プライベートマッチのオペレーター……?」

あまり馴染みのない言葉が聞こえてきて、アーニャは首を傾げる。

「私たちリリア様と仲が良いこともあって、プライベートマッチの設定をちょっと強めにいじれる権限をベータアリーナの運営から貰ってるんです。例えば……アーニャさん、プライベートマッチの設定なんですけど快楽値の設定は無視でいいですよね?」
「え、そんなことできるんですか? いや、そもそもなんで知って……」

快楽値の設定を無視できる。
それはすなわち、呪いによる影響も感覚遮断グミによる対策も考慮しなくていいという事になる。
だがそもそも、彼女たちが自分の事情を知っていることにアーニャは不信を抱く。

「アーニャさんとリリア様の試合を見てますから、アーニャさんの呪いのことは知ってますよ。それに、感覚遮断グミ買いだめしてるリリアさんの姿も見たことありますから。あれってアーニャさんの為に買ってたんでしょう?」
「ま、まあ……そんなとこです」

確かに呪いの件は彼女達であれば知っていてもおかしくないが、それはそれとして呪いの件が周知されていることに、改めてアーニャは小恥ずかしさを感じていた。

「よし、設定完了です。対戦ルールの設定こんな感じでよろしいでしょうか?」

そう言ってオペ子が端末のディスプレイをアーニャとエリィの方に見せる。

「ありがとうございますオペ子さん。プライベートマッチの細かい設定は私たちには難しくて、いつもオペ子さんにはお世話になってるんですわ」
「なるほど」

最初はプライベートマッチのオペレーターと言われてもしっくり来なかったアーニャだったが、確かに体感フィードバック等細かいところを自前で調整できるのは心強い。
むしろ今は普段の賭けプライベートマッチの環境よりも快適に対戦ができることに心を踊らせていた。

「私もルールを確認して良いですか?」
「ええ、何か問題があればオペ子さんが対応してくれますわ」

何度となく痛い目にあってきたアーニャは対戦ルールの細かいところまで確認して、問題ないか確認する。
目を凝らしてルールの全文を確認したが、こちらが一方的に不利になるようなルールはなさそうだ。

「確認しました。ルールの方、問題ないかと」

そう言うとエリィは手を合わせてニッコリ笑う。

「それでは準備はよろしいですか、アーニャ様」
「はい、いつでも」
「じゃ、転送開始しますね」

オペ子がキーを押したその瞬間、アーニャの体が淡く発光し視界が真っ白になる。
そして一瞬の浮遊感を覚えた後、プライベートマッチの戦場へと転送される。
転送されたのはまるで廃墟のような、無数のオブジェクトがでたらめに立ち並ぶ対戦エリアだった。
ステージ全体は個人戦で戦うにはやや広めの空間に感じた。

(複数人対戦用の廃墟ステージ……いつものフロンティアマッチ用に使われるステージだけど、そう言えば手合わせってどんな感じで始めるのか確認とってなかったな。順番に正面からの殴り合い……とか?)

姿勢を低くして待機していると、どこからか甲高い声が響く。

「アーニャさま~!」

遠くから聞こえるエリィの声。
その声は複数のオブジェクトに反芻して、正確な声の出所を掴めない。

「アーニャさま~! 騙して申し訳ありませんが3対1で行かせて頂きますわ~!」
「は、え……?」

明るい声で伝えられる事後報告。

「ごめんねぇ~、まあちょっとしたハンデだと思って楽しんでよ。アーニャちゃんもギリギリのバトルの方がやる気でるっしょ~?」

続いてショーコと名乗った彼女の声もどこかから聞こえてくる。
だがやはりその姿は見えない。

「とうことで、バトルスタートっすよ!」

そんなメルカの声が聞こえたのと同時にアーニャは背後から視線を感じ、反射的に真横の遮蔽物に体を隠す。
直後、さっきまでアーニャがいた位置を銃弾が突き抜けた。

「ありゃ、今の不意打ちは絶対に当たったと思ったんっすけどねぇ」

銃撃が飛んできた方向から聞こえるメルカの声。
不意の出来事が立て続けにやってきて、呼吸を切らすアーニャだったがその心は意外にも落ち着いていた。

「……へぇ、なるほど、そういうやつね」

状況を理解したアーニャはニヤリと頬を緩ませる。
元々正々堂々の手合わせなんてやる性分じゃないアーニャにとっては、こういったなんでもありの勝負の方がむしろやりやすい。
フィールド全体を利用して、全員倒せばこっちの勝ち。
馴染みのある、分かりやすいルールだ。

「……いいよ、やってやろうじゃん」

アーニャはその勝負に意を唱えることなく、受け入れることにした。
それが彼女たちの、罠だとも知らずに。
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