極限まで鍛錬したデコピンで王太子を死なせた私は、兵士として前線に送られ、そこで運命の相手と出会う

monaca

文字の大きさ
1 / 3

01 無垢なる額

しおりを挟む
 王宮の寝室で、ふたりの男女がじゃれ合っていた。

 ひとりはフランク王太子。
 もうひとりは、その婚約者で子爵家の娘エミリー。

 ふたりは幼いころからの許嫁で、もうすぐ結婚を控えている。

「ねえフランク、私たちの婚礼もついに来月まで迫ったわね。
 あなたのお嫁さんになれるだなんて、いまから胸が高鳴りっぱなしよ」
「そうかい?
 ぼくはなんだか、もう子どもでいられない寂しい気分だよ」
「もう、あなたはちっとも子どもじゃないくせに」

 エミリーがいたずらっぽく笑うと、フランクはその鼻先を指でピンと弾いた。

「あいたっ。
 大事なお嫁さんになんてことするの?
 キズモノになったら大変じゃない」
「キズモノにはもう、しちゃったけど――あ、ごめん、ごめんってば」

 枕でばふばふとエミリーが叩く。
 こんなものは喧嘩でもなく、いつものじゃれ合いだ。

 でも今夜は、やっぱりフランクの気分がすこしだけ暗かった。
 結婚して一人前として認められると、いろいろな責任が彼の背にのしかかってくる。
 誇らしくもあるが、まだ18歳の彼にはどうにも不安が大きいのだ。

 と、そこでひとつ、フランクは思い出した。
 小さいころよく一緒に遊んだ、エミリーの弟マルクのことを。

 別々の学校に通うようになってからはすっかり疎遠になったが、彼は特徴的なおでこをしていたので、そのことだけはやたらと記憶に残っている。
 本人に何度訊いても「これは勝負の結果」としか答えず、真相はわからずじまいだった。

 子どもでいられなくなる話をしたついでに、子どものころの疑問だったそのおでこを、フランクはふと思い出したのだ。

「あのさ、エミリー。
 きみの弟さんのおでこって、あれは結局どういうことだったんだい?」
「ん? おでこって、マルクのおでこ?」

 エミリーはさもなんでもないように答える。

「あれはね、私たちがトランプで遊ぶときに罰ゲームをやるから、そのせいね。
 マルクは七並べでもポーカーでもなんでもからっきし弱いんだけど、罰ゲームで泣かないことだけは折紙つきだったわ」
「へえ、それが彼の言ってた勝負ってわけか。
 で、罰ゲームってのはなんだい?」
「デコピン」

 デコピン、とフランクも復唱する。
 王宮では聞いたことがない罰ゲームだった。

「そのデコピンってやつをぼくに教えてくれない?」
「えー、デコピン知らないの?
 それはすこし驚いたわね」
「いいから、やってみて」

 おでこを使うのだろうということだけは想像がつく。
 フランクは前髪を上げて、エミリーにおでこを見せた。

「ふふ、マルクとはちがって赤ちゃんみたいなきれいなおでこ。
 ほんとにここにデコピンしていいの?」
「ぜひ!」
「私、かなり得意だから、痛いと思うけどな~」

 言いながらもエミリーはやる気で、すでに指でカラ弾きをしている。
 たしかに得意らしく、指が空を切るたび、

 びゅんっ。
 びゅんっ。

 と、気持ちのいい音が鳴り響く。

「あ、それをおでこで受けるんだね?」
「そうよ、すごく単純に思うでしょ。
 でもね、これがじつは奥深いってことに私とマルクは気づいた。
 弾くまでの指のこらえかたや弾いてからの軌道で威力がまるで変わってくるし、おでことの距離も、もちろん大事。
 さらに、普段からの鍛錬がものをいう点も私たちを夢中にさせたわ」
「鍛錬って、そんな大げさな」

 マルクは思わず笑ってしまう。
 まさに子どもの遊びといった気分で、楽しくなってきた。

「思えば私もマルクも、本当に真剣だったわ。
 なんであんなにまじめに鍛錬していたのか、いまとなっては全然わからない。
 私はデコピンでマルクを泣かせたい一心で、利き手の中指と親指の鍛錬だけは欠かさなかった。
 子どものころ特有のモチベーションよね」
「そろそろ前置きはいいから、やってくれない?
 おでこの用意はできてるよ」
「ええ」

 エミリーが黙って、指を構える。
 昔を思い出しているのか、真剣な面持ちだ。

 受ける側のフランクは、自分がどう構えるべきなのか考える。
 マルクはどんな体勢で受けていたのだろう。

「マルクはどう構えていたのか、それだけ教えてくれないか?」
「んー、体勢はオーソドックス・スタイル。
 いまのフランクと大差ないやつね」

 呼び名があることにフランクは内心驚く。
 オーソドックス以外になにがあるのか。
 これが終わったら訊いてみよう。

「でもあの子の売りは、構えよりも防御の質よね。
 骨って、折れたのが治るとすこし太くなるじゃない?」

 聞いたことがある、とフランクは思った。
 でも、それがどう関係するのだろう。
 骨……?

「それと同じ要領で、あの子はおでこの骨、つまり頭蓋骨がものすごく分厚くなっていた。
 わたしに砕かれては治るのを待ち、治ったらそれをまたわたしが砕く。
 そうやって何年もつづいたものだから、防御力の面では類を見ないおでこが完成していたわ」
「え、砕く……?」

 フランクは当惑した。
 子どもの罰ゲームの話を聞いていたはずだ。
 なのに、なんだかすごく物騒な単語が……。

 冗談かもしれない、笑うところかな、などと考えているうちに、エミリーが本格的に構えに入った。

 もう始まるらしい。
 ぐっとおでこに力を入れる。

「それじゃ、いくわよ」

 言うと、エミリーはベースボールのピッチャーのように、全身を使って振りかぶった。
 フランクが思っていたモーションと全然ちがう。
 完全に遊びの域を超えた、プロの動き。

「待っ……」

 身の危険を悟ったフランクが止めようとするが、もはやエミリーはかつて子どものころに研究を重ねた全力のデコピンモーションに入っている。
 止まるわけがない。

 フランクの脳裏にはマルクのおでこが浮かんだ。
 いたいけな少年のそのおでこは、厚さ5センチの鉄板が入っていそうなくらい、膨らんでいた。
 あれが、骨が繰り返し再生した結果というのであれば。

 そこまでの骨を作り上げてしまうほどのデコピンの威力とは、はたして――

 フランクの意識はそこで終わった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします

ほーみ
恋愛
 その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。  そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。  冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。  誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。  それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。  だが、彼の言葉は、決定的だった。 「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」

【完結】身分に見合う振る舞いをしていただけですが…ではもう止めますからどうか平穏に暮らさせて下さい。

まりぃべる
恋愛
私は公爵令嬢。 この国の高位貴族であるのだから身分に相応しい振る舞いをしないとね。 ちゃんと立場を理解できていない人には、私が教えて差し上げませんと。 え?口うるさい?婚約破棄!? そうですか…では私は修道院に行って皆様から離れますからどうぞお幸せに。 ☆ あくまでもまりぃべるの世界観です。王道のお話がお好みの方は、合わないかと思われますので、そこのところ理解いただき読んでいただけると幸いです。 ☆★ 全21話です。 出来上がってますので随時更新していきます。 途中、区切れず長い話もあってすみません。 読んで下さるとうれしいです。

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

もうすぐ婚約破棄を宣告できるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ。そう書かれた手紙が、婚約者から届きました

柚木ゆず
恋愛
《もうすぐアンナに婚約の破棄を宣告できるようになる。そうしたらいつでも会えるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ》  最近お忙しく、めっきり会えなくなってしまった婚約者のロマニ様。そんなロマニ様から届いた私アンナへのお手紙には、そういった内容が記されていました。  そのため、詳しいお話を伺うべくレルザー侯爵邸に――ロマニ様のもとへ向かおうとしていた、そんな時でした。ロマニ様の双子の弟であるダヴィッド様が突然ご来訪され、予想だにしなかったことを仰られ始めたのでした。

好き避けするような男のどこがいいのかわからない

麻宮デコ@SS短編
恋愛
マーガレットの婚約者であるローリーはマーガレットに対しては冷たくそっけない態度なのに、彼女の妹であるエイミーには優しく接している。いや、マーガレットだけが嫌われているようで、他の人にはローリーは優しい。 彼は妹の方と結婚した方がいいのではないかと思い、妹に、彼と結婚するようにと提案することにした。しかしその婚約自体が思いがけない方向に行くことになって――。 全5話

何か、勘違いしてません?

シエル
恋愛
エバンス帝国には貴族子女が通う学園がある。 マルティネス伯爵家長女であるエレノアも16歳になったため通うことになった。 それはスミス侯爵家嫡男のジョンも同じだった。 しかし、ジョンは入学後に知り合ったディスト男爵家庶子であるリースと交友を深めていく… ※世界観は中世ヨーロッパですが架空の世界です。

貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました

ゆっこ
恋愛
 ――あの日、私は確かに笑われた。 「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」  王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。  その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。  ――婚約破棄。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

処理中です...