婚約破棄された妹が魔王になったので、聖女のわたしも悪女になります

monaca

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14 魔王の依り代

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「サミュエル。
 ああ、このときを夢見ていたわ!」
「ひっ」

 ゆっくりと歩み寄る魔王に恐怖し、サミュエルが馬の背中からずり落ちる。
 フェリシアたちが見ている目のまえで落馬し、したたかに地面で尻を打った彼は、情けない声をだした。

「あらあら、落ちたショックで死なないでね。
 これからアタシがゆっくり殺してあげるんだから」
「わ、わあああ!」

 長い爪を天に向けながら邪悪に笑うマリーに、サミュエルは腰を抜かした。
 地面に這いつくばり、必死に門へと戻ろうとする。

「待ちなさい、逃がさないわ」
「ま、待つわけないだろっ!」

 追いすがるマリーに吐き捨て、彼はどうにか逃げ込もうとして門のなかに手を伸ばした。

 が、

 バチンという大きな音と衝撃で、サミュエルは門から弾かれた。

「ぎゃああああ!」

 のたうち回る彼の手の先からは、聖なる青い炎が立ちのぼっている。
 手首から先が焼け落ちたのだ。

「あ、熱い……!
 なんでおれに加護が発動するんだ?
 なんで、なんでだよ!」

 マリーはそんな彼の姿を見て、事態を把握したようだった。
 門のなかに逃げ込む彼を追いかけていた足をゆるめ、ゆっくりと余裕をもって、追いつめる。

 フェリシアは、彼女の肩を掴んでいるボードマンを見上げた。
 眼前で起こっていることが信じられない。
 なぜ加護の力が、王家の者であるサミュエルに対して発動しているのだろう。

 そんな彼女の視線に気づいたボードマンが教える。

「これが天罰だよ。
 私たち近衛兵は、殿下を見限った」
「王太子を、見限った……」
「ああ、国王の了承も得ている。
 近衛兵が守るのは国だ。
 国を害する存在は、たとえそれが王族であっても許さない。
 そしてそれは、貴女の加護の力も同じなんだ。
 神様から見放された彼は、もはや門を通ろうとすると聖なる炎に焼かれるただの外敵になったんだ」

 右手の先を失ったサミュエルが地面で苦しんでいる。
 彼の悲鳴に驚いた馬が、マリーのいるほうを避けて王都のなかへと逃げ込んできた。
 馬はすんなりと加護のなかに入れた。
 たしかに、神様は選別をなさったということだ。

 国にも神にも見捨てられたかつての婚約者のそばに立ち、マリーがいう。

「サミュエル……憐れなひと。
 アタシを捨てたばかりに、なにもかもから見捨てられて。
 どう? 後悔してる?」
「……くっ」

 屈辱と苦痛に顔をゆがめながら、サミュエルが立ち上がった。
 髪を振り乱してマリーに毒づく。

「お、おまえだって人間をやめているじゃないか。
 このままおれを殺したところで、姉のもとに戻ることは叶わないぞ、馬鹿女!」
「あ、そう」

 マリーがハエを払うようなしぐさで手を横に薙ぐと、サミュエルは城門に向かって吹っ飛んだ。
 背中からもろに加護を受け、全身が燃え上がる。

「ぎゃああああ!
 おれの身体が、おれの身体が灰になる!」
「あはは。
 クズのあなたがゴミ屑になるのは爽快ね。
 ……ね、リシャールもそう思うでしょ?」

 マリーは、おのれに宿る魔王の意思に問いかけた。
 姉であるフェリシアの目には、人間をやめたと言われた彼女が、唯一の仲間に同意を求めたように見えた。

 しかし、魔王の声は静かに答える。

「マリーよ、その人間を殺すのはしばし待て。
 クズはクズだが、使い道はある」
「どういうこと?
 アタシはこいつを絶対に許さないって言ったのよ」
「まあ聞け。
 我に考えがあるのだ。
 とにかくそいつの身体を灰にはするな」

 その言葉を聞いたマリーは、燃え尽きて苦しみから解放されつつあるサミュエルの身体を引っ張り、城門から離した。
 まだわずかに息がある。

 マリーの目を通してそれを確認した魔王リシャールが言った。

「よし、これならいけそうだ。
 この身体を我のあらたな依り代としよう。
 マリーよ、貴様は人間に戻れるぞ」
「え、ちょっと待ちなさい――」

 フェリシアたちが見守るまえで、マリーの全身から暗黒のオーラが抜けてゆく。
 角が消え、羽が消え、漆黒のドレスが真っ白に戻る。

 そしてその代わりに、地面で息絶えようとしていたサミュエルの身体が暗黒に染まった。
 かつて塔の上で見た、黒いガウンをまとった黒髪の男――魔王リシャールがそこに復活したのだ。

 サミュエルだった面影はもはやまるでない。
 失われていた右手もいつのまにか生えているし、マリーのときとは違って、完全に依り代となった王太子は原型を残さず魔王の糧となったようだ。
 威厳を感じさせるゆったりとした動作で、魔王リシャールはマリーのほうに向きなおった。

「間に合ったようだ。
 クズの身体を有効活用し、そしてクズに恨みを晴らしたマリーも我の呪縛から解き放たれた。
 一石二鳥という人間の言葉のとおりだ。
 どうだ、マリー?
 魔王リシャール様の叡智に、声も出ないか?」
「……この」

 馬鹿ッ、と叫んでマリーは魔王をビンタした。
 すこしも痛くはなさそうだが、リシャールは心底驚いた顔をしている。

「あんた、なに勝手にアタシから出てってるの?
 アタシはもう王都に戻ることはできない。
 王太子を殺したし、そのために王都を襲おうとしたのよ?
 あんたがいなくなったら、アタシはもうひとりぼっちじゃないの……」

 フェリシアはそんなことはないと叫ぼうとしたが、自分はともかく王都の人間がどう思うかを考えると、無責任な言葉はいえなかった。
 たしかに王都には、もはや妹の居場所はないかもしれない。
 だったら、姉としてできるのは、妹と一緒にこの街を出ていくことだけ。
 フェリシアは、横にいるボードマンに別れを告げて一歩踏み出そうとした。

 が、先にマリーに手を差し伸べたのは、フェリシアではなかった。

「仕方のないやつだ。
 そんなに我が忘れがたいなら、一緒にくるか?
 我も貴様のことがそう嫌いでもない」

 仁王立ちしたリシャールが偉そうにいう。
 そんな彼を、マリーはひるむことなく睨みつける。

「貴様? 嫌いでもない?
 なにそれ、ちゃんと言い直してくれない?」
「おい……」
「言わないと加護に飛び込むわよ?
 お姉ちゃんの加護は容赦ないんだから、もしアタシが外敵と判断されたら焼かれて灰になるわ」
「ぐっ……」

 人間に戻ったマリーがもし加護に嫌われていたら、触れた途端にサミュエルのように燃え上がってしまう。
 魔王は観念したようだった。
 騎士のように片膝をつき、マリーの手をとる。

「長年封印されていた我……いや、私にとって、きみの存在は救いだった。
 ひとつの身体を共有しているうちに、どうやら惚れていたらしい。
 魔王になってまで男を殺そうとする女性なんて、世界広しといえどもきみ以外にはいないだろう。
 マリー、愛している。
 私と一緒にきてくれ」
「ええ。
 あなた、魔王なのにべつに悪いやつじゃないもの。
 封魔の塔にいるあいだに、すっかり丸くなったんじゃない?
 アタシもいつのまにか好きになってた。
 いいわ、一緒に行きましょう」

 承諾したマリーの手の甲に、リシャールはキスをした。
 フェリシアはそんなふたりを眺めながら、ふと、イアンのことを思い出していた。
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