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エピローグ/後日談
32:つなぐ未来に⑥
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「シア」
「わかってはいるの、家を継ぐことは大切なことだもの。だから今回、王都に呼ばれた時に思ったの。ああ、お相手のことなのかしらって。そう思ったら、もう止められなくて、ずっと、ずっとそのことを考えてしまって。ごめんなさい、本当は、もっとちゃんと早く、話し合うべきだったのに」
「話し合いなど必要ない」
「!?」
シアの絶望に満ちた顔に、違う、と首を振ってエルナドはその肩をつかんだ。
「聞いてくれ、シア。違う。私は他の女を娶る気は一切ない、シア以外に触れる気などない。そういう意味で話し合いなど必要ないということだ」
明日以降にしようと思っていたけれど、目の前の真っ青な顔をして不安に震えているシアをこのままにしておけなかった。自分が悠長すぎた。こんなにも、シアを苦しめていると思わなかったから。
懐から腕輪を取り出す。銀に青の宝石が埋め込まれたそれは、目に見えぬ魔力の波動を静かに放っていた。
「……これは?」
「王から賜った。……子を成すために、私とシアの魔力の均衡を崩すものだと」
「魔力を、すごく感じるわ……大丈夫なの?」
シアの視線が腕輪に注がれる。その後ゆるやかに瞬きをして、それからエルナドの顔を見つめた。
「昔から、魔力の強すぎる者同士は子を成しにくいと言われている。……だからこそ、シアの言うように一夫多妻制がとられることもあった。確かにきみも私も、共に魔力を多く持つ家の出身で魔力過多だ。しかも白と黒。波長が違いすぎて、おそらくそれが……子が出来にくい理由だと思われる」
まるで報告書を読むような、できるだけ淡々とした口調で告げる。事実だけを冷静に伝えるように。
静かに語られるその言葉を、シアは黙って聞いていた。目を伏せたまま、じっと下を向いて黙っている。指先が、膝の上でぎゅっと握られていた。
「だから一方の魔力を増幅させる。そうすれば、と王から下賜された」
「エル、でも」
「危険はあるのかもしれない。でも――私は、きみとの子が欲しい。シア、きみと私の血を分けた子が」
「エル……わたし、わたしもね」
シアの頬に一筋だけ涙が流れた。
「あなたとの子が欲しい。あなたとわたしの血を分けた、未来を繋ぐ子が欲しいの」
エルナドはシアを手のひらの腕輪を見下ろした。
王は三日三晩そのために空けろと下世話なことを言っていたな――と一瞬思い出し、すぐに霧散させる。
どうせあの王の言うことだ。からかっていたのだろう、本気にするべくもない。
「でも、その腕輪はわたしがつけるわ」
「シア?」
「貴方に何かあったら嫌だもの、だから」
「それは、私も同じだ」
「でも、わたしはっ」
そっと唇を重ねて、エルナドはシアの言葉をふさいだ。
一瞬シアの身体がひくりと固まった、その瞬間、エルナドは迷わずその腕輪を自らの手首にはめた。
「! エル、ずるいわ」
「……優しく、愛せないかもしれないが」
「……っ!」
部屋の空気がふわりと震えた。青い宝石が脈打つように淡い光を放ち始める。
抱きかかえたまま、そっと寝台にシアを仰向けに横たえる。自分の身体から魔力がゆらりとあふれ出て、やわらかくシアを包んでいくのがわかる。
「あなたの魔力、すごく感じる。いいの、……ねえ、エル。わたしあなたになら本当に何をされてもいいの」
だから、抱いて。わたしを孕ませて。
囁かれ、身体が熱くなる。しかし意識が朦朧としたり暴力性が増すわけではなかった。やや心配していたが、そういうわけではないらしい。
ただ自分の感覚がひどく研ぎ澄まされていくのがわかる。指先でシアの身体に触れれば、それだけで柔らかで甘やかなその魔力が自分に溶けていく。自分の身体がシアの身体と、まるで一体となっているような感覚がするのだ。
「んっ……」
シアも、普段となにか違うとかんじているようで、指先で頬に触れただけで、体をよじり頬を赤らめている。守るべきもの、愛おしむべきもの。目の前の小さな体をいつも以上に、ひどく儚く美しく感じた。
「シア」
腕を伸ばす。呼吸が浅い。シアのうっとりとした瞳に自分が映っている。
想いを溶かすように、そっとその瞼に口づければ、シアは甘い吐息を口から吐き出す。
王の言っていた言葉通りになるなど、その時のふたりはまったく予想していなかった。
「わかってはいるの、家を継ぐことは大切なことだもの。だから今回、王都に呼ばれた時に思ったの。ああ、お相手のことなのかしらって。そう思ったら、もう止められなくて、ずっと、ずっとそのことを考えてしまって。ごめんなさい、本当は、もっとちゃんと早く、話し合うべきだったのに」
「話し合いなど必要ない」
「!?」
シアの絶望に満ちた顔に、違う、と首を振ってエルナドはその肩をつかんだ。
「聞いてくれ、シア。違う。私は他の女を娶る気は一切ない、シア以外に触れる気などない。そういう意味で話し合いなど必要ないということだ」
明日以降にしようと思っていたけれど、目の前の真っ青な顔をして不安に震えているシアをこのままにしておけなかった。自分が悠長すぎた。こんなにも、シアを苦しめていると思わなかったから。
懐から腕輪を取り出す。銀に青の宝石が埋め込まれたそれは、目に見えぬ魔力の波動を静かに放っていた。
「……これは?」
「王から賜った。……子を成すために、私とシアの魔力の均衡を崩すものだと」
「魔力を、すごく感じるわ……大丈夫なの?」
シアの視線が腕輪に注がれる。その後ゆるやかに瞬きをして、それからエルナドの顔を見つめた。
「昔から、魔力の強すぎる者同士は子を成しにくいと言われている。……だからこそ、シアの言うように一夫多妻制がとられることもあった。確かにきみも私も、共に魔力を多く持つ家の出身で魔力過多だ。しかも白と黒。波長が違いすぎて、おそらくそれが……子が出来にくい理由だと思われる」
まるで報告書を読むような、できるだけ淡々とした口調で告げる。事実だけを冷静に伝えるように。
静かに語られるその言葉を、シアは黙って聞いていた。目を伏せたまま、じっと下を向いて黙っている。指先が、膝の上でぎゅっと握られていた。
「だから一方の魔力を増幅させる。そうすれば、と王から下賜された」
「エル、でも」
「危険はあるのかもしれない。でも――私は、きみとの子が欲しい。シア、きみと私の血を分けた子が」
「エル……わたし、わたしもね」
シアの頬に一筋だけ涙が流れた。
「あなたとの子が欲しい。あなたとわたしの血を分けた、未来を繋ぐ子が欲しいの」
エルナドはシアを手のひらの腕輪を見下ろした。
王は三日三晩そのために空けろと下世話なことを言っていたな――と一瞬思い出し、すぐに霧散させる。
どうせあの王の言うことだ。からかっていたのだろう、本気にするべくもない。
「でも、その腕輪はわたしがつけるわ」
「シア?」
「貴方に何かあったら嫌だもの、だから」
「それは、私も同じだ」
「でも、わたしはっ」
そっと唇を重ねて、エルナドはシアの言葉をふさいだ。
一瞬シアの身体がひくりと固まった、その瞬間、エルナドは迷わずその腕輪を自らの手首にはめた。
「! エル、ずるいわ」
「……優しく、愛せないかもしれないが」
「……っ!」
部屋の空気がふわりと震えた。青い宝石が脈打つように淡い光を放ち始める。
抱きかかえたまま、そっと寝台にシアを仰向けに横たえる。自分の身体から魔力がゆらりとあふれ出て、やわらかくシアを包んでいくのがわかる。
「あなたの魔力、すごく感じる。いいの、……ねえ、エル。わたしあなたになら本当に何をされてもいいの」
だから、抱いて。わたしを孕ませて。
囁かれ、身体が熱くなる。しかし意識が朦朧としたり暴力性が増すわけではなかった。やや心配していたが、そういうわけではないらしい。
ただ自分の感覚がひどく研ぎ澄まされていくのがわかる。指先でシアの身体に触れれば、それだけで柔らかで甘やかなその魔力が自分に溶けていく。自分の身体がシアの身体と、まるで一体となっているような感覚がするのだ。
「んっ……」
シアも、普段となにか違うとかんじているようで、指先で頬に触れただけで、体をよじり頬を赤らめている。守るべきもの、愛おしむべきもの。目の前の小さな体をいつも以上に、ひどく儚く美しく感じた。
「シア」
腕を伸ばす。呼吸が浅い。シアのうっとりとした瞳に自分が映っている。
想いを溶かすように、そっとその瞼に口づければ、シアは甘い吐息を口から吐き出す。
王の言っていた言葉通りになるなど、その時のふたりはまったく予想していなかった。
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