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03 戦場のデコピン
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「はあ、はあ、はあ……っ」
エミリーは荒い息をついた。
敵兵の銃弾のなか、塹壕に身を隠している。
敵国との最前線に送られてから三日。
エミリーはしぶとく生き延びていた。
「く……来たわ!」
焦れた敵兵が突撃してくる。
頭上をかすめる銃弾をやりすごし、充分に相手を引きつける。
そして、一気に距離を詰める。
「食らいなさい! 渾身の一撃よ!」
「ぐはっ……」
相手は脳みそを撒き散らしながら回転して倒れた。
絶命だ。
エミリーは、デコピンで敵兵を殺していた。
彼女の極限まで鍛錬されたデコピンは、もはや弟以外のおでこであれば、プリンのように破壊することができる。
「銃が落ちてるけど、うまく使えないからいらない。
私の武器はこれで充分」
死刑としてこの地に送られた彼女だったが、丸腰のまま、デコピンだけを武器として生き残っていた。
敵兵たちから見ると、銃声もしないのに次々と仲間が減らされている状況だった。
なにが起きているのかわからない。
とにかく不気味な兵士がいる、とだけ伝わっていた。
だが、エミリーが何人殺そうが、戦況に大きな変化がないことも事実だった。
エミリー側の兵士は、数が少ない。
死刑として彼女が送られたことからもわかるように、この前線は撤退目前の死地だったのだ。
「それでも……私は負けない!」
エミリーはまたひとり、頭を破壊した。
まさに一騎当千の活躍である。
「負けたくない!」
フランクを失った彼女は、最初、死にたいと思っていた。
でもこうして戦ううち、おのれの内にある戦士としての本能に気づきつつあった。
銃弾をくぐり抜けて脳を破壊することに、喜びを感じはじめていた。
勝ちたい。
敵を倒したい。
弟も負けず嫌いだったが、彼女だってそれに以上に負けず嫌いだった。
「またきたわ……!」
獲物がまた突撃してきた。
今度は銃を撃ちながらではない。
「……っ! ナイフ!」
銃では不利と悟ったのか、ナイフによる近接戦闘を挑まれた。
エミリーの喉元を刃先が襲う。
「舐めない……でよね!」
デコピンでナイフを弾いた。
遠くの地面に跳ねていくナイフをあきらめ、敵兵が掴みかかってくる。
「……女だと!?」
揉み合いになってエミリーの帽子が脱げた。
ふわりと広がる金髪をみて、思わず油断する敵兵。
彼女の指はその隙を見逃さない。
必殺のデコピンを放つ。
ガキンッ。
「え? 硬い!?」
「ぐ……っ」
デコピンが弾かれた。
フランク王太子を殺し、幾人もの敵兵を屠ってきた、無敵のデコピンが相手のおでこに弾かれた。
「そんな馬鹿なことって……」
が、敵兵の帽子も吹っ飛んだことで、彼女のデコピンが不発に終わった理由が判明した。
おでこが――
その敵兵のおでこが、異常なほど厚い。
マルクのおでこよりも、さらに。
8センチ……いや、10センチの鉄板が入っているくらいの厚みで、もはや岩石のようなおでこだった。
にやりと笑う、岩石おでこの敵兵。
「ははは、こんなところで使い手に出会うとは驚いたぜ。
そのデコピン、並の鍛錬ではないと見える」
「あなたこそ。
そこまでのおでこは、ふつうじゃないわ。
相当な使い手と競って、打ち勝ってきたおでこね」
「ふっ……」
敵兵は哀しげに笑った。
おでこを撫で、懐かしむようにいう。
「おれのここに、かつてデコピンを打ち込んでいたのは、婚約者だった。
互いに切磋琢磨したものさ。
だが、おれのおでこが硬くなるスピードが、彼女のデコピンの成長スピードを超えてしまった」
「……なんてこと。
それで彼女は、どうなったの?」
「死んださ。
おれのおでこに指を砕かれたのが原因だった。
ひどい壊死でね……そこから全身を病んでいった」
悲しい話だ。
そして、自分に似ているとエミリーは思った。
デコピンで愛するひとを殺したという意味では、この敵兵も自分もまったく同じ。
「私も、後悔している一撃があるの」
「ああ、そんな顔をしている。
戦場でおれの仲間を殺しながらも、きみのデコピンが風を切る音は、まるで嗚咽のようだった」
エミリーたちは、敵どうしとして至近距離で睨み合いながら、通じ合うものを感じていた。
「全力で来いッ!」
「……わかったわ。
本当の全力でいかせてもらう。
へんなことをいうけど……死なないで」
「ああ、おれは死なない」
オーソドックス・スタイルで構える敵兵に、エミリーは全力をこめる。
ベースボールのピッチャーのように、大きく振りかぶって――
ガコンッ!
頭の内部まで響く、鈍い音がした。
手応えは……あった。
が、
「ひさびさに……すこし痛かったぜ」
「えっ、あなた生きてるの!?
本当に大丈夫?」
駆け寄るエミリー。
おでこをさする彼女の手を敵兵はつかみ、自分の目のまえにかざした。
「きみこそ、中指は平気か?
砕けてないか?」
「ぜんぜん、平気」
「すごいな」
手をつかんだまま、すぐそばでいう。
彼の息が顔にかかりそうだ。
エミリーは心のままに言うことにした。
デコピンで通じ合った相手なら、心が通じ合ったも同然だ。
「ねえ……。
私、あなたと生きたい。
デコピンで殺せないあなたとなら、一緒にいられる気がするから」
彼も同じことを思っていたらしい。
強くうなずくと、エミリーの唇に口を重ねた。
「どっちの国でもない、べつの国に亡命しよう。
両軍から追われることになるが、おれたちなら大丈夫だろう?
おれのおでこは銃弾をも防ぐし――」
「私のデコピンは、あなた以外なら殺せるわ」
ふたりはもういちど口づけを交わすと、国境の向こうへと消えていった。
(終)
エミリーは荒い息をついた。
敵兵の銃弾のなか、塹壕に身を隠している。
敵国との最前線に送られてから三日。
エミリーはしぶとく生き延びていた。
「く……来たわ!」
焦れた敵兵が突撃してくる。
頭上をかすめる銃弾をやりすごし、充分に相手を引きつける。
そして、一気に距離を詰める。
「食らいなさい! 渾身の一撃よ!」
「ぐはっ……」
相手は脳みそを撒き散らしながら回転して倒れた。
絶命だ。
エミリーは、デコピンで敵兵を殺していた。
彼女の極限まで鍛錬されたデコピンは、もはや弟以外のおでこであれば、プリンのように破壊することができる。
「銃が落ちてるけど、うまく使えないからいらない。
私の武器はこれで充分」
死刑としてこの地に送られた彼女だったが、丸腰のまま、デコピンだけを武器として生き残っていた。
敵兵たちから見ると、銃声もしないのに次々と仲間が減らされている状況だった。
なにが起きているのかわからない。
とにかく不気味な兵士がいる、とだけ伝わっていた。
だが、エミリーが何人殺そうが、戦況に大きな変化がないことも事実だった。
エミリー側の兵士は、数が少ない。
死刑として彼女が送られたことからもわかるように、この前線は撤退目前の死地だったのだ。
「それでも……私は負けない!」
エミリーはまたひとり、頭を破壊した。
まさに一騎当千の活躍である。
「負けたくない!」
フランクを失った彼女は、最初、死にたいと思っていた。
でもこうして戦ううち、おのれの内にある戦士としての本能に気づきつつあった。
銃弾をくぐり抜けて脳を破壊することに、喜びを感じはじめていた。
勝ちたい。
敵を倒したい。
弟も負けず嫌いだったが、彼女だってそれに以上に負けず嫌いだった。
「またきたわ……!」
獲物がまた突撃してきた。
今度は銃を撃ちながらではない。
「……っ! ナイフ!」
銃では不利と悟ったのか、ナイフによる近接戦闘を挑まれた。
エミリーの喉元を刃先が襲う。
「舐めない……でよね!」
デコピンでナイフを弾いた。
遠くの地面に跳ねていくナイフをあきらめ、敵兵が掴みかかってくる。
「……女だと!?」
揉み合いになってエミリーの帽子が脱げた。
ふわりと広がる金髪をみて、思わず油断する敵兵。
彼女の指はその隙を見逃さない。
必殺のデコピンを放つ。
ガキンッ。
「え? 硬い!?」
「ぐ……っ」
デコピンが弾かれた。
フランク王太子を殺し、幾人もの敵兵を屠ってきた、無敵のデコピンが相手のおでこに弾かれた。
「そんな馬鹿なことって……」
が、敵兵の帽子も吹っ飛んだことで、彼女のデコピンが不発に終わった理由が判明した。
おでこが――
その敵兵のおでこが、異常なほど厚い。
マルクのおでこよりも、さらに。
8センチ……いや、10センチの鉄板が入っているくらいの厚みで、もはや岩石のようなおでこだった。
にやりと笑う、岩石おでこの敵兵。
「ははは、こんなところで使い手に出会うとは驚いたぜ。
そのデコピン、並の鍛錬ではないと見える」
「あなたこそ。
そこまでのおでこは、ふつうじゃないわ。
相当な使い手と競って、打ち勝ってきたおでこね」
「ふっ……」
敵兵は哀しげに笑った。
おでこを撫で、懐かしむようにいう。
「おれのここに、かつてデコピンを打ち込んでいたのは、婚約者だった。
互いに切磋琢磨したものさ。
だが、おれのおでこが硬くなるスピードが、彼女のデコピンの成長スピードを超えてしまった」
「……なんてこと。
それで彼女は、どうなったの?」
「死んださ。
おれのおでこに指を砕かれたのが原因だった。
ひどい壊死でね……そこから全身を病んでいった」
悲しい話だ。
そして、自分に似ているとエミリーは思った。
デコピンで愛するひとを殺したという意味では、この敵兵も自分もまったく同じ。
「私も、後悔している一撃があるの」
「ああ、そんな顔をしている。
戦場でおれの仲間を殺しながらも、きみのデコピンが風を切る音は、まるで嗚咽のようだった」
エミリーたちは、敵どうしとして至近距離で睨み合いながら、通じ合うものを感じていた。
「全力で来いッ!」
「……わかったわ。
本当の全力でいかせてもらう。
へんなことをいうけど……死なないで」
「ああ、おれは死なない」
オーソドックス・スタイルで構える敵兵に、エミリーは全力をこめる。
ベースボールのピッチャーのように、大きく振りかぶって――
ガコンッ!
頭の内部まで響く、鈍い音がした。
手応えは……あった。
が、
「ひさびさに……すこし痛かったぜ」
「えっ、あなた生きてるの!?
本当に大丈夫?」
駆け寄るエミリー。
おでこをさする彼女の手を敵兵はつかみ、自分の目のまえにかざした。
「きみこそ、中指は平気か?
砕けてないか?」
「ぜんぜん、平気」
「すごいな」
手をつかんだまま、すぐそばでいう。
彼の息が顔にかかりそうだ。
エミリーは心のままに言うことにした。
デコピンで通じ合った相手なら、心が通じ合ったも同然だ。
「ねえ……。
私、あなたと生きたい。
デコピンで殺せないあなたとなら、一緒にいられる気がするから」
彼も同じことを思っていたらしい。
強くうなずくと、エミリーの唇に口を重ねた。
「どっちの国でもない、べつの国に亡命しよう。
両軍から追われることになるが、おれたちなら大丈夫だろう?
おれのおでこは銃弾をも防ぐし――」
「私のデコピンは、あなた以外なら殺せるわ」
ふたりはもういちど口づけを交わすと、国境の向こうへと消えていった。
(終)
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