婚約破棄された妹が魔王になったので、聖女のわたしも悪女になります

monaca

文字の大きさ
4 / 15

04 魔王誕生

しおりを挟む
 塔の屋上が近づくにつれ、フェリシアたちの耳に、男女の争う声が聞こえてきた。

「なんでわかってくれないの?」
「貴様こそ、無茶なことを言うな。
 そもそも立場をわかっていない」
「立場ってあなた、自分こそわかってなくない?
 アタシの言うとおりにやりなさい」

 女のほうは妹マリーの声だ。
 長い螺旋階段を登ってきた疲れも忘れ、フェリシアは屋上へと走る。
 彼女を守るように近衛兵も併走する。

「マリー! あなた無事なの?」
「お姉ちゃん!」

 視界が開けると同時にフェリシアが叫び、その声に気づいたマリーが駆け寄ってきた。
 誕生日パーティで見たのと同じ、白いドレスを身にまとった妹を見て、フェリシアは安堵する。

「よかった……。
 魔王に身体をのっとられたかと心配したのよ。
 さあはやく、帰りましょう。
 あとのことはお姉ちゃんに任せて――」
「ぐうう、貴様ッ! 聖女だな?」
「え?」

 マリーが急に苦しみだした。
 いまの声は、男の声?
 困惑するフェリシアのまえで、マリーのドレスがみるみる漆黒に染まり、ガウンのような形状に変化する。

「下がるんだ。
 こいつはもう、貴女の妹ではない」

 近衛兵がふたりのあいだに割って入り、フェリシアを下がらせた。
 腰の剣を抜き、マリーだった黒い何者かと対峙する。

 それは、頭から角を生やしはじめた。
 髪も、きれいだったマリーの長い金髪から、長さはそのままで真っ黒に変化した。

「ま、マリーはどこ?
 あの子をどこへやったの?」

 最後に背中から悪魔のような翼を生やすと、それは大きく羽ばたいて、フェリシアたちから距離をとった。
 風圧で飛ばされそうになる彼女を、近衛兵が片手で掴んで留まらせる。

 バサバサと塔の上空にそれは浮かんだ。
 封魔の塔の屋上は、ドーム状に結界が張られており、そのまま飛び去ることはなさそうに思われた。

 それは両目を紅く光らせ、塔が震えるような低く響きわたる声を発する。

「我の復活に立ち会えたこと、光栄に思うがよい。
 我は魔王、リシャールである」

 なんてことだろう。
 フェリシアは言葉を失った。
 間に合わなかったのだ。
 妹は魔王に、その身体を奪われてしまった。

 さっきの言い争いが、マリーの最後の抵抗だったということか。
 あとすこし、あとすこしはやく到着していれば。
 気を失っていた自分が本当に情けない。

「聖女、貴女は下へ。
 こうなったら手には負えまい。
 王都へ戻り、殿下と守りを堅めるのだ」
「でも! あなたは?
 あなたこそ魔王を相手にどうするつもり?」

 フェリシアは近衛兵の背中に問いかけた。
 だが彼は、それには返事をしない。

「いいから、はやく!」

 死ぬつもりだ。
 フェリシアには彼の覚悟が伝わってきた。
 近衛兵という立場を考えれば、ここで生き延びて王都の防備に加わるのが正しいのかもしれない。
 でも彼は、聖女フェリシアを逃すことを優先してくれている。

 それは、彼自身よりも聖女が生き延びることのほうが王都のためになるという非情な判断?
 いや違う。
 フェリシアには、ここまでの彼の自分への振る舞いを見ていると、どうしてもそうは思えなかった。
 女性を護ることが、彼にとって自然な行為として身についているのではないだろうか。

 そんな彼を、ここで死なせたくないとフェリシアは願った。
 強く、強く願った。

 すると――
 フェリシアの全身から、真っ白な光が広がった。
 彼女自身も見たことがないほどに、彼女に宿る加護の力が溢れてきたのだ。

「これは……?」
「ぐうう、やめろ聖女……!
 その力を我に向けるのではない」

 向けたつもりはなかったが、フェリシアから広がる輝きが屋上全体を照らし、魔王をも包み込んでいる。

「や、やめ……ろッ!」

 上空の魔王が大きく叫ぶと、彼の髪の色が金髪に戻り、顔もマリーのものに変化した。
 漆黒のガウンも形状がまた変わり、漆黒のドレスになる。

「マリー……なの?」
「あ、お姉ちゃん!」

 頭に角を生やし、漆黒のドレスをまとったマリーが、悪魔の羽で空に浮かんでいる。
 さっきまでの魔王リシャールではないが、完全にマリーに戻ったようにはとうてい思えない姿だ。

「マリーあなた、元に戻れたの?
 その角とか羽とかも、ちゃんと消せる?」
「あー……ううん、消せないみたい。
 なんだろうこれ。
 アタシ、魔王になった?」

 マリーは笑った。
 その笑顔は、かつての彼女の可愛らしい笑顔ではなく、口の端をきゅっと上げて尖った歯を見せる、悪魔のような笑みだった。

 そんな彼女の体内から、男の声が響いてくる。

「おい、貴様!
 我の身体を返すのだ。
 魔王リシャールの復活の邪魔をするでない」
「いやよ」

 マリーが、まるで友達におもちゃを渡したくない子どものように無邪気な声で断った。
 ぐうっ、と体内の男がうなる。

「だってあなた、サミュエルを殺すの断るって言ったじゃない。
 交渉決裂よ」
「いや、あれはだから、説明したではないか。
 あの王都は聖女の加護で守られているから、我にもなかなか手を出しにくいのだ。
 ほかの国ならいくつでも落としてやる。
 だから我に身体を渡せ」
「やーだ」

 マリーはバサっと羽ばたき、飛ぶのを楽しむように塔の上をぐるりと回った。
 フェリシアと近衛兵は、彼女が敵か味方か判断がつかず、回る様子を警戒しながら見ている。

 何周かして、飽きたのだろう。
 ぴたりと止まったマリーは、下にいる姉に向かい、

「ごめんね、お姉ちゃん。
 アタシこうして魔王になれたから、やっぱりあのクズを殺しにいく。
 まだ慣れてないし、すこし時間かかりそうだから、あいつにせいぜい首を洗っておくように伝えてね。
 以上、魔王マリシャールからの宣戦布告よ」

 そう言って邪悪に笑った。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は

だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。 私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。 そのまま卒業と思いきや…? 「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑) 全10話+エピローグとなります。

私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします

ほーみ
恋愛
 その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。  そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。  冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。  誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。  それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。  だが、彼の言葉は、決定的だった。 「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」

「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。 広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。 「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」 震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。 「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」 「無……属性?」

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

処理中です...